剣士(?)と魔女っ子(?)   作:小宅 夕焼

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5. 別行動とチェックイン

 俺達は街外れの裏路地から、街中心部の市場街に向かっている。今朝方のレストランのある通りだ。

 さっきのお土産屋さんには二度と行ける自信は無いが、逆は簡単だ。人通りの多い道を選んで進んでいけば自ずと街中心部に辿り着く。

 

 ケンちゃんはご当地マスコットの土偶くんを、一緒に買った麻袋に入れて大事そうに抱えている。

 ふと思ったが、俺達が各地の名産品を集める旅人だとするならば、今まで購入した品はどこにあるんだろう。俺は言わずもがな、ケンちゃんも大剣以外持ち物はなさそうだ。

 鎧の下にキーホルダーでも隠しているのかな? それとも実家にでも送っているのか。謎のオブジェに囲まれる筋肉剣士という絵面はちょっとシュールだな。

 

 

 そうこう考えているうちに、市場街にたどり着いた。ケンちゃんに提案する。

 

「街を散策しましょう」

「……ああ」

 

 そうだ、俺達は旅人だとわかったのだ。これからは伸び伸びと街を散歩できる。

 仮に俺達がギルド所属の冒険家とかだったのなら、森から帰ってきた俺達はギルドに報告に行くというのが必然の流れだった。だが既にその心配はない。

 適当にぶらついて、異世界の町並みを堪能しようじゃないか。

 

 にしても、窓ガラスに映る俺は超絶美少女だったな。早くホテルに置かれているであろう立派な姿見でゆっくり俺を鑑賞したいが、生憎まだ昼下がり。今晩が楽しみだ。

 

 

 

 

「街を散策しましょう」

 

 魔女っ子の提案は渡りに船だった。俺もゆっくりこの世界の把握がしたかったのだ。

 この市場街は人通りが多く、賑わっている。道行く人や、脇に並ぶ商店・露店を観察するだけでも良い情報が得られるだろう。

 

 

 こっちは青果店、あっちは肉屋、さらにあっちは……ふむ、この市場で大体の生活必需品は揃いそうだ。

 このカップの絵の看板は、茶葉の香りもするし喫茶店だろうか。あっちは武器屋、そして防具屋か。

 

 道幅はこの街では広いと言えるのかも知れないが、現代日本に住んでいた俺からすれば狭く感じる。そのため結構混み合っている。

 基本は魔女っ子が先導し、俺が後をついていく形だが、今ははぐれないように横並びで手を繋いでいる。なんだか親子みたいだな。

 

 そしてすれ違う通行人らも観察する。買い物中であろう一般住民や、大きな籠を背負いせわしなく行き交う商人が大多数。他には、俺と同じように剣や鎧で武装した者が散見される。

 

 

 俺が観察を続ける中、魔女っ子は目を回していた。どうやら気分が悪そうだ。

 やむを得まい、この人混みは背の低い彼女には辛かろう。次からは肩車でもしてやるか。

 俺は彼女を抱えて、先程見かけた喫茶店で彼女を休ませることにした。

 俺も席に着こうとすると、彼女は申し訳無さそうに、

 

「行ってきていいわよ」

 

と言うので、俺はお言葉に甘えて喧騒の中に戻ることにした。

 この世界に来て初めての単独行動だ。フットワークの軽さを活かして、街の各施設でも巡ってみようか。

 

 

 

 

 ふう……温かいお茶を飲んでようやく気分が落ち着いてきた。

 酷い目に遭った。昼間の市場街は人が多すぎる。そして俺の身長が低すぎる。さらに体力もなさすぎる。

 ケンちゃんとの心理戦といい、俺の異世界転生、ハードモードすぎないか?

