催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第15話「陰キャ、バーベキューに行く」

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ねハカセ! せっかくだから、今日は私がバーベキューの楽しみ方を教えてあげるわ!」

 

 

 にゃる君の誘いに乗って向かった集合場所で、ありすが腰に手を当てながら胸を反らして待っていた。

 

 

「にゃる君、ちょっと来て」

 

 

 僕はありすを無視して、にゃる君の腕を引っ張って物陰へと連れ込んでいく。

 

 

「おっと、どうした兄弟? 物陰へ連れ込む相手を間違えてるぜ?」

 

「質問に答えてくれ。僕たち先週はどこ行った?」

 

「キャンプ場でカレー作りに行ったなあ。あのトマトカレーは絶品だったな」

 

「そこにありすいたよね」

 

「いたねえ。いやあ去年のクラスのリア充グループに混じって行ったからそりゃいるよな」

 

 

 そうだな。それはわかる。

 

 

「先々週はどこへ行った?」

 

七塚(ななつか)山へ蝉取りに行ったな。いやーセミにションベンひっかけられて大変だった」

 

「そこにありすいたよね」

 

「いやあ奇遇だったなあ、あのときは」

 

 

 そうだな。麦わら帽子にTシャツ短パンのありすも元気で可愛かったな。

 

 

「で、その前の週はどこへ行った?」

 

「潮干狩り行ったなあ」

 

「そこにもありすいたよね」

 

「帰ってから作ったあさりのボンゴレ美味かったよな」

 

 

 そうだな。もう奇遇という言葉すら使わなくなったな。

 

 

「なんでキミの誘いに乗って出かけると、必ずありすがいるんだ?」

 

「運命の導きってやつだろう。いやあ偶然偶然」

 

「どうしてありすは僕を待ち構えてたみたいな感じで先制で声を掛けてくるんだ?」

 

「ありすサンの方が視力がいいからじゃないかな」

 

 

 くそっ、こいつ……絶対に何か仕組んでる……!

 僕が胡乱(うろん)げな目を向けると、にゃる君はふうとため息をつきながら首を振った。

 

 

「おいおい、なんて眼で俺を見るんだハカセ。あのなあ、言っておくけど俺は100%善意でセッティングしてるんだからな」

 

「どういう善意だよ」

 

「だってお前、ありすサンがお前の知らないところでひと夏の間に大人になったらどうするよ」

 

「は?」

 

「夏は誘惑がいっぱいだぜ。ありすサンなんて超美人になることはもう今の時点で目に見えてんだ。ロリコンの大学生とかがナンパしようとウヨウヨ狙ってるぞ。どうするんだよ、知らない間に彼氏とかできちまったらさ」

 

 

 ありすに彼氏。

 いや、関係ない。僕とありすはただの幼馴染だ。

 ありすに彼氏ができたとしても、僕はやれやれこれからはあいつが振り回されるのか、可哀想にとでも言いながらささやかな幸福を祈るだろう。

 ……祈れるのか?

 ありすが知らない間に誰かの彼女になると考えると、何故か胸がざわついた。とてもムカムカする。

 

 にゃる君はそんな僕の顔を見ると、鼻を鳴らしつつバンッと背中を叩いてきた。痛い。

 

 

「だからさ、お前が防波堤になって防げばいいじゃん。いつも一緒にいりゃ、少なくとも知らない間に彼氏ができましたなんてことはないだろ」

 

「……そうか。そうだな」

 

 

 なるほど、だからありすがいるところにレジャーに行こうと誘ってくれているのか。僕はにゃる君の面倒見の良さに感心した。

 

 

「わかった、ありがとうにゃる君」

 

「おう、わかりゃいいってもんよ。お前はありすサンに悪い虫がつかずに幸せ、俺はワンチャン彼女ができるかもしれないし幸せ、悪いことなしだな!」

 

「なんだそれ」

 

 

 おどけるにゃる君に、僕は思わず笑った。

 

 

 

※※※

 

 

 

 というわけで、今日は河原でバーベキューをすることになった。

 電車で郊外まで出かけて、河原で簡単に調理するだけのお手軽クッキング体験だ。

 

