魔法少女リリカルなのは Conviction 作:のんべんだらり
翌日、着慣れた制服を着てなのはは深呼吸をし、インターホンを押した。
開くドアを待ちきれないとばかりに、うずうずと手を握ったり開いたりする。
ようやく響いた開錠の音に、なのははパッと顔を上げた。
「なのは、お待たせ」
「ううん、全然待ってないよ」
閉めきる前に一度、「行ってきます」と恥ずかしそうにフェイトは言う。
他愛無い話をしながら並んで歩き、しばらくすると金と紫が見えてくる。
「おはよう、なのはちゃん、フェイトちゃん」
「バス、もうすぐ来るわよ」
同じ制服に身を包んだすずかとアリサだ。
いつもバス停で待ち合わせをして、学校に行く仲良し三人組み。
今日からは四人になることが、なのはは嬉しくて仕方がなかった。
だからだろうか、少年のことが頭から抜けていたのは。
「ところでアイツは一緒じゃないの?」
「アイツ?」
「ユンフくんのことだよ」
すずかの補足に、なのはは手を打ち、苦笑しているフェイトを見た。
「えっとね…」
どこかぎこちなく、フェイトは朝の出来事を話し始めた。
「僕?行かないよ」
朝食の席に一番遅くやってきたユンフは、欠伸交じりに答えた。
てっきり、ユンフとも一緒と思っていたフェイトは、小さく肩を落とす。
「行ってくれた方が助かるんだけどね、まったく」
「それは邪魔者って言いたいのかな、クロノくん」
「強ち間違っていないな。お前がいると面倒ごとばかり起きる」
「なにを!くらえ、ピーマンコンボ!」
クロノの皿に、大量のピーマンがなだれ込む。
どれも、ユンフの残したものである。
「ユンフ!」
「ごちそうさま」
クロノの皿に積みあがった緑の山にさっさと背を向けて、ユンフはお皿を引き上げる。
このやり取りは、普段大人びているクロノが年相応になる数少ない瞬間だ。
リンディやエイミィでさえ、滅多に崩せないクロノの冷静さをいとも簡単に取っ払う。
飄々としていて、でも温かみのある少年の傍はとても居心地がいい。
だから、どんなに喧嘩をしてもクロノはユンフを信頼している。
それはクロノだけでなく、フェイトやアルフを含め、この場にいる全員に言えることだった。
「…ユンフと勉強できると思ったのにな」
「それは無理だよ、フェイト」
デザートのゼリーを手にして戻ってきたユンフが蓋を開ける。
「学年違うし」
「?」
「あのね、こう見えてユンフくんはフェイトちゃんたちより三つ年上なんだよ」
耳元で教えてくれたエイミィの言葉に、フェイトは固まった。
小学四年のフェイトたちの三つ上となると…中学一年になるわけで。
「まったく見えないがな」
「…クロノだって平均以下のくせに」
「なっ!それはお互いさまだろう!!」
身長のことで二人が再び喧嘩を始めても、フェイトの凍結はしばらく治らなかった。
「嘘…」
「年上だったんだ…」
「にゃははは…」
大きく見ても同い年くらいにしか考えていなかった面々は、苦笑を禁じえない。
「あれが中学生だなんて、詐欺よねー。私たちよりも中身、幼いじゃない」
「……アリサちゃん」
アリサがそれ以上言わないように、すずかがその肩に手をかけた。
これ以上、胸中を吐露しても苦笑の嵐が吹くだけだ。
「そ、それじゃユンフくん、中等部に通うの?」
「ううん。やることがあるからって家にいるよ」
エイミィたちのお手伝いかなと思ったけれども、心底嫌そうな顔をしたクロノにその考えは消去した。
頭を悩ませるなのはとフェイトにアリサは軽く言う。
「外に出ても迷うんだから、動かない方が安全なんじゃない?」
先日の光景を思うと、誰も異を唱えられなかった。
少女たちの話題の渦中にいる少年はというと――
【〈坊、この道を通るのは五度目だ〉】
「あれー、そうだっけ?」
アリサの予想を違えることなく、迷子になっていた。
日中、ずっとテレビの前を陣取っていたユンフが突如言い出した。
――アイスを食べに行こう、と。
その原因である画面をアグーバが見下ろすと、三段に重ねられたアイスクリームがとても魅力的に映し出されていた。
冬という季節にアイスが適しているとも思えないアグーバだったが、食べ物関連では融通の利かない主に仕えたことを後悔するしかない。
【まぁ、なんとかなるでしょ。…おっ!あれ、おいしそう!】
なんともならないから、忠告しているというのに。
公園内の出店へと走っていくユンフに付き合うしかないデバイスの身にアグーバは泣きたくなった。
◆◆◆
その日、八神はやては、一人だった。
最近できた家族達は忙しそうに、毎日出かけては夕飯まで帰ってこない。
一生懸命になれるものを見つけたのはいいことだと思うし、いつもはシグナムやシャマルがついていてくれる。
だが、彼女らは急用でいない。
久しぶりの一人の買い物だった。
(今晩メニューは何にしよか…?)
