「……キュイキュイ」
夏のギラつく太陽の下、補習の授業を終えた静雄は公園のベンチに腰掛けてシェーキを飲んでいた。
昼ご飯は当麻達と一緒に食べる予定だったのだが、小萌先生が授業をまともに聞いてくれない当麻達に「先生の話を聞かない上条ちゃん達には愛のムチとして、すけすけ見る見るですよ?」という恐ろしいことを言い放っていたので、帰るのは完全下校時刻になるだろう。
(これからどうすっかな。朝から何も食べてねーし、さすがに昼は何か食べねーと……)
そう思いながら、静雄は立ち上がって飲み終えたシェーキの入っていた缶を紙クズのようにクシャクシャに潰し、ゴミ箱に放り投げる。
公園から出ようと足を一歩踏み出すと――何かを踏み付けたような感覚が静雄の足を襲った。
「……あ?」
足元に視線を落とすと、銀髪に白い修道服が見えた。朝に会った幼い少女、インデックスである。
静雄は額から汗を流す。その汗が暑さのせいなのか、それとも不思議な現状のせいなのかは分からない。
ただ、分かることは一つ――静雄がインデックスを踏み付けているのは確かだ。
「わ、悪い!! 大丈夫……か?」
「な……か……す……いた」
「あ?」
「お、おおお腹空いたよぉぉぉ!!」
インデックスの大声がその場に響く。あまりにも大きいその声は周囲を歩いていた人達の足を止め、視線を釘付けにした。
足元には幼い少女が転がっており、制服をきた一見大人しそうな青年。その光景は幼い少女に如何わしいことをしようとしているようにしか見えない。
(あー、なんだこれ。どうすればいいんだ? こんなとこに転がってるんじゃ、周りの人にも迷惑がかかるし。あ? なんで他の人が俺をチラチラ見ながら携帯取り出してんだよ)
静雄は周囲に視線を向けながら、首を傾げる。しかし、すぐに気付いた。今の自分が犯罪者として条件が揃いすぎているということに。
このままでは風紀委員や警備員が来て、非常に不味いことになるだろう。静雄は猫を拾い上げるようにインデックスを掴む。
「……このままだと、めんどくせぇことになるから、一緒にどっかに飯食いに行くか?」
「え、いいの!?」
「おう。俺もまだ飯食ってなかったからな」
インデックスを頭の上にヒョイッ! と軽々と乗せ、その場をズドオォン!! という車並みの凄まじいスピードで走り去る。
後からその場に通報を受けた風紀委員が駆け付けたが、地面には車のブレーキ痕のようなものが残っているだけだった。
*
「禁書目録……ねぇ。そもそも魔術というものが存在していたことに驚きだなぁ」
静雄がインデックスを頭に乗せて車並みのスピードでファミレスに向かって走っている頃。
路地裏で臨也は魔術師を名乗る二人の人物と接触していた。一人は赤髪に長身の黒ずくめの少年。老け顔だが、中学生くらいだろう。もう一人はポニーテールの刀を持った美女。臨也と年はそう変わらないように見える。
魔術師と名乗る人物がなぜ折原臨也という学園都市内の無能力者である彼を訪ねているのかというと、理由は一つ。彼が学園都市内でも数少ない情報屋の一人だからだ。
学生という身分を利用し、あの手この手で様々な情報を有している彼にとって情報屋というのはお金を稼ぐ手段であるのと同時に趣味でしかない。
「それで――僕達はインデックスと一緒にいるツンツン頭の少年のことを知りたいんだ」
「ふーん。情報料は魔術の知識とやらでどうかな? 知識というのは持っておく分にはいいからねぇ」
「分かった。こちらの魔術の知識を提供しよう。きみに理解出来るなら、だけどね」
「決まりだね。まず、第七学区学生寮の六階に住んでいるツンツン頭の学生と言ったら、上条当麻しか思いつかない。というか、そんなゴタゴタに巻き込まれる時点であいつしかいないね。あの不幸体質にはさすがに俺も関わるの遠慮しておきたいところだけど仕事だからなぁ――」
めんどくさそうにポケットから携帯を取り出して画面に映る上条当麻の詳細を淡々と喋る。なぜ魔術師が学園都市に入り込んでいるのか、ということは臨也は気には止めなかった。
魔術師二人の詳細なんていうのは、後々調べれば分かることなので問題はない。