 

 彼に俺が転生憑依者だとバレてはいけない。しかし彼がいないと、この身体では何もできない。そもそも一人だったら草原で野盗に遭遇した時点で詰んでいた。

 突然転生させるならチート能力の一つでも用意しといてくれよ神様……。

 

 せめて頭脳面でもあれば、と考えながら喫茶店のメニューブックを開く。

 やはり全く読めない。商品名であることはわかるのだが……。

 

 

 そうだ、適当に注文して読み方を知れば、読み書きくらいは勉強できるんじゃないか? ケンちゃんからおかわり用のお金を預かってるし、色々頼んでみるか。お腹を壊さない程度に。

 俺は店員を呼んで、適当な項目を指差す。

 

「これは何?」

「それは『小春日和(こはるびより)』です。oo産茶葉の香りと、xx産茶葉のスッキリした後味が合わさった当店自慢のブレンドティーですよ。いかがですか?」

「『小春日和』……。美味しそうね、頂くわ」

 

 一杯注文する。

 はえ~オシャレな名前だ、これで小春日和と読むんだな。さっそく練習しよう。

 

 空を指でなぞって、これで、小春日和! 書けた!

 三文字で画数も少ない。すぐ覚えられそうだ。

 

 そして一文字ずつ、音と対応付けしよう。

 一つ目の文字が『こ』、二文字目のが『は』、『る』……

 あれ? 小、春、日……

 k、o、h……

 

 困った。文字数が合わない。メニューに書かれてるのは三文字なのに。

 

 

 ……そりゃあそうか。転生特典の翻訳機能で、この世界の言葉がいい感じに日本語に変換されてるだけだ。

 つまり店員さんは、実際は『小春日和』を意味する全然違う音を発音していたんだ。だから発音と文字を結びつけるなんて不可能なのだ。

 

 日常で絶対使うことのない『小春日和』という単語だけ書けて何の役に立つんだ。バカか俺は。体力も頭脳もダメダメじゃないか……っグスン。

 

「お待たせしました……っていかがされましたかお客様!?」

 

 この店自慢のブレンドティーは妙にしょっぱかった。

 

 

 

 

 この街に魔女っ子の行きつけの店があるということは、俺達はここを拠点にしていて、つまり俺を知る者もこの街にいるということだ。『ケン』の顔見知りに会うことができれば、大きな進展が得られそうだ。

 

 そう考え、武器屋など、『ケン』が利用していただろう施設をしらみつぶしに回った。俺の風貌は目立つ。以前に訪れたことがあるなら、店員から俺に声をかけてくるだろう。

 しかし期待は裏切られる。『ケン』を知る者は誰一人としていなかった。

 

 

 ギルドと呼ばれる施設にも訪れ、受付の者から説明を受ける。

 ここは危険な仕事の斡旋を行っている施設らしい。そして斡旋を受ける者を冒険者と呼ぶとも聞いた。派遣会社と派遣職員という理解でいいだろう。

 そしてやはりというか俺達は、このギルド所属の冒険者でもないようだ。

 

 受付嬢から「あなた腕が立ちそうですね、登録していかれますか?」と勧誘を受けた。

 今の手持ちは野盗から拝借した分が全てだ。今後の生計を考えると、冒険者になるのもいいな。今度魔女っ子と一緒に登録しに来よう。

 

 

 ふむ、めぼしい場所は大方回ったが……。思案にふける。

 謎は深まる一方だ。この街を拠点としている筈なのに、『ケン』の痕跡が皆無だ。

 

 もう一つ気になるのは首筋の刺青。『ケン』と魔女っ子の境遇にも深く関係するであろうこの刺青。現在俺は、この刺青は『所属』を示すものだと推測している。しかし街中には、それらしきマークを掲げた施設は見当たらなかった。

 

 もしや表に出られないような所属・身分なのだろうか。

 可能性の一つとして考えていた邪教の信徒という線が頭をよぎる。

 それとも、前世で俺が追っていたような反社会的組織のメンバー……、あるいは、被差別階級の烙印……。

 同じ刺青を持つ他の人間とコンタクトを取られれば、何かわかりそうだが……。

 

 

 

 噂をすれば影。

 次はどの施設を調査しようか、と考え街を歩いていると、首筋に例の刺青を持つ女性に話しかけられた。

 

「初めまして、ちょっといいですか?」

 