 先週のキャンプもそうだが、正直僕には子供だけでご飯を作って食べることの何が楽しいのかよくわからない。飯ごうで芯の残ったご飯やちょっと焦げたカレーを食べるより、家でカレーを作った方が断然おいしいはずだ。

 しかしありすやにゃる君は、そうやって自分たちでご飯を作ったり、みんなで料理しながらしゃべっていることが楽しいらしい。

 やっぱり陽キャの考えることは陰キャの僕にはわからない。

 

 だけど、自然を見るのは好きだなと思う。

 山や川には造形美が溢れている。

 野山に咲く花が好きだ。遺伝子という設計図に従って、同じ大きさの花弁がひとつの花を形作るさまに神秘を感じる。

 川の織り成す三角州が好きだ。流体によって形作られる地形のダイナミズムが僕を驚嘆させる。

 そうした光景は、ずっと街にいては見ることはなかっただろう。

 

 みんなが何やらにぎやかにはしゃいでいる中、僕はひとりそうした自然の美に心を奪われている。

 そしてふと横を見ると、いつの間にかありすがそばにいて、静かに僕と同じものを見つめているのだった。それは僕たちが子供の頃から変わらないスタンスだ。

 ……だが、いつかありすにもいい恋人ができるだろう。そのとき、僕はずっとひとりぼっちで自然の美を見つめることになるのだろうか。

 

 

「あっ、またひとりでぼーっとしてる」

 

 

 そう言って、ありすは電車の中で物思いに耽る僕の鼻をつまんだ。

 

 

「ひゃめろ」

 

「やめなーい」

 

 

 僕は振り払おうとするが、ありすは悪戯っぽく笑いながらしつこく鼻をつまんで遊んでくる。こんにゃろ、それならこっちもお返しでつまんでやる。

 

 

「あー、やめてよー。モデルは顔が命なんだから」

 

「うるさい、読モ風情がいっぱしのモデル気取ってんじゃない」

 

「このっ、ひれ伏せ一般人!」

 

 

 ありすとじゃれ合ってヒマな時間を潰す。こうしてふざけ合っていると、退屈な移動時間も一瞬に感じられるな。

 

 

「ウソみたいでしょう、どっちも付き合ってるつもりないんですよこいつら」

 

 

 僕たちを見ながら、にゃる君が何やら虚空に向かって呟いていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 河原に到着すると、まずは食材の準備をすることになった。

 ありすは火起こし班、僕は調理班に入る。

 

 女子たちに交じって慣れない手つきで食材を切っていく。こんなに不器用で邪魔にならないのかとちょっと不安だが、周囲をよくよく見ると女子たちも手つきが相当ぎこちない。みんな家事を手伝ったりしないんだろうな。

 驚くべきことに、にゃる君がやたら手慣れていた。野菜の皮を瞬く間にするすると剥いていく。

 

 

「にゃる君、料理うまいね」

 

「ん? まあなー、たまに夕飯俺が作ってるし」

 

 

 何でもないようににゃる君は言って、僕の何倍ものスピードで下ごしらえを終えていく。いつもおしゃべりなにゃる君が自分から何も言わないってことは、これは深く聞かない方がいいことなのかな。

 それにしてもグレてた時期も料理を自分で作ってたのか。家庭的ヤンキーやるじゃん。

 

 

「……ありすって、全然料理しないよね。先週のキャンプもそうだったじゃん」

 

 

 野菜の皮を剥いている女子の一人が、唐突にそんなことを言いだした。

 なんだこいつ。

 

 

「いつも自分は指示だけ出してさ、私たちには雑用押し付けて……私らのこと見下してんでしょ」

 

「ちょっと、こんなところでやめなよ……」

 

「今回だってうちらのクラスのバーベキューだったのに、いつの間にか混じってるしさ。しゃしゃり出てきて女王気取りなの、マジムカつくんだよね。男子に混じって火起こししてるけど、何あれ。男に媚び売ってんの?」

 

 

