魔法少女リリカルなのは Conviction 作:のんべんだらり
なのはの一撃で結界を強制解除し、脱出したユンフたちは本局に戻っていた。
負傷した体で砲撃を放ったなのはの怪我自体は大したことはないものの、リンカーコアが異様に消耗しているという。
念のため時空管理局の医療施設で検査をし、そのまま一日様子を見ることになった。
ベッドに運ばれていくなのはを見つめていたフェイトだったが…
「フェイト、ちょっとこっち!」
「?」
ユンフが少し強引にその細い腕を引っ張っていく。
「そこ、座って」
「え…うん」
雰囲気が違うユンフの指示にフェイトは大人しく従う。
引き出しを閉めるときに指を挟んだのか、ユンフが指をくわえながら戻ってきたのは10分後のこと。
「だ、大丈夫?」
「僕じゃなくてフェイトだよ。心配しなきゃなのは」
「……?」
「左手、怪我してるよね」
そう言われ、フェイトは条件反射で左手を押さえた。
やっぱり…とユンフは、持ってきたものを机の上に一つ一つ置いていく。
消毒液、包帯、ガーゼ、絆創膏、マスク…
手当たり次第、選んできたようだ。
(そういえば…前にもユンフに治療してもらったことがあったなぁ)
そのときのフェイトは意識がなく、管理局に行ってしまったからお礼も言っていなかった。
相変わらず不器用な手つきで、包帯を巻いていくユンフの必死さにフェイトの頬が緩む。
「よし、できた!」
うまくはない手当てを、フェイトは胸の前で抱きしめた。
クロノに「幼稚園児よりヘタクソ」と評されるのはその直後のことだった――。
◆◆◆
「なのはといい、今の若い子って無茶ばっかりするよねー」
〈坊が言うと説得力があるな〉
医療施設の前で壁に寄りかかりながら、ユンフはさきの戦闘のことを思い返していた。
今フェイトは中で、なのはと面会しているところだ。せっかくの感動を邪魔するわけにもいかず、ユンフは遠慮して外で待つことにした。
このあとは、二人を連れてクロノのところに行く予定となっている。
「フェイト、だいぶ表情が豊かになってきたね」
〈彼女のお陰だろう〉
「うん。これからもっともっと楽しくなるといいな」
友達がどんどん増えて、立ち上がる強さを与えてくれる人が彼女にもできて――。
ぼんやりとユンフの視線が虚空に彷徨う。遠い記憶を思い出しているように、瞳孔が開きかかる。
「……ユンフ?」
「…あ、再会はもう堪能した?」
「うん!ありがとう、ユンフくん」
フェイトの隣から病院服から可愛らしい私服に着替えたなのはが微笑みかける。
元気な姿に、知らず張っていた肩から力が抜ける。
「さ、それではいきますか!執務官がお呼びだよ」
やっぱり、彼女には笑顔が似合う。
「この前は見なかった人たちが多いね」
「ん?ああ…」
なのはとフェイトの前を歩いていたユンフは、なのはの視線の先を見て頷いた。
食堂の悪夢は彼女の中で封印された記憶のようだった。笑いに影があったのは気のせいと思いたい。
「アースラはこれからメンテナンスなんだ。だから科学チームや研究者の出入りが激しいんだよ」
「メンテナンス中、アースラは……?」
「終わるまで動かせないのよ」
「リンディ」
にこり、と微笑むアースラ艦長。
クロノの母にして、上官のリンディ・ハラオルンである。
「やるわね、ユンフくん。こんな可愛らしい女の子を二人も連れちゃって」
「ふぇっ!?」
「えっ!?」
「いやぁ、なかなか貴重な経験させてもらってるよね」
…性格だけを見れば、クロノではなくエイミィと親子なのではと疑ってしまうが。
温かい視線を送ってくるリンディとしばらく笑いあっていたユンフは、心の中でそう零した。
「さて、冗談はそれくらいとして。クロノたちはまだ?」
「さっきまでいたのだけどね。エイミィと一緒に一足早く、準備に向かってもらったわ」
「準備?なんの?」
何も聞かされていない三人は、満面の笑顔のリンディの言葉を待つ。
