とある最強の喧嘩人形   作:成宮凛夏

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episode2: 『魔術師』

 

 

 きっかけは幼い頃の兄弟喧嘩だった。些細な事で弟の幽にカッとなった静雄は食堂にあった自分の身長よりも高い冷蔵庫を軽々と持ち上げてみせた。

 当時の静雄は九歳。そんな少年に持ち上げることなど不可能に近かった。しかし、持ち上げてしまったのだ。

 その結果、全身の筋は伸び、関節が何箇所も脱臼してしまうという惨事。それから立て続けに異常な事態が引き起こされた。

 

 家族はそんな静雄を邪魔だと思ったことは一度も無かった。静雄にたくさんの愛情を注いで大切に育てた。

 しかし、その愛情は日に日に静雄に重くのしかかる。家族に迷惑をかけてはいけないという思いが静雄の頭の中に巡る。

 だがそれは一瞬。激怒すれば我を忘れ、破壊衝動に駆られる。静雄自身、自分の力を呪った。

 こんな力に使い道など無い――と。

 

 中学三年の受験シーズン。静雄は知ってしまった。学園都市の存在を。もし学園都市に移り住むことが出来たら、家族に迷惑をかけることは無くなるだろう。

 一人、決断を下したのだ――。

 

   *

 

 平和島静雄という青年は世の中を常に二つに分けていた。ムカつく奴か、ムカつかない奴の二通り。

 今、目の前で顔面蒼白で失神している男は静雄にとってムカつく奴に当てはまってしまったのだろう。

 人の顔とは思えないほどに腫れ上がった顔面はどれほどの暴力を受けたのかは予想もつかない。

 

「ちっ……やり過ぎたかな。こりゃあ、後からめんどくせぇことになりそうだ」

 

「やり過ぎっていうか、もはや度を越して大魔神みたいな感じだったのは気のせいかな?」

 

「大魔神? んだそりゃ。女に暴力を振るう……いや、殺そうとしやがった。だから、殺されても文句は言えねーはずだ」

 

「ちょっと! 落ち着いて!」

 

 男に止めを刺そうと大きく腕を振り上げる。その動作を見たインデックスは静雄の凶行を止めようと必死に細い腕にしがみつく。

 

「これ以上殴ったら死んじゃう!!」

 

「っ……。そうだな、こんなゴミ野郎を殺して殺人犯になるのはあまりにも悲惨だしな。どうせなら、ノミ蟲野郎みたいな極悪人を殺した方が世の中のためにもなる」

 

「そ、そういう問題じゃないと思う」

 

 静雄はインデックスの言葉など耳に届いていないのか、感慨深そうにうんうんと首を縦に振る。

 男をその場に適当に放り投げ、再びファミレスの中に入ろうと足を一歩踏み出そうとしたが、ピタリと足を止めた。

 何か違和感のようなものを感じる――静雄は周囲に視線を走らせる。

 

(……周りに誰もいねぇ。おかしいな、普段なら通行人がたくさん通ってるはずなのに)

 

 そんな静雄と同じこと思ったのか、インデックスも眉間にシワを寄せて何やら考えるような動作をする。

 

「おい、インデックス? だったか。どうした?」

 

「……やばいかも。キミ、今すぐこの場を離れた方が……っ!?」

 

「お、おい!! 大丈夫か!?」

 

 急激な悪寒に襲われたのか、インデックスを身体を大きく震わせてしゃがみこんでしまった。

 身体を震わせながらインデックスは大きく目を開き、人差し指をある一点に向けた。

 人差し指が向いている方向に視線を走らせる。静雄の視界に二人組の姿が入った。一人は長身の男。もう一人は腰に日本刀を提げた女。

 

 男は赤い髪に漆黒の修道服を纏っている。言うならば『神父さん』と呼ばれるだろう。だが、あまりにも違和感があった。煙草を口に加えて紫煙を吐き出す姿は子供が背伸びしている、そんな風に静雄の目には映った。

