催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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※外伝は三人称視点でお送りします。


外伝「にゃる君とささささん」

「ここまで来ればいいだろ」

 

 

 沙希(さき)を引きずるようにハカセの家からお(いとま)した(ながれ)は、公園までたどり着くとふうと息を吐いた。

 

 

「あーあ、良かったの? 晩御飯ご一緒するチャンスだったのになー。ハンバーグのおいしそうな匂いがしてたよ?」

 

 

 沙希が小首を傾げて訊くと、流は軽く笑って手を振った。

 

 

「バカ言え、ありゃありすサンに言ってたんだよ。ありすサンに向けるママさんの目、どう見てもハカセや妹ちゃんに向けるのと同じ感じだっただろうが。そりゃ俺らも歓待してもらえただろうけど……せっかくの家族水入らずを邪魔する野暮(ヤボ)にはなりたくねえ。それにありすサンが寂しそうだったからな」

 

「にゃる君って、意外と周囲のことよく見てるんだね。それに気配りもできるし」

 

 

 沙希はクスクスと笑う。

 冬の日暮れは早く、宵闇の中に浮かぶその笑顔はどこか魔女じみた陰があるように流には思えた。

 

 流は顔を引き締めると、久々に凄みのある表情を作る。ハカセと出会って以来、まったくしたことのない顔だった。

 

 

「ハカセのいないところで、お前と腰を据えて話してみたかったしな」

 

「あれ? もしかしてアタシに告っちゃう流れ? やだなー、にゃる君のルックスってあんまり好みじゃないんだよねー。筋肉が暑苦しいもん」

 

「茶化すんじゃねえよ。……佐々木(ささき)、お前何を企んでる?」

 

 

 流の問いに、沙希は意外そうな顔をした。

 

 

「企む? 何を?」

 

「それを訊くのはこっちだ。お前がどんな奴か知らないとでも思ってるのか?」

 

 

 流は沙希に指を突き付ける。

 

 

「ほんの少し前まで、お前はいじめグループにいたよな。お前にいじめられたって証言する女子も何人か知ってる。そいつら曰く『根暗で嘘つき、他人の粗探しが得意な女』だとさ」

 

 

 本当はもっとひどいことを言われていたが、流は口にしなかった。

 実際に彼女らが言ったのは、『根暗で嘘つき、他人の粗探しが得意でひがみ根性が強く、自分も隠れオタクのくせにオタクいじめをする嫌な女』だ。

 

 沙希はこげ茶に染めた髪の上から頭をコリコリと掻いて、軽く笑った。

 

 

「ありゃー、そんな感じに言われてるのかぁ……。まあ実際そうだから仕方ないよね。……許すって言ってくれたんだけどなあ。甘いなーアタシも」

 

 

 そんな彼女の様子を見て、流はますます得体が知れないと感じた。

 ぞわぞわする危機感を感じながら、流は目を細める。

 

 

「それで、どうなんだ。どうしてハカセに付きまとう? 彼女らには改心したと言ったらしいが、俺は信じねえよ。ハカセに害をなそうってんなら、俺は女だろうと容赦しねえ」

 

「でも改心してハカセくんに付きまとってるのは君も同じでしょ、にゃる君?」

 

「ぐ……」

 

 

 去年から同じクラスにいる沙希は、つい半年前まで流がグレていたことを知っている。去年の夏休み明けに金髪に染めてきた流にクラスは密かな騒ぎになったが、今年の春に黒髪に染め直してきたときはもっと騒然としていた。

 

 流は胸元で拳を固め、かつての自分の像を握り潰すかのように力を込めた。

 

 

「確かにそうだ。だが、俺はあいつに救われたんだ。親父みたいな警察官になるって夢を自ら踏みにじってやさぐれた俺に、もう一度その夢を信じてみろって(さと)してくれた。何度殴られても決して折れずに、殴り返しもせず。その姿は、俺がかつて親父に見ていた正義の味方の在り方そのものだった」

 

「…………」

 

「俺はハカセに大きな恩がある。あいつは他人の悪意に疎くて、感性がズレてて、大体何考えてるのかわからん奴だけどよ……でも多分いい奴なんだ。時々魔法みたいに他人に影響を与えるけど、決して悪いことはしない。むしろ他人のためになることばかりだ。だから俺はあいつがいい奴でいる限り絶対に味方する」

 

 

