催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第29話「CASE3:反抗期真っ盛りの不良妹」

「とりあえず座って落ち着きましょう」

 

「はい……」

 

 

 僕は催眠状態のくらげちゃんを居間のソファに座らせると、ふうと息を吐いた。

 ウェットティッシュを探して、涙と汗でぐしゃぐしゃになったケバい化粧を拭ってやる。くらげちゃんは眠っている赤ちゃんのように、されるがままになっていた。なんだか安心しているようにも見える。

 

 くらげちゃんは化粧なんてしなくても十分可愛いんだ。こんな化粧をさせるのがその彼氏とやらの趣味なら、全力で異議を申し立てたい。

 

 さて、くらげちゃんに催眠をかけたのは、無理やり言うことを聞かせるためじゃない。彼女の胸の内を教えてもらうためだ。僕の話に聴く耳を持たなくなっている今のくらげちゃんから本当の気持ちを聞かせてもらうには、こうするほか手がなかった。

 

 もちろん僕はあんな男たちとは手を切ってほしいし、そう命令するのは簡単だ。だが、それでは根本的な解決にはなっていない気がする。両親と仲直りさせないといけないし、できれば僕ともまた仲良くなってほしい。そうしないとまた同じことが起こる予感があった。

 

 催眠アプリを使わなくても素直に話してくれるならそれに越したことはないが、僕の話術ではそれは望めない。だから催眠アプリを心の翻訳機として使って、本当の気持ちを教えてもらう。

 ……土足で妹の心に踏み込むことに罪悪感はある。だけどくらげちゃんを救えるなら、僕は手段を選ぶつもりはない。

 

 僕は内心のざわめきを抑え、ゆっくりと聞き取りやすい口調で語りかける。

 

 

「あなたはこれから僕の質問に正直に答えたくなります」

 

「はい……答えます……」

 

「くらげちゃんは彼氏のことが、家出して家族との縁を切ってでも好きなのですか?」

 

「いいえ……違います……」

 

 

 あれ? そうなのか。

 てっきり好きだからその男のところに家出するんだと思っていたが……。

 

 

「では彼氏のどこが好きなのですか?」

 

「好きなところはありません……」

 

 

 ? どういうことだ。

 好きなところがないのに彼氏? 話が違ってきたぞ。

 

 

「……彼氏のことをどう思っているのですか?」

 

「不潔でだらしない……息がタバコ臭くて不快……嘘つき。優しさの裏の下心が透けて見える……。軽薄で無学な、生きる価値のない最低の男です……」

 

 

 …………???

 えっ、本当にどういうこと?

 自分の妹の考えていることがわからない。

 普段から他人の機微を察せない僕だが、これは本当に意味不明だ。

 

 

「……何故そんな男を彼氏にしようと思ったのですか?」

 

「お兄ちゃんと正反対の人間だからです……」

 

 

 何故そこで僕が引き合いに出されるんだ。

 そういえばさっきも何かやたら僕がひとでなしだとか欠陥品だとか言われたが、どうしてくらげちゃんは僕がそんなに嫌いなのだろうか。理由を聞いてみよう。

 

 

「お兄さんのことをどう思っていますか?」

 

「大好きです……」

 

 

 くらげちゃんはそう言って、微かに頬を赤らめた。

 ……え? 僕のことが好き? いつもキモ兄貴って呼んだり舌打ちしたりするのに?

 

 

「お兄さんのどこが好きですか?」

 

「クールなところ……かっこいい……」

 

 

 クール!? 僕が!?

 

 いやいや……くらげちゃんは何を言ってるんだ。

 僕はこれっぽっちもクールなんかじゃない。いつも心の中で落ち着きがないし、何かに夢中でこだわるから、むしろ暑苦しい方だと思う。冷静に見えるのは他人への共感能力が欠落しているからで、それはくらげちゃん本人もそう言ったじゃないか。

 

 

「あと……頭がすごくいい……不器用だけど優しい……。パパとママを尊敬してるところも好き……だらしないけど言われたら直すところが素直で可愛い……。ゲームが上手でねだったら遊んでくれる……」

 

「そ、そうですか」

 

 

 ……どうなってるんだ。

 なんだか話を聞いてると、不良になる前のくらげちゃんとまるで中身が変わってないように思える。

 

 

「お兄さんが好きなのに、どうして嫌っているようにふるまうのですか?」

 

 

 その問いに、くらげちゃんは苦し気な表情をした。

 なんだろう。言いにくいことなのか?

 

 

「……お兄ちゃんが好きだから。でも私は妹で……お兄ちゃんにはありすちゃんがいて……お兄ちゃんと絶対に結ばれないから……」

 

「なるほど?」

 

 

 ……いや、待て待て待て。なるほどじゃねーよ。

 ありすはともかく、今なんて言った?