「なのはさんの世界に移す本部さ・が・し」
彼女のノリに時折ついていけなくなるのはこういうときだと、ユンフは我が身をもって経験した。
エイミィとクロノの探し当てたマンションは、なのはの家のすぐ近くだった。
フェイトを養子に迎えようとしているリンディの親心が見え隠れしている。
「ユンフ、にやにやしていないで働け。あとで困っても知らないぞ」
ただでさえ人手が足りないというのに、と呟くクロノの手には、たくさんのコードが詰まったダンボールがあった。
リンディはご近所へ挨拶に、エイミィはアースラから持ち込んだモニターの配線など各々忙しそうだ。
荷物の少ないユンフは早々に、以前からあるかのような存在感を醸し出しているソファーに避難していた。
「アルフがいるから平気」
「一人じゃ足らないだろ、どう考えても。貴重な人手を送り出したんだからその分動いてくれ」
「…なにさ。クロノだってフェイトに行って来いって言ってたじゃないか」
テキパキと片づけをしてくれていたフェイトは、なのはに呼ばれて出かけていった。
笑顔で見送ったユンフの二倍は働いていた彼女がいなくなったお陰で、ダンボールは山積み状態になっている。
「それを言ったのは提督だ。僕は関係ない」
「未来の妹に対して、それはちょっと冷たいんじゃない?お義兄ちゃん」
ぎくっと肩を強張らせるクロノの背から、エイミィが顔を出す。
「ずいぶん遅いと思ったら…。二人ともフェイトちゃんが心配なんだねー」
「なのはがついてるから別にー」
「彼女なら地理も詳しいしな」
どちらかというと、魔力が回復しきっていないなのはの方が心配の対象ではないだろうか。
首を傾げるユンフに、エイミィはぐっと顔を寄せた。
「し・ん・ぱ・い・だよねー?」
「も、もちろんです!」
黒い微笑に逆らってはならない。
対エイミィとリンディ用の戒律を、ユンフは素直に実行した。
「うん、うん。やっぱりそうだよね、そこでユンフくん!」
「な、なに?」
「様子見がてら、届け物をしてくれたまえ!」
エイミィが差し出した白い箱。
リボンで包装されているその箱は、結構な大きさだ。
「中身は?」
「極秘である」
「母さんからフェイトへのプレゼントだろ。大方、学校の制服ってところだ」
カエルのようなうめき声を上げたエイミィは、途端に唇を尖らせた。
クロノの突っ込みは正しかったようだ。
「それを言っちゃあ、開けたときのお楽しみが半減だよぅ」
「フェイトへの贈り物なんだから関係ないでしょ」
「ユンフくんが、先にバラしちゃうかもしれないじゃん」
「「……あり得る」」
満足そうに頷き、エイミィは指をユンフに突きつけた。
「ともかく、それをフェイトちゃんに届けてくること!」
「…りょーかい」
エイミィの勢いに押されてしまったが、片付けから逃れられたことを密かに喜ぶユンフであった。
◆◆◆
フェイト・テスタロッサは人見知りだ。
そのことに気づいたのは最近のこと。
あまり感情を出して話すことはなく、他人に対して今まで興味を持ったこともなかった。
それが変わったのは、隣で微笑んでいる彼女に出会ってからだ。
「どう?紅茶、お口にあった?」
「うん。とってもおいしいよ」
なのはの実家でもあり、喫茶店でもある“翠屋”で出されたチョコレートケーキをフェイトは口に含んだ。
彼女の家族とは一度、面識もあるのだが、他者への関心を絶ってた時期なので、初対面として挨拶をした。
「それにしても、なんか初めて会った気がしないわねー」
「それはビデオメールでお互いを知っているからだよ、アリサちゃん。実際には初めましてでしょう?」
アリサ・バニングスと月村すずか。
なのはの友人だ。二人はアルフが人型モードで会話しているため、気がつくのに時間はかからないだろう。
引越しの片付けをしていたところを彼女達三人に誘われ、午後のお茶会となっていた。
フェイト自身も初対面の感じはしないのだが、まだちょっぴり恥ずかしい。
