催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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途中で師匠たちが難しい話をしますが、ハカセと同じ理解で問題ありません。


第26話「ワンだふるわーるど!」

「まず聞いておきたいんだけど、ひぷのん君って今の時点で有名人や億万長者になりたい?」

 

 

 『ワンだふるわーるど』の仕様書を見たEGOさんはそんなことを言った。

 

 アプリは完成したのであとはリリースするだけなのだが、素人の僕にはリリースってどうすればいいのかよくわからない。やっぱりこういうときは専門家の師匠に教えてもらうに限る。

 

 そんなわけでEGOさんに訊いてみたところ、まずは仕様書と実験データを見せてくれと言われた。

 早速送信したのだけど、彼はそれを見るなり猛烈に唸り始め、やがてこんな質問をしてきたのだ。

 

 

「いえ、全然」

 

「だよねぇ……」

 

 

 そう言うEGOさんのマイクから、ガリガリと頭を掻きむしるような音が聞こえる。

 何でそんなことを訊くんだろう。

 

 

「愚問だろ、ひぷのん君に名誉欲や金銭欲があるように見えるか?」

 

 

 茶々を入れるミスターMに、EGOさんがため息を吐きながら応える。

 

 

「でも先輩、これ間違いなく売れますよ。めちゃめちゃ売れます。日本語だけじゃなくて英語にも対応しておけば、世界規模でヒットしますね」

 

「そんなにかね?」

 

「まず翻訳精度が従来品の比じゃありません。犬語翻訳アプリって、普通は音声だけ拾って翻訳するんですけど、犬って仕草にもかなりの情報量があるんですよ」

 

「ああ、尻尾の振り方や耳の伏せ方で感情を伝えているとは聞くね」

 

「そうです。だから音声だけで翻訳している従来品では翻訳精度はあてにならなくて、漠然とした感情しかわからない。言ってしまえばおもちゃレベルに留まるんですが……。ひぷのん君が作ったこれは違います。動画撮影で仕草や表情を解析して、音声以外の部分までガチで翻訳します。にわかには信じがたいことですが、()()()()()()()()()()()()()ですよ、これは。……しかもなんだこれ、撮影された動画を解析する機能と翻訳機能を持った自作のAIまで組み込んでるじゃないか」

 

「あ、そのAIは自信あります! 僕の全力を注ぎこみました!」

 

 

 なにせドッグブリーダーをやってるっていうありすのおばあちゃんに監修してもらったからな。下手な仕事をしたら、ありすの顔に泥を塗ることになる。お遊びアプリとはいえ、今の僕の力量が届くギリギリまでやった。

 

 

「やりすぎなんだよなぁ……」

 

「?」

 

 

 きょとんとする僕をよそに、EGOさんは再びため息を吐いてから続ける。

 

 

「おまけの機能の充実ぶりもすごい。犬の体調管理機能、これは便利です。肥満を警告してくれるし、病気の兆候も見逃さない。GPSを利用した散歩アシスト機能で、十分なカロリー消費になったら教えてくれるのもいい。犬を飼っているならぜひほしい機能でしょう」

 

「ふむ」

 

「それから、SNS連動でお手軽に動画で愛犬自慢できるのも今風でいいですね。どれだけいいねされたかやコメントも表示されるし、飼い主同士の交流もはかどります。動画を撮影して愛犬と会話してるだけで、思い出を振り返るダイアリーが勝手に充実していくのも非常に便利ですね。……どの機能もそれぞれ単品の別アプリにしても売れるくらいなのに、それらを1本にまとめて機能を相互に連携させてるんです。ぶっちゃけ化け物アプリですよ、こんなの」

 

「ははは、犬アプリ界に黒船来航というわけだね。いいじゃないか」

 

 

 呑気に笑うミスターMに、EGOさんがはぁーと3度目のため息を吐いた。

 

 

「……そうですね。そんな黒船がたった500円で買い切りです。僕なら翻訳機能以外はサブスクで月額料金払って追加とかにしますね。機能に比べて明らかに安すぎる、価格破壊もいいところです。……でも、逆にこの価格で買い切りだからこそ、幅広い層に流行する可能性があるわけで」

 

「なるほど、薄利多売というわけか」

 