 『ケン』とは初対面のようだ。都合がいい。

 

「何の用だ」

「あの、その紋章って……えっと」

 

 何やら言い淀んでいる。やはり往来で口にし辛いことなのだろうか。レストランでも『魔女』という言葉に忌避的な周囲の反応もあった。

 構わん。言葉にするのが憚られるなら、俺には手札がある。

 俺は邪神像を麻袋から出し、彼女に突き出した。

 

「これに見覚えは」

「え、な、なにそれ……土偶……?」

 

 ふむ、邪教徒の紋章説は違ったか。となると……。

 

「ご、ごめんなさい。人違いだったみたいです! もう行きますね!」

 

 ……女性は逃げるように去っていった。もっと色々訊きたかったのだが。選択肢の一つを潰せたし良しとするか。

 

 気づけば日も暮れつつある。今日は切り上げよう。

 

 

 

 俺が魔女っ子の待つ喫茶店に到着すると、彼女は目を赤くしていた。

 泣いていたのか? 舌でも火傷したのだろうか。

 

「子供か……」

 

 思わず呟いてしまった。いや子供なんだけど。どうもこのチビっ子が黒魔術で戦う姿を想像できない。

 経路探索魔法は便利で見事だが、せっかくなら火の玉を飛ばしたりなど、目に見えて派手なやつを拝んでみたいな。

 

 

 

 

 街を歩いていたら、同郷かもしれない人を見かけた。

 声をかけたら、気持ち悪い土偶を見せつけられた。

 怖くなって逃げた。

 

「私と同じ紋章ってことは、あの剣士さんもきっと転生者だよね……」

 

 同郷は同郷だけどさ。

 神様って縄文時代からも転生者募集してたんだね……。

 

 

 

 

 俺は喫茶店に戻ってきたケンちゃんとともに、今晩の宿を探した。

 見た目は美少女、中身はモヤシっ子現代人の俺は迷わず高そうなホテルを選んだ。

 

 ケンちゃんに泣き顔を見られたのは失敗だった。

 レディーを子供扱いとは、絶対寂しくて泣いてたと思われてるよ。君は保護者か? 俺は自分のオツムの弱さを呪っていただけなのに。

 

 

 そして今はケンちゃんがホテルのフロントで手続きを行ってくれている。やっぱり保護者なのかもしれない。

 

「――でありまして、現在空室は1室のみとなっております。それでもよろしければ、こちらにサインをお願いします」

 

 1室しか空いてないのか。部屋数は多そうだが、繁盛しているようだ。

 他人とお泊りなんて、修学旅行や部活の合宿を思い出すな~。夜通し友達と遊ぶのが楽しいんだよな。

 ここには消灯時間にうるさい風紀委員はいないし、ケンちゃんと朝まではしゃぎ明かすか! 部屋にトランプとか置いてるかな? 枕投げは勝てる見込みがないので却下だ。

 

 俺がケンちゃんとの夜遊びに思いを馳せていると、ケンちゃんがチラチラこちらを見てくる。

 何を悩んでるんだろう。早くサインして泊まろうよ。それとも、俺に何かを促しているのか?

 

 

 ……まさか名前を書けない? 確かに武道以外は何も知らなさそうな脳筋剣士だ。文盲なのかも。こういうとき元々は少女がサインをしていたのだろうが、俺は少女の名前を知らないし書けないぞ……。

 

 どうしようか。ケンちゃんは未だ悩ましげな表情をしている。俺が出るしかないのか。

 

 

 そこで名案を思いつく。

 

「下がりなさい」

 

 俺はケンちゃんと場所を入れ替わると、宿帳に『小春日和』とサインした。

 俺が唯一書けるこの世界の言葉だが、お茶の名前だし、女の子っぽい響きの言葉だ。きっと女性名として通用するはず。偽名でチェックインすることになるが、仕方ない。

 

 フロントスタッフに宿帳を渡して……。

 

「398様、ですか……?」

 

 おいバカ音読するな! 適当書いたことがケンちゃんにバレるだろ!

