夜の帳の降りた広い和風の屋敷──黒澤家、歴史を感じさせる造りの邸内の中を歩く長い黒髪の少女――
「お姉ちゃん、本当に参加するの……?」
「ルビィ……ええ、御三家の一つである黒澤家の人間が
「っ……でも、それならルビィが参加すれば──」
「ブッブーですわ!これは当主──いえ、姉である
「でも、お姉ちゃんだけを危ない目には……!」
「ブッブッブーですわ!黒澤家にふさわしいのは常に勝利のみ!
「……うゆ!頑張ってね、お姉ちゃん!」
姉であるダイヤを心配するルビィだったが、その言葉に毅然とした態度で返すダイヤの姿に安堵すると笑顔で部屋へと戻っていった。
「……ええ、黒澤家にふさわしいのは常に勝利のみ、ですわ……コホン、そろそろ準備を始めませんと……」
ルビィの後ろ姿を見ながら呟くダイヤだったが、時間が迫っていることに気付くと中庭にある土蔵へと入っていく。土蔵の床は魔法陣が描かれており、陣の周囲にある
「……時間ですわね」
蝋燭のか細い明かりだけが照らす土蔵の中で一度、深呼吸をしたダイヤは
「素に銀と鉄。
儀式の始まりとともに闇に包まれていた土蔵の中が埒外の力――魔力により青く輝く魔法陣の光に照らされている。
「
そして、その光は魔法陣の前に立つダイヤの口から発せられる呪文によって輝きを増しているようであり、見る者が見ればこの場に渦巻く魔力の大きさと、魔法陣の前に置かれた魔力の籠もった宝石から、その儀式が尋常なものではないことが見て取れた。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば答えよ」
だが、尋常ならざる儀式を執り行うダイヤに焦燥や不安は見られない。それも当然である。魔術の名家である黒澤家の現当主で天才的な魔術師である彼女にとっては大聖杯の補助を受けていることもあり、不可能な儀式ではないと知っているからだ。詠唱が続く中、その儀式――英霊召喚はついに終幕を迎える。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を裁く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
魔法陣が一際大きく輝くと輝きの収まった土蔵の中、ダイヤの目の前には白髪で暗中に輝く鋭い黄金を感じさせる男が魔法陣の上に立っていた。その姿を見たダイヤは英霊召喚の成功に安堵し大きく息を吐く。
「成功、ですわ……!」
「問おう、お前がマスターか?」
目の前の男の問いかけで成功の余韻から覚めたダイヤは小さく咳払いをすると居住まいを正す。
「ええ、
「そうか。サーヴァント、ランサー。真名をカルナと言う。宜しく頼む」
端的に自己紹介を終えて黙るカルナに呆気に取られるダイヤ。ポカンとした表情のまま固まるダイヤに気づいたのかカルナの表情が小さく曇る。
「どうしたマスター。オレについて言うべきことは言ったつもりだが?」
「い、いえ、その、こうもあっさりと
自らの召喚したサーヴァント、カルナのセオリーから外れた在り方に困惑するダイヤ。本来、聖杯戦争ではクラス名で隠した英霊の真の名前──真名は戦局を大きく左右する重要なカギであり、召喚された英霊がマスターにも真名を隠すことは珍しくもない。
「……そうか。いや、オレはマスターに隠し事をする必要はないのでな」
端的に告げるカルナにダイヤの困惑も無理はない。真名をマスターに明かすと言うことは自身に絶対の自信を持つか、あるいはマスターに全幅の信頼を寄せているか、そのどちらかである。そして、カルナと言う英霊が後者であると気づいたダイヤは小さくため息を吐く。
「いえ、分かりました。では、行きましょうか、カルナさん。いえ、ランサー」
「承知した」
「あら、行先は聞きませんの?」
「お前が命ずるなら、オレはそうするだけだ」
行先も告げずに土蔵を出るダイヤに二つ返事で付き従うカルナ。その返答に満足したのか笑みを浮かべたダイヤは中庭でカルナへと振り向く。
「街に出ます。あなたの力、見せていただけますか?」
