「ピギャアアアアアアアアア!?」
「何事ですの!?──って、広樹君?」
朝、静謐な空気に包まれていた黒澤家に響くルビィの絶叫を聞いて駆け付けたダイヤの目の前には叫び声をあげた姿勢で固まるルビィとオロオロとしている広樹の姿があった。
「あ、会長……!その、なんか驚かせちゃったみたいで……」
「……そういえば、昨晩、帰って来た時にはルビィは寝てましたわね……広樹君、一度、あちらに行っていただけますか?」
「あー……はい、それじゃ、また後で」
状況を理解したダイヤは広樹を遠ざけると、小さくため息をついて涙目のままぎこちない動きでダイヤを見るルビィの方へ向き直る。
「ぉ、ぉねぃちゃぁ……」
「ルビィ、もう大丈夫ですわよ」
「うゆ……お姉ちゃん、どうして松平さんが家にいるの?」
何とか復活したルビィの質問にどう伝えたものか悩むダイヤだったが、説明する前に少し確認しなければならないことに気付く。
「その前に、どうしてルビィは彼のことを知っていますの?」
「その、昨日、学校で上級生に、か、かわいい、って詰め寄られて……」
「まさか、広樹君が……!?」
「ち、違うの!その時に助けてくれたのが、その人の友達の松平さんだったの」
「そ、そうでしたの……コホン、それなら問題ありませんわね」
妹の身に起こっていた小さな事件に動揺したダイヤだったが、顛末を聞いて安心するとひとまず体裁を整える。
「実は、彼は聖杯戦争を止めようとするマスターで同盟を組むことになりましたの」
「……え?で、でも、どうして家に……?」
「それは彼の安全と同盟の意義、という観点で空いている部屋を使ってもらうことにしましたの」
「ピギィ!?」
「そこまで驚かなくてもいいじゃありませんの……ともかく、あとで
「……ぅゅ……が、がんばゅびぃ……!」
「……大丈夫、ルビィは
涙目で力なく返事をするルビィをなでるダイヤは事態を把握しているのか姿を現していないランサーに感謝しつつ、大事な妹を守るために戦う覚悟を固めるのだった。
放課後、チャイムが鳴って下校し始める生徒たち、ホームルームを終えた2年A組も一人、また一人と下校していくクラスメイトの声を聞きながら梨子は机に突っ伏している広樹の様子を窺っていた。
「ヒロくん、朝からお疲れだったみたいだけど、どうかしたの?もしかして、体調でも悪い?」
「あー、梨子か。いや、ちょっと
顔を上げながら答える広樹に対して、ゲーム?、と梨子は首をかしげる。
「まぁ、気にすんな。それより、何か用か?」
「あー、うん、その、よければ一緒に──」
『生徒の呼び出しをします。2年A組の松平広樹君、生徒会室に来てください。繰り返します──』
帰らない?、と続けようとする梨子だったが、唐突に鳴った広樹への呼び出しによってその言葉は遮られた。
「あれ?広樹君、何かやったの?」
「千歌じゃないんだから、そんなことしないっての。梨子、悪いけど、呼び出しみたいだからまた明日な」
じゃあな、と鞄を掴んで教室を飛び出そうとする広樹だったが、あ、と何かを思い出したのか立ち止まる。
「あっと、梨子、千歌。最近、夜は物騒だから、気をつけて帰れよ!」
「えっ!?ヒロく──行っちゃった……」
「いってらっしゃーい!……ねぇ、梨子ちゃん、一緒に帰らない?」
「えっ?うん、別にいいけど……ヒロくん、心配してくれてるんだ……」
見送る梨子と千歌を置いて今度こそ教室から飛び出した広樹。その後ろ姿を眺める梨子の目に暗い輝きが宿っていることに気づく者はいなかった。
「会長、お待たせしました!」
「広樹君、ブッブー!ですわ!」
授業が終わって生徒会室に駆け込んだ広樹は入って早々に体の前に手でバツ印を作ったダイヤに怒られると、動揺しつつも自分の行動を振り返る。
「えっと、急いできたんですけど、何か怒られるようなことしましたか?」
「廊下を走ってはいけません!そんなの常識ですわよ?」
「……あ、はい、すみませんでした」
至極当然の指摘に素直に謝る広樹の姿に満足そうに頷くダイヤは、さて、と空気を切り替える。
「今朝、監督役からサーヴァントによる殺人事件──魂喰いの情報が入りましたの」
これを、とダイヤが二つのファイルを差し出すとそれを受け取った広樹はパラパラと資料をめくると心臓を抉り取られた遺体の写真に顔をしかめる。
「……あの、魂喰い、って何ですか?」
「そうですわね……魂喰いとは生き物の魔力や命をサーヴァントに吸収させる行為のことですわ」
「つまり、この被害者たちは……」
「ええ、おそらく他のマスターに殺された、と思われます」
