どこへ行ったの? 俺の転生特典……。
俺は一気に軽くなった財布を片手に、呆然とケンちゃんの元へと戻った。
初戦、一応『超・強運』が発動するか試した。そして確かに手応えを感じた。
にもかかわらず、二戦目、調子に乗った俺は盛大に爆死した。
もしやクールタイムが必要なのか? だから連続では使用できないと。無意識のうちにでも発動してしまう性質上、この能力、かなり使い勝手が悪いのでは……?
「神様なんて信じない……」
俺を転生させたあの女神っぽいお姉さんも今ごろ俺を見て腹を抱えていることだろう。プクク、人生イージーモードだと思った? 残念でした! ってな具合に。
金の切れ目が縁の切れ目。
とはならず、ケンちゃんは生活費の大部分を溶かした俺を咎めず、「ギルドに行くぞ」とだけ言い、現在はその道中だ。
ケンちゃんはポツリと俺に問いかける。
「魔法は使わなかったのか」
「……」
衝撃の事実。俺、魔法を使えたんだ。少女は魔法少女だったのか。
そして魔法でインチキしてカジノで荒稼ぎすると思われていた、と。だとすればすんなり財布を貸してくれたのにも納得できる。
「調子が悪かったのよ」
「そうか」
嘘をついた。なんとか誤魔化せたようだ。
もちろん少女に俺が乗り移ってからは魔法など使った覚えがない。
何故このタイミングで俺の魔法の能力について疑ってきたのだろう。この三日間でも、魔法を使うべきタイミングは他にも有ったはずだ。
例えば、かの野盗との戦闘のときとか「お前も魔法で手伝えよ」くらい愚痴られていてもおかしくない。
もしや実は、俺が転生憑依者だとバレていて、転生特典を魔法だと皮肉ってそう呼んでいるのか?
先の彼の発言は「お得意の強運はどうした? ほら、早く尻尾を出せよ」という意味か。
……いや、ネガティブシンキングは止めよう。
ともかく彼が未だ、俺が魔法を使えて当然だと考えているあたり、やはり彼には少女の中身が俺であることは悟られていない。これは朗報だ。
今後も完璧に少女ムーヴを貫くならば、魔法を覚える必要ができてしまったが、幸い、中身が俺だといっても身体が元の魔法少女ということは、体質的には俺は魔法を使えるはず。つまり学べば習得できる可能性が高い。
ケンちゃんの目を盗み、なんとか他の魔法使いを見つけて教えを乞う。この方針で行こう。
七転び八起き、俺は挫けないぞ!
◆
そもそもが野盗から拝借したあぶく銭。先送りしていた収入源確保が早まっただけだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は憤りを鎮めた。
終始申し訳無さそうにしている魔女っ子を責めるのが忍びなかったのもある。
なぜ魔女っ子は賭場で資金を溶かすような真似をしたのか。俺はギルドへの道中、考えていた。
念のため魔法について尋ねたが、調子が悪かったらしい。
この発言を信じるならば、やはり我々の懐事情を憂い、手助けしてくれようとしたのだろう。
考えたくない説としては、調子が悪いというのは嘘で、彼女は俺の計画を妨害しようとした。そのために無理やり活動費を消し去った。
何やら返答に間があったし、「調子が悪い」という口説は万能な言い訳のように感じる。また、呪術専門店の調査を嫌がっていた彼女の態度を鑑みても筋が立つ。
そしておもむろに彼女がこぼした「神なんて信じない」という発言。神とは例の邪神ではなく、それに対立する正教の神を指すのだろう。
「ケンも邪教に屈しなさい。
駄目だ、悲観的な想像ばかり繰り広げてしまう。職業病なのかもしれない。
まあ、異世界転生など経験してもなお脳天気でいられる奴が居れば、是非とも拝見したいものだが。
ギルドに到着し現在、受付で入会手続きをしている。
俺の入会は無事済んだ。受付嬢に年齢を訊かれたときは悩んだが、魔女っ子から「好きに答えればよい」と言われ、ハッとした。
そうだ、ケンは人造人間。製造からの年数と外見年齢の間に乖離があるのだろう。
俺は前世の年齢、もとい享年である三十四だと答えておいた。ケンの外見年齢ともそう差異は無いはずだ。
受付嬢は年齢詐称について何も言わない。そもそも犯罪組織の人造人間であるため、身元を証明する方法を何一つ持たないのだが良いのだろうか、という不安は杞憂に終わった。
それとなく訊ねると、どうやらギルド会員証が一種の身分証明証となるらしい。……それでいいのか? よくわからん世界だ。
もう一つ、ギルドに登録して初めて冒険者となる、と昨日も聞いたが、冒険者の組合が冒険者ギルドなのだから、因果が逆なのでは? という疑問もある。まあそういうものなのだと納得すべきか。
なんだか取って付けたような組織だな……。魔法の有無でこうも社会のシステムが変わるものか? まあおそらく、この世界自体が神様の爺さんの掌の上ということなのだろう。
