街を一心不乱に歩き続ける俺。無言でついてくるケンちゃん。
『いつもの所』に向かうのに迷子のフリはできない。迷子のフリができないから、引き返せない。引き返せないから、どんどん入り組み細くなる道に厭わず前進するしかない。
存在しないいつもの所に辿り着くため、もう結構歩いている。
なあケンちゃん、実は気づいてるんだろう? 俺が少女に乗り移った偽物だって。こんな治安の悪そうな裏通りにいつもの所なんてあるわけないじゃん。
基本お前が受動的なのも、俺を先行させて不審な行動をしないか試してるんだろう?
俺が話しかけるだけで思案げな顔になったり、時折一人で頷いてたりするのも、俺を見定めてるんだろう?
自然と足取りも早くなる。怖い。背後の男から1mmでも遠く離れたい。
とっくにおかしいことに気付いているだろうに何も指摘しないのは、俺を路地深くの人目につかない場所に追い込むためのように思えてならない。
もう打ち明けて、楽になろうか。
半ば諦念に達し、足を止め振り返ってケンちゃんを見やろうとするその最中、視界の端を人影が掠めた。
路地端の商店の窓。店内は薄暗いためよく反射している。
映るは、白髪の美少女。服装は黒いドレス。
もしやこの美少女が、俺?……っひょ〜〜kawaii! 可愛い! たまらん!!
あくまでガラスの反射、細部まで確認できないが、最期に良いもん見れたぜ。
今ならケンちゃんに斬り捨てられても悔いはない。ほら、殺るなら一思いに頼むよ。
俺が今際の際まで俺を目に焼きつけようと、ガラスに映る俺を見つめながら沙汰を待っていると、何故かケンちゃんが店内に入っていった。
見逃された? 何で?
一瞬この隙に逃げようかとも迷ったが、逃げて頼れるアテもない。俺はケンちゃんの背を追った。
◆
いつもの所、と言うだけあって魔女っ子の足取りは早い。通い慣れているのだろう。
俺はゆっくり街を観察して情報を集めたいが、細い路地をもスイスイと突き進む彼女に着いていくので精一杯だ。なにか焦っているようにも見えるし、よほど重要な用事なのか。
先程のレストランのある街中心部からもう随分離れている。道は狭くなり、賑わいは遠くに消えていく。
浮浪者や、ゴロツキのような風貌の者どもがたむろする裏通りを抜ける。賭場らしき施設や、謎の薬品の販売店などで、違う意味賑わっている場所だ。まだ奥に行くのか?
ついに人っ子一人いないような裏通りも奥の奥地にやってきた。
ふと魔女っ子が立ち止まり、俺を一瞥した。何かの商店の前だ。ここが目的地だろうか。
彼女は窓から店内を眺め始めた。俺もつられて窓を見やる。強面の兄ちゃんと目が合い驚いたが、こいつは俺だ。一日しか経っていないので当然だが、未だ自身の姿に慣れない。
窓に近づいて店内を覗き込むと、禍々しい装飾のアクセサリーや未開の部族の人形のような、見るからに怪しい商品が並んでいた。
……なるほど、呪術専門店とかそういった類か。こんな辺鄙な場所にあることにも頷ける。
確かに少女のミステリアスな雰囲気からして、単なる魔法使いでなく黒魔術師といった線もあるか。
しかし、呪術か。
俺は先の野盗との戦闘経験から、もし彼女に憑依者とバレて不都合があっても切り抜けられるだろうと慢心していたが、黒魔術・呪術となれば話は別だろう。
あくまで俺の貧しいフィクション知識由来の想像だが、普通の魔法ならばまだ火・水・風・土のように、多少物理法則に則っているものだと思われる。
しかし、呪いは精神にダメージを与えてきそうだ。この屈強な肉体も役に立つまい。彼女の機嫌は損ねぬようにせねば。
ともかく、慢心はよくない。
俺はこの身体の膂力に気持ちまで大きくなっていたようだ。外見は性格を作るとも聞いたことがある。女装して過ごしていると言動まで女らしくなる、とかな。