「彼はただの無能力者だけど、不思議なことに異能の力を打ち消す力を持っているらしいんだよね。まぁ、実際のとこはどうなのかは分からないけど。魔術師さん達は彼をどうするつもりなの? 殺すのかい?」
「いや、僕達は別に上条当麻という人間に手を出すつもりはない……ただ、これからインデックスを回収するのに障害となるものがどんなものなのか、知る必要があるからね。まぁ、彼がインデックス一緒にいなければ、簡単に事は進むんだけどね」
「障害……かぁ。あいつも不幸だねぇ。あっ、そうそう……念の為に、もう一つ教えておくことがある」
何かを思い出したように携帯を閉じて、手を叩く。その動作を見ながら首を傾げる魔術師二人に臨也は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながら口を開いた。
「平和島静雄――シズちゃんには喧嘩を売るのはオススメしない。この学園都市で動くつもりなら、それは覚えておいた方が良いよ。凄く面倒なことになるからねぇ……」
「平和島……静雄?」
今まで沈黙を守っていた美女が不思議そうに静雄の名を呟いた。何かを感じ取ったのか、美女は何回も小さな声で呟きながら、刀を触る。
その姿はどこか強者を求める剣士のようにも見えた――。
*
ファミレスの自動ドアを潜った静雄はインデックスを頭の上に乗せたまま、怒りの笑みを満面に浮かべていた。静雄の様子に気付いていないインデックスは、ある一点を見つめていた。
静雄とインデックスの前に店員に向かって銃を突き付けている男が立っているのだ。
(なんだ? こいつ。女に危ないもんを突き付けてやがって……イライラするぜ……)
男は静雄とインデックスに気付いていないのか、店員の頬に銃を押し付けて怒声を浴びせていた。
「お、お前が悪いんだぞ!! 俺と別れるなんて言うから!! お前と別れるくらいなら、死んだ方がマシだあぁぁぁ!! あれ?」
引き金を絞ろうとする男の手首を静雄が横合いから軽く殴りつける。ボクリ、という鈍い音がその場に響いた。
銃弾が撃ち込まれたはずなのに妙な音がしたので、男は不思議そうに手首に視線を落とした――自分の手首の関節が外れ、ガクンと真下に向った折れていることに気付くのに一秒かかった。
「は……ああぁぁぁぁぁぁ!?」
「おい、てめぇ。そんなに死にたいなら、一人で死ね。女を巻き込んでじゃねえぇよ!!!」
男が背後を振り向くと――そこには怒りの笑みを浮かべた大魔神の姿が見えた。
服の襟首を掴むと、静雄は自動ドアに向かって男を軽く放り投げる。ズドオォン!! という風を切り裂く音とともに男は自動ドアを突き破って外に二、三回、リバウンドをして突っ伏した。
「……ご、ごふっ……」
よろめきながら、立ち上がると静雄が片手に自販機を持ち上げていた。男の思考が一瞬だけ停止する。
しかし、すぐに目の前で自動販売機を持ち上げている男は超能力者なのだろう、と考えた。関節の外れた手首から先にぶら下がっている銃をもう片方の手に持ちかえて銃口を静雄に向ける。
「なっ!? やべぇ――」
銃口を向けられたら、誰でも必ず、死を覚悟するだろう。しかし、平和島静雄という男は違った。
(――鉛中毒になる!!)
学園都市の外で暮らしていた時、中学の先輩だった田中トムが「静雄、いいか。銃の弾丸はやべぇ。撃たれたりしたら、鉛中毒になる。死ぬかもしれねぇから、怖いんだぞ」ということを静雄に何回も言い聞かせたのだ。
静雄は素早く自動販売機を目の前に落とした。すると、パン! パン! という乾いた音が響き、自動販売機から黒煙が上がり出す。
「し、死ね!! 死んじゃえよ!!」
「て……めぇぇぇぇぇぇ!!!」
地面のコンクリートに足をめり込ませ、自動販売機を全力で蹴り飛ばす。凄まじい衝撃を与えられた自動販売機は男の顔面に直撃した。
「がっ!! あぁぁぁ……!?」
「まだ……このくらいじゃ済まさねぇぞ……!!」
コンクリートにめり込ませた足を抜き、血が出るほど拳を握り締めながら静雄はゆらりゆらりと男の元に近付いていく。
その様子を偶然、影から見ていた二人の魔術師は口を開けて呆然と眺めていた。