次に魔女っ子の手続きが始まった。
彼女は名前、年齢、性別等のプロフィールを受付に伝えている。
やはり398という名前に戸惑われている。年齢は九歳という設定。
そして性別も外見通り女で確定。一時期、女装説を考慮していたことに心中で詫びを入れる。
次の質問は技能・特技について。俺のときは大剣を見せるだけでパスした質問だ。
そこで魔女っ子は振り返り、俺をかがませ、耳打ちしてきた。
「魔法のことは隠しておきたいのだけど」
……なるほど。
確かに、違法な黒魔術のことを正直に述べるのは不味かろう。曖昧に魔法、とだけ答えるのも、掘り下げられた場合困る。
しかし齢九つにして技能無しでは、まともな依頼など受けられないだろうし、そもそも入会できるか怪しい。
つまり魔法には言及せず、うまく彼女の能力を伝える必要がある。
魔女っ子は右手で俺の腕を掴み、左手を握り拳から人差し指のみ軽く開いた状態で下唇に当て、小首をかしげ上目遣いで俺を見つめている。
……その仕草は、俺に『お願い』しているのか……? 工数が多いな。はっきり「対応を頼む」と言葉で言えばいいのに。
「任せろ。魔法のことは黙っておく」
まあいい、やってやろうじゃないか。俺は魔女っ子に代わり再び受付嬢と対面する。
さて、今まで彼女が行使した魔法といえば、経路探索魔法。GPSなんて無いであろう中世ヨーロッパもどきのこの世界、冒険者として役立つ技能だ。
しかし単に「道案内が得意だ」と言うのも、魔女っ子の年齢相まって子供のお遊びだと捉えられかねない。案内人を果たせる技能……、これだろうか。
「彼女には航法の心得がある」
「航法、ですか……? 天文学などを修めている、ということでしょうか」
「……そうだ」
「その年齢で、素晴らしいですね……。では、未開の地への依頼も安心して頼めそうですね」
よし、いい感じに解釈してくれた。
これで無事登録手続きは済み、晴れて冒険者だ。初仕事といこうか。
依頼掲示板を見ても読めないので俺は受付嬢に、ビギナー向けの依頼が無いか尋ねた。
◆
ここが冒険者ギルドか。
一刻前の俺ならば「異世界ファンタジーっぽい!」と喜んでいただろうが、愚かな俺のおかげで生活費を失った手前、うかれていられない。
働かざる者食うべからず、つまるところ、これは就活なのである。
でも、少女の俺にこなせる依頼なんてあるのだろうか。
俺の想像が正しければ、魔物の討伐とかでしょ? 依頼って。戦闘力を有しない俺が活躍できるとは思えないが……。
とりあえず冒険者になって、働きながらスキルを磨こうか。就職において、若いうちはスキルよりやる気が重視されるのだ。流石に若すぎるけども。
まずはケンちゃんの手続きだ。ケンちゃんは以前にもギルドを訪れたことがあるようで、受付のお姉さんから「うちに入ってくださるのですね!」と歓迎されていた。
そのため、手続きはスムーズに進むかと思われたが、何故か年齢を言い淀んでいる。
呆れた。
三十五歳でしょ、早く答えなよ。そんなにもアラフォーだと名乗るのが嫌か。
……俺も三十路になると年齢を言いたくなくなるのかな?
「もう、好きに答えたらいいんじゃない」
俺の投げやりなアドバイスを素直に聞き入れたケンちゃんは、超微妙に鯖を読んだ。四捨五入は重要らしい。
そうこうして、今度は俺の手続きが始まった。俺は受付さんを見上げる。
まずはプロフィールを聞かれる。名前と性別は無問題、既知だ。
問題は少女の年齢だが、今更クールタイムが回復したおかげで強運を発動し、見事言い当てる。九歳か、見た目まんまだ。
そして次は、俺のスキルについて。
俺は魔法と答えようとするが、踏みとどまった。
現状俺は魔法を使えない。それに魔法使いであることを明かすと、能力に見合った危険な依頼が舞い込むリスクが上がりそうだ。それは堪らない。
しかし、魔法を隠すことにもリスクがある。ケンちゃんに怪しまれてしまう。
彼は俺が魔法使いだと知っている。そして採用面接において、わざわざスキルを隠す意味は皆無。
まだケンちゃんは俺が魔法少女だと信じているのだ。この状況を手放すのは惜しい。
決めた。
理屈抜きに、とにかく「魔法は隠したいの!」とケンちゃんにお願いしよう。
俺は思いつく限りの飛びっきり可愛いポーズを取り、ケンちゃんを見つめる。
ケンちゃんは眉をひそめた後、「任せろ」と言って前に出た。俺の代わりに俺をアピールしてくれるようだ。
悩殺完了。流石はロリコンのケンちゃん、ちょろいね。
最悪『特技:無し』で入会できなくても仕方ないか、とも考えていたが、魔法以外にも少女はスキルを持っていたのか。
……まさか「この子は魅了スキルを持っている」なんて言わないよね?