そういえば魔女っ子を勝手に女性だと決めつけていたが、実は男の子だったりして。『魔女』という呼び名を嫌がったのも中性的な見た目がコンプレックスなのかもな。いや、だとすると女装はおかしいし、無いか。
それにしても、店内には入らないのだろうか。ここが目的地なら早く入ればいいのに。
と俺が魔女っ子に目をやると、彼女は鼻息荒くニヤニヤしながら趣味の悪い商品を見つめ続けていた。
年端も行かぬ女の子がしていい顔じゃなかった。見てはいけないものを見た気分だ。
……先に店に入っておくか。探偵紳士の俺は少女の秘め事に首を突っ込まないのだ。
◆
ケンちゃんに続き入店した俺は店内を見渡す。本とか置物とか人形とかアクセサリー等々、てんこ盛りだ。一体何の店だろう。
ふと土偶っぽい妙に目力のある人形と目が合った。……マジで何の店だ。焼き物屋さん? いや、アンティークショップかな。
ケンちゃんが何も言わず入っていく辺り、ここが『いつもの場所』なのだろうが、少女とケンちゃんは骨董オタクだったのだろうか。だとすると俺に鑑定眼なんて無いので非常に困る。
にしても偶然立ち止まった場所が目的地とは、奇跡だ。俺の強運に神への感謝を捧げる。俺が死なずに、そしてケンちゃんの手を汚さずに済んだ。思わず涙が出ちゃう、女の子だもん。
他の棚も見てみよう。
「これは」
ネックレスだ。ウネウネした生物が棒に巻きついたペンダントがぶら下がっている。
……わかった、ここはお土産屋さんだ!
この無性に見覚えがあるデザイン、よく観光地で売ってるドラゴンのキーホルダーだ。俺が持ってたのは剣に巻きついてたけど、おそらく魔法の存在するここじゃ杖なんだな。
小さいころ家族旅行先でよく買ってもらった。当時はランドセルに付けて友達に自慢してたそれらも大人になったらガラクタだけどね。
『もっとご当地感ある土産を選べよ』という親からの視線にガキンチョが気付けるわけがないのだ。
……親か。家族は、友人はどうしてるだろう。向こうの俺はどうなっているんだろう。
俺は急死してしまったのか。それとも俺は寝落ちして、ここは単なる長い夢の世界なのか。
正直本来の俺の未来に希望はなかった。でも、早く定職に就け、とまくし立てつつも親は俺を責めずに、俺の代わりに将来を案じていた。
もし本当に死んでしまったのなら、せめて親に「ダメ息子は元気でやってるよ」とでも伝えたい。異世界に魂を転送できるなら、手紙くらい向こうに送れてもいいんじゃないの、神様?
……今考えても仕方のないことだ。切り替えよう。
ともかく、ここはお土産屋さんだ。
さっきの土人形もこの街の名産品なのだろう。キモカワいさ加減がいかにもご当地マスコットキャラといった貫禄だった。
『いつもの所』というのは、いつも新しい街に到着するなり土産物店を物色していたということかな。つまり俺達は旅人だ!
俺が一人納得していると、ケンちゃんが近寄ってきた。
「……これか」
そう言って、ドラゴンのネックレスを持ってレジに向かった。え、欲しいの? それ。ケンちゃん、まだそういうの好きなの? 男子っていくつになってもお子様ね♪
そう思い俺がニコニコしていると、戻ってきたケンちゃんがネックレスを俺の首に通してきた。
……俺が欲しがっているように見えたのか。ケンちゃんからのプレゼント、無下にしづらいが、これ一人でつけて歩くのはかなり恥ずかしいぞ。
「もう一つ買ってよ」
赤信号、皆で渡れば何とやら。
レジまでもう一往復してくれたケンちゃんに、俺が「かがんで」と頼みネックレスをかけてあげると、微笑みながら「……感謝する」と呟いた。初めて知るケンちゃんの表情だ。
なになに? 俺とお揃いで嬉しいの?
