翌日、私は宿に引き籠もっていた。今回はマジの引きこもりだ。
昨日、ムカついて二度目のカエル討伐を行った。だが、それがいけなかった。冷静さを欠きながらも四匹のカエルを屠ったものの、後ろから一匹、近づいているのに気づかなかった私は、舌に絡め取られ、カエルに捕食されてしまったのだ。……クリスさんから、「油断しなければ」って言われてたのに。
私は飲み込まれる直前、咄嗟に牛丼好きの超人の守りのポーズをとったお陰で口の周辺に空間が出来、カエルの胃の中で『ウインドブレス』を唱えられた。そして押し広げられた胃の中から『ブレード・オブ・ウインド』で切り裂き脱出をしたのだ。
だけど私は、カエルの粘液と返り血を浴びて…。
あああああああああっ!!
あ、あんなのは二度と御免です!
……結局この日は部屋に引き籠もったまま、一日が過ぎていった。
次の日。午後になって、ようやく少し落ち着いた。このままではホントに部屋から出られなくなると思った私は、教会へ行くことにした。ウィザードが本来覚えられないプリーストの魔法を、実際に見せて貰おうと思っているのだ。
もちろんプリーストではない私の場合、呪文を丸暗記したからといって使えるようにはならないだろうけど、そこから構成を解き明かせば、術の発動に必要な要素は解明できるはず。そうすれば他の術を構築するのにも役に立つだろう。
町の人に尋ねて、エリス教会へとやって来た私。……なんだろう。少し慌ただしい様な。
「……失礼しま…え?」
中に入るとそこは、野戦病院のような有様だった。
「あの、これはどういうことですか?」
近くにいた男性のプリーストを捕まえて尋ねる。
「この方達は、悪魔と戦われて傷ついた者たちです」
あ、ルナさんが言ってた上位悪魔。どうやら討伐は失敗したみたいだ。
「あの、大丈夫なんでしょうか?」
「はい。ひどい怪我を負われた方もいますが、命に別状はありません」
「そうですか。……よかった」
こういう職業だから仕方がないが、それでも出来れば人死にはして欲しくない。そんな事を考えていると。
「……め…ぐみ…ん…?」
横たわる冒険者の女性から、そう声をかけられた。どうやらめぐみんの知り合いらしい。
「いえ、見た目は似ていますが、めぐみんではありません。私はアークウィザードの高橋めぐみといいます」
「……ああ。確かに、アンタは、紅魔族じゃ、ねえな。名前は、口だけ魔道士に、似てるが」
隣で同じく横たわる、パーティーのメンバーだろう冒険者の男性が応える。どうやら、めぐみんではないと理解してくれたようだ。と、そうではなくて。
「無理に喋らないで、今は治療に専念してください」
そう告げて彼らから離れようとした、その時。
「御免くださーい。プリーストの助っ人はいりますかー?」
そう言って現れたのは、此処の人達とは意匠の違う修道服を着た、金髪のお姉さん。
「あなたは…!」
ひとりの女性プリーストが険しい顔で、吐き捨てるように言う。このお姉さんと何かあったんだろうか。
「教会のガラスを割って喜んでいた、アクシズ教のプリースト!」
…………は?
「あら、それは勘違いよ。私は教会のガラスを割って喜ぶ趣味なんてないもの。私は、エリス教会のガラスを割ったから喜んでたの」
「尚更悪いっ!」
な、何だか険悪なムードになってきた。……仕方がない。今日は諦めて、また出直すことにしよう。
私は立ち去ろうと、出口へと向かい…。
「あら、めぐみんさん! こんな所で奇偶ね!」
え?
突然テンションを上げてめぐみんの名を呼ぶ、アクシズ教? のお姉さん。
「えっ、えっ、いつもと違う衣装に、その長い髪は付け毛かしら? やだ、こんなめぐみんさんも可愛らしいわ! もしかして、お姉さんのためにこんな格好を!?」
な、何、この人!? 滅茶苦茶怖いんだけど!?
「あ、あの、お姉さん…」
「お姉ちゃんって呼んでほしいわ。もしくはセシリーって名前で」
「いえ、そういう事でなくって、私、別人ですから!」
「え? 別人?」
キョトンとして私を見つめるお姉さん。
「私、紅魔族じゃありませんし、この髪の毛も、ほら、この通り地毛です」
自分で、軽く髪を引っ張ってみせる。
「あら、本当。ごめんなさい」
フゥ、どうやら理解してくれた様だ。
「……でも、めぐみんさんにそっくりのロリッ子が現れるなんて、きっとこの子も愛でなさいというアクア様の思し召しね!」
ファッ!?
