直進すればそのうち出られるでしょ。
俺の道案内とも呼べない何かによって、森は案外すぐに抜けられた。
途中、なんでまだこれ持ってるんだろう、と手に持ったままの木の棒を放り捨てた。しかし剣士が木の棒を拾って「忘れ物だ」と言って手渡してくる。
別に俺は回収を忘れていた訳じゃない、捨てたいのだ。とりあえず礼は述べたが、俺は彼の行動の意図がわからず、目が泳いでいたかもしれない。
それにしても君、イヌか何か?
そう思うとちょっと可愛げがあるな。名前でも付けるか。
……よし、君は剣士だからケンちゃんだ!
何度捨てても忠犬が拾ってくるので、俺は棒の投棄を諦めた。
森を抜けると、見渡す限りの大草原が広がっていた。俺はガックリうなだれるが、足を休める選択肢はない。
しかし、いつまで歩いても街らしき影は遠目にも確認できず。低身長ゆえの歩幅の狭さも相まってヘトヘトだ。
無心で必死に草原を進んでいたときのこと、野盗の集団に遭遇した。
先導していた俺がヘルプを求め振り返ると、目が合ったケンちゃんはコクリと頷き、俺の横を通り過ぎて野盗らに相対する。
守ってくれるの……? はえ〜背中おっきい……キュンときちゃう。
おっとメス堕ちはまだ早い。俺はTS異世界メス堕ちRTAの記録樹立を狙ってはいない。
俺がアホなことを考えていると、野盗の頭らしき男の声が聞こえてきた。何やら部下に指示をしているようだ。
数の不利こそあれど、流石にこの筋肉剣士のケンちゃんが野盗相手に遅れをとるとも思えないが……。
未だ戦意の欠片も無さそうに棒立ちしているケンちゃんに「大丈夫?」と声をかけようとした瞬間、野盗達が動いた!
急接近する野盗、ようやく大剣の柄に手をかけるケンちゃん、後ずさる俺。
――横薙ぎ一閃。
大剣により巻き起こされた突風は、接近した野盗たちを、悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばした。戦いの幕切れはすぐに訪れた。
ケンちゃん、強すぎる。ギリギリまで余裕ぶっこいていたのにも納得だ。
ちなみに背後にいた俺も突風により前に吹き飛んだので、今はケンちゃんの背中に張り付いている。
鎧冷たい。ほっぺ痛い。
「力こそ全てか……」
ケンちゃんの呟きは、ここの世界観を端的に言い表したものなのだろう。
弱肉強食。そんな異世界で、か弱き少女の俺は果たして生き残れるのだろうか。
野盗たちは悲鳴を上げ、武器や持ち物を放り捨てて逃げていった。
……まさか幼子の俺を気遣って、血を流さない戦闘法を選んだのか? 手段こそ化け物染みているが、この男に確かな心のぬくもりを感じる。
だがその優しさは、俺ではなく、この少女に向けられたものだ。
絶対この男に敵意を向けられてはならない。死んでも少女ロールプレイを貫いてやる。俺は固く決心した。
グエッ! あ痛たた……。
◆
助手くんこと魔女っ子による先導のもと、木々しか見当たらない、特に目印の無い森を迷うことなく脱出できた。
野生動物の襲撃を警戒していたが、全く出会わなかった。運が良かったのか、魔女っ子が獣避けの魔法でも張っていたのか。
道中、魔女っ子が何度か杖を放り投げていた。
大切な魔法の杖を投げるという行為について最初は疑問を持ったが、彼女の軽快な足取りを踏まえて、合点がいった。
おそらくあれは街への方角を調べていたのだろう。棒が倒れた方向に進むという、俺の世界でもあった迷信的な経路決定法だが、ここは魔法の世界。あれで本当に目的地の方向がわかるのだ。
彼女は杖を忘れて先を急いでいたが、恐らく経路探索魔法による魔力消費で、集中力を欠いていたのだろう。毎度拾い届ける俺に向ける視線も、焦点が定まっておらず疲労の色が見えた。
確かにそんな便利な魔法、相応の対価があってもおかしくない。同時に、やはり彼女は高等魔法をも連発できる実力者なのだと再認識した。
そして今、俺達は辺り一面の草原を征く。
所どころ背の高い草むらがあるので地平線まで見えるわけではないが、少なくとも視界に人工物は確認できない。
振り返れば俺達がいた森。だだっ広い平野にポツンとあるそれは、不自然というか、作為的・人工的な印象を受ける。
そもそもこんな人里離れた場所にある森に、剣士の兄ちゃんと魔女っ子は何の用があったのか。
そんなことを考えつつ歩いていると、ある草陰から男の集団が現れた。
短剣を構え「金目の物を置いていけ」などとまくし立ててくる。
野盗の類か。大剣を背負う俺自身からも察していたが、どうやら治安の悪い世界のようだ。
魔女っ子と目が合う。彼女は怯えた顔で俺を見ていた。
無理もない、今の彼女は魔力不足の身。ここは俺が矢面に立つ必要がありそうだ。
そう思い、俺は彼女を庇うように前に出る。しかし俺に剣術の心得などない。
何とか対話で戦闘を回避できないものか……。
俺が顎に手をやり思案していたその時、野党らの数名が飛びかかってきた。
速っ! 殺られる!