◆
店内の棚には、魔導書と思しき本を始め、用途不明の品々が所狭しと並んでいる。全て魔法に関わる物だろうから、俺にはサッパリだ。
ここがいつもの所、ということは、彼女は普段からここで魔法の装備を整えているのだろう。
『ケン』にも行きつけの店があったりするのだろうか。街を見回る際、めぼしい武具・防具店に当たりをつけておこう。文字が読めずとも、幸いその手の店は看板の絵でわかる。
俺に遅れて入ってきた魔女っ子が、遮光器土偶のような禍々しい人形の前で祈祷らしきポーズを取って、涙を流していた。
あの人形に祈りを捧げているのか? あれは……邪神像、なのだろうか。
俺は首筋の刺青をどこかへの所属の証だと推測しているが、もしかしたら俺達は邪教団の信徒なのかも知れない。決定的ではないので、可能性の一つとして頭に留めておこう。
次に彼女は、興味深げにネックレスを見ていた。
蛇の装飾品が付いたネックレス。俺の世界の西洋では、蛇は死と再生の象徴。いかにも黒魔術といった品だ。
よく店内を観察すると、蛇がデザインされた品が多い。そういえば昔大流行した魔法学校が舞台の映画でも、蛇が悪役サイドで登場していたな。
しばらく考え込んでいた魔女っ子が、納得したように頷いた。今日の買い物はあの品に決めたようだ。
さて、これまで常に俺が財布を出している。「彼女の機嫌を損ねない」という先程の決意通り、駄々をこねられる前に買ってやろう。
俺がネックレスを取って会計に向かおうとすると、どうやらご満悦の彼女の顔が伺えた。やはり彼女が求めれば即行動、という方針は正解かな。
さっそく購入した品を彼女の首にかける。するともう一つねだってきて、今度は俺の首へと収まった。
俺は剣士だ。魔法のアイテムを持って何の意味があるのだろう。
……この、杖に蛇が巻き付いた意匠。これは、アスクレピオスの杖、なのだろうか。俺の元いた世界では医学の象徴、鑑みるに回復アイテムといった線が濃厚か。だとすれば俺が身につけることにも納得がいく。
彼女の俺への気遣い・優しさが垣間見れた。
その厚意は、今の俺ではなく『ケン』に向けていると解っていても嬉しいものだな。自然と笑みがこぼれる。
彼女に礼を述べ、俺達は店を後にした。
行きつけの店、つまり顔馴染みであるはずの店主からの視線が気になったが、おそらく彼も黒魔術師、変人なのだろう。
ちなみに邪神像も購入しておいた。彼女の祈り様を見るにかなり信仰してそうだったし、いざというとき俺達を守ってくれるかもしれない。
◆
「声をかけるべきだったか……」
私はカウンターで後悔に駆られていた。
先程、竜神を模したアクセサリーと、竜神の降臨地とされる場所から出土した人形のレプリカを購入し去っていった二人組に思いを馳せる。
彼らの首筋にあった紋章。
あの紋章を宿し者は、地上に降臨した竜であると言われている。つまり彼らは竜本人か、あやかって紋章を彫った同志ということだ。
もしも彼らが前者であったなら、竜神様と接触する千載一遇のチャンスを逃したことになる。
竜神信仰。
この世の万物は、天から光り輝く竜が降り立ち、生み出したとする教義の宗教だ。
国教では『神の雷』と呼ばれ不吉の象徴とされているが、実際に竜が降臨した場所に山や湖や森が現れたという記録もある。
つい昨日も、この街の北に位置する森に二頭の竜が立て続けに降り立ったという目撃情報が入った。二頭同時というのはかなり稀なことだ。あの森自体も竜が創ったものという謂われがある。今頃同志達がこぞって調査に向かっている頃だろう。
ここは竜神信仰の聖典や、竜神をかたどったアクセサリー、降臨地からの出土品のレプリカなどを販売する店だが、あくまで新興宗教。国教の教義とは対立するため、こんな街外れに店を構えている。そのため、普段は殆ど客足が無い。
だからこそ彼らが訪れたときは驚いた。街でも他の紋章持ちに出会ったことはあるが、竜神の話をするとすぐ逃げられる。店内に滞在する今が絶好のチャンスだ!
機を見計らって話しかけようとした私は、お揃いのネックレスの掛け合いっことかいうイチャイチャを見せつけられ意気消沈した。
二人してニマニマしやがって。神や同志だとしても癪に障る。
ああ、あの人形に爆弾が混入してればいいのに。