魔法少女リリカルなのは Conviction 作:のんべんだらり
真っ白い天井を見つめて、昨日のフェイトへの態度を思い出し、顔を伏せる。
あれは完璧に八つ当たりだった。どんなに混乱していて頭に血が上っていようが、ユンフに非がある。
戦闘前に謝っておこうと、カーテンを引いた彼に思いがけない制止がかけられた。
【呑気なものだな】
「アグーバ!」
備え付けの机の上にある見慣れたイヤリング。
ユーティがいなくなり、身体の一部が抜け落ちたような感覚があったユンフは、相棒の声がいつもより力強く感じた。
【幾分か、マシな顔になったようだ】
「え?」
【これも彼女のお陰か。我を届けてくれたことといい、坊には勿体無い】
「…随分だね」
棘のある口調にいささか不満な様子で、ユンフはベッドに座る。
いくら心配をかけたからってそこまで言われる理由はない。
【今の時刻は】
「9時20分」
ユンフにしては早く起きたほうだ。
【既に執務官たちは向かったぞ。坊が眠りこけていた二時間ほど前にな】
「またまたぁ…こんなときに冗談よしてよ。僕はフェイトから10時だって聞いてる」
感情的になっていたからって、そこまで聞き間違うことはない。
【…それが、彼女の嘘だとしたらどうなのだ?】
「…うそ?どうしてフェイトが僕に嘘をつくのさ?」
【言わなければわからないか?】
問いかけられ、思わず口を噤む。
アグーバが言いたいこともフェイトが何を見てわざと遅らせた時間を言ったのかも、思い当たる節はある。
ユンフがそれほどまでに、自分を見失っていたのだ。
【…お前の成したいことは何だ。母との再会か、父を逮捕か?】
「……」
【今の坊では足手まといにしかならん。そのせいで仲間が殺されたらどうする】
「なっ、母さんたちは…ッ」
【殺さない、か?そんな保障がどこにある。事実、少年少女を襲っていたのは彼らだ】
語る一つ一つがユンフの胸に吸い込まれていく。
ユーティシアやライゼックが行ったことは犯罪で、ユンフはそれを正す組織に属している。
秩序を、肉親だからと覆していい法律は存在しない。
【今のお前に、父母と戦う覚悟があるか?】
秒針の音だけが支配する室内で、従者は待つ。
導くことはできても、答えを見つけるのは本人。
「戦う覚悟は…正直、ない。できれば戦いたくないって思う。…けれど、僕はもう一度会いたい。ううん、会わなくちゃいけない」
【戦いが避けられなくともか?】
「会うためにそれが必要ならば、剣をとる。…そしてユーティを、仲間を取り戻す」
小さな決意に賛同するように、イヤリングが瞬いた。
◆◆◆
一方、ライゼックの拠点に向かったクロノたちは、ビルに到着していた。
岩壁の底に埋もれるように建てられた、塔のような造りをしたそれは、禍々しい魔力が充満している。ここから先は僅かな隙が命取りになりかねない。
クロノは集中しきれていないフェイトへと声をかけた。
「今は目の前のことだけを考えるんだ。執務官を目指す者が、切り替えられなくてどうする」
「…クロノ」
そうだ、今は敵地。
フェイトが迷えば、バルディッシュだって動けない。
気持ちを引き締めたフェイトは前を向き、先行していたクロノに続いて足を止めた。
ドーム上の広い部屋の中心に、影が落ちた。
「厳しいことを言うのね、最近の魔導師は」
「……ユーティシア・アルフィード」
「こんな辺鄙なところに、わざわざ大勢で来てくれるなんて嬉しいわ」
馴染みの黒いローブを羽織り、目元を覆う仮面をつけ、ユンフの母は通路を塞ぐ機械兵を従えて待っていた。
「さぁ、パーティを始めましょう?」
一斉に赤い光が灯った。
◆◆◆
「艦長!ジャミングです!」