徐々に会話する内に慣れていくものなのだろうな、と悠長に構えていたフェイトに、アリサは切り込んだ。
「ビデオメールって言えば、一回だけ男の子が映っていたけど…フェイトの彼氏?」
「ご、ごほっ!?」
「だ、大丈夫!?フェイトちゃん!!」
咽せたフェイトはなのはに背中をさすられつつ、淹れてもらったばかりの紅茶に手を伸ばした。
質問した張本人は心配そうな視線を送ってくるが、はぐらかすことは許さないとばかりに口元に笑みを浮かべている。
そればかりか、すずかを味方につけたようだ。
「私も気になるなぁ…」
「なのはは知ってるんでしょ、その子のこと」
「う、うん」
アリサたちの言う男の子とは、ユンフのことだった。
ビデオメールを撮影中に、模擬戦の時間を間違えてフェイトを呼びにきたことがあった。
そのときのユンフは寝不足だったらしく、勘違いに気づくとそのままフェイトの横で眠ってしまったのだ。
撮り直そうと取り出しておいたディスクを起きたユンフがそのままなのはに送り、いつものようにアリサたちと見、今の状況がある。彼は親切心であったと思えば、あのときに席を外した自分を止めたい気持ちでいっぱいになった。
「べ、別にそういうのじゃなくて…」
「でもそのときのフェイトちゃん、ずいぶん慌ててたよね」
「確か、名前は…」
「「ユンフ!」」
「…え、なに?」
ピタリと固まり、一同は入り口を振り返った。
頭に木の葉をつけた少年が一人、立っている。
どこの森を旅してきたんだという格好は、さすがのアリサも突っ込めず、最初に声をかけたのはフェイトだった。
「ユンフ……?」
◆◆◆
「いやぁ、良かった良かった。やっと任務を果たせるね」
水を三杯ほど、一気に飲み干してユンフは、開口一番そう言った。
エイミィに描いてもらった地図を片手に歩いてきたらしいが、見事に迷ったらしい。
彼の髪に残っていた葉っぱを取り終えた、フェイトは渡された箱とユンフを交互に見る。
「リンディからのプレゼント。開けてみて」
フェイトの後ろへと集まったなのはたちの目に、見慣れた白い制服が飛び込んできた。
彼女たちが通う学園のものだ。
「よかったわね、フェイトさん」
「うんうん!同じクラスになれたらいいね、フェイトちゃん!」
なのはの母、桃子の言葉に、はにかむフェイトの頬が上気する。
本当に嬉しそうに笑うフェイトを間近で見て、ぼんやりとしているユンフの背中に影が忍び寄っていく。
「ちょっと、アンタ。フェイトとどういう関係なの?」
「え?」
「アリサちゃん、いきなりそれじゃ失礼だよ」
金髪の少女と紫色という珍しい髪を持つ少女を前に、ユンフは瞬きをくり返した。
なのはたちと同じくらいの年だが、会ったことはないはずだ。
アリサという子を諌めた紫色の髪の少女が、一歩前へ出る。
「初めまして、ユンフくん。私はなのはちゃんとフェイトちゃんの友達の月村すずかです」
「私はアリサ・バニングス」
「あ、僕は――」
「あなたがユンフね。それで、フェイトとの関係は?」
「へ?」
名乗るだけ名乗った彼女たちに、自己紹介もさせてもらえず、ユンフは、左右に視線を動かす。
視界に入ったなのはとフェイトにSOSを送るが、二人は一緒に学校へ通える喜びを分かち合っていて、生憎とこちらのことは眼中にない様子。
問われたからには答えようとユンフは口を開いた。
「友達、だけど…」
「それだけ?」
「それだけって…他の言い方だと、友人?」
「…これは手強いわ…」
「苦労するね、フェイトちゃん」
「?」
アリサとすずかが、ユンフの持ってきた箱を大事そうに胸に抱えているフェイトへ振り返る。
見守る視線はどこか哀れみを含んでいて、それがまた疑問だった。
二人はユンフに向き直り、溜息をついた。
「えっと、なんだろう?」
【〈……知らなくてもいいことが世の中にはあるのだ、坊〉】
一部始終見ていたアグーバのフォローに、ユンフは哀愁が含まれている気がした。