「めぐみん!」
夕食後、みんなと共にリビングで寛いでいた私のところへ、自室に籠もっていたはずのロゼがやって来て声をかける。余程興奮しているのだろう、完全な二人きりの時以外は封じているはずの愛称が口をついたのに、全く気付いた様子もない。
「どうしたのですか、ロゼ。そんなに慌てて…というか、そんなに嬉しそうに」
「嬉しいわよ!だって、ようやく完成したんだから!」
「完成?」
何のことだろう、と首をひねっていると、暖炉前のソファから声が上がった。
「アラ、ようやく完成したの?」
「はい! アクアさんのアドバイスのお陰です!」
アクア様からのアドバイス? ますます話が見えないのだけど?
「おい、尚美。何の話だ?」
私と同じく、疑問に思ったのだろう和真さんが尋ねると、アクア様が悪戯っ子の様な笑みを浮かべて言った。
「ねえ。どうせだから、この場で披露しちゃいなさいよ」
「あ。それもそうですね。それじゃあ少し準備が必要だから、一端部屋に戻るね」
私にそう断りを入れると、ロゼは一端、室内から捌けていく。
「……メグミ。ナオミは一体、何をしようというのでしょうか」
「私にもわかりませんよ。ゆんゆんやダクネスさんはどうですか?」
「私も知らないわ」
「私もだ」
ふむ。二人も知らないか。つまり。
「ロゼが作った何かを知っているのは、アクア様だけという事ですね?」
「まあ、そういう事になるわねー。でも、教えてあげないわよ? どうせすぐにわかるんだから、期待して待ってなさいな」
むうう。アクア様はどうせ、私達を驚かせたいという思惑がメインなんだろうけど、確かにここで聞き出そうとするのも野暮天のすることだ。仕方がない。言われたとおり、期待しながら待つとしますか。
そう腹を据えて背もたれに寄りかかると、私の膝の上にアンナが腰掛けてきた。どうやら彼女も、ロゼが何をするのか興味を持ったらしい。というか。
「アンナはロゼが何をしていたか、知らないのですか?」
『うん。見えないはずなのに、部屋に入ると急に怖い気配を飛ばしてくるの。だからそれ以来、ナオミの部屋には入ってないんだ』
ふむ。ロゼにはアンナを認識する事が出来ないはずだが、おそらくアンナが悪戯目的で侵入したのが原因なんだろう、気配を読んで殺気を飛ばしたといったところか。さすがは達人である。
『ねえ、メグミ。ナオミは何するのかな?』
「さて。親友である私も、ロゼのすべてを知ってるわけではありません。実際、弓道が得意なのは知ってましたが、曲撃ちが出来ることは知りませんでした。こっそりとやっていたということは、私の知らない技能を活かして驚かそうとしているのかも知れませんね」
『ふうん』
私の説明に、不思議そうな顔をするアンナ。アンナの声を聞き取れるアクア様は、私達の会話を聞きながらニヤニヤとしている。ということは、この読み自体はおそらく、当たらずとも遠からずといったところなのだろう。全く違ったことを言ってたら、「一体何を言ってるのかしら」って表情をするのがアクア様だから、多分間違いない。
因みに核心に迫ってくると、むしろ余裕が無くなり挙動不審になる。わかりやすい
そんな感じで予想したり、アンナと会話をしていると。
「おまたせ」
リビングの入り口から顔を出すロゼ。僅かに肩とかも見えるが、どうやら先程とは衣装が違うようだ。ということは、服を作っていたのだろうか。
「ええと、ロゼ?」
「今、見せてあげる」
そう言ってロゼは、ぴょんと軽く跳ねながら入り口の中央に立つ。……って。
「ロゼ、その衣装は!?」
「おい、それ、弓道の道着だよな?」
そう。ロゼは白い五分袖で前合わせの服に、黒の袴姿。しっかりと胸当てまで当ててある。
「ほう。なかなか変わった衣装ですね」
「でも、なんだか格好いい…」
めぐみんとゆんゆんは、結構興奮した表情でロゼの衣装を見ている。どうやら紅魔族的にはアリらしい。
「ふむ。カズマの発言からすると、どうやら三人の出身地の、弓術の正装ということらしいな」
さすが貴族で聖騎士のダクネスさんは、そこら辺の飲み込みが早い。
「……まさかと思いますが、外出用に足袋と