 ありすの統治下にも不穏分子がいるようだ。まあいかにカリスマがあったとしても、誰も彼もが従うわけでもないよな。僕みたいに。

 

 でも、誰かにありすが悪し様に言われるのは無性に腹が立つ。僕がありすに悪口を言うのはいい、でも他人がありすの陰口を叩くのはとてもイライラする。勝手なものだと自分でも思うが、それが嘘偽りない本音だ。僕はダンッと包丁をまな板に叩き付けて、トウモロコシのへたを落とした。

 

 

「ありすの代わりに、僕が料理やってんだよ。それにありすは火起こしの仕事だってしてるだろ。何が不満なんだよ。文句があるなら僕が代わりに聞いてやるから言ってみろよ」

 

「は……!? 何よ、アンタキモッ。いつもクラスの端っこで黙ってる陰キャのくせにさ、何勝手にバーベキューついてきてんの? 誰もアンタなんて呼んでないんですけど?」

 

 

 女子は顔をしかめ、露骨にバカにしたような笑みを浮かべながらキモいキモいと連呼してきた。

 キモいって便利な言葉だよな。理屈を度外視して、一方的に罵れる。だけど、僕を罵倒するならそれじゃ全然だめだ。

 軽い言葉で傷付くような一般的な中学生ならともかく、そんな安い悪意で僕を傷付けようなど笑ってしまう。

 

 

「そういうキミも、誰かに呼ばれたとは思えないけど」

 

「は……?」

 

「キミみたいに誰彼構わず毒を吐くような人間を、好き好んでイベントに呼びたがる人なんていないよ。どうせ一人ぼっちが嫌だから、みんなに混じってついてきたんだろ? 身の丈もわきまえずに他人を見下すなよ、自分がみじめになるぞ」

 

「ア……アンタ……ッ!」

 

 

 女子はギリッと歯噛みするが、周囲は誰もフォローに入ろうとしない。

 さっき彼女を嗜めていた女子も、半笑いを浮かべている。

 ……やだなあ。こんな連中と一緒に飯を食いたくない。

 

 

「はいはいはーい、そこまでー」

 

 

 そこでにゃる君がニッコニコの笑顔でおどけながら、大皿を持ってくるくる回りながら乱入してきた。

 

 

「まあまあ、料理なんか女子がやろうが男子がやろうが味なんて変わりませんって! このにゃるめがちゃーんと下ごしらえしておきましたので! さあさあみんな楽しくバーベキューしましょうよ! ねっ!!」

 

「やだぁ、何その動きー。キモーイ」

 

「へっへっへ、俺はバーベキューの達人ですよ! ほらっ御覧なさい! この超高速鉄串刺し! ふはははははははは!」

 

 

 にゃる君はケラケラと笑いながら、凄まじい勢いで食材を鉄串に刺していく。

 僕と争っていた女子は、ひとりでずかずかとどこかへ行ってしまった。

 

 女子たちからキモイと言われながら、にゃる君は僕にちらりと振り向いてウインクしてくる。

 なんだか自分がとても子供っぽいことをしてしまった気がして、僕は顔を赤らめた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 そんなこんなでバーベキューは進み、食材のいい匂いがし始めた。

 みんながジュースの入ったコップを手に、カンパーイ! と斉唱する。

 僕も真似をして小声で乾杯と言っておいた。

 

 

「特別に肉の一番イイところを用意しておいたんだ。ほーれ、食え食え」

 

 

 いつの間にか今回の総料理長的なポジションに収まっていたにゃる君が、さりげなく秘蔵の鉄串を渡してくれる。実に抜け目がない。

 

 

「ありすの分ももらえる?」

 

「おう、あたりきよぉ!」

 

 

 さすがにゃる君、自分で言うだけあってすごく美味しそうに焼けている。

 僕はありすのところに戻ってくると、鉄串から具を外して皿に盛り、鉄串をありすに見えないように背後に隠した。

 

 

「ほら、ありすの分」

 

「ありがと。いつも迷惑かけちゃってごめんね」

 

「好きでやってるから」

 

 

 続いて自分の分を串から外して、同じように鉄串を処理する。

 

 

「わー、肉汁すっごい出てるね」

 

「にゃる君がとっておきって言ってたから、きっと美味しいよ」

 

「ふふふ、ほら。あーんして?」

 

「もう怪我直ったのでしーまーせーんー」

 

「そっか、残念」

 

 

 ありすはそう言いながら、自前の可愛いフォークで野菜を口に運んだ。

 周囲のクラスメイトたちは、キャッキャとはしゃぎながら鉄串から直にかぶりついたり、お皿を手に歓談したりしているようだ。

 その光景を見るとはなしに眺めながら、ありすと並んで僕も肉にかぶりつく。

 

 

「ハカセは新谷(しんたに)君とすごく仲良くなったね」

 

「うん。あいつはいい奴だよ。すごく気配りできるし、料理上手だし」

 

「ちょっと前は不良だったのにね」

 

「そうだね。あの様子を見てるととてもそうは思えないけど」

 

「どうやって仲良くなったの?」

 

 

 横を見ると、ありすが青みがかった瞳でじっとこちらを見つめていた。

 催眠かけました、今もかかってますとは言えないなあ。

 

 

「……悩みを聞いてあげたら仲良くなった」

 

 

 まあ、間違ってもないだろう。警察官を目指す夢に挫折してたようだし。

 

 

「本当に?」

 

「何が」

 

「だってアンタが他人の悩み事を聞くところなんて想像もできないもの」

 

「…………」

 

 

 まあそうだよな。

 僕は根本的に他人に興味がない。

 それは小学生の頃から一緒にいるありすが一番よく知っている。

 

 

「ハカセって、最近すごく大人になってるよね」

 

「僕が? そんなことないよ」

 

「なってるよ。これまで遊びに誘っても絶対こなかったのに、人付き合いしてるじゃん」

 

 

 それはにゃる君を観察するためだ。

 ……いや、お父さんや師匠たちに友達を大事にしろと言われたせいでもあるか。

 

 

「さっき、私が悪口言われてたのにも怒ってくれたよね」

 

「あー……」

 

 

 聞いてたのか、地獄耳め。

 あんなの全然大人じゃないだろ。

 本当に大人になってたら、あんな子供っぽく相手をやりこめようなんてしない。大人っていうのは、お父さんや師匠のことだ。あるいはにゃる君も少し。

 

 ありすはちょっと顔を伏せると、寂しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

「すごくいいことだと思うよ。でも、なんだか、ハカセがどっか行っちゃいそうな気がして……」

 

「どこにも行かないよ」

 

 

 僕は語気強く言った。

 勝手なことをいうありすに、ちょっと腹が立っていた。

 

 

「お前の方が先にどっかに行こうとしてるんだろ」

 

「私が? してないよ」

 

「してる」

 

 

 そう言いながら、僕は顔をそむけた。

 あんな大人っぽい服装で読者モデルやってるじゃないか。あんな流し目で僕を見たことなんてあるか。

 最近お前の読者モデル姿を見るたびに、こっちはハラハラしてるんだぞ。

 

 

「してない」

 

「してる」

 

「しーてーなーいー」

 

「しーてーるー」

 

 

 2人でしばしそうやって言い合い、どちらからともなく笑い合った。

 いや、やっぱりまだ同じところにいるよな、これ。

 

 

「ごちそうさま」

 

 

 って、いつの間に食べ終わったんだこいつ。

 僕と押し問答してる間に平らげてしまったらしい。

 くそっ、僕は割と真剣に拗ねてたのに……。

 

 ありすはふふっと悪戯っぽく笑うと、僕に手を差し出してきた。

 

 

「ほらっ、せっかく河原に来たんだし水遊びしようよ」

 

「あーもう、僕はまだ食ってんだよ。なんでも自分のペースで振り回しやがって。お前はいつもいつも……」

 

 

 僕は急いで自分の皿を平らげ、ありすの皿と鉄串を掴んで立ち上がった。

 

 

「ちょっと待ってろよ、すぐそっちに行くから」

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