魔法少女リリカルなのは Conviction 作:のんべんだらり
闇の書に吸収されたフェイトはベッドの上で目を覚ました。
見たことのない建物、だけどどこか懐かしい。
室内を見回していると、もう一つのベッドで視界が停止した。
金髪がもぞもぞと動いている。
「んにゃ…おはよう~、フェイト」
「…アリシ、ア?」
「そうだよ。いやだなぁ、お姉ちゃんの顔忘れちゃ」
アリシアに手を引かれ、食堂にいくフェイトを迎えたのは優しい母の微笑みだった。
「今日は随分、早いわね」
(これは夢だ……母さんはあんなふうに笑ってくれなかった)
フェイトはひとりごちる。
プレシアがいて、アリシアがいて、アルフがいて、リニスがいる。
彼女がずっと欲っしていた時間。それが目の前に広がっていた。
「それじゃあ、いきましょうか」
今日はみんなで街に行く日。
「フェイト、いらっしゃい」
頷き近づくが、フェイトの表情は浮かない。
思わず、目頭を押さえた。
夢に見た時間だった。
優しい、夢だ。
* * *
ふわふわと浮いたり沈んだりする意識の奥で、女性の声が揺れていた。
聞き覚えのあるような、初めて聞くような。
けど、心地よさに身を任せて。
ここに■■なさいね。大丈夫よ、■■■、迎えに行くわ。
――うん、きっとだよ。
だからそれまでは■■ていて――。
――……わかった。
いい子ね。■■■、私の愛しい子。
――お母、さん――?
甘い夢は夢のまた夢であり続ける。
* * *
木の下で休むフェイトとアリシア。
出てきた青天とは打って変わった雨雲が空を覆っていた。
「フェイト、帰ろ」
「ごめん、アリシア。私はもう少しここにいる」
「それじゃ、私も一緒にあまやどり」
帰っても、戸惑ってしまう自分がいる。
素直にこの夢を享受することができない。
「ねぇ、アリシア。これは夢なんだよね。あなたが生きてたら私は生まれなかった」
プレシアはあんなに優しくなかった。
最期だって、手を差し伸べてくれることはなかった。
「優しい人だったんだよ、お母さん。優しかったから、壊れちゃったんだ」
アリシアを生き返らせるために。フェイトを利用してまでも。
「ねぇ、フェイト。ここにいよう。私、ここでなら生きていられる。みんなと一緒に生きていられるんだよ」
それはフェイトもほしかった世界
だけど、それはただの夢。
「ごめんね、アリシア。私、いかなくちゃ」
「……そっか」
開いたアリシアの手のひらにバルディッシュがあった。
相棒を受け取り、そのままアリシアを抱きしめる。
「ありがとう、ごめんねアリシア」
「いいよ。私はフェイトのお姉さんだもん」
「…うん」
閉じた瞼から涙が零れ落ちた。
背の低い姉を抱く腕に力を込める。
「ずっと支えてくれていたんだね。フェイトが一人にならないように。今度は…フェイトが迎えにいってあげて」
「…?」
ぼんやりと世界が変わっていく。
ゆっくりとアリシアに背中を押される。
「…現実でもこんなふうにいたかったな」
小さな呟きと一緒に粒子となって消えたアリシア。
代わりに、一人の少年が現れた。
雨に濡れ、膝に顔を埋めて。
くせっ毛のイエローグレイを見て、フェイトの頭に一つの名前が浮かぶ。
「…ユンフ…?」
どうして彼がここにいるのかわからないが、アリシアは迎えに行ってほしいと言っていた。
誰とは明言しなかったが、彼のことなのだろうか。そうでなくとも、ユンフを置いていく選択肢はフェイトには考えられない。
「ユンフ、行こう?」
「…行かない」
フェイトが知る彼よりもずっと幼い姿だが、ユンフならこの優しい夢に溺れることはないとフェイトは思っていた。
その予想が外れたのは意外だった。
「……お母さんが来る。だから、いい」
ぷいっと顔を逸らし、ユンフはフェイトを拒む。
今しがた、母たちとの別れを決断したフェイトは胸を痛ませた。
「ここにいなくちゃ、お母さんに会えない…」
彼らしくない、言葉と姿。
覗いた横顔は寂しさに塗りつぶされていた。
ユンフの過去を、フェイトは知らない。
一人暮らしと聞いたことはあるが、家族の話も彼が管理局になった経緯も、何も知らない。
友達なのに。
「私たちは今を生きているんだよ。…夢は所詮、夢でしかないんだ」
「それでも、待っていれば…お母さんに会える…」
幼いユンフは、どこか虚ろだ。
「そんなの、ユンフらしくない…どうして、探しに行かないの?会いたいなら、会いに行けばいい」
