剣士(?)と魔女っ子(?)   作:小宅 夕焼

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3. 荷馬車と街とレストラン

 草原を邁進し、ついに街道らしき踏みならされた道に辿り着いた俺達は今、馬車に揺られていた。

 

 魔女っ子が限界だったのだ。途中から俺が抱えていたとはいえ、魔力不足のなか飲まず食わずの強行軍は辛かろう。

 日が暮れる前に隊商の列に遭遇できて助かった。行き先も偶然魔女っ子の言う街だったようだ。

 最初は警戒されていたが、野盗から拝借した臨時収入の半分を手渡すと快く乗せてくれた。俺にこの世界の相場感は無いが、かなりの高額だったのだろう。街に着いてからも残りの半分で暫く安泰だろうか。

 

 行商人から買った食料で腹を満たして間もなく、魔女っ子は気絶したように眠りに落ちた。

 さて、半日振りの状況整理だ。

 

 まず一つ大きな収穫、俺の名前が発覚した。

 俺が魔女っ子を抱えたとき、彼女が俺のことを『ケンちゃん』と、愛称で呼んだのだ。つまり、剣士の兄ちゃんの本名は『ケン』だ。

 この魔女っ子にしては、ちゃん付けという可愛らしい呼び方で意外だったが、相当疲弊していたのだろう。うわ言も呟いていたし、素が漏れたというところか。

 野盗に怯えて抱きついてきたことといい、普段は口数少なく無愛想だが歳相応の面も持っているようだ。

 以降、剣士の兄ちゃんを『ケン』と呼ぶ。

 

 そして、俺の所有物内訳。

 着ている鎧とインナー・下着を除くと、大剣と、野盗達の財布のみ。

 つまりケンは、俺が憑依した時点で路銀を持ち合わせていなかった。今の俺の全財産は野盗から拝借した分で全てということだ。

 魔女っ子も抱えた感じ、服の中に貨幣を隠しているような重量・感触はなかった。

 二人して金も持たず何故あの森にいたのか、そもそもどういう生活を営んでいたのか。略奪でも繰り返してその日暮らしをしていたのか? 悪い想像はしたくないが……。

 

 最後にこの世界について。

 街道の舗装具合、馬車という交通手段、御者の服装など、この世界は俺の世界でいう中世ヨーロッパ辺りと似ている。ただ魔法という存在が違う点か。

 俺は漫画やゲーム等の創作物に疎いが、ことの発端が既に異世界転生というおとぎ話のような現象だ。

 見聞きした非常識は常識として捉えるのが肝要だろう。今後未知の生物や文化に遭遇しても驚いてはいけない。もし魔女っ子が不可解な言動を説いても素直に信じるべきだ。

 

 

 ……俺も眠たくなってきたな。流石に今日は疲れた。

 謎だらけの異世界で探偵冥利に尽きるが、推理を進展させられる材料が少なすぎる。

 自称・神は『ワシからの依頼だと思ってくれ』と言っていたが、俺にこの世界で何をさせようとしているのだろう。

 依頼内容は『第二の人生を歩んでくれ』のみ。依頼の体を成しておらずとも、せめてもう少し情報を提示して欲しかった。

 依頼というのは単なる名分で、深い意味なんて無いのかも。……そんな適当な神様は嫌だな。

 

 まあ、この魔女っ子と一緒なら案外楽しく過ごせるかもしれない。

 

 

 

 

 おはよう。この世界で初めての起床だ。

 一晩あけても女の子、やはりここは夢じゃないのか。日付を跨ぐ明晰夢という可能性もあるが。

 夜行バスですら中々寝付けない俺でも、馬車の振動が揺りかごのように感じられた。

 それだけ疲れていたのだ、主に精神的に。肉体的疲労は思いのほかマシだ。途中からケンちゃんに抱えられていたからね。

 

 人生初のお姫様抱っこ!?!?

 と密かにときめいていたが、消防士搬送とは恐れ入った。この男マジないわー。

 思わず「ケンちゃん、ちゃうねん、そうじゃないねん」と心の声を口走ってしまった俺を、誰が責められようか。

 

 ケンちゃんは「ゆっくり休め」と言うのみで、ケンちゃん呼びへのツッコミはなかった。マジでケンちゃんだったのか、何たる幸運だ、と驚いたが、名前が本当に『ケン』だと把握できたのは僥倖だ。

 早く俺の名前も知りたいな。というか知らないと今後絶対に困る。

 

 

 今朝到着したのはレンガ造の建物と石畳の街。

 典型的な異世界ヨーロッパ風の街並にちょっと感動した。これから俺のTS異世界ライフが本格始動するのだ。

 何も言わないケンちゃんの様子から察するに、ケンちゃんと少女の目的地はこの街で合っていたようだ。

 仮にここが二人の拠点だとすると、あの森を訪れていた理由はギルドによる調査依頼とかかな。

 あるいは我々は単なる流浪の旅人で、別に行き先はどこでもよかったパターンも有り得る。俺としてはそちらのが気楽で助かる。

 

 

 とりあえず当てもなく街を歩く。早朝といえど人通りは多い。栄えている街なのかな。

 街を観察していて気付いた。すれ違う町人の言葉は問題なく理解できるが、店の看板等の文字が全く読めない。

 転生特典の言語処理能力は聴覚情報に限るということか。まあよくある設定だな。苦労しそうだが、のらりくらり対処する他ないだろう。

 

 うーん、いつまでもブラついてる訳にもいかない。何かアクションを起こさねばケンちゃんに不審がられる。

 しかし俺達が何者かわからないし、何処へ行けばいいんだ……。

 

