「第二ラウンドだ」
怒りの笑みを浮かべながら顔中の血管を浮かべている大魔人がステイルの目の前に居る。一歩踏み込んだだけで、殴りかかれるほどの近さで。
「――世界を構築する五大元素のひとつ、偉大なる始まりの炎よ」
ステイルの全身から嫌な汗が噴き出す。目の前の人間の皮を被った化物。その皮の中には一体、何が詰まっているのだろう。
血や肉などではない、もっとおぞましい――大魔人と呼ばれるにふさわしい何かが入っている気がしてステイルは大きく身震いした。
平和島静雄という人間は情報屋から話くらいは聞いていた。学園都市で行動するなら平和島静雄には関わるな、と。最初は何らかの組織の人間か、それとも魔法に通ずる何かを持っているのか、とステイルは考えた。
だが違った。そんな常識めいた存在ではない。この人間に関わってしまったら、命がいくつあっても足りない。
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣。顕現せよ、我が身を喰らいて力を為せ――――ッ!」
ステイルの修道服の胸元が大きく膨らむのと同時に内側のボタンが弾け飛ぶ。服の内側から巨大な炎の塊が飛び出す。
それはただの巨大な炎の塊ではない。ドロドロした黒いモノが真紅に燃え盛る炎を纏っている。
「魔女狩りの王……!! これこそが僕の力さ!!! 消えろ、化物!!」
ステイルが命じるがままに炎の化身は静雄の命の灯火を刈り取ろうと凄まじい勢いで迫りゆく。
「あ゙ぁ゙!? 消えるのはテメェだ!!」
怒りの笑みを崩し、暴力の化身と化した大魔人も爆発的な勢いで炎の化身と迫る。
炎の化身と暴力の化身のぶつかり合い。
魔女狩りの王は両手に握きられた巨大な炎の十字架を真っ向から振り下ろす。
恐怖というものを知らない静雄も目にも止まらぬ速度で拳打を叩き込む。
凄まじい熱風と黒煙が廊下を包み込む。
ステイルは余裕からなのか、いや、すでに勝ちを理解しているのだろう。
自然と口から笑みが溢れる。これで死ななければ、もはや人間でもなんでもない。
「おいおい……嘘だろ」
ステイルの笑みが崩れる。
黒煙が薄れゆくその先には――。
魔女狩りの王の姿はない。
そこにあるのは燃え盛る炎の中心に立つ大魔人の姿。
「お前は、一体……」
「暴力の大嫌いなただの学生以外に何に見えんだ? あ?」
静雄には傷一つ付いていなかった。
普通ならば、肉塊と化してもおかしくはないはずなのに。先の戦いで静雄の化物ぶりには充分に驚かされたステイルはもはやそんなことには驚かない。
「ふん……暴力が嫌い、ね。キミほど暴力に愛された男はいないと思うけど? ほら、僕の魔女狩りの王はその程度で倒れはしないよ」
ステイルは額から汗を流し、下卑た笑みを浮かべながらゆっくりと静雄の足元を指差す。
静雄の足元で飛び散った黒い液体が寄り集まり、再び人のカタチを作り上げた。
「な、――――ッ!?」
*
夏休みの補習、とか言いながらしっかりと完全下校時刻まで残された当麻は雀の涙ほどのお金で牛丼屋で並盛を頼み、空腹を満たした。
だが育ち盛りの学生が牛丼屋の並盛なんぞで満腹になどなるわけもない。せめて大盛を頼めれば、また話は別だが。
「……はぁ。不幸、だ」
陽の落ちた学生寮の前まで戻ってきた。
夏休み初日ということもあってなのか、人の気配はない。それどころか、不気味な雰囲気すら漂っている。
当麻は慣れた手付きで薄汚いエレベーターのボタンを押し、がこがこと音を立てながら上昇していくエレベーターの中でとある少女を思い出していた。
(魔術師……か)