そっち方面なら確かに稼げそうだが、フィアンセがそんな職に就いていいの? 駄目だよね。ね……?
「彼女には『こうほう』の心得がある」
俺の心配をよそに、ケンちゃんは受付さんに伝える。少女の他の能力について。
でも『こうほう』って何だろう……? 工法……エンジニア? 違うか。
広報かな? マーケティング的な。でもそれは、冒険者というより商人のスキルだ。
コーホー……残虐超人……? いや俺はベアークローを装備していないし、普段の二倍ジャンプして三倍回転するような身体能力も無い。
あっわかった、後方か! 後方彼女面、じゃなくて魔法による後方支援。これだ!
でもそれ、魔法が使えるのを仄めかしてない……?
「『こうほう』ですか……? 天文学などを修めている、ということでしょうか」
「そうだ」
違った。どうやら少女は天文学者でもあったらしい。
後方支援って、内助の功みたいな意味かな? 夫は外回り。妻はお家で家事をこなし、お空の観察。
これなら仕事もデスクワークが中心だろう。必然的に肉体派のケンちゃんとは別行動になるが、帰りを待つのも勤めの一種だ。
でも天文学者って何から学べばよいのだろう。ボロが出ないよう、早急に知識をつけねば。
「その年齢で、素晴らしいですね。では、未開の地への依頼も安心して頼めそうですね」
うん、素晴らしいね。九歳で学者さん、飛び級かな? 俺へのハードルも天体観測できそうな高さになってるけどね。
で、何で学者が未開の地へ……? フィールドワークにしては厳しくない? 冒険者という職業柄、命の危険からは逃れられぬ運命なのか。
ともかく、学ぶべき順序が決まった。多分、空を拝んでの道案内役ということだろう。まずは北極星を探そう……! 太陽が昇るのはこの世界では……東? 西? 昇った方を東と呼べばいいか。
ようやく入会手続きが終わった。ケンちゃんは続けて、受付さんに初心者向けの依頼がないか尋ねている。
受付さんが出してきたのは、狼の群れの討伐依頼。他の冒険者たちとチームを組み、一緒の馬車で現場へと向かうらしい。つまり道案内役である俺は不要だ。戦闘面でも俺に出る幕は無い。
なのでケンちゃんに「言ったでしょ、魔法の調子が悪いの」と伝え、俺はお留守番させてもらう。初仕事からサボるのは心苦しいが、下手に同行して足手まといになるよりマシだろう。
他の冒険者もいるし、なにせ野盗を追い払ったケンちゃんのあのパワーなら、狼もイチコロだろうしね。
◆
夜。昨日とは打って変わった簡素な造りの宿で大剣を見つめ、物思いに耽る。
俺の初依頼は、狼の群れの討伐に決まった。
他の冒険者との共同依頼であるため、最悪助けてもらえるという意味で、初心者向けらしい。
不安だ。
受付嬢は俺の見てくれから判断してこの依頼をよこしたのだろうが、中身の俺はズブの素人である。
狼は俺の世界でも存在する動物だが、俺に狩猟の経験は無い。翻訳能力上オオカミと訳されているだけで、俺が知る狼とは勝手が違う可能性もある。そもそも知るといっても現物は知らず、あくまで写真や映像でしか見たことがないが。
出立は明朝で、準備に取れる時間も無い。ケンの怪力でどうにかなるだろうか……。
さらに憂慮しているのは、魔女っ子の同行が無いこと。魔法の調子が悪いとの言を信じれば妥当ではあるが、心細い。
大の大人が幼き少女を心の支えにするとは情けないが、この世界での唯一の仲間なのだ。
ともかく、明日は早い。俺は大剣、見た目相応の重量を持ったそれを鞘へと収め、ベッドに倒れ込んだ。
◆
今日は安宿に宿泊だ。なんとか個室は確保してもらった。
ギルドに紹介してもらった宿なので、他の宿泊客も冒険者が多いようだ。
ちなみに一階は酒場になっている。夕飯を摂る最中、魔法使いと接点を持ちたい俺はそれらしき人物がいないか探したが、ケンちゃんみたいな厳つい武闘派だらけだった。
部屋に入る。昨日の高級ホテルとは違い、ボロくて殺風景である。暗く、どこか湿気臭い。しかし贅沢は言えない。むしろこの質素さに慣れねばならない。
ケンちゃんに今日の午前中のような柔和な雰囲気は無く、神妙な顔つきをしていた。俺のせいで一日にして生活難に陥ったのだから当然である。
蝋燭の明かりで刃を照らし、己が獲物を見つめる彼の様子は、まさに歴戦の戦士のそれである。
ケンちゃんは朝早くから出発なので、俺も見送りくらいはせねば。早起きするため、もう寝よう。
予定では、明日ケンちゃんが帰ってくるのは夕暮れ時になるらしい。俺は留守番の間、何をしようか。