「まあ、なんて滑らかな黒髪なの」
「あの、髪を撫でないでもらえませんか?」
「お肌もとてもすべすべ」
「両手で頬を挟み込まないでください!」
「それに小柄で、私の両腕にすっぽりと納まっちゃう」
「ちょっと、そんなに強く抱きしめないで…。いい加減に解放して、ちょ、これ以上強くは、おい、やめ、こら、やめろおおおお!!」
はあ、はあ、はあ…
エリス教のプリースト達がお姉さん…、セシリーさんを引っ剥がしてくれて、ようやく私は解放された。
「な、何ですか、一体…」
「女神アクアを信仰するアクシズ教徒は、狂し…コホン! 極めて熱狂的な信者が多くて、私達エリス教を敵視しているんです」
さっきの女性プリーストが説明してくれる。というか今、絶対に狂信者って言おうとした!
「ですが、私にした仕打ちは…?」
「ええと、確かアクシズ教の教義で、相手が悪魔ではなく、それが犯罪でなければ、どの様な愛も認めていると聞いたことが…」
何ですか、そのカオスティックな教義は! 私を転生させてくれたアクア様には感謝してますが、アクシズ教には絶対に入りません!
そう心に誓いセシリーさんを見ると。
「ごめんなさいね? 何だかアクセルに来てから、妙にテンションが上がっちゃって、自制が利かないのよ」
自制が利かない、か。
「ちなみに自制が利いてた場合なら?」
「優しく抱きしめてたわ」
「……聞いた私が馬鹿でした」
観測対象がひとりだけなので断言は出来ないが、アクシズ教徒は総じてこんな人達なのだろう。
「ハァ…、何だか疲れました。本当はプリーストの魔法を見せて貰いに来たのですが、立て込んでますし、今日は失礼します」
そう言って立ち去ろうとすると。
「ちょっと待って。あなた、プリーストの魔法を見に来たの?」
「はい。名乗り遅れましたが、私の名は高橋めぐみ。あらゆる魔法を探求する者です。それは、プリーストの魔法だろうと例外ではありません」
セシリーさんの質問に答える私。すると彼女は、パン! と軽く手を打ち鳴らし言った。
「それなら私が見せてあげるわ。私、回復魔法くらいしかまともに使えないけど、逆に言えば、回復魔法だけは自信があるから」
これは、素直に喜んでいいものだろうか。私が思案に暮れていると、セシリーさんはクスリと笑う。
「別に警戒しなくてもいいわ。後でアクシズ教に入信してもらえれば」
「丁重にお断りさせていただきます」
深々と頭を下げ、辞退を申し出た。
「冗談よ。少しでもカッコいいところを見せて、見直してもらいたかっただけだもの。でも、少しくらい考慮してくれても…」
「ありがとうございます、セシリーお姉ちゃん。カッコいいとこ見せてください!」
「うん、お姉ちゃんがんばる!」
うん。取り敢えず、この人の操縦法方は把握した。後は暴走にだけは気をつけよう。
セシリーさんは怪我人の近く、先程の冒険者の男性の横に跪き、小さく呪文を唱え始めた。
「『ヒール』」
セシリーさんの掌から、淡い光が放たれて。傍から見てもわかるほどに、彼の怪我が治っていくのが見てとれる。
「うそ…、私の『ヒール』では大した回復は出来なかったのに」
プリーストのお姉さんが驚きの声を上げる。どうやらセシリーさんが言っていたことに、間違いは無かったようだ。
「……ふぅ、こんなものかしら。さすがに完治は無理だったけど」
「いや、構わない。これでどうにか戦える。
頼む、この二人も回復してやってくれ。このままやられっぱなしじゃ気が済まねえ」
さすがは血の気の多い冒険者。「転んでもただでは起きない精神」が強い様だ。しかしそのセリフ、死亡フラグと紙一重である。
「いいですよ。だけど念のため、この書類にサインしてもらえないかしら?」
「ああ、構わ…」
「ちょっと待ってください」
イヤな予感がした私は、その書類を奪って確認する。
【アクシズ教入信書】
………………。
「何、悪徳商法の様な真似してるんですかああああ!」
盛大に入信書を引き千切りながら、私は叫ぶ。
「ああっ、せっかくめぐみんさんが教えてくれたのにっ!」
「何考えてるの、めぐみん! あなたは頭がおかしいのですかっ!!」
私は頭を掻きむしりながら、今ここにいないめぐみんに、文句を言う。めぐみん、いつか倒す!
「とにかく! これ以上余計なことをしたら嫌いになりますからねっ!」
「誠心誠意がんばるわ」
……つ、疲れた。当初の目的は達成できたけど、見返りに対してこの労力は割に合わない。
セシリーさんの回復魔法を見ながら、ぼんやりとそんな事を思っていた。
セシリー、少し控えめにしました。でないと、更に文字数が増える…。
「ウィッグ」という単語がこの世界に相応しいかわからないので、作中では「付け毛」と表記しました。