 そして流はキッと鋭い瞳で沙希を睨み付けた。

 

 

「あいつのお人よしに付け込もうなんて奴は許さねえ。さあ、吐け。お前はハカセに近付いて、何を企んでるんだ?」

 

「……にゃる君もいい人だね。いや、彼の魔法でいい人に変えてもらったのかな」

 

 

 沙希はフッと笑顔を浮かべた。

 

 

「アタシもそうだよ。ハカセくんから、他人を()く見ることを教えてもらった。人間はキミが思っているほど、悪意に満ちた人ばかりじゃない。他人のいいところを見つけるのは素敵なことだし、それを見つけられる自分もまた魅力ある人間になれると……新しい視点をくれたんだ」

 

「……お前も俺と同じ……」

 

「そう。だから、ハカセくんの近くにいるの。他人のいいところを見つけられる目から見た世界の中で、ハカセくんが一番綺麗だったから」

 

 

 沙希は夕闇の空を軽く見上げ、輝き始めた一番星を眺めながら続ける。

 

 

「きっとまだ善にも悪にも染まっていない、無垢だけど大きな才能。きっとこれから、何か大きなことをする。アタシはそれを邪魔にならないところから見ていたいの」

 

「そうか……」

 

 

 流は拳を下げた。もう沙希はハカセに忍び寄る脅威ではないと理解していた。

 夢見るように星を見上げる沙希の瞳が良からぬことを企んでいると判断するなら、そんな曇った瞳は(えぐ)り出してしまった方がいい。

 

 

「それに、ハカセくんってスリムで高身長でタイプだし」

 

「ん?」

 

「ボサボサ髪で枯れた雰囲気だし、ありすちゃんのだから口にしてはいけない名前みたいになってるけど、オシャレと運動したら結構イケると思うんだよね」

 

 

 いや、瞳が曇ってたわ。抉り出したの拾わないとだめだわ。

 デヘヘとなる沙希を、流はギロリと睨み付けた。

 

 

「おい! お前ハカセ狙ってんのか!? ありすサンとの関係に割って入ろうなんて考えてるのなら許さねえぞ!」

 

「そういうにゃる君はありすちゃんが好きなんでしょ?」

 

「ぐ……これは憧れや敬意だ、断じてゲスな感情じゃねえ」

 

 

 沙希はフフッと自嘲するように笑顔を浮かべた。

 

 

「わかるよ。自分には重すぎるって気持ちはよくわかる。多分ありすちゃんがいなくたって、アタシじゃハカセくんには釣り合わないよ。だから近くで見守って、せめて手助けがしたい。でしょ?」

 

「…………」

 

「キミの中ではありすちゃんとハカセくん、両方が同じぐらい大切なんでしょ。いいじゃん、それで。憧れと友情を胸に秘める男、絵になるじゃない」

 

「……ハカセには言うんじゃねえぞ」

 

「言わないよ。そんな野暮なことしたらブチ壊しだもん」

 

 

 沙希はそう言ってへらりと笑う。

 その笑顔は、流が先ほど感じた印象とはまったく違っていた。

 それでも念押しはしておく。

 

 

「それと! ありすサンにも手を出すなよ!」

 

「んー、ありすちゃんか……正直去年は苦手だったな。取り巻きやってへーこらしてたけど、腹の中で何だこの女って思ってた。あの子自分が何考えてるか見せないし。でも他人の良いところが見えるようになった今は……」

 

「今は?」

 

「……今も正直苦手かな。だって眩しすぎるもん。太陽を直視したら目が潰れちゃうでしょ? あんな子にはなれないよ。……でも、アタシがありすちゃんに何か害をなすことはもうない。そんな悪意見つけたら、絶対に阻止したい。それでいいかな?」

 

「……わかった。じゃあ、俺たちは“同志”だな」

 

 

 流がそう言うと、沙希は一瞬目を丸くして、それから噴き出した。

 

 

「そうね、“()()”だ。お互い辛い恋をした“同士”だね、アタシたち」

 

 

 流が差し出した手を沙希が掴み、2人は握手を交わした。

 沙希は流の節くれだった手を見て、フフンと冗談を口にする。

 

 

「おっと、アタシみたいな可愛い子と手をつなぐのはもしかして初めてだった? ごめんねー。仲間だとは思うけど、にゃる君みたいなゴツい男子ってホント無理なんで。アタシに惚れないでね?」