「もちろん! 袴のひだに手間取ったりとか、足袋と草鞋、それに胸当ては構造の知識が無かったりとかしたけど、アクアさんが知恵を貸してくれたの」
「アクアの知恵だと!?」
私の疑問にロゼが答えると、和真さんが驚きの声を上げた。いや、アクア様当人とロゼ以外は、多かれ少なかれ同じ驚きを感じているはずだ。当然私も驚いている。
「……なんか失礼ね。確かに知能のステータスは低いけども、私は物作りは得意なんだから」
……言われてみれば、アクア様は芸術関係の技能が非常に高かったですね。
「……うん。とっても役に立ったよ。フィーリングを言葉にするのが下手で、理解するのに時間がかかったけど」
ロゼの発言に、みんながああ、と声を洩らす。
「見事にオチが付いたところで」
「オチとか言わないでえええ!」
アクア様の反論は無視して。
「ロゼがずっと服を新調しなかったのは、その衣装を作っていたからだったのですね」
そう。ロゼはこちらに来てから、パジャマと下着以外の衣類を購入していない。クエストの時もずっと、学校の夏服のままだった。
……因みに、街から離れるクエストの時や寒さが厳しい日のクエストは、さすがに私達も防寒着を羽織ってるのだが、ロゼはそれもない。とはいえダクネスさんの様な性癖は無いはずなので、単純に材料費のために節約していたのだろう。
「うん。それでなんだけど、早速明日、クエストに行かない?」
ううむ。衣装を新調して嬉しいのだろう。私もその気持ちはわかるが、ひとつ確認しておかねば。
「……ロゼ。防寒着はあるのですか? 明日は今日よりも冷えそうなのですが」
あくまで体感でだが、日が暮れてからの気温は昨日よりも低い。この調子だと、明日はさぞ冷え込むことだろう。
「……無い」
目を逸らしながら、呟くようにひと言。ロゼもわかっているのだろう。制服は夏服なれど、着込む量は僅かながら多い。しかも和装は風通しがいいので、どう考えても新調した服の方が寒い、と。
「……というか、山分けした報奨金はどうしたのですか。一人頭570万エリスですよ?」
570万エリス×7人で3990万エリス。残りの10万エリスは、私や和真さんがお世話になってるテイラーさんのパーティー(しょっ引かれた
「……ゆんゆんが紹介してくれた魔道具職人に、矢筒の依頼をしちゃって」
矢筒の依頼って…。いや、魔道具職人に頼んだうえに、山分けの報奨金の全てを注ぎ込むのだから、普通の矢筒ではないのだろうけど。
……やれやれ。
「……私が立て替えてあげますから、明日は防寒着を買ってから出かけましょうね?」
「うん」
ロゼは素直に頷くのだった。
翌日。私達が請け負ったのは、例によって一撃熊の討伐依頼。
……ああ。一撃熊といえば、先日の魔法実験の日に倒した一撃熊のお陰で、私のレベルが久々に上がった。しかも二つも。どうやら、バニル人形を倒したときの経験値が思いのほか高く、既にレベルアップ直前だったようだ。……まあ、その事に気づいたとき、バニル人形をもっと倒しておけばよかったと後悔もしたが。
おっと、想定以上に話が逸れた。ともかく私達はこの依頼を受け、指定された場所へと向かうことにした。因みにロゼには、道着の下に黒い厚手の長袖Tシャツ、上には毛皮で出来たちゃんちゃんこを買い与えた。というか、ちゃんちゃんこはロゼ自身が選んだものだ。腕周りは動きやすくしたかったらしい。まだ寒そうに見えるが、本人がいいと言うのだから仕方がない。
そんな益体もないことを考えているうちに、目的の場所へと到着した。前回同様、木陰から討伐対象を覗き見る。
「前回よりも大きめ…、先日私が倒した個体と同じくらいのサイズですか」
「そうだね。でも、それよりも問題なのは、今回は木々が多過ぎて遠距離攻撃がしづらいことかな」
そう。今いる場所は間引き伐採する前の雑木林で、木の密集率が高くて和弓を射るにも、遠距離から当てるにも不向きな場所だ。
「ならば我の爆裂魔法で…」
「やめてください。下手したら山火事が起きかねませんし、それを抜きにしても、ここは木材確保のための管理地です。お金に余裕が出来たとはいえ、無駄に賠償金を払う気はありませんよ」