 

 

「結ばれない……って。ま、まさか……」

 

 

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。背中を冷たい汗が伝うのを感じる。

 

 

「まさか……お兄さんと結婚したいと思っているとか?」

 

「…………」

 

 

 くらげちゃんは頬を染めて、こくりと頷いた。

 

 

「それはお兄さんを男性として見ているということですか?」

 

「そうです……。お兄ちゃんのことが昔から好きです……愛してます……」

 

 

 ナニソレ。

 いや、どうしてそんなことになってしまったんだ。

 

 

「……好きになったきっかけは何でしたか?」

 

「中1のときに、お兄ちゃんが永久に扶養される気はないかって聞いてくれて……。もしかしてお兄ちゃんは私と結婚したいのかなって思うようになりました……」

 

 

 えっ、僕がそんなこと言ったの?

 いやいやありえないだろ。実の妹だぞ?

 

 

「……あっ」

 

 

 いや、そういえば催眠アプリ試作第1号ができたときに、被検者を探していた。そのときにくらげちゃんに被験者にならないか聞いたのだ。責任をとって永遠に扶養するから、という形で。

 

 

「では嫌うようになったきっかけは何ですか?」

 

「中学生になって胸や体が大きくなって……えっちなことがなんだか汚く感じるようになりました……。だからお兄ちゃんにえっちな気分になっちゃう私のことが……すごく汚い感情を抱いてる気がして……。お兄ちゃんにはありすちゃんがいるのに……だから顔を見れなくて……」

 

 

 自己嫌悪ということか?

 僕のことをキモ兄貴と呼んでいたけど、本当は兄に欲情する自分のことを気持ち悪いと感じていた……?

 

 

「1年前からとても仲が悪くなったのは何故ですか?」

 

「お兄ちゃんとありすちゃんがえっちしていたからです」

 

 

 してないぞ!? 完全に事実無根なんですが。

 くらげちゃんは絶対に何かを勘違いしている。

 

 

「それは本当にえっちなことでしたか? 何かを見間違えたのでは?」

 

 

 しかしくらげちゃんはふるふると首を横に振った。

 

 

「間違いないです……。お兄ちゃんの部屋で、媚びた声を出しながら膝枕されて、自分のお腹を触らせようとしていました……」

 

「……………」

 

 

 子猫ありすじゃねーか!!

 そういえば勉強会の後、ありすがお泊りしたときにそんな場面を見られていた。あの後ありすが弁解して解決したと思っていたが、全然そんなことはなかった。

 

 

「本当は喜ばなきゃいけないのに……気持ちが真っ黒になって……。そんな自分が不潔で大嫌いで……だからお兄ちゃんに辛く当たって、遠ざけようとしました……。お兄ちゃんに心を縛られてるようで、とても辛かった……」

 

 

 ……なかなかにパンチが効いた衝撃の事実だった。

 僕に束縛されているって、そういう意味だったのか。

 

 いや、しかしまだ最後のピースがつながらない。

 それで僕を遠ざけることと、最低の彼氏を選んだことの関連性はなんだ?

 

 

「話を戻します。何故今の彼氏を選んだのですか?」

 

「お兄ちゃんと正反対のクズだからです……。お兄ちゃんへの想いが届かなくて苦しむくらいなら……いっそ最低の男を選んで私の人生を無茶苦茶にしてやろうと思いました……」

 

 

 うわあああああ……。

 

 僕は頭を抱えてうずくまりたい気分でいっぱいだった。

 くらげちゃんが非行に走ったのは完全に僕のせいだ。

 そもそも実の兄に恋してしまうのがどうかとも思うが、僕がくらげちゃんの気持ちを早いうちに察して芽を摘んでおけば、こんなことにはならなかったはずだ。

 

 くらげちゃんがやっているのはいわば遠回しな自殺だ。

 これまでの自分を完全に抹殺しようとしている。だからケバい化粧やファッションにして、僕の手が届かないところに行こうとする。不幸になってどん底に堕ちれば、もう僕を見て心を痛めなくて済むから。

 

 

 ふざけんなよ。

 

 たとえどんな理由があっても、僕はお兄ちゃんだ。兄は妹を幸せへと導かなくてはならない。悩む原因が他ならぬ僕だとしても。

 

 くらげちゃんの幸せはきっと僕と結ばれることなのだろう。

 だけどそれはできない。実の妹に手を出すことなんてできるわけがない。それにありすが……ありす? 何故そこでありすが出てくる……。ええい、思考のノイズめ邪魔をするな。

 

 ともかく僕とくらげちゃんが結ばれるわけにはいかないのなら、次善の幸せを掴んでもらうほかない。

 

 

「あなたは別の形で幸せになるべきです。お兄さんはそれを望んでいます」

 

「…………」

 

「もっと他に、いい男性が現れます。お兄さんよりも、今の彼氏よりも、もっと素敵で誠実で……そう、頭がよくて、イケメンで……あと稼げる人です」

 

 

 くらげちゃんはふるふると首を横に振る。

 

 

「お兄ちゃんより頭がよくてかっこよくて稼げる人は現れないと思います……」

 

「現れます」

 

「現れません」

 

 

