『お、俺コイツ知ってる!コイツ、元βテスターだ!だから、ボスの情報も知ってたんだ!知ってて隠したんだ!!』
その言葉を皮切りに静寂に満ちていたこの場所は糾弾の場へと変わった。
『攻略本の情報も違った!俺達に嘘をついたんだ!』『技もスキルも敵の挙動も分かるなんて、もはやチートだろ!』『そ、そうだ!チーターだ!』『ベータでチーターだからビーターだ!』
成人年齢に達しているだろう男達の口からそんな責め句が吐き出される。
対象はオレ・・・、ではなく、かつてのこの部屋の主である第1層ボス《イルファング・ザ・コボルトロード》の玉座の前に佇む華奢な少年。ソイツは反論するでもなく、ただ下を向いたまま動かない。ヒラリと揺れた長めの前髪からチラリと見えたその黒い眼は罵声を受けて不安定な光を宿していた。
・・・それが何故か、妹と重なって見えた。だからだろう、ソイツを罵倒する言葉がここまで不愉快なのは。
「なぁ、オマエら。」
『なんだ(や)!!?』
「ちょっと黙れよ」
しん・・・と辺りが静かになる。まぁ、オレはこれまで頑として誰とも言葉を交わさなかったし、今回、唯一ソロでこの戦闘に参加していたからその分インパクトが強かったんだろう。
寸前までさんざ騒いでいた元レイドリーダーの連れ達も、そいつらに抗議をしていた細剣使いも、何か操作をしようと空中に手を掲げたまま固まるヘイトの中心人物も。全員が全員、オレの言葉によって口を噤んだ。
「集団でギャーギャーうるせぇんだよ、お前ら本当に大人か?見た目だけが大人で中身は小学生以下なのか?あ?」
関係ないと静観するつもりだった。オレはβテスターではないけど、それ以上にこの世界におけるアドバンテージを持っているから。目立つのが嫌だから、人と関わりたくないから。理由なんて挙げ出したらキリがない。でも、口を挟まずにはいられなかった。
一瞬であっても、妹と重なってしまった人間にオレと同じような眼をしてほしくなかったから。だから、これは完全なるエゴだ。
「な、なんやて!ワレェ、もういっぺん言ってみぃ!」
「何度だって言ってやる、てめぇらは小学生以下だっていってんだよ」
ツンツン頭のヤツが唾を飛ばしながら絡んでくる。・・・丁度いい、何にでも突っかかる馬鹿正直なヤツほど扱い易い。過去でとっくに体験済みだ。
「だって、そうだろ?そこに突っ立ってるヤツがβテスターであると仮定して、ソイツがわざわざオマエらに『僕はβテスターです』なんて申告してやる必要が何処にある?」
「は?」
「『は?』じゃねぇよ、栗頭。βテスターだろうが黙秘権はあんだよ。オマエはβテスターが、βテスターが、なんてヤツらを責めるがな、そうやって一方的に敵対視してるヤツが目の前にいて絶対に叩かれると分かってるのに名乗り出すヤツが普通いると思うか?」
「ぐっ・・・」
ほら、やっぱり扱い易い、心当たりが有るから自分が不利になると直ぐに黙る。
「結局、アイツらが名乗り出せない雰囲気作ってんのはオマエ自身なんだよ。」
「せやかて、ソイツがボスのスキル知っとるのにディアベルはんを見殺しにしたんは事実やろが!!」
スキルを知っていたのは間違いないだろう。あの後のスキルの処理は完璧だったし、指示も全てのパターンを把握してなければ読むのが難しいものだった。
だが誰のせいで、見殺しにするしかない状況が作られたと思ってる。
「はぁ・・・・」
「なんや!そん溜め息は!」
「溜め息くらい出るだろーよ。ったく、これだからバカの相手は疲れんだよ。」
「なんやて!?」
下手に刺激をするつもりはなかったが、思わず本音が溢れてしまった。・・・モモにも昔、注意されたっけ?少しは気を付けるか。
「お前はアイツらが戦ってた場所分かった上で言ってんのか?それともギャグか?」