電子レンジのような音ともに嫌な音を立てながら開くドアを押しのけるように通路に出ると妙な蒸し暑さに襲われた。
(……なんだろう、とんでもなく不幸な予感がする)
いや、気のせいだろうと思いつつ、気を取り直して自分の部屋へ向かおうと足を一歩踏み出す。
踏み出した瞬間――地獄の業火が当麻の眼前へと迫る。
「ふ、ふふふ不幸だあぁぁぁ!?」
反射的に炎に向かって右手をかざす。
迫り来る炎は音も立てずにあたかも最初から存在しなかったかのように消えた。
「ふぇっ……一体何がっぶるふっとんしゃあああ!?」
消えるのと同時に制服を着た何かが当麻の顔面にクリティカルヒットした。
鼻っ柱を片手で押さえながら上体を起こすとそこには見慣れた友とインデックスの姿が。
「えーっと……静雄?」
「当麻か……インデックス連れてどっかに行ってろ。このままじゃ俺は怒りであの野郎と共に寮もぶち壊しちまうかもしれねぇ!!」
「一体、何が……って俺の部屋だけは壊さないで!?」
当麻の視線の先に神父様のような格好をした少年の姿が映る。お世辞でも神父様とは言い難く、どこか背伸びした少年と言った感じだ。
「まさか、魔術師……?」
「まったく、次から次へと。まぁ、インデックス以外は消すからいいけどね。殺れ、魔女狩りの王」
ステイルの囁きが聞こえたのだろう、炎は人のカタチを取り戻し、三人へと襲いかかる。静雄は舌打ちをしながら当麻とインデックスを抱えた。
(え、静雄くん? 何をする気なんですか)
「当麻、ここは七階だ。普通ならよ、こんな高さから落ちたら死ぬに決まってる。だけどな、俺はよぉ……シスター様の御加護があればなんとか生き延びられると思う。あと、オメェの悪運強さだ!!!」
「「ちょっ!!」」
静雄は勢いよく当麻とインデックスを宙に放り投げる。放り投げられた当麻とインデックスは驚愕の表情を浮かべるとともに一つの光景が瞳に映る。
人の形を為す炎の化物が静雄に向かって業火の大剣を振るう様を。
静雄は笑っていた。最初からこうなるということがわかっていたかのように。
*
平和島静雄――暴力と破壊の神に最も愛された男。喧嘩をするなら素手だけではなく、使える物は全て使う。車だろうが、バイクだろうが道路標識だろうが。
それならばスプリンクラーだって例外ではないだろう。
魔女狩りの王の振るう大剣を紙一重で避け、足に力を込め、跳ぶ。そのまま上に右拳を突き刺す。刺すのと同時に人口の雨が降り注ぐ。
「なあ、俺が気づかねーとでも思ったか? そこら辺に散りばめられた札みてなーもんによ。ファミレスの前で喧嘩した時もそうだったけどよ……テメェ、札ばらまいてたよな? その時は化物を出さなかった。けど、今は出した。なんか関係あるに決まってる」
魔女狩りの王は間抜けな音を立てながら四方八方に爆散した。ステイルは地獄の深く底に落とされたかのような表情で固まる。
「っ!! い、いのけんてぃ……」
スプリンクラーの生み出す人工の雨は建物中に貼り付けられたコピー用紙を濡らしていく。もぞもぞと動く破片。
空気に溶けるように消え、ステイル=マグヌスを守る化物は消えた。
「これでやっと素手で戦えるなあ、ステルスさんよぉ。学生寮をちょっと壊す程度で済んで良かったぜ。ぶっ壊した請求書は全部テメェにくれてやる……!!!」
「ちょっ……ちょっと待て!! 壊したのは――」
ステイルが最後まで言い切る前に平和島静雄は拳を握る。ダンプカーの如く突進でステイル=マグヌスの懐に潜り込み――。
静雄の拳が魔術師の顔面へと深く、深く突き刺さる。
魔術師の身体は竹とんぼのように回転しながら遙か青空の向こうへと飛んで行った。