 ダメだ、頷いてくれない。

 僕なんかより頭がいい人は世界にざらにいるし、ルックスに至っては僕なんか全然ダメダメだぞ。なんか『ワンだふるわーるど』の利益は今の時点で数億ほど出てるらしいけど、くらげちゃんは可愛いし賢いから僕よりもっと稼げる男を見つけられると思う。

 

 しかしくらげちゃんは断固として暗示に抵抗してくる。

 なんて強固な抵抗なんだ……。じゃあ前提を変えるしかない。

 

 

「話を変えます。あなたはこれから、お兄さんを異性として見られなくなります」

 

「……お兄ちゃんを……異性として見ない……」

 

「そうです。もう結婚したい相手ではありません」

 

「結婚したい……相手ではない……?」

 

 

 ふるふると首が横に振られる。

 くそっ、暗示が全然成功しない。……まったく効かないことはないはずだ。質問に正直に答えるという暗示は効いているのだから。

 ではこれはくらげちゃんの意思か。我が妹ながら、なんて頑固な……。

 

 僕は息を吸い込み、くらげちゃんの瞳を覗きこんだ。

 

 

「お兄さんと結婚しても、それは法律では認められません。世間から後ろ指をさされるでしょう」

 

「……お兄ちゃんは他人の悪意を気にしません」

 

「お兄さんはそうかもしれません。ですが、あなたや生まれてくる子供はどうですか。本当に気にしませんか?」

 

「……それは……」

 

 

 くらげちゃんは言いよどんだ。

 ここだ。ここにくらげちゃんを説得する余地がある。

 

 

「……それに、お兄さんはあなたが世間から後ろ指をさされることに悲しみます。あなたに幸せになってほしいのです。誰からも祝福されてほしいのです。あなたが大事な家族だから」

 

「大事な……家族……」

 

「そうです。たとえ結婚相手でなくても、お兄さんは家族です。血を分けた妹であるあなたを、かけがえのない存在だと思っています。どうかわかってください」

 

「わかり……ました……」

 

 

 つうっとくらげちゃんの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 ごめんな。こんな方法でしか説得できない、ダメな兄で。

 

 改めて暗示を植え付ける。

 二度と僕を恋愛対象として見ないように。

 

 

「もう一度言います。あなたはもう、お兄さんを異性として見ない」

 

「はい……お兄ちゃんを異性として見ません……」

 

「そして、元の仲の良い兄妹(きょうだい)に戻ります」

 

「はい……元通りにします……」

 

 

 続いて、両親と仲直りすることも、非行から足を洗ってちゃんと学校に行くことも植え付けておいた。

 そして彼氏についてだが……。

 

 

「あなたは彼氏やその仲間について、一切を忘れます。彼らについて何も思い出すことはありませんし、顔を見ても赤の他人と思います」

 

「はい……忘れます……」

 

 

 くらげちゃんの中に、あんな奴らのことは一切痕跡を残したくない。

 きれいさっぱり忘れてもらおう。

 覚えていたってどうせ悪縁にしかならないのだ。そんな縁は断ち切るに限る。

 

 ついでに催眠アプリの性能チェックにもなる。にゃる君やささささんにはどうやら催眠した記憶が残っているようなのだが、催眠アプリで記憶を消せるのかを確かめておきたい。すまないくらげちゃん、結局被験者にしてしまった。

 

 

「さあ、あなたの部屋のベッドで眠りましょう。3時間経てば、あなたはすっきりした気分で目覚めます。今日は体調が悪くて家で寝ていたのです。そして、これまで僕や両親とケンカしたことや、悪い彼氏と付き合ったことはすべて悪い夢だったと思うでしょう」

 

「はい。わかりました」

 

「ちなみに……最後にひとつだけ訊きます。彼氏には体を許しましたか?」

 

「いいえ……生理的に無理だったので、拒絶しました……」

 

 

 ほっ……。よかった。

 祝福されない甥や姪を持つことはないようだ。

 

 

「あとは、全部僕に任せてください。何とかします」

 

「うん……ありがとう、お兄ちゃん……」

 

「おやすみ」

 

 

 くらげちゃんがふらふらとした足取りで2階に上がっていくのを見守る。

 これで仕事(タスク)の半分はクリアだ。

 

 ……そのとき、くらげちゃんのスマホが着信音を鳴らす。

 僕は無言でその電話を取った。

 

 汚いダミ声の男が、まだ家を出てねえのかと喚いている。

 僕がくらげちゃんではないと気付くと、お前は誰だと凄んできた。

 

 なるほどね。キミが僕の妹を不幸にしようとした男か。

 

 

「彼女の兄だよ。少し話をしないか。僕はちょっと使い切れないほどお金を持っているからね。いいものを見せてあげるよ。ぜひお仲間もみんな誘ってほしい、山分けさせてあげよう」

 

 

 待ち合わせの場所と時刻を決めて、通話を切る。

 これでよし。

 

 

「人の妹に手を出して、容赦されると思うなよ」

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