「シグナルを解析して、なんとしても接続を維持して!」
「わかりました!」
狙い済ましたかのように映像が途絶え、リンディは椅子から立ち上がる。
ライゼックの“誑惑の石”の使い道がわからない以上、リンディが動くわけにはいかない。
世界を一個、簡単に滅ぼせる力に対して慎重にならざるを得ないことが実に歯がゆかった。
「…まずいわ」
膠着状態が続けば、援軍のないこちらが不利になる。
ディスプレイを睨むように見つめていたリンディだったが、ハッとして振り返る。
一瞬の光にまさかと思いつつ、椅子についている子機を手に取った。
「捕まえました、映像出ます……って、どうしてユンフくんが映ってるのーー!?」
「やっぱり……」
フェイトに説得されて大人しくしているものだと思っていたけれども。
彼がそう簡単に待っているはずもなかった。
待ち望んだ人が目と鼻の先にいるのだ――たとえ刃越しでも。
「思う存分、やってらっしゃい」
願わくば、最悪な結果にだけはならないでほしい、とリンディは送り出す。
◆◆◆
多勢に無勢とはこのことだと、クロノは実に痛感した。
なぎ払っても湧いてくる機械兵には、いい加減うんざりする。
「どうした、クロノ。スタミナ切れかい?」
「まだまだ。これからさっ」
背中合わせのアルフに軽口を叩く。
散り散りにされたなのはとフェイトも合流できたようだ。
彼らの周囲は氷漬けや丸焼きになった残骸だらけだが、部屋の許されたスペースはまだ半分以上余っている。
それでいて、ユーティシアは優雅に上空から、機械らとクロノたちの格闘を見物しているのだから、焦燥を感じずにはいられない。
「フェイトちゃん!」
振り向いたクロノの視界にユーティシアに連れられたフェイトの姿が映る。
「フェイトっ!」
離れていくその姿に懸念が広がっていく。
注意を逸れたとばかりに、クロノの背後から無機質な腕が伸びる。
「邪魔だっ!!…アルフッ」
「ああ!さっさと片づけなきゃいけなくなっちまったからね。全力でいかせてもらうよ!!」
「そろそろ、お相手していただける?」
背後の存在に気づいたときは、引き上げられていた。
追ってこようとするなのはに大丈夫だと視線を送り、フェイトは招かれるままに空へ上がった。
「…一つ、聞きたいことがあります。ユンフ・アルフィードという名前に聞き覚えはありますか?」
「さぁ?家族以外で同じファミリーネームに出会ったのは初めてだわ」
「…そうですか」
掴まれていた腕を振り解き、バルディッシュを握る。
「あらまぁ、怖い顔。けれど残念ね」
ふふっと微笑むユーティシアを怪訝そうに見やり、フェイトは一歩も動けなくなった。
手足に絡みついた冷気を纏ったバインド。
「もう少し周りを気にするべきだったわね、お嬢さん」
徐々に体温と感覚がなくなっていくフェイトにユーティシアが指を上げる。
「……まずは1人」
中指と親指が交差する。
「くらえ!親の尻拭いは子供の仕事!!」
「っ!!」
横から翠の刃がユーティシアを薙いだ。
バインドを解除されたフェイトの目にイエローグレイが映る。
「……ぁ」
「無事か、フェイト!!」
「さすがシスコン、来るのが早いね。今回は僕の勝ちだったけど」
大きく口を開けたクロノに遅れてアルフ、なのはもやってくる。
機兵の大群は、片付けてきたようだ。
「ユンフ!どうして来た!?自分の体の状態をわかっているのか!?」
「最近じゃ慣れっこだよ、これくらい。…それに、僕が行かなきゃ」
「だが…ッ」
【執務官】
言い募ろうとしたクロノを意外な声が止める。
【坊もただ何も考えずに来たわけではない】
「……ああ、もう!勝手にしろ。ただし!無茶は絶対に禁物だ」
「うん」