「攻略部隊本隊の後ろに現れる雑魚モブの処理やろ、そんくらい知っとるわ!あと、こんな状況でギャグ言うわけないやろがい!」
「普通に考えて、ボスからかなり離れてオマエらの背中護ってんのにボスが事前情報と違う武器持ってるなんて気付けるわけねーだろアホが。」
しかも、あのコボルト王は得物を構えるとき、低く腰に溜めた状態で攻撃を繰り出していたのだから気付くのは更に難しい。
「それに、ヤツのパーティ人数が少なかったとはいえ、アイツをそんな場所に動かしたのは紛れもなくオマエと元リーダーだろうが。
助言も得られない場所に自分達で動かしといて死んだらアイツのせいにするとか、都合良すぎるだろ」
『た、確かに、ビーターを遠くに動かしたのはキバオウさん、あんたとディアベルさんだ』『寧ろアイツ、ディアベルさんに避けろって言ってたような・・・』『じ、実は俺もそれ聞いてたんだけど』
オレの反論に納得したのか、先程までβテスターの罵倒をしていた連中が大人しくなり始める。いい傾向だ、ついでにもう一押しするとしよう。別にコイツの為って訳ではなく、あくまで数ヵ月先を見据えてだ。
βテスターは総じて悪というイメージが付くのはあまり宜しくない。なぜなら、これから先本当に悪人が出てきたとき、βテスターを隠れ蓑にして目立たなくなるということがあり得る。それは避けなくてはならないことだ。
考えすぎだとは思わない。命の危険が色んな形で現れる。ここはもう、そういう世界なのだ。
さて、どうやってこの一ヶ月でついてしまったイメージを払拭しよう?考えるように辺りを見回せばある男に目がとまった。
・・・・・・そういえば、この一ヶ月の1番の功労者を貶したヤツがいたな。
「おい、途中で情報屋のせいにしたそこのヤツ」
『な、なんだよ!』
怯んだような顔をして、ソイツはこっちを向く。コイツはさっき、『情報屋が嘘をついたんだ』と宣ったアホだ。
「攻略会議で提示された攻略本あっただろうが。アレ、本当にちゃんと目を通したのかよ?」
『・・・通した』
「だとしたら随分立派な目を持ってるんだな」
『・・・』
「《これはβテスト時の情報です。》ってきちんと書いてあっただろうが。」
そう、赤文字でデカデカと見開きページを使って書いてあった。しかし、男はオレが言いたいことが分からないのか少し苛立った様子で言い返してくる。
『だからなんだよ!』
「なぁ、βテストって何のためにあると思う?」
『はあ?知らない、プレイヤーからの反響チェックとかじゃねえの?』
「なんだ、少しは知ってんじゃん。反響チェックも合ってるけど、オレが言いたいのはそっちじゃない。βテストはシステムに不具合がないか、スキルや敵の強さだとかのバランスが崩れてたりしないか、プレイヤーからの意見で製品版を調整するためのモノなんだよ。何も変わらないわけないだろ」
『たしかに・・・』
常にアップデートされ続ける事が特徴の1つとも言えるオンラインゲームなら尚更、何も変わらないわけがない。
SAOは今でこそデスゲームだが、元々は普通のゲーム。それを前提として考えたとき、βの時のまま、1~10層まで全く同じ要素では《つまらない》と感じるだろう。
なんせ、βテスターはもちろん、SAO攻略掲示板を見ていた非βテスターの一部もサービス開始を待ち続け、僅かな情報でも頭に入れていたのだから。
それに、プレイヤー目線を大切にするアーガスという会社が、天才ゲームデザイナーと謳われた茅場が、それだけの期待を受けて何も変更を加えないなんてありえない。
「確かにあのデスゲーム開始日にβテスターは何もしてくれなかった。それは事実だ。
でも今を、今までを見ろ。本当にβのヤツらは"何一つ"してくれなかったのか?