頭は働いているのに、意思のない瞳ははやての心を素直に表していた。
浮ついた意識は小さな段差を見逃し、車椅子に衝撃が走る。
「っ!?」
投げ出された体が、次に来る痛みに身構える。
だが――。
「大丈夫?」
そんな声にはやては視線を上げると、人懐っこい笑みを浮かべた少年が彼女の体を支えていた。
車椅子に座りなおすと、彼は放り出された買い物袋を拾いに行く。
散らばったネギやらを見たはやては、他人事のように卵の心配をしていた。
「はい、これで全部だよね?」
「お、おおきに」
卵の無事を確認し、はやてはようやくいつもの調子を取り戻す。
「すまんなぁ、迷惑かけてもうて」
「困ってる人を助けるのは当たり前だよ。それが怪我に繋がるなら尚更、ね」
恥じらいなく、笑いかけられたはやては一つの言葉が脳裏に浮かんだ。
天然だ、と。
「それに実は、僕も困ってて…ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんやろか?」
助けてもらったのだからできるなら力になってあげたいと、少年の言葉を促す。
「ここ、どこ?」
「……スーパー、やけど」
答えを口に出すのに、これほどの時間を要したのは初めてだったとはやては後に語る。
「いやぁ、一体どうなることかと思ったよ…」
「それはこっちの台詞やで。スーパーで遭難しかけた人は初めてや」
その後自己紹介をし、今はユンフという少年に車椅子を押してもらいながら、はやての家に向かっていた。
なんでも、はやてと会うまで彼は、五時間も店内を歩き回っていたというのだから驚きだ。
曰く、迷宮路だったらしいが、通いなれたはやてにかかれば、10分で済む。自分の庭のようなものだ。
そう伝えたせいか、先ほどから尊敬の眼差しを向けられているが、悪い気はしないので黙って受け取っておくことにした。
「でも逆に悪かったなぁ。助けられた上に荷物まで持ってもろうて」
ユンフとスーパーから無事生還すると、送ると言ってくれたのだ。
いつもなら断ってしまうのだが、彼の笑顔に負けてしまい、大人しく押されている。
先ほどの考えごとが長引いているのかもしれない。
「全然。あの場から出られた感謝はまだ足りないよ!」
「そりゃ少し、大げさやで……あ、そこ右な」
はやてのナビで、車椅子を操作するユンフ。
あとは真っ直ぐ行けば、家に着く。
初めての道なのだろう、通り過ぎていく景色に物珍しげな声が後ろから聞こえた。
「はやての家は家族が多いんだね」
「せやで。賑やかで毎日忙しいわ」
「友達のところにも今度家族が増えそうでね。人の繋がりが多いっていいよね」
「ユンフくんの家はどうなん?」
少し、車椅子を押すスピードが増す。
「…僕んちは少なかったなー。兄弟もいなかったし」
触れられたくない話題だったのだろうか。
これまでに比べ、返答に間があった。
「私も一人っ子なんよ。今では手のかかる妹たちがおって全然そんな気せえへんけど」
「話を聞いてるだけで楽しそうだもんね、八神家。……いいなぁ」
最後の言葉から妙に感情が伝わってきて、後ろを振り返ろうとしたはやてより先にユンフが声をかけた。
「ところではやて」
「なんや?」
「車椅子のブレーキはどこ?」
「は!?」
ぎょっとして首を捻ったはやての目に飛び込んできたのは、足を地面から離し、車椅子に乗っているユンフだった。
では誰が車椅子を押しているというのだろうか。
「しもうた!ここは下り坂やー!!」
普段シグナムといる気で、ついこちらの道順を案内してしまった。
重力に導かれるままに二人と荷物を載せた車椅子は、速度を増していく。
「うひゃぁ、ゴーカートみたいだね~」
「呑気に構え取る場合かいっ!?」
バランスを保っていられるのはユンフの運動神経故なのだが。
さすがに、自転車を追い越していく暴走は止められない。しがみついていなければ、はやても放り出されかねない。
この直線を乗り切れば、家に着くというのに数十メートルが恨めしい。
「こうなりゃ、せめて玄関に突っ込むよう軌道を修正せな…っ」
「うーん、それはちょっとムリかも」
「なんでや!」
ユンフが指す方向には、川が彼らの道を遮っていた。
ご丁寧に、橋の前には工事中の看板が頭を下げている。
「まぁ、なんとかなるって」
呆然とするはやてにユンフは口調を変えることなくのたまう。
「世間ではこういう状況を絶対絶命っちゅうんや!!」
「そうなの?飛び越えれば助かるよ」
「それができれば苦労せんわ!」
ぐんぐん迫るガードレール。
もはや言い合いをしている時間さえ勿体ない。
ヤケクソ気味にはやては吐き捨てた。
「あーもう、飛べるもんなら飛んでみぃ!」
その言葉を合図に、車椅子が空を舞う――。
「ふぅ、危機一髪」
ユンフは息を吐き出すと、前に座っていたはやてを覗き込む。
とりあえず、八神と書かれた表札の前まで来たのだが、橋を渡ってからここまで彼女の反応はない。
【〈無理をさせたからだぞ、坊〉】
【「うぅ、ごめん…でも、あれしか思いつかなかったんだよー…」】
虚ろな目の近距離で手を振っているとようやく、はやての焦点が合ってくる。
「はやてー、家着いたよ?」
「ほわちゃっ!?」
突然、身を引く彼女に目が点となるユンフ。胸を撫で下ろしつつ、はやては呼吸を整える。
「な、なんや…夢やったんか…?」
何とも言えず、ユンフは苦笑い。
彼女がそう思ってくれるのなら、それに越したことはない。
「それじゃ、僕は帰るね」
「上がっていったらええやん。帰り道わからんのやろ?」
「大丈夫。知り合いが迎えに来てくれるらしいから」
「そうなん?残念やな…」
頭を垂れるはやてと目線を合わせるため、ユンフは膝をつく。
「また、来るよ。だって新しくできた友達だもん。はやての愉快な家族にも紹介してもらわなくちゃ」
「…せやな。いつでも来てくれてええから」
「うん。それじゃ」
手を振って振り返らずに別れる。
しばらく経った頃、背後に車椅子の動く気配を感じ、小さくユンフは微笑んだ。
八神家までの道のりを覚えていないことに気づくのは、後日の話である。