魔法少女リリカルなのは Conviction 作:のんべんだらり
シャマルたちと別れてからフェイトの様子がおかしいことに気づいたのは、スーパーが見えなくなった頃だった。
ユンフから視線を背けるように下を向き、歩き続けている。何か失態をしたかと行動を見直してみるが、思い当たる節はない。
そればかりか、不安が募るような記憶がちらほらと思い起こされるばかりだ。
【とりあえず謝った方がいいのかな…】
【あのね、とりあえずで謝ってどうするの。女の子はそういうところ、敏感なのよ?】
【坊に原因があるなら、それが得策だと思うが】
唯一の相談役たちはあれこれと見解を述べるものの、その意見は纏まらない。
一応、女性の意見ということでユーティを尊重しつつもアグーバは冷静な反論をし、そのまま数十分が経過した。
【男性にはわからない問題ね】
結局、ユーティが締めくくった言葉にユンフとアグーバは黙り込んだ。
フェイトだけでなく、アグーバとユーティの間でも気まずい雰囲気が漂い、更に息苦しくなった帰り道を歩く。
――ピタリと二人の足は止まる。
お互いが同じタイミングで声をかけようとしたなんて甘い偶然でないことは、硬く引き締まった表情を見れば明らか。
夕焼けが一気に闇へと落ちた。
「結界の起点、特定できる?」
「ここ周辺、半径五キロを覆われてる。発動者は…ごめん、わからない」
闇の書事件の後、管理局からも監視の目が厳しくなっているこの地に乗り込んでくる無謀。
そうそう立て続けに起きるわけないと高を括っていたクロノは、慎重になるべきだったのかもしれない。
背中合わせに周囲を警戒するユンフとフェイトは、それぞれバリアジャケットを身につけている。
張り詰める空気の中、二人の前に黒い塊が現れた。
「…人…?」
だがよく見れば、黒光りしているボディにしなやかな、まるで人間のような手足。だが、その造形はヒトではない。
窪んだ目から赤い光を発し、捜し求めるように双眼が彷徨っていた。
「なんだ、あれ」
「くぐつ兵?…土から生み出されてるタイプは見たことがあるけれど」
【あれ、は…っ】
「…ユーティ?」
声を震わせたユーティに呼びかけたそのとき、真っ赤な光と目があった。
にたぁ、と口らしき箇所が大きく盛り上がる。
「やばっ、フェイトやるよ!」
「――うん」
標的として捉えられてしまっているユンフは大剣を振り上げ、正面から突っ込む。
緩慢な動きからみて、機動性のない相手だ。ユンフの速度に追いつきはしない。
棒立ちの機械兵の胴をそのまま全力で薙ぎ払う――つもりだった。
「つぁっ!?」
甲高い金属音と鈍い衝撃。
カラン、とユンフの手からアグーバが落ちた。
「しまっ…!」
「ユンフ!」
機械兵の後方から飛んできたフェイトに支えられ、空へ上がる。
今まで自分がいたところを見ると、機械兵の腕が握りこぶしを作っていた。
痺れに気をとられていたユンフの頭があった位置だ。
ぶるっと体を震え、抱えるようにして拾い上げてきたアグーバを再び手放しそうになってしまった。
「あんなの反則!めっちゃくちゃ硬い。一体、何で出来ているのさ…」
「あの手のタイプは直接攻撃は効きにくい。たぶん、バルディッシュでも傷はつけられないと思う」
「広域のはやてがいればってところか。でも、機械は電気と水に弱いって言うじゃん?」
刃こぼれを心配しつつ、左手で柄を握る。
利き手ではないが、まだ握力の戻らない右腕よりは頼れる。
【また、坊の思いつきか?】
「ただのアイデアどまりか、やってみなくちゃわからないよ」
アグーバに評される思いつきとは、先ほどと同じようにユンフが囮となっている間に雷系の詠唱魔法でフェイトが攻撃するというもの。
ユンフの作戦を聞き、フェイトは頷く。
「だけど、ユンフの負担が大きいよ」
「平気平気。ユーティがいるから。もしものときは守ってもらえるし。ね、ユーティ」
【……】
【…おい】
【え?そ、そうね。そのときは私に任せなさい】
反応が遅いことに首を傾げるが、言及はさせないとばかりユーティは声を張り上げた。
【さぁ、あいつを金属くずにしてやりましょう】
物騒な物言いを交えたいつも通りの彼女の言葉に、ユンフたちは緩慢に歩き回っている敵を見据える。
「気をつけてね。ユンフ」
「フェイトも。頼んだよ」
瞬間、金の風と蒼の風が飛び立ち、よたよたとしている機械兵の前に蒼が舞い降りる。
「お待たせ、僕と遊ぼうか?」
大剣を構えたユンフに、金属の顔が隆々する。
禍々しい笑みに引き攣り気味のユンフだが、すぐにその身を引いた。
「……作戦、撤回してもいいかなぁ…」
【無理に決まっている】
頬から一筋、生暖かい液体が伝い地面に赤い染みを作る。
無造作に拭ったユンフの前で右手――否、刃となった右腕を突き出し、にたにたと嗤っている機械。
早さも能力も飛躍的に進化するとは、現代の科学の力を侮っていたことをユンフは猛烈に反省した。
「ユーティ。もしものときは本当に頼むからね!」
【わかってるわ】
【…Device Model…】
片手剣とモデルチェンジをした、アグーバを目の高さまで持ち上げる。
もしものときがすぐ背中に迫っている想像を、振り払い、ユンフは叫ぶ。
「ブラウショット!」
正直、首が切り離されそうになった瞬間が三回はあったと思う。
両腕を刃と変形させた機械の攻撃をフェンサーモードに戻した大剣でいなしながら、脂汗が噴出していた。
フェイトの詠唱分の時間は十分に稼ぎ出せたものの、ユンフとの距離を離してくれないため、彼女が攻撃できない。
「ふっ!」
離しては詰められ、フェイトに合図を送る暇さえ与えない。
初めとは比べ物にならないくらい好戦的だった。
「くっ、なんとかして隙を…っ」
次第に増してくる威力を剣を握る手を交互にすることでいなしているものの、両手の感覚がなくなってきている。
どの道、この状態が続けばユンフに勝ち目はない。
逃げることもできないならば、こちらから一撃加えるしか隙は生まれない。
「斬っても叩いてもダメなら!」
【Lostlessworld】
「突く!」
弾き返された力に逆らわず、剣を思いっきり引き突き出す。
接合部分である膝間接を狙った一撃は、盾となった右腕に阻まれた。
「こっの、その成長力、僕にわけてほしいね…」
「…ォ…レ、ツ、ョ…ィ」
「…うっそぉ」
片言だが伸びたテープを再生したような機械音を発したのは、目の前の無機物だった。
『ユンフ!私もそっちに』
『ダメ!フェイトが動いたら、元も子もないっ』
『でも…っ』
『なんとかするから!だからフェイトはタイミングを――』
そこまで言って、ユンフは目を見開いた。
目と鼻の先にコーティングされた金属。
胃から競り上がる不快感と、腹の痛みにユンフの身体は二つ折りになる。体重を支えるように突き出した手のひらが、機械兵の胸部に触れる。
【――私の出番かしら?】
「吹き飛べッ!」
【Wind storm】
「ゥ、ガァ……ッ」
流石に頑丈な作りをしているだけあって十メートルくらいしか退かせることができないが、今はそれで十分だった。
『サンダー……』
「…ァア…!」
上空で電磁の集まりを感知したのか、素早く跳躍しようとする機械兵。だが、その体はいつまで経っても地面から足が離れることはない。
「…キミは動けない」
『ブレイド――!』
機械兵の自由を奪っている蒼と黄の鎖ごと、無数の雷光が突き刺さった。
「――にしても、なんなの、これは」
デバイス形態に戻ったアグーバを耳につけると、ユンフはつんつんと丸焦げになった物体を枝で突く。
体に害がありそうな真っ黒い煙を出してはいるが、匂いはない。
「ミッドチルダでも見ない金属、だよね」
「どっかに製造会社とか記載されてたりして」
【止めなさい】
ひっくり返そうとするユンフを、すかさずユーティが制す。
【…持ち帰ればいいだろう】
「そうだね。マリーなら何かわかるかも」
「僕らじゃ、お手上げだもんね。…真っ黒だし」
解析するのに支障はないと思いたい。何せ、命がかかっていたのだ。
それぐらい、マリーもお小言を1時間くらいに縮小してくれると有難い。
【そうと決まれば、すぐにこの場を離れましょう。結界もなくなったことだし】
「…この機械兵が発動させていたのかな」
「どうだろ。頑丈さを押し売る戦い方だったけど……って、あーー!!」
転送の準備をしていたユンフが、突然大声を上げる。隣りにいたフェイトは目を白黒させて、彼の走っていた方向に目を向けた。
投げ出したビニール袋から飛び出て食材が無残に散らばっている。
フェイトが持っていた袋の中身は、どれも潰れるといった事態は回避したようだ。多少汚れてしまっているが、洗えば問題ない。
胸を撫で下ろしたフェイトの耳に悲痛な嘆きが届く。
「な、なんということだ……ッ!」
「ユンフ…?」
「カフェオレが…!僕のカフェオレが全滅ッ!?」
見事に、ユンフのお気に入りのカフェオレが犠牲になっていた。紙パックから漏れ出た液体は、まるで彼らが流す血の如く。
その日帰宅してからずっと、ユンフは不貞寝を決め込むことになる。