「それに今回は、私の新しい衣装のためのクエストなんだから。紅めぐが倒したら意味ないからね?」
……ロゼには悪いが、私はそこに重きを置いていない。私や和真さんにとって、この爆裂娘の手綱をしっかりと握ることの方が、遙かに重要だからだ。あと、この世界の木々だと、種類によっては反撃してくるかも知れない。極力リスクを抑えたかったというのが本音である。
とはいえもちろん、ロゼを蔑ろにする気はない。今だって、どうやってロゼに討伐させるかを考えているのだから。
「……そうですね。ここから林道まではすぐそこです。なので、ロゼにはそちらで待機してもらい、私が囮となって一撃熊を誘い出しましょう」
「え、ちょっとメグミ?さすがにそれは危険すぎるわよ!?」
「危険ですが、ロゼに討たせるには一番効率がいい方法です。そして、このメンツで囮役をこなすのに向いてるのは、ロゼ、私の順なので、必然的に私が担うのが妥当なのですよ。まあ、心配してくれたゆんゆんには感謝してますが」
最後にフォローを入れると、ゆんゆんは恥ずかしそうに俯いた。
「……私だって、心配はしてるよ?」
「わかってますよ。長い付き合いなんですから」
どうやらロゼに元ぼっちの気質が出て、親友の座が脅かされるのではないかと少し不安になったらしい。彼女に言ったとおりわかっているが、ゆんゆんのぼっち気質と違って軽い症状なので、むしろ可愛らしく思う。まあ、軽いかまってちゃんと言ったところか。
「でも、本当に無茶はしないでよ?」
「ええ、わかってます。もし逃げ切れない状況になったら、ロゼには悪いですが、身の安全第一で倒させてもらいますから」
念のため、逃げながら
「……メグミ。まさかとは思いますが、わざと失敗する気ではないでしょうね?」
「人を何だと思ってるのですか。確かに、レベルの上がりにくい私としては、経験値は喉から手が出るほど欲しいですよ? ですがさすがに、親友の獲物を掠めとるほどクズではありません。それをするのは、テイラーさんのところの
「……めぐみも、あの男に対しては辛辣だよね?」
口の悪いロゼが、若干引いているのが解せん。
「[カエルスレイヤー]を広めたのが、そんなに不満?」
……は?
「今、なんと?」
「[カエルスレイヤー]を広めた…って、めぐみ、知らなかったの?」
……知らなかった。私はめぐみんとゆんゆんを見たが、二人は首を横に振っている。
「ああ、そっか。この服の生地を買ったお店の人が情報通だったから。えっと、ギルドでね? 二人の少女が会話していた内容を聞いて、面白そうだってあの男が言いふらしたって事らしいよ」
……二人の少女? をや? それってつまり…。
「ええっ! どうしたの!? 急に落ち込んだりして!?」
「……大元の発信源は、私と話していたクリスさんだったみたいです。クリスさんには広めないように言っていたのですが、まさかあのクズに聞かれていたとは…」
「もう、個人名がクズになってるよ? 気持ちはわかるけど」
いつもは濁した発言の時とリーンさん相手の時以外は、名前を言いながら心の内でクズ言っていたのだが、さすがに今はそんな配慮はする気になれない。
「えっと、メグミ?」
「……いえ、大丈夫です。この鬱憤は、後であのクズとO・HA・NA・SHIすることで解消することにします。それより今は、クエストの達成ですよ」
私は気を引き締めて一撃熊を見る。距離があることと、風で木々がこすれ合う音のお陰で、幸いにも気づかれた様子はない。
「では始めます。三十秒程したら仕掛けますので、それまでに林道に出て待機していてください」
「わかった。しつこいようだけど、めぐみも気をつけてね」
ロゼはそう言い残すと、二人を引き連れて離れていった。私は仕掛けるまでの間に邪魔になるロッドを背中に刺し、代わりにダガーを引き抜いてから、呪文をひとつ唱える。更にもうひとつ、別の呪文の詠唱をし、そして。
「『
発動実験を兼ねた呪文を放つ。この呪文は自分を中心に円環状に土砂を吹き上げるというものだが、魔法を調整して一撃熊を巻き込む位置で発動させたのだ。……最近、DQ呪文の再現が減っているのは自分でもどうかと思うが、補助系や回復系はどうしてもこの世界と似たものが多くなってしまうので、致し方ない。早く、あの呪文を完成させたいところだ。