俺はビビり散らかして咄嗟に背の大剣を抜き、力任せに振りかぶる。
――大剣ってこんなに軽いのか。
扱い慣れなさゆえ、俺は大剣の平で仰ぐようにフルスイングしてしまった。
巨大団扇と化した大剣が発した強風は、一斉に仕掛けてきた野党らを吹き飛ばした。
なんだこのパワー……。俺は手をグーパーさせつつ、己の馬鹿力にドン引きする。
「力こそ全てか……」
戦線離脱する野盗らを見送り、嘆息する。
日頃、銭形平次の投銭のような小手先の戦闘法を練習していた俺は悲しくなった。技術もへったくれもない素人剣術でも、筋力によるゴリ押しで戦闘が成立するのだ。
俺は野盗らの置き土産を物色しようと歩を進める。
すると背後からグエ、と聞こえてきた。いつの間にか背中にくっついていた魔女っ子が、俺が急に動いたせいで転んでいた。怖くても剣を振るう人間の背中に抱きついちゃ危ないだろう……。
気を取り直して。
ふむ、短剣は流石に持てないか。こっちは財布だ、結構入ってるな。ありがたく頂戴しておこう。
◆
今日の獲物候補を見つけた。
俺達は草陰に身を潜め、標的を見定める。
能天気そうに木の棒を振って歩く、高級そうなドレスを纏った少女。
そして大剣を背負い、鎧に身を包む大男。
観察を続ける。
男は一見手強そうだが、立ち振る舞いが素人そのものだ。周囲を警戒する様子もなく、常に何か考え事に気を取られているようにボンヤリしている。恐らく装備と体格だけ一級品のデクの坊だろう。
少女はひ弱そうだが、相当な上玉だ。裏商人を通じて高く売れるな。
こんな草原にいることに違和感を覚える組み合わせだが、恐らくこんなところだろう。
少女は貴族のお転婆お嬢様。従者である大男の「危険だからやめましょう」という静止も聞かず、俺達のような賊が点在する草原の大冒険に来た。秘宝の綺麗な木の棒も見つけて少女は満足げ。
従者の男は、精一杯装備を整えてはきたが、我儘お嬢様を連れ出してしまって「ご主人に何と言い訳しよう」とでも考えているのだろう。
いける。
脅すだけでも十分成果が得られそうだ。手下を駒に男の実力を測り、俺の想像通りならそのまま襲えばいい。
貴族の少女は人質に取るか、そのまま売り捌くか。いずれにしても大金が舞い込む。
俺はほくそ笑んで、手下達に合図を飛ばす。
「行くぞ野郎ども! 今夜は祝杯だ!」
取らぬ狸の皮算用。
焦りを隠すように顎に手を当て、虚空を見上げる男を見たときは、勝利を確信した。
やはり素人だ! 手下数名に指示を出し男を襲撃させる。
しかし次の瞬間、目にも止まらぬ速度で男が何かしたかと思うと、俺の全身を疾風が撫でた。遅れて手下達が吹き飛ばされてきた。
抜き身の大剣を地面に突き刺し、手応えを確かめるかのように手を開閉している大男。
今のも奴にすると、準備運動に過ぎないということか。
これは最後通牒だ。次は、殺られる。
俺達は逃走に邪魔な荷物を投げ捨て、一目散に逃げた。幸い奴は追ってこなかったが、生きた心地がしなかった。
あの化物は何者だ。そして男を目配せ一つで前線へ送り出したあの少女も一体……。
未だ震える手下達に檄を飛ばす俺の声も、酷く弱々しいものだった。