「……会いに行くってどこに?僕はずっと、八年待ち続けて、探し続けて……どこにもいない!」
不安に揺れる瞳が、フェイトを睨みつける。
「それでもって…夢の中ならって思って待っていても、会えないのに……どこを探せって言うんだよ!!」
笑顔の裏に、隠し持っていたユンフの本音。
彼は、フェイトが母を信じられなくなっていたとき、支えてくれた。
だったら――。
「…私も、一緒に探す」
アリシアの言うように、今度は自分が――
「約束。――フェイト・テスタロッサは、いつでも、ユンフ・アルフィードの力になるから」
震える子どもを引き寄せる。
しばらく動かずにいると、腕の中からポツリと言葉が零れた。
「…待ってるだけじゃ、何も変わらない。…そう、はやてに言ったのは僕だ」
「…ユンフ?」
「ありがとう、フェイト。もう、大丈夫」
にこっと、元に戻ったユンフが、フェイトに笑いかける。
目先での笑顔にフェイトは今の状況を思い巡らせ、顔を真っ赤に染め上げた。
そんな彼女の反応に気づかぬユンフは、握りしめていた三日月を取り出す。
「待たせてごめんね、アグーバ」
〈…いい休憩になったさ〉
「さぁ、フェイト。ここから出よう!…一緒に」
その引き締まった表情にどうしてか、フェイトの心臓が跳ねた。
◆◆◆
脱出したフェイトとユンフが最初に見たのは、真っ白い光だった。
はやてと防御プログラムが分離されたようだ。
ユンフたちは、甲冑に身を包んだはやてと向かい合う。
彼女の周りを復活したシグナムたちヴォルケンリッターが囲い再会を喜んでいた。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、ユンフくんもごめんなー。ウチの子たちが迷惑かけてもうて…」
「頑固一家だからね、八神家は」
シャマルに治癒魔法をかけてもらいながら、ユンフはのんびりと感想を述べた。
気まずそうに視線をずらすシグナムたちは思い当たる節があるようだ。
「あとは防御システムをなんとかするだけだね」
「その点については僕が説明しよう」
「お、クロノ」
転移してきたクロノはユンフに頷き、指を2本立てた。
「暴走を停止させるプランは二つだ。ひとつは極めて強力な凍結魔法で機能を停止させる」
「もうひとつは…?」
「アースラのアルカンシェルで、消滅させる」
ごくりと、誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。
防衛プログラムは魔力の塊、コアがある限り再生機能は止まらない。
かといってアルカンシェルを放てば、結界を飛び越えてこの世界までぶっ飛んでしまう。
しかし、暴走が始まったらそれ以上の被害が広がり始めてしまうのだ。
「これ以外にいい手はないか?」
「すまない…役に立てそうにない」
手詰まりだ。
打つ手なく諦観漂うその場に、陽気な声が響き渡る。
「そんなのズバッとふっ飛ばせばいいんだよ!」
「…ユンフ、これはそんなに単純な話じゃ…」
「いや、ちょっと待て」
ユーノを制し、クロノはユンフを促す。
「限定して考えるからいけないんだ。もっと頭を柔らかくしなくちゃ」
「なんだよ、さっさと言えよ」
「だからさ、全く何もない空間なら撃てるでしょ?例えば…宇宙とか」
「…っ、なるほど」
ユンフの言いたいことを察し、クロノは息を呑む。
顎に手をやり、物思いに耽る。可能性がないわけではない。
「実に個人の能力に頼った、ギャンブル性の高いプランだ。提案者の頭を疑いたくなる」
「なにをっ!」
バリアを抜いたら、一斉砲撃でコアを露出。
強制転移魔法でアースラの前に転送。
アルカンシェルで蒸発。
言うだけなら簡単だが、実践はかなりの力技だ。
「だが、やってみる価値はある」
一同に迷いはなかった。
暴走の時間まで、あと10分。
ユーノとアルフ、ザフィーラが援護をし――。
なのはがとヴィータの砲撃が。
シグナム、フェイトの斬撃が。
はやての、クロノの広域魔法が。
闇の書を貫く。
成功だと、誰もが思った。
仕上げになのはとフェイト、はやてが魔法を唱え始めた瞬間――
「まずいっ!」
今まで溜めていた魔力が防衛プログラムの口から吐き出された。
その斜線上にいるなのはたち三人は、トドメの詠唱を止めるわけにもいかず、その身を固まらせる。
「なのは!」
「フェイト!」
「はやて!!」
ユーノが、アルフが、ヴィータが叫ぶ。
守れない命に恐怖したその刹那――
――力が欲しいの?