「ガアアッ!?」
おっと、そんなことを考えてる場合ではなかった。一撃熊は私を視認すると、物凄い勢いで駆け出してきた。って、速い!? 図体がでかいとはいえそこは野生生物、やはり人間とは身体能力が違うようだ。
私も駆け出したが、これでは林道に出るより遙か手前で追いつかれる。私は烈閃咆を唱えようと思ったが、別の呪文に切り替え。
「『
後方に持続時間0の閃光を放つ。様はアレンジ前の呪文、フラッシュと同じ効果である。
「グガッ!?」
閃光は上手く一撃熊の目を眩ませたようだ。その間に私は距離を稼ぐ。とはいえ相手も怒り、よく見えないだろうに私を追いかけてきた。だが、明らかにスピードは落ちている。
私はそのままの勢いで林道へ抜け、その後を追って一撃熊が現れる。そのタイミングでダガーを投げ。
「ガッ!?」
短く悲鳴を上げる一撃熊。ダガーにはあらかじめ
その痛みに一撃熊は立ち止まり。当然それは、大きな隙となる。
「南無八幡大菩薩」
いつもの経文を唱え、ロゼが放った二本の矢は一撃熊の両胸に突き刺さりそして。ずぅんと音を立てて倒れ込んだ。
「討伐完了、だよ」
冒険者カードを確認してロゼは言った。
「ばっくれっつ、ばっくれっつ」
めぐみんが変な拍子で、スキップしながら進んでいき、私達はその後をついて行く。
「……みんな、ノリが悪いです。カズマなら私に付き合ってくれますよ」
「私達は爆裂ソムリエではないので」
和真さんは既に、その日の爆裂魔法の良し悪しや微妙な差がわかるまでに至っているそうだが、私やゆんゆんに出来るのは魔法使い視点での批評程度である。ロゼなどには全くの世界だ。
「でも実際の話、めぐみんが初めて使った爆裂魔法に比べると、収束も威力も遙かに上達してるよね」
「ほう、そうなのですか」
私が初めてめぐみんの爆裂魔法を見たのは、上位悪魔ホーストに止めをさしたときだ。確かにその頃に比べれば威力・精度共に上がっているが、あくまで今より弱い程度のものだった。
私はめぐみんに駆け寄ると、耳許に口を寄せて言った。
「
「!? な、何を言って…」
「私はあらゆる魔法の探求者ですよ? めぐみんの詠唱が毎回違う理由くらい、理解しています」
そう。めぐみんはレベルアップと毎日の爆裂魔法による熟練度、そして詠唱のアレンジによって爆裂魔法の威力と精度を上げてきたのだ。実際、ゆんゆんに対しての発言も、「もれなく全て、爆裂魔法威力上昇と高速詠唱に注ぎ込もう
「理由を伺ってもいいですか?」
「……さすがに、ここでは」
「わかりました。では後ほど」
私達はこれだけのことを話し合い、そしてロゼの横まで戻っていった。
「めぐみ、紅めぐと何話してたの?」
「それは言えませんね。守秘義務というやつです。……後ほどめぐみんとは詳しく話し合いますが、もし盗み聞きをするようなら絶交ですよ?」
「なっ!? そそそんなこと、するわけないじゃない!」
相変わらず私への依存度が高いロゼは、思い切り動揺をしている。それを聞いていためぐみんも。
「ゆんゆんも、盗み聞きをしたらライバル関係を解消しますから、心してください」
「!? も、もちろんライバルとして、そんな汚い真似なんてしないわ」
ふむ。少なくとも、これで二人には盗み聞きをされることはないだろう。
なお本日の爆裂魔法は、めぐみんが動揺していたためか、爆裂ソムリエではない私達から見てもわかるほど、些か精細さに欠けている出来であった。
めぐみ目線での尚美の話に、おまけでめぐみんの話がついてきた回でした。
矢筒に関しては、転生特典を与えた際におまけで付いてきたもので、特別な能力は付与されてません。
めぐみんの「注ぎ込もうかと」は、明らかに【紅魔の里編】への伏線ですね。アニメで見たとき、自分もおや?となりました(自分はアニメが先だったもので)。で、【紅伝説】でやっぱりとなった次第です(その頃はまだ原作5巻は読んでないけど、既に情報は得てましたが)。
よりみちはもう一回つづくのじゃ。