そんな二人の横で、瓦礫の山が崩れる。
動きを止め、警戒をする一同の前にその声の主は現れた。
「ここ、は……」
頭を押さえ、女性は顔を上げる。
その脇で仮面が乾いた音を立てて地に落ちた。
「か、あさん…ッ」
「どうやら、私は…長い夢を見ていたのね…」
割れた仮面を眺め、ユーティシアは弱々しく苦笑をした。
右半身を強く打ちつけたのか、ローブの上から脇腹を押さえていた。優しそうな笑みはユンフと似ていた。
「…ライゼックの目的は、世界を消滅させることよ。無論、全ての」
「そんなこと管理局が放っておくはずがありません」
フェイトの言葉を、しかし彼女は静かにひっくり返す。
「そのための機械兵だもの」
今までユーティシアが連れていたのは試作品だという。戦闘を重ねればAAランク相当まで成長する。
必要最小限の人員を残して出払ってしまっている手薄の陣営を切り崩すことは容易いだろう。
「馬鹿げている!自己進化魔法なんてあり得ない!」
「それを可能にできる力を持っているの。今のライゼックは」
「…それが“誑惑の石”ってわけかい」
正解、とユーティシアの唇が動く。
「今、地上に出ている機械兵には仕掛けが積み込まれているわ。一定時間が経過すると、爆発するようにね」
「一定の時間というのは…」
「稼動し始めてから、30分」
「確認されているだけでも、機械兵は数千体を越す。一体一体倒していたのでは間に合わないわけか」
そして、魔導師たちに大打撃を与え、身動きを取れなくしたところでライゼックは全世界を消し去るのだ。
なのはは、ぎゅっと拳を作った。
「止める方法はないんですか?」
「機兵たちに命令を出している装置の停止。その原動力はユーティよ…」
「その変換装置の破壊、または…“誑惑の石”の確保、ですね」
岩陰に寄りかかりながら、ユーティシアは頷く。
言い直したクロノに対し、その顔が若干悲しげに歪んだ。
「装置は建物の最上階。…ライゼックの部屋にあるわ」
「どちらにせよ、彼を相手にしなければいけないということか」
リンディへ聞いたばかりの情報を伝え、作戦を練り直すクロノ。
座り込んでいたユーティシアはその後方、迷っている瞳に顔を向けた。
「…大きく、なったわね。ユンフ」
足を踏み出して、手を差し伸べれば届くところにずっとずっと、信じて待っていた人がいる。
「怪我、させてごめんなさい…」
「気にしなくていいのよ。そのお陰で、私は息子に会えたもの」
「…っ!」
記憶の中でしかなかった母ではなく、現実の母にユンフは抱きしめられる。
夢や記憶と現実の違いは、時間が限られることだ。
アースラとの通信を終えたクロノが、ユーティシアとユンフの前に進む。
「僕たちは最上階に向かいます。あなたは管理局の者が来るまで、ここにいてください」
「クロノっ!」
「…そうね、それがいいわ」
「母さん!?」
泣きそうな視線にユーティシアは笑顔で応える。
「私は大丈夫。だからあなたは、あなたの仕事をしてきなさい」
不安そうに、しかししっかりと頷いたユンフの頭を母は優しく撫でた。
上へ続く階段に向かったユンフたちの姿が見えなくなった頃、ユーティシアの口から荒い息が漏れる。
「…もう年かしら。長く喋って、疲れるなんて……」
意思ある瞳は精彩を欠き、瞼が徐々に重力に引かれていく。
せっかく会えた息子と、またしばらく別れないといけないのかと思うと寂しい。
孫の顔までとは言わないが、せめて恋人の1人くらいは…と考えて、ユンフの傍に駆け寄っていた金髪の少女が思い浮かんだ。
「ふふっ、心配いらないかしら…」
微笑みながら閉じた目から雫がこぼれ落ちる。
――ごめんね、ユンフ…
光の粒子が消えていった。