「ええ。愛犬家は老若男女はおろか、国籍すら問いませんからね。それこそ小学生が小遣いで買えてしまえるから、日本と英語圏のあらゆる層がターゲットになります。うまくハマれば未曽有(みぞう)のブームになるかもしれません。愛犬家がこのアプリを知ったら欲しがらないわけがないですからね」

 

 

 正直意外だった。

 こんなアプリ、犬に狂ったようにハマりこんでるごく少数の奇特な人間にしか需要はないと思うのだが。つまりはありすのような人間だが。

 

 

「この世に犬好きが一体何億人いると思っているんだキミは」

 

「単位が億だということを今知りました」

 

 

 他人の好き嫌いなんて僕が知るわけない。

 

 

「うーん……ひぷのん君、これ個人で売ったらすごくヤバいことになるよ」

 

「ヤバいと言われても。どんな感じにヤバいんですか?」

 

「まず個人だと税金をすごく取られる。それから、たくさん人が集まってきて、あっという間に億万長者になった天才高校生プログラマーだとよってたかって持て囃すだろう。連日連夜報道陣に追い回されることになるかもしれない。とても穏やかな高校生活なんて望めないだろうね」

 

「それは困ります」

 

 

 僕は今目立つわけにはいかない。

 催眠アプリを作ってありすを無理やり土下座させるその日まで、僕は静かに潜伏して研究を続けなくてはならないのだ。

 

 

「そんなめんどくさいことになるならタダでいいですよ」

 

「いや、それはいくらなんでももったいなさすぎるよ。労働に対する対価は受け取っておくべきだ。キミの今後のためにも」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

 

 

 僕にはお金のことなんてさっぱりわからない。

 これについては全面的に師匠の言うとおりにするつもりだ。

 

 

「うーん……正直キミがこんな早くに世に出るとは思ってなかったんだよ……。こんなのを作っていると知っていたら、手は打てたが……」

 

「まあ世に出るのも時間の問題ではあったがな」

 

「そうだなあ。よし、ではこうしよう。ひぷのん君、うちの会社に入りなさい。役員待遇にしてあげよう」

 

「は?」

 

 

 それまでのんびりと茶々を入れていたミスターMの声が強張った。

 

 

「おいEGOォ!! 何抜け駆けしてんだよ! ひぷのん君は大学でウチの研究室に入るんだよ!! 囲い込んでんじゃねえ!」

 

「え、何を寝言言ってんです? ひぷのん君を先輩の研究室になんて世界の損失ですよ。先輩の助手程度で収まる器だと思ってるんですか?」

 

「お前の零細ベンチャーで飼い殺すよりはいいだろ!」

 

「うちはまだまだ伸びますよ! これから成長期です!!」

 

 

 ミスターMとEGOさんはなんだかギャーギャーと罵りあいを始めた。

 こういうときは定番のアレだな。

 

 

「やめて! 僕のために争わないで!!」

 

「「本来の意味で使いやがった……!?」」

 

 

 僕の仲裁の甲斐あって、2人はぜぇぜぇと息を吐きながらケンカをやめてくれた。

 

 

「つまり『ワンだふるわーるど』はうちの会社に業務委託してはどうかという提案なんですよ。ひぷのん君をうちの会社の役員兼大株主にして、開発もうちということにしてしまいます。うちは業務委託に関わる手数料として売り上げの20%をいただき、残りの利益は一旦内部留保にして、後日ひぷのん君が作った会社に株主配当として支払う形にするんです」

 

「20%? 随分と欲張った額に思えるが……それに開発がお前の会社ってことは、権利もお前の会社のものになるんだろ?」

 

「広告費や税理士法人への報酬、特許申請のあれこれを含めた金額ですよ。その代わり、煩わしいことは全部うちで引き受けて、ひぷのん君はのびのびと暮らせるようにします。開発者への取材といった部分も全部ウチでシャットアウトしましょう。それに考えてくださいよ、うちだってひぷのん君に配当優先株式を握られるんですから、これは一蓮托生(いちれんたくしょう)になろうって提案なんですよ?」

 

「なるほどな。それなら20%でも妥当か……」

 

「どうかな、ひぷのん君。プラットフォームにも手数料30%を取られるから、キミの儲けは売り上げの50%となるが」

 