違うだろ。今こうして事前情報がどうのって言ってる時点で、ベータの有志による恩恵を受けてる。」
『でも、情報屋が嘘をついてない理由にはならねぇだろ!』
「それは飛躍が過ぎるだろ!じゃあ聞くが、今回攻略本を頼ったのはそれまで正確な情報をヤツが仕入れてくれていたからじゃないのか?それともお前だけ騙されたのか?」
『・・・・・・』
「オマエらが攻略本片手に悠々と敵を倒している間に情報屋がどれだけの危険を犯して、敵mobの新しいパターンやクエストの情報を入手してるか知ってるのかよ?」
『・・・・・・知らない』
「お前だったらボスの調査へ単身で乗り込めるのか?ボスにちょっかいかけて、攻撃をかわしながらパターンを割り出せるのか?」
『でき、ない・・・!』
「そういうことだろ。ボスは当たり前だけど強い。個人で活動している情報屋には尚更偵察は難しい。それにここのところ、情報屋は攻略本だけでなく初心者向けにゲーム単語解説本まで出してる。準備も時間も装備も資金も何もかも足りないだろうに、せめてとβテスト時の情報を載せてくれた。そんな情報屋にオマエはどれだけ負担を掛けたいんだ?」
『・・・・・・』
「分かったんなら、次から発言に気をつけろ」
『ああ・・・』
思いの外、素直に引き下がった。罵声ばかり飛び交っていたこの部屋も今では落ち着きを取り戻している。
栗頭も冷静さを取り戻したように見える。
「あんさん、すまんかったな。」
「別に、オレは被害を受けてない。謝るならアイツにだろ」
「それでもや、大人であるワイらが冷静であるべきやった。迷惑かけたのは変わらん、通す筋は通さなあかん。」
「そうか・・・、別にいい。あんたがβテスターを憎むのも全く分からない話ってわけじゃない。だが、この世界では戦いに参加してくれる元βテスターは貴重な戦力だ。戦えない人たちを思うなら、そこら辺の気持ちの整理はしといた方がいいと思うぞ。」
「そうやな・・・」
もう一度すまんかった、と頭を下げてキバオウは未だに呆けている元βテスターの少年の方へ歩き始めた。
あれならもう大丈夫だろ。部屋もレイドリーダーの死を悼みつつもさっきよりは和やかな雰囲気になっている。
「おい、キリトだったか」
「お、俺のことか?」
「お前以外にここにキリトがいるのか?」
「い、いや・・・」
「一つ質問するだけだ、そう身構えるな。二層の転移門は街に入って直ぐか?」
「あ、ああ。」
「分かった、ありがとな」
キバオウが話を始める前に、糾弾されかけていた元βテスターから転移門の情報を聞き出す。・・・一応報告してから行くか。
「おっさんの名前、キバオウだったよな?」
「おう、なんや」
「アクティベートはオレがしてくるから、ちゃんと話し合えよ」
「・・・分かっとる。」
焦りも怒りも落ち着いている、キバオウは間違ったことが嫌いなようだからオレが諭した今、変に刺激をしなければきちんと話ができるだろう。
気配を軽く消しつつ人混みを抜け、オレは二層へと続く階段を登り始めた。
ザッザッザ、と足音だけが響く。気配もボス部屋から出た時点で戻していた。攻略組はアクティベートを完全にオレに一任したのか追ってくる者はいなかった。
ただ、それは攻略組の話だ。
「で、何の用だ?情報屋」
「シンはつれないナー。んで、何時から気付いてたんダ?オレっち、これでも《隠蔽》スキルには自信があったんだけどナ」
「ボスが討伐されるのを見計らって入ってきた時から気付いていた。アンタのスキルは確かに現時点で気づける者はいないだろうな、オレは別だけど」
「なんだ、最初からじゃないカ。いい加減、バレる原因を教えてクレ。情報屋たる者、隠蔽スキルを見破られるのは致命的ダ」
「オレだから、としか言えない。安心しろ、逆に言えばオレ以外には絶対にバレない」
「・・・分かっタ。今はそれで勘弁しといてやル」
ふぅと肩を竦める情報屋を見てから階段を上るのを再開する。すると、オレを追うかのように、後ろからタッタッタと軽快な足音がした。十秒もしないうちに真横に情報屋が並ぶ。ちなみに、情報屋は背はオレの肩より下でかなり小柄だ。声を聞く限りは女性のようなので体躯が小さいのも頷ける。
前を向いたまま、オレは問いかけた。
「で、本題は?」
「にゃははは、やっぱり分かってたカ~!」
「・・・ふざけるようなら聞かねーぞ」
「待っタ待っタ!今から話すヨ!」
