催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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本日ゲリラ2話投稿、2話目です。
1話目の補足的な内容となります。


外伝「革新の序曲」

「それで、一体どういうことなんだ?」

 

 

 博士が退出した後のチャットルームで、ミスターMはEGOに尋ねた。

 

 

「? 何がです、先輩」

 

「とぼけるんじゃないよ。さっきの話、何がお前を卒倒させるほど驚かせたんだ? 私にもわかるように話してくれ」

 

「ああ、あれでわかりませんでした? 先輩も歳とって脳の回転悪くなったんじゃないです?」

 

 

 EGOがクスクスと性格の悪い笑みを声色に浮かべると、ミスターMはムスッとした口調になった。

 

 

「うるさいな、元々私は専門外のことは疎いんだよ。ほら、さっさと説明しろ」

 

「はいはい。それじゃカメラONにしてもらえますか。久々にライブチャットしましょう」

 

「カメラを? わかったよ」

 

 

 ややあって、ミスターMとEGOの顔が互いのモニターに映し出される。

 

 

「おやおや。こうして顔を見るのも久しぶりですが、先輩もすっかり老けましたね。すっかり厳めしい学者先生って感じになられて」

 

「そういうお前は大分稽古をサボったようだな。学生時代よりも随分たるんだぞ。嫁さんに鍛え直してもらった方がいいんじゃないか」

 

「ははは……何分不摂生な仕事でして。今から嫁の稽古に付き合ったら過労で死んでしまいますよ。これでも維持のために多少運動はしてるつもりなんですがね。まあ私ももうオッサンですし、学生時代のようにはいきませんよ」

 

 

 そんなことを言いