魔法少女リリカルなのは Conviction 作:のんべんだらり
日曜日の昼間。
リンディ、クロノ、エイミィというアースラスタッフに加え、フェイト、なのは、ヴィータとシグナムがハラオウン家に集められていた。
神妙な面持ちでクロノが口火を切る。
「用件は先日の機械兵及び、魔導師のことだ」
モニターに先日の戦闘が映し出される。
「神隠し」事件は正式に魔法関係と認識され、アースラが解決に乗り出すことが決定した。
「ユンフたちが持ち帰ったものと、昨日の襲撃犯は分析の結果は一致。どちらもミッドチルダで製造されている物質ではないらしい」
「それらしい部品はあるのだけど、組み立てと改造レベルが異常でどこの世界か判断できないのよ」
「局のデータベースでも該当しないし、お手上げだよ」
どちらもサンプルが黒こげだったからというのも理由の一つかもしれないが。
製造がどうあれ、そんな技術を持つ人間はミッドチルダにはいない。別世界からの侵入者の可能性は高い。
「そちらはどうだ?」
「我々の方も大した情報を得られなかった」
「どいつもこいつも、全然覚えてねぇんだもんな」
視線を向けられたシグナムとヴィータは首を振った。
はやてと同じ病院にいるという「神隠し」に会った被害者たちは、生気の抜け落ちていて会話にならなかった。
「あとは、黒いローブを被った魔導師だが…」
「こちらで確認したのはクロノくんと同じ氷属性ってくらいなんだけど」
「って言われても、アタシらが着いたらすぐに逃げていったしな」
「うむ。高町やテスタロッサはどうなのだ?」
なのはとフェイトは顔を見合わせる。
「えっと、遠かったからあんまり…デバイスは持ってなかったような」
「おいおい、デバイスを持たない魔導師など聞いたことがないぞ?」
呆れたような声をクロノが出す。
「でも確かにそんな感じだったな」
「戦ったアルフィードに聞くのが一番早いのではないか?」
シグナムの助言にクロノは押し黙る。見渡してみれば、ふわふわと跳ねた頭が見当たらない。
敵の鋭い一撃を避けることはできる軍神もどうやら場の空気は読めなかったようだった。
苦笑いしているリンディとエイミィ、フェイトから察するにその話題は地雷。触れなくてよかったとなのはは密かに思った。
「あいつは今……外出中だ」
「それは残念だ。アルフィードのデバイスなら何かわかるかと思うのだが…」
苦々しく吐き捨てたクロノに、普通に返答できるのはシグナムだけだろう。
「デバイスって、アグーバ?」
「いや、女性の方だ。デバイスを持たないと聞いて、ふと思い浮かんだものでな」
「確かにアグーバと違ってユーティのデバイス形態を見たことはないけど…」
改めて考えてみると誰も見たことがない。魔法の合同練習をしていたなのはも、一緒に暮らしているフェイトたちでさえも。
困ったような視線を集めたクロノは肩を竦めた。
「聞いても知らないの一点張りさ」
幾度となく検査を受けろと口をすっぱくしても、ユンフにのらりくらりとかわされ続けているのだ。
説明を加えた彼は、だが…と顎に手をあてる。
「言われてみれば似ているかもしれない。ユーティの戦闘記録がない現状で断言はできないが」
「判定は難しくないと思うが。あれほどの鮮やかな青い魔力光もなかなか珍しい」
「何言ってやがるシグナム。ユンフの魔力光は翠だぜ。昨日の今日だって言うのにもうボケちまったのか?」
「そう、だったか…?」
エイミィが映像をリプレイさせると、鼻を高くするヴィータの隣でシグナムは首をしきりに捻る。
その力関係に笑いが漏れた。
なのはも突拍子もない勘違いにそっと頬を緩ませていると、シグナムと同じような顔をしているフェイトに気づく。
「フェイトちゃん?どうかした?」
「う、ううん。なんでもない…」
「……?」
胸の前で手を振るとフェイトは、ヴィータにからかわれているシグナムへ視線を向けた。
そんな彼女の姿になのはもまた、そちらへと意識を移した。
その頃、ユンフはブランコ一回転に挑戦していた。
「…のわぁっ!?」
手を滑らせた拍子に身体が宙に放り出され、背中から地面に着地した。心配する声に手を上げることで応え、ユンフはそのままぼんやりと空を見上げる。
金属兵と戦闘をした公園は、遊具で遊ぶ子供たちの声が溢れていた。
白い息を吐き出し、冷たくなった手を頭の後ろで組む。
【会議をすっぽかしてよかったのか?また飯抜きにされるぞ】
「うん…」
【日も暮れてきたわ。風邪ひいても知らないわよ?】
「うん…」
ユーティやアグーバが話しかけてもこんな調子である。
お昼前にクロノの目を盗んでハラオウン家を出てきたが、街をぶらついている間もユンフは心ここにあらずだった。
【いつになく、マヌケな顔で呆けているな…お前は何か知らないのか?】
【あなたの方が長い付き合いなんだから、わかるのではなくて?】
【……こういうときの坊に、声をかけたことは一度もない】
間をおいて告げられた硬い声にユーティは素直に驚いた。
良く言えば慎重な、悪く言えば固いアグーバとは短い時間でも数え切れないほど意見の衝突があった。
その度にユンフが最後に頷くのはアグーバの意見だった。二人の間の信頼にユーティはほんの少し疎外感を感じたものだ。
それが今、ライバルから戸惑いさえ伝わってくる。
【普段から呑気な坊だが、坊なりに理由があって行動している】
【……理由って?】
【それは知らん。ただ、考えなしに見えてそうではないということだ。それはお前も理解しているだろう】
デバイス同士がそんな会話をしているとも知らず、ユンフの瞳はただ雲を追っていく。
「空は高いなー…」
そうして突拍子もなく口を開いては、無言で宙に視線を彷徨わせている。
だがしかし、何度目かになる彼の呟きに続きがあった。
「おいおわれ…か」
なんのことを示しているのかわからず、デバイスたちの相槌が遅れる。
さわり、と公園内を吹き抜けた風に、ユンフのイエローグレイの髪がさざ波立った。
日が暮れた公園にはユンフの姿しかなかった。
「遅くまでの子どもの1人歩きは危険よ?」
身体を起こした先、電灯の下に黒いローブが佇んでいる。警戒するアグーバに対し、ユンフは至って平静に応える。
「もう少し待っても来なかったら帰ろうと思ってたところだよ」
「レディは準備に時間がかかるものよ。女の子に好かれるにはもう少し辛抱強くなることね」
「別に好かれなくてもいいよ。生憎と、待つのは嫌いなんだ」
クロノにネチネチ言わることになろうとも、ユンフが半日外に出ていたのは気になったことがあったからだった。
病院で見かけた、魂の抜けたような少年。そして昨日、襲われていた少年。
神隠しと報道されていた子どもたちも共通点があった。
そして、その中にユンフは含まれる。
〈坊…〉
「確信はなかった。けど、僕の勘も捨てたものじゃないね」
〈おとりになるならクロノに相談した方が良かったんじゃない?〉
「…ユーティはできた?」
困ったような顔で微笑むユンフに、ユーティは押し黙った。
無言の肯定を非難することなく、バリアジャケットを纏ったユンフは空に上がる。
それぞれの胸中に渦巻いた気流が徐々に勢いを増していた。
先手は魔導師の砲撃だった。
青碧の魔力の塊がユンフに向かって降り注ぐ。
一直線の軌道に臆することなくユンフは空を駆り、黒魔導師との距離を縮める。
だが、先読みされていたその行動は上空からのベクトルの違う誘導弾に阻まれ、そのまま地面に叩きつけられた。
「くっ…」
強化しているとはいえ、衝撃までは殺しきれない。
なのはとの合同練習で打たれ強くなったとは思っていたが、訓練と実践は違う。
〈なぜスタンバイしない〉
〈…いつまでも、私がいるとは限らないでしょ。予行訓練よ〉
〈なんだと!〉
「いいよ、アグーバ」
正直、そんな気はしていた。
ユーティの様子がおかしいことには気づいていたし、もともとこの戦闘に彼女を使うつもりもなかった。
「一対一で、僕は絶対に負けない」
その言葉通り、見上げた魔導師のローブは風穴が開いていた。身につけている彼女の表情は険しい。
お互い、五分五分のダメージといったところか。
「…次で決める」
「そう簡単にはいかないわよ」
集中を高め、ユンフは今一度空へ上がる。
フェンサーモードに切替え、前に突き出す。
「なっ!?」
自身という弾丸を魔導師の張るシールドへ放つ。
直後、爆煙の中から影が一つ地に落ちていった。
「勝負あり…だ」
懐を押さえ、起き上がろうとした魔導師の咽もとを鋭い刃が舐める。