悔しそうな表情のダイヤの言葉に広樹は犯人への怒りを滲ませる。が、側に霊体化して控えていたアヴェンジャーは急に実体化してひょい、と資料を取り上げる。
「おい、アヴェンジャー勝手に──」
「これ、アサシンの仕業じゃないですか?」
資料を取り返そうとする広樹を押しのけてアヴェンジャーが指し示したのは遺体の写真、その切り口の所であった。
「ええ、その切り口の鋭さからするとキャスターよりはアサシンの方が可能性は高いと思いますわ」
「──そうだ、そしてバーサーカーであるならこの程度では済まない。となれば、自ずと答えは出るはずだ」
「まぁ、セイバーみたいな騎士道とか言ってるお上品な連中に魂喰いは出来ませんからね」
「じゃあ、敵はアサシン……!」
いつの間にか実体化していたランサーを含めた全員の推理をまとめた広樹は敵をアサシンと仮定するが、そこで一つの問題が浮上する。
「それで、どうやってコイツを探すんですか?」
「それは……」
「それは……?」
広樹の質問に対しての回答に全員の視線がダイヤに注がれる。
「夜回り、ですわ!!」
そう、何と言うことは無い。単純に街を見回って現場を押さえる。それだけのことを言うために一人と二騎は黒澤家の門前に並ばされていた。
「えーっと、それで、具体的にはどうするんですか?」
「決まってますわ。これを使いますの」
これ、と言って差し出したのは一か所に矢印の付いた丸形のトパーズのブローチだった。まじまじと見つめ、これ、ですか?、と聞く広樹に用途はさっぱりわからないようだった。
「これは
と言って掌に乗せたブローチに魔力を籠めると、ひとりでに浮き上がったブローチが一方向を指し示した。
「おそらく、この方角にアサシンかその手掛かりがあるはずですわ」
「すごい……流石、ダイヤさん!」
ふふん、と誇らしげに胸を張るダイヤだったが、アヴェンジャーの冷たい視線に態度を取り繕う。
「コホン……ともかく、起こるとしたら今日か明日。ぐずぐずしている暇はありませんわ!」
ランサー、運転をお願いいたします!、と意気込んだダイヤは用意させた車のカギを黒のスーツに着替えていたランサーに渡す。
「承知した……全員乗ったな」
「それでは、行きますわよ!」
四人を乗せた車はダイヤの号令で走り出すと山の方へと向かって行き、やがて峠道へと入りしばらく走ったところでアヴェンジャーが顔を上げる。
「ランサー!」
「──ああ、承知している」
「?一体──」
何が、と広樹が言いかけたところで車が急ブレーキして言葉が途切れる。
「っ!?──何ですの!?」
「敵だ。アヴェンジャー、ダイヤを頼む」
突然の状況に驚くダイヤと広樹。敵に気づいたランサーとアヴェンジャーが車外へと出ると、上空からヘリの音が響き、鞠莉を抱えたライダーが降り立つ。
「ハァーイ!ダイヤ、ヒロ、二人でデートなんて大胆ね」
「さぁて、昨日の続きを始めようか!」
「ランサー、本当に一人でやる気ですか?」
「──無論だ。お前たちを巻き込むわけにはいかんのでな」
横に動いて森へと下がる鞠莉と一歩前に出たライダーに対してどこかズレたようなやり取りをしつつ、応じるように前に出るランサー。睨み合う両者、そして、ライダーの背後の空間から数門の大砲が現れる。
「さぁ、勝つも負けるも、派手に使い切ろうじゃないか!」
「いいだろう、行くぞ」
●#05について
・りゅびぃ語
加筆されたルビィについてのシーンですが、パニックになったルビィを表現するために一部のセリフを所謂りゅびぃ語と呼ばれる言葉で表記しました。キャラ再現の精度を上げるつもりでやってみましたが、実際に役立ったかどうかは分かりません。
・魂喰い
聖杯戦争には付き物のイレギュラー魔力供給の一つですね。魂喰いは生きた人間の魂や精神を食らう必要があるため、作中で語られているように反英霊や殺人に抵抗のない精神性か狂化した英霊もなければ行いませんし、場合によっては監督役から情報を得た他のマスターに討伐される可能性もあります。
・魔術具
本作のオリジナルアイテムですが、トパーズには失せ物探しの効果があるらしいので、魔術的には間違いじゃないんだろう、ということで採用しました。本来なら原典の魔術具を使うか宝石魔術を勉強するべきなんですが、作品が多くとも宝石魔術の使用シーンとなると資料が少ないため、今回は妥協点としてこの形にしました。
・ランサーのスーツ
英霊正装が元ネタです。ちなみに、ランサーが運転している理由はアヴェンジャーよりも運転手というか使用人に見えるから、という周囲に対するカモフラージュ的な意味合いです。