 ……って、さんきゅーはち? さんきゅっぱ?

 

 

 俺はとんでもない過ちに気付いた。俺が覚えたのは商品名じゃなくて値段だった。

 

 

 ……ケンちゃんからのツッコミは無い。正しい名前だったようだ。奇跡すぎる。

 名前が数字という珍しさかつ、勘違いにより唯一書ける数字の羅列が自分の名前ってどんな偶然だよ、ラック値がカンストしているにも程がある。

 

 

 いや、そういうことか。わかったぞ。

 

 俺の転生特典は『超・強運』なんだ!

 俺の脳内ニックネームがケンちゃんの本名だったことといい、適当に歩き回った先が目当ての土産物店だったことといい、こうも連続してラッキーが続くとそう確信せざるをえない。

 最強のチート能力じゃないか! 体力も頭脳も無くても余裕で生きていけそうだ。

 思わず高笑いが漏れる。

 

「素敵な名前でしょ?」

 

 まあ日本にも『一二三さん』とかいるし、数字のみで構成された名前もあるっちゃあるんだろう。

 大変失礼致しました、と頭を下げ続けるフロントスタッフを後に、鍵を受け取った俺達は部屋へと向かった。

 

 

 

 

 俺達は夕暮れを背に宿屋に到着した。

 魔女っ子が「ここにしましょう」と言うので入ったが、高級そうな装いで金銭面が不安になる。まだ財布は重いが、連泊でも続ければすぐ資金が底をつきそうだ。ギルドに入会する等、早々に収入源を確保せねば。

 

 

 さて、金が関わることには俺が率先して行動するというのがお約束だったな。

 魔女っ子を下がらせ、俺はカウンターの前に立ち、笑顔で佇むスタッフから説明を受ける。

 

「――でありまして、現在空室は1室のみとなっております。それでもよろしければ、こちらにサインをお願いします」

 

 宿泊台帳を求めるか。代表者のみで良いみたいだが。

 治安面から考慮するに法整備が未熟そうなこの世界だが、ここは高級ホテル、しっかりしてるな。

 

 俺は『ケン』という名前の文字を書けない。魔女っ子にサインしてもらうか。……いや、俺が対応を申し出ておいて、サインだけ頼むというのは不自然だ。

 何とかこの宿を出て、その辺りがザルそうな安宿に移動する手を考えるか。

 

 

 『1室しか空きがない』。これを利用しよう。

 魔女っ子は少女といえど女性だ。男の俺と同室というのはアレじゃないのか。

 そこを彼女に問うてみて、他所を当たろうという流れに持っていこう。

 

 しかし「男女で同室だがいいのか?」とストレートに尋ねるのは、そういう対象として意識しているみたいで嫌だ。逆に、元々『ケン』と魔女っ子がそういう関係だったのなら、同室を拒絶というのも不自然になる。

 ここは間接的に、かつ単に魔女っ子に決定権を委ねる感じの言葉をかけるべきだ。しかし、うまい表現が思い浮かばない。なんと彼女に伝えようか……。

 

 

 俺が頭を悩ませながら肩越しに魔女っ子を見ていると、彼女は何か得心したように頷き、カウンターにいる俺と交代して、スラスラとサインを始めた。

 相部屋を気にしないあたり本当に実は男なのだろうか。思っていた展開とは違ったが、まあ彼女がサインしてくれたのならそれでいいか。

 

 

 そう思っていると、常に営業スマイルを崩さなかったスタッフから動揺の声が漏れた。

 

「398様、ですか……?」

 

 魔女っ子の名前がわかった。わかったが、名前が数字なのか。スタッフの困惑ぶりから察するに、この世界でもかなり特殊な名前のようだ。

 あるいは、番号で呼ばれるような生活を送っていたのか。

 囚人番号……、奴隷の管理番号? それとも……。悪い想像しか浮かばない。

 

 素敵な名前でしょ、と笑って部屋へ向かう彼女の後を、俺は無言で着いていくことしかできなかった。

 

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