そう言うと情報屋はようやく、さっきまでのニヤニヤ顔をやめて真剣な表情を作る。
「実は、少しめんどくさいヤツに追われててナ。あの勢いだともうそろそろ実力行使に出て来そうなもんで、シンに護衛を頼めないかと思ったんだヨ」
「そいつは何で追ってくるんだ?というか何をしたんだ?」
お前また何かやったのかと、問うと焦ったように否定してきた。・・・どうやら本当に何もしていないらしい。
「心外だナ!いたって何もしてないヨ!ただ『完全な忍になるためにはアンタの持ってる情報が必要だ!』とか何とか言っててナ」
「忍・・・、SAOにジョブはないから、大方スキルか武器のことだろう。となるとクエスト内容、またはエネミーがヤバいから話すわけにはいかない、とかか?」
「ご明察、説明の手間が省けて助かるヨ。奴らが欲しているのは《格闘》スキル。剣が無くても戦える代物サ。これだけ聞けば便利に聞こえるが、敵と完全にゼロ距離で戦わないといけない上にクエスト内容は指定された大岩を素手で割るコト。
達成出来なくてもペナルティは無いが、事前にNPCによって顔に塗られるペイントはクエストクリア以外ではどんな手段を使っても落とすことは出来ナイ。場合によっては額に肉と描かれたままゲームを続けなきゃなくなるそれはそれは恐ろしいクエストダヨ。」
「確かに恐ろしいな!?」
「ダロ?こんなことでオレっちは恨まれたくない、だから教えたくないのサ」
「なるほどな」
だから逃げているのに、相手は執念深く追い掛けてくる。速さならアインクラッド1のこいつが相談してくるほど追い詰められている辺り、相手も相当に速いのだろう。
「・・・分かった、守ってやる」
「ほ、本当カ!?」
「おう、代わりにこっちからも要求がある」
「ん?何ダ?」
「お前の旅に今後オレを同行させろ」
「は・・・?」
「悪いが、これは決定事項だ。白紙にしろっていう要求も受け付けない。」
そう言い切ると案の定、ヤツはぼーっと呆けている。顔は見えないのに伝わってくる辺り、SAOの感情モジュールは優秀だな。
そんなことを思いながら目の前の相棒に声をかける。多分、今のオレは意地悪な顔をしているだろう。
「よろしく、アルゴ」
「な、なななっ・・・」
ようやく理解したのか声にならない声を上げ出す。フードから見える耳が赤いのは気のせいではないだろう。
抗議のつもりなのか左側をポカポカとダメージが入らないように力加減をして器用に叩いてくる。気にはならなかったがこのままされるのも鬱陶しい。振り下ろされる手をキャッチして握る。
「な、離せー!シンー!」
「やだね、大人しく捕まってろ」
「うー・・・」
離したら絶対にまた叩き出すだろ。それならこうして握ってた方がいいに決まってる。
いつか妹にしたように手を握る。アルゴは諦めたのか大人しくなった。
「ん、これの先が二層か。」
「でかい扉ダナ。・・・オレっち攻略組じゃないのにここにいて良いのカ・・・?」
「今更だろ。右側押すからアルゴは左側押してくれ」
「了解だヨ」
ズズズと地面と石の扉が擦れ合う音がする。開いた先には一層とは違う雰囲気のフィールドが広がっていた。
「綺麗なもんだな」
「あぁ、全くだヨ・・・。ほら行くぞ、シン」
「案内してくれるのか?」
「これからコンビを組むんダロ?なら、情報を惜しむ必要はナイ。なんせ、客じゃないからナ」
「そうか。じゃ、さっさとアクティベートしに行くか。道中はこれからの簡単な動きについて話し合いながら行くぞ」
「なぁ・・・、手はこのままカ?」
「嫌なら離す。あと、叩かないなら」
「・・・別に嫌ってわけじゃナイ」
「(離さないってことは叩くつもりだったのかよ・・・)」
「んで、これからどうするつもりなんダ?
是非とも教えてくれよ、参謀殿?」
「茶化すなよ、そうだな・・・」
無愛想な少年と情報屋の少女の旅はここから始まる。
ちなみに、シンタローの性格は中学生タローが基本で、赤ジャージ時代の柔らかさも兼ね備えているという私得な設定。アルゴの速さに合わせるため、スピードタイプの片手剣士。勿論、それだけだと火力が足りないから戦い方やレベリングをして数字を上げることで強さと速さを両立している。アドバンテージもあるから実際は火力はそこまで問題無かったりする。
アルゴは基本は原作と変わらないけど、今作でキリトに恋愛感情を持つことは絶対にない。