「それでいいです」

 

 

 僕はEGOさんの提案に全力で乗っかることにした。

 正直なんだか難しすぎる話で、詳しいことは良くわかってないが。

 

 

「要するに面倒なことは全部EGOさんがやってくれて、僕は売り上げの半分をもらえるということですよね? すごく助かります」

 

「……ひぷのん君はもうちょっと深く考えた方がいいと思うのだが。EGOが詐欺を企んでたらどうするんだ。こいつも善人ってわけじゃないぞ」

 

「いやあ、反論したいですけども……さすがに扱う金額が金額なので、誘惑にはかられますね。私が言うのもなんだが本当にいいのかな、ひぷのん君」

 

 

 いいも何も。

 

 

「師匠が僕のためを考えて提案してくださったんでしょう? じゃあ僕は師匠を信じるだけです」

 

「……だそうだよ」

 

「まいったなあ……これは私の良心と矜持(きょうじ)が問われますね」

 

 

 まあ最悪なくなっても構わない金だし。

 ありすの頑張りが目に見える形で報われてほしいと思っているから有償アプリにしたが、別に僕自身がお金に困っているわけではない。

 

 

「わかったよ。では報酬はアプリリリースから1年後に支払おう。こちらも手続きがあるからね。その間に君には会社を立ち上げてもらう」

 

「僕、社長さんになるんですか?」

 

 

 手続きめんどそうだな……。

 会社経営とかすごく手がかかりそうだ。

 

 

「ワンコイン起業でいいよ。もし親御さんにノウハウがあるなら、代表をしてもらうという線もある」

 

「あ、それでいいんですか? じゃあお父さんに頼みます」

 

 

 お父さんはあれで稼げる男なのだ。国にたくさん納税してる事業主なのである。どんなことしてるのか詳しくは知らないが。

 

 

「わかった、では私とお父さんで話す機会をセッティングしてもらおう。これでキミは私の会社の……桜ヶ丘(さくらがおか)電子工房の役員だ」

 

 

 こうしてよくわからないうちに、僕はEGOさんの会社の役員になることになった。東京にある会社だそうだが、別に出勤する必要はないらしい。ほぼ名前だけの役員ということになる。

 ただ、これまでEGOさんに頼まれてやってたアプリ開発は、今後は役員報酬として口座に振り込まれることになるそうだ。

 つまりEGOさんは僕の師匠にして上司になるわけか。ますます繋がりが濃くなった感じがあって、ちょっと嬉しい。

 

 ミスターMはなんか拗ねていたが。

 

 

「……でも、お金が入るのが1年後となると困ったな。先にお金がちょっとほしいんですが」

 

「なるほど、手付金として用立てよう。いくら欲しいのかな?」

 

 

 僕の言葉にEGOさんは少し身構えるような固い口調になった。

 あ、まだアプリも渡してないけどいいの? 

 

 

「2000円です」

 

「……2000万、じゃなくて?」

 

「売れたらヨクドで友達に奢る約束したので」

 

「ぶははははははははははは!!」

 

 

 珍しくEGOさんではなくミスターMがバカ笑いをした。

 

 

「これは裏切れないよなあEGOぉ? こんな子を裏切ったら自己嫌悪で一生苦しむぞ」

 

「裏切りゃしませんよ。この子がもたらしてくれる利益は今回限りじゃないですからね。金の卵を産むガチョウの価値は知っています、末永く大事にしますとも」

 

「ま、こっちも手綱を握ってくれてひと安心だな」

 

 

 ミスターMとEGOさんは何やらにこやかに話している。

 きっといいことがあったのだろう。

 まあそれはそれとして。

 

 

「そんなことより催眠アプリの話をしましょう! 新しい疑問があるんです!」

 

 

 僕がそう言うと、師匠たちは深いため息を吐いた。

 

 

「……キミは変わらんなあ」

 

「それより、私たちからもキミに言いたいことがあるんだ」

 

 

 そして2人は声を合わせて言ってくれた。

 

 

「「高校入学おめでとう、これからもよろしく」」




「そっか、EGOさんがうまいことやってくれるのか!」(ハカセの理解度)

こんなふわっとした理解で十分です。
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