 もう一人の女は黒髪にTシャツ、破れているジーンズというラフな格好。普通ならば、ファッション程度に思うだろうが違った。腰に身の丈ほどの長い日本刀を腰に提げている。

 

「……何か用か?」

 

「うーん、用ってわけでもないんだけどね。回収に来たんだ」

 

「回収?」

 

 赤髪の男は紫煙を吐きながらインデックスを指差す――と同時に不安そうな表情で静雄の背後にインデックスは隠れた。幼い若芽のような手は静雄の制服を必死に掴む。

 

「あぁ、僕はステイル。もう一人は神裂。言葉が悪かったなら謝ろう。その子を保護しに来たんだ。だから素直に渡してくれたいかな、ソレ」

 

「テメェ……訳わからねぇこと言ってんじゃねぇぞ。それに見たところ、十四、十五だろ。日本では煙草は二十歳からだぞ」

 

「僕の国ではこの歳で煙草を吸っても良いんだよ」

 

「あ? 郷に入ってはなんちゃらって、ことわざがあるだろ?」

 

「なにそれ――っ!?」

 

 凄まじいスピードでステイルの口に加えている煙草を奪い取り、踏み消す。その動作は一秒もかかっていなかった。

 その恐ろしいスピードに圧巻されたステイルは苦虫をかみつぶしたような表情をしながら一歩、二歩と下がる。

 

「舐めたことをしてくれるね。魔術師を愚弄する気かい?」

 

「魔術師だろうがなんだろうが知らねぇけどよ、お前年下だろ? 敬語も使えねぇのか?」

 

「……っ。キミ、面白いね。ただの学生風情が僕にたてつこうとするなんて。でも僕は寛大な心で許すよ。さあ、早くインデックスをこちらに渡してくれないか?」

 

 静雄は世の中を常に二つに分けている。ムカつく奴か、ムカつかない奴。今こうして目の前で話している男はムカつく奴に当てはまってしまった。

 年下なのにも関わらず、敬語を使わない。二十歳でないのに煙草を吸う。人を回収などというモノ扱い。

 怒りのメーターが振り切ってしまった。

 

「――死ね」

 

「は?」

 

 トスン、という軽い音。例えるならば、小説などの本が床に落下する時の音。神裂以外には見切れないであろうスピードで静雄はステイルを殴った。

 凄まじいスピードで地面に二、三回、リバウンドして突っ伏したステイルは頭の上に疑問符が浮かぶ。

 何をされたのか分からなかった。理解したくなかった。遠目から静雄の動きを見ていたステイルはあれくらいならば、自分でも見切れるだろうという甘い考えを持っていた。

 しかし、今、この瞬間。甘い考えを捨てた。口の中が血の味でいっぱいだが、そんなのは気にせずに懐から札のようなものを束で取り出す。

 

「ぐっ……神裂、手は出すなよ。彼は僕が相手をする。ここまで舐められたのは初めてだ」

 

「……分かりました」

 

 沈黙を守っていた美女――神裂は瞳を瞑って後方へ下がる。

 ステイルが取り出した札を見たインデックスは大きく瞳を見開く。

 

「あれは……!! 君、私を置いて早く逃げて!!」

 

「逃げる理由がねぇし、俺より年下の女の子を見捨てて逃げるなんざ、男じゃねぇ」

 

 静雄は怒りの笑みを満面に浮かべながら、両手の骨を鳴らして拳に力を入れる。近くに何か無いかと視線を走らせると――道路標識が視界に入った。

 片手で道路標識をアスファルトから引っこ抜いて構える。

 

 ステイルはよろめきながら立ち上がると、両手に札を持って周囲に放つ。先程とは打って変わって表情を変えた。

 殺しの目――まるで冷酷なスイッチが入ったかのような様子だった。

 

「Fortis――日本語では強者と言ったところか。これが僕の魔法名……いや、殺し名だ。死ぬその瞬間まで苦しませてやる」

 

 

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