 

 俺が悩んでいると、近くの店からのいい匂いが鼻腔を刺激した。ここは、飲食店か。

 仮に俺達が依頼帰りでギルドに報告する必要があったとしても、あるいはここが単なる旅の経由地だとしても、ひとまず腹ごしらえといくのは自然な選択肢だろう。

 

 「お腹が空いたわ」という俺の声にケンちゃんはコクリと頷き、俺達は入店した。

 

 

 

 文字が読めずとも、「同じのをちょうだい」と他の客を指差せば注文できた。曖昧会話のコツが掴めてきたな。憑依系転生者の必須技能だよコレ。

 

 うん、よくあるファミレスみたいな洋食で、味も悪くない。フォークとナイフの使い方合ってたっけ……。淑女たるもの品行方正を心がけねば。

 ん、ウエイトレスさんが来た。ケンちゃんが追加注文を取っている。食いしん坊だなあ。でも野菜も食べるんだな、意外だ。わんころケンちゃんは肉しか食べないのかと思ってた。

 

 

 俺が異世界レストランの料理に舌鼓を打っていると、ケンちゃんから肩を叩かれ「魔女よ」と話しかけられた。

 

 ま、魔女? 俺魔女だったの……? 今まで魔女要素あったっけ。

 それとも魔性の女と言いたいのか? 惚れちゃったのかな? 美少女は罪ね♪

 

 ……ニヤけるな、TS乙女を発動させるな、落ち着け。落ち着いて「何かしら」とでも返せば事なきを得るのだ。

 俺は口を開こうとするが、いや、待てよ?

 

 これはチャンスだ。

 俺は少女こと俺自身の名前を知らない。今までお互い「おい」「ねえ」といったガサツな呼びかけや、アイコンタクトで会話を始めていた。

 二人の信頼関係を示す証左だが、さっそく俺の名前を知れる絶好の好機。この機を逃す手はない。本名で呼ぶように促そう。

 

「その呼び方はやめてくれる?」

「……すまない。それで、相棒よ」

 

 ケンちゃんは逡巡の後そう言った。違うそうじゃない、俺が聞きたいのは。

 ストレートに「名前で呼んでよ」と言うべきだったか……? でもそれ、先輩後輩や上司部下カップルの付き合いたてみたいで恥ずかしいじゃん。

 

 しかし『相棒』という親愛の籠もった呼び方を否定して怒らせてもまずい。仕方なく「何?」と返すと、ケンちゃんが質問をよこす。

 

「この後、どうする」

 

 知らん。君はどうしたい?

 俺は必死にその場しのぎの返答を考えた。

 

 

 

 

 俺達は魔女っ子の提案のもとレストランに入った。

 この世界の文明レベルが気になっていたが、店内は綺麗で、料理も良い水を使っていそうだ。一応火の通した肉を注文したが、衛生面はさほど心配無用かもな。生野菜もいけるかも。

 

 そして知りたいのは今後の活動について。

 これがわかれば自ずと我々の社会的立場であったり、職業、目的など、多くのヒントが得られる。

 幸い俺達の行動方針の主導権は彼女が握っているようだ。此度の飯のタイミングも彼女提案だし、「今日の予定は」とでも訊けば何か答えてくれるだろう。

 俺は向かいに座る魔女っ子に声をかける。

 

「おい」

「はい、ご注文でしょうか?」

 

 ウエイトレスが勘違いして寄ってきた。

 「お前じゃない」と追い払うのも気が引けたのでサラダを注文する。この身体、やたら腹が減るしまあいいか。

 

 魔女っ子はフォークとナイフを巧みに操り無言で食事に集中している。育ちの良いお嬢様なのだろうか。どこで無骨な剣士である『ケン』と接点があったのだろう。

 実は『ケン』も高貴な身分なのかも知れん、振舞いに気をつけるか。

 

 しかし、未だ名を知らない彼女を何と呼ぼう。

 俺が知る彼女は、見かけによらぬ大魔法使いということくらいだが、うーん。

 

「魔女よ」

 

 意を決して言葉をかけるが、素知らぬ顔で食事を続ける彼女。少し店内がざわついた気がする。

 次は机に身を乗り出し、彼女の肩を叩いてもう一度呼びかける。

 すると彼女は訝しげに俺を見つめ、皮肉げに口角を上げたあと、「その呼び方はやめてくれる?」と返してきた。

 

 もしや、禁句だったか。

 店内のざわつきも踏まえるに、魔女がタブー扱いされている世界なのかもしれん。迂闊だった。

 

「……すまない。それで、相棒よ」

 

 謝罪し、無難な呼び名に切り替える。同僚に対する二人称にしては距離が近すぎたかな。

 まあいい。店内の居心地も悪くなったし、さっさと本題を切ろう。

 

「この後、どうする」

 

「いつもの所に行きましょうか」

 

 なるほど、いつもの所ね。

 彼女が案内してくれるだろうし、こういうとき後手に回れる立場は楽だな。

 

 

 

 

『探偵くんは転生特典で危機を切り抜けたようじゃの。あの草原を抜けてくれん転生者も多いから良かったわい』

『身体面の調整が雑すぎたかもしれんが、まあええじゃろ』

『ふむ、ちいちゃくてよく見えんが、さっそく現地の女の子と仲良くなったようじゃな』

『それにしても亡者の魂を使った入植は、色々手続きや説明を省いてよいから楽じゃの』

『そういえば女神くんに頼んどいた、生者の魂の入植作業は進んでおるかのう。まあ仕事の早い彼女のことじゃし心配ないかの』

 

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