そんな声がユンフの頭に響いた。
――……どうか、後悔しないで
「え?」
アグーバと話している気になっていたユンフは、自身の中から溢れてくる猛々しい魔力に目を見開いた。
だが、今は…思いつくままに叫ぶ。
「インフィニティ・ビートッ!!」
青い稲妻が、防衛プログラムの攻撃を相殺した。
「…え?え?」
「今のうちだよ!」
混乱しつつ、なのはたちが砲撃を放つ。
シャマルたちが空間転移をさせ、アルカンシェルが撃たれた。
「ふぅ…終わった、かな」
作戦成功に喜ぶ面々。
肩を叩きあうみんなを前に、はやてが倒れたのはすぐあとのことだった。
* * *
はやてをアースラの医務室に寝かせ、付き添うなのはたちの輪からユンフはそっと抜け出した。
勘のいいクロノは幸い、エイミィと管制室に閉じこもって事後処理に明け暮れている。
人気のない丘にやってくると、空から白い結晶がユンフに降り注ぐ。
「わぁ…雪だ…」
〈見るのは初めてかしら?〉
「うん。話には聞いていたんだけどね」
女性の声にユンフは驚くことなく、答えた。
警戒しているのか、耳にぶら下がっている三日月は無反応だ。
〈何から話せばいい?〉
「うん。まずはキミの名前を教えてくれないかな?」
〈ユーティよ。あなたたちの世界ではユニゾンデバイスに属するわ〉
ユーティ…と口中でユンフは繰り返す。
「デバイスなら、媒体があるんじゃないの?」
〈残念だけど、見せることはできないわね。乙女に秘密は付き物だもの〉
「じゃあ、デバイスだけど、形がないってこと?」
〈形はあるわ。あなたに念波が届いてるでしょう?ただ…そうね、私もわけアリなのよ〉
〈ふん。どこまでが真実がわかったもんじゃないな〉
喧嘩ごしのアグーバを宥め、ユンフは声しか聞こえない新たなデバイスに語りかける。
「それでも、あのとき僕に力を貸してくれたのは…ユーティ、キミだよね」
〈…そうよ〉
どこから来たとか、どんなデバイスなのかとか、一切説明したがらない彼女だが。
ユンフが確認したいことは一つ。
「ユーティ、僕の力になってくれる?」
〈……ええ、いいわよ。ユン坊〉
「ちょ、なにその呼び名は!?」
〈そっちのデバイスもそう呼んでいるじゃないの〉
〈坊は坊だからな〉
「納得いかない!ユン坊なんて、麺棒やマンボウじゃないんだよっ」
確かに子どもではあるのだが。
なんだかんだで意気投合してからかってくるデバイスコンビに憤慨するユンフの背後で、雪を踏む音が聞こえた。
白銀の髪を靡かせ、長身の彼女がゆっくりと歩いてくる。
「…リインフォース?」
「お話し中、失礼する。…あなたに、頼みがある」
告げられた言葉は別れを示していた。