 

「……いや、こっちこそねーよちんちくりん貧乳」

 

「あ゛?」

 

 

 顔をしかめる沙希を、流は見下ろした。

 身長140センチほどの小柄な背丈で、まだ膨らみかけのAカップ。お尻だけちょっと大きめだが、流の好みとは程遠い。ぶっちゃけて言うと貧相(ロリ)だ。

 それでちょっと背伸びしたギャルっぽいファッションをしてるので、流にとってはなんというか……。いや、これはこれで需要もあるのだろうが……。

 

 

「お前らさあ、さも自分に商品価値があるように振る舞うけど、それ単に中学生のブランド価値だからな?」

 

「はぁー!? JCやぞ、最高のブランド価値やろがい!」

 

「じゃあお前明日から引きこもりになっても同じ価値あると言えるのかよ」

 

「あ、あるに決まってんでしょ!? このスレンダー美少女を捕まえて! ふざけんにゃ!」

 

 

 興奮しすぎてちょっと噛んだ。

 

 

「スレンダーって貧相って意味じゃねえぞ。もっとスラっと高身長で3サイズのバランスが取れたイイ女のことを言うんだぞ?」

 

「うるせー筋肉ダルマ! デブ!」

 

「はぁ!? 警察官向けに頑張ってビルドしたこの体がデブだとお!?」

 

「どうせ今はムキムキでも30超えたら維持を怠ってぶよぶよになるんだ! 約束された未来のデブ!!」

 

「ならねえよ! ざっけんなこの根暗ロリオタク!!」

 

「もう根暗は卒業しましたー!! これから成長期だしどんどん伸びますー!! ざまぁー!!」

 

「何がざまぁだよゲームオタク! ガワだけギャル!! サークラ姫体質!!」

 

「アンタだってゲーオタじゃん!?」

 

 

 先ほどの美しい握手はどこに行ったのか。

 2人はギリギリといがみ合い、ヒートアップして罵り合った。

 争いは同じレベルの相手としか発生しないとするなら、小数点以下まで完全に同レベルだった。

 

 

 

 やがて2人は疲れ果て、ぜえぜえと肩を息をしながら黙り込む。

 冬場というのに流れる汗を拭い、流は提案した。

 

 

「……とりあえず腹減ったし、ラーメン食いに行かね? その後ゲーセンな。どっちが上か対戦ゲーで分からせてやる」

 

「いーよ。じゃあ負けた方がラーメンおごりね」

 

「上等じゃねーか。……しかしその小さな体でラーメン食って晩飯まで入るか?」

 

「はぁ? 中学生の胃袋なめんな。ラーメンごちでーす」

 

「まだ勝負してねーだろ。……つかお前、そっちの口調の方がいいな。そっちの方が素だろ、半端に芝居がかった口調してねーでこれからそっちでしゃべれよ」

 

「やだよ」

 

 

 流の言葉に沙希は顔を俯かせて、少しだけ頬を赤く染めた。

 

 

「……毒舌でしゃべったら、ハカセくんに嫌われるかもしれないじゃん」

 

「…………」

 

 

 流はガリガリと頭を掻き、聞き取れないような小声で呟いた。

 

 

「可愛い顔もできるんじゃねえか……」

 

「え? 何? 今何言ったの?」

 

 

 沙希が耳ざとくその小声を聞きつけ、ニマニマと流に笑いかける。中学生にして大きな体格をした流の周囲をチョロつく姿は、象にじゃれついた子ネズミのようだった。

 

 

「何も言ってねーよ! オラ行くぞ! 俺が勝ったらラーメンプラス毒舌解禁な」

 

「はー!? 何その条件! じゃあアタシが勝ったらポテト追加ね!」

 

「まだ食うのかよ……。マジでどこに入るんだ?」

 

 

 流は沙希を連れて、繁華街へとぶらぶらと歩き始める。

 

 

「大体、ハカセはお前の毒舌なんかとっくに知ってんだろ。今更猫被らんでもいいだろうが。素でいけ、素で。いつだって素で話すのが一番通じるんだよ」

 

 

 そんなことを口にする流の背中に沙希はくすっと笑顔を浮かべ、絶対流に聞こえないように小さく呟いた。

 

 

「……にゃる君の輝きも綺麗だって、アタシは思うな」




中学編終了、次回から高校編です。

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