息が上がっているユンフに反して、剣先はぴくりとも引かない。
「まるで別人ね。この間、機兵に踊らされていた人物とは思えないわ」
仮面の下の素顔は恐怖でも悲痛でもなく、余裕。
この絶対絶命の状況でさえも、それが表立っているのは不気味でならない。
「直に執務官が到着する。大人しく――」
「残念だが、それほど我々は気が長い方ではない」
声と同時に、ユンフは吹き飛ばされていた。
地面に手を着き、新たな襲撃者を見定める。
「スーカル様!!」
綻ばせて近寄る魔導師を、男は殴り飛ばした。
「子ども1人探し出すのに、どれだけ時間をかけているのだ。無能めっ!!」
「も、申し訳ありま、せん…」
跪く女魔導師に容赦なく罵倒や、蹴りが降り注ぐ。
敵とはいえ、見ていて気持ちのいい光景ではない。
ユンフはたまらず、声を張り上げた。
「やめろよ!あんた、仲間をっ…!」
「貴様に言われるとは心外だ。母親をここまで痛めつけておいて、自分のことは棚上げか?」
「な…に、を?」
「なんだ、気づかなかったのか?」
ふふん、と不敵に笑い真っ黒いマントを男は後ろに払った。
馬鹿にした視線をユンフに向け、女魔導師の髪を引っ張り上げて言う。
「この女は貴様の母親、ユーティシア・アルフィードだと言っているのだ」
「デタラメを言うな!!母さんは、母さんは…っ」
信用できる言葉ではない。
それだというのに、震えが止まらない。
「この仮面を剥いだら、信じるしかあるまい」
「お、おやめください、スーカル様!」
仮面にミシッと音を立ててひびが入る。
「っ、動くなっ!」
女魔導師の顔を右手で押さえ、仮面を剥ぎ取ろうとする男にユンフは剣を突きつける。
だが、切っ先は態度よりも雄弁に心情を語っていた。
「…本当に、貴様は親不幸だな。母ばかりでなく、父にまで刃を向けるとは」
「お前が母さんの、父さんの何を知っているっていうんだ!」
「聞こえなかったのか?この俺が貴様の父親、ライゼック・スーカルだと言っている」
どすん、と下っ腹に石を投げ落とされたような気がした。
頭が真っ白になり、力任せに暴れる衝動をユンフはアグーバを握ることで必死に耐えていた。
「嘘だ嘘だ嘘だッ!」
「無能揃いの管理局でもさすがに調べはついた頃だろう」
「っ!」
一歩ずつ近づいてくるライゼックに必死にデバイスを振り回すが、冷静さを欠いたその軌道は実に安易。
軽やかにステップを踏み、ライゼックは息子の咽を掴みあげた。
「貴様に構っている時間はない。我々の目的はただ一つ、“誑惑の石”」
「きょ、…わ、くっ」
「まさか、こんなところに隠してあったとは。探すのに手間取ったよ」
「な、んの…こ、と…だ、」
野太い指に潰されている咽が、ひゅーひゅーと乾いた音を立てる。
酸素不足で頭が朦朧とするユンフを目下に、ライゼックは口元を吊り上げた。
「貴様には手の余る代物だ」
ユンフの手からアグーバが落ちる。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。あなたは局員に完全に包囲されている。その手を離し、投降してください」
「くろ…の…?」
クロノだけでない、フェイトやなのは、シグナムとヴィータもデバイスをライゼックに向けていた。
「もう遅い」
ライゼックは、拳をユンフの胸へと突き刺した。
「がぁ…はッ」
【きゃあああっ!】
頭の中で、ユーティの悲鳴が聞こえ、気道を支配しているライゼックの手首に手をかける。
だが、呼吸困難と直接のリンカーコアへの衝撃で力は入らない。
「ユンフッ!!」
背中から突き出たライゼックの黒い右腕は、リンカーコアを握りつぶさんとするかの如く、乱雑に掴み取る。
眩い翠の光を無造作に荒らされる度に、声なき苦痛にユンフの体が跳ねた。
「……見つけたぞッ」
確信めいた表情で、ライゼックは引き抜いた腕を空へ突き上げた。
月明かりに照らされたのは透明な四面体。
その足元では崩れ落ちたユンフの体に小石ほどに小くなってしまった蒼光が静かに沈みこんでいく。
「ついに、手に入れたぞッ!“誑惑の石”を!!」
「“誑惑の石”、だと…?」
強力な魔法感知するや否や、ライゼックとユーティシアの姿は消え、高笑いだけが夜の公園に木霊していた。