「問題ない」
「へ?」
手を差し出したダイヤの言葉を受けて、カルナはダイヤを所謂お姫様抱っこの形で抱きかかえると、軽やかに20m近い高さでジャンプする。
「ぴぎゃあ!」
「マスター、気を付けた方がいい。舌を噛むぞ」
あまりの衝撃に奇声のような悲鳴を上げるダイヤをなんてことないかのような表情でジャンプを繰り返しながら
「ゼェ、ハァ……ど、どうかしましたの?」
「マスター、この街では空を飛ぶ船はあるのか?」
「……船、ですか?飛行機ではなく?」
息を切らせるダイヤを抱えたまま問いかけるカルナだが、その言葉にダイヤは違和感を覚える。本来、サーヴァントは聖杯戦争に必要なその時代の基本的な知識を聖杯から与えられている。そのため、車やバイク、電話やネットと言った現代文明の利器を勘違いすることは無いからである。
「ああ。あの船だ」
「え?」
カルナの指さす方を見たダイヤは自らの目を疑った。そこには上空から隣のビルの屋上に落ちてくる巨大な帆船──ガレオン船の姿であった。勢いよくビルに当たりかける船だったが、当たる所で屋上の地面に音もなく半分ほど沈み込み、さながら、水面に浮かぶような姿でこちらに舳先を向けていた。
「な、何事ですの!?」
「ハァーイ!ダイヤ、久しぶりね」
驚くダイヤがガレオン船の方を見ると、甲板にはブロンドのセミロングヘアーを特徴的に結った少女──
「ま、鞠莉さん!?どうしてここに……と言うか、昼間も学校で会ってますし、そもそも勝手に他人のビルを壊して、何をやってるんですか!!」
「壊してないわよ!それに、そんなポーズで言われてもねぇ~?」
「なっ──こ、これには深い訳が……と言うか、それとこれとは関係ないでしょう!」
捲し立てるように詰め寄るダイヤだったが、鞠莉の反論にお姫様抱っこされたままの姿を振り返って赤面しつつも開き直ったように返す。
「ちょっとしたジョークよ。でも、意外とお似合いよ?」
「お黙りなさい!それより、カ──ランサー、そろそろ降ろしなさい!」
「いや、それは出来ない」
普段と変わらないようなやり取りをする二人だったが、ダイヤの命令を拒否したランサーの言葉とガレオン船の甲板に現れた一つの人影で空気が変わる。
「だとよ、大将。楽しそうな所悪いけど、そろそろいいんじゃないかい?」
「ライダー……そうね。残念だけど、そろそろスタートしましょうか」
甲板に現れたライダーと呼ばれる顔に大きな傷のある赤髪の女は鞠莉に呼びかけるとおもむろに前に出る。
「……やはり、鞠莉さんも聖杯戦争に参加するんですね」
「オフコース!よ。だって、魔術師の家系に生まれたんですもの、参加しない訳には行かない、でしょう?」
何時もと変わらないような口調で試すように投げかけられた鞠莉の言葉にダイヤの表情は険しくなる。
「……そう、ですわね。でも、私は負ける訳には行きませんの!」
強い決意を秘めたダイヤの力強い宣言に笑顔になる鞠莉。だが、楽しそうな表情とは裏腹にその瞳はどこか悲しげでもあった。
「フフッ、やっぱり、ダイヤはそうでなくっちゃ!ライダー!」
「あいよ!」
「っ──ランサー!」
「ああ」
サーヴァントの名を呼ぶ二人、相対する両者の間に緊張が走る。
「イッツ、ショータイム!」
「お願いしますわ!」
同時に叫んだ二人の言葉を合図に現代に蘇った英霊たちの戦い──聖杯戦争が始まりを告げた。
●#02について
・ルビィ登場
旧版では全く出番のなかったルビィのシーンを追加しました。結局、出番は少ないですが、彼女は聖杯戦争の参加者ではないため、その点はご容赦ください。
・英霊召喚
旧版では文字数の関係でカットされた詠唱シーンの完全版ですが、Fate本編での遠坂さんの詠唱をそのままいただきました。Vol.6は特にカットされた場面が多いため、ディレクターズカット版のような気分で執筆していました。
・ダイヤと鞠莉
原典とは違いスクールアイドルとラブライブがないことから、二人の間には確執は存在しないため、軽口を言い合う仲のままですが、聖杯戦争の参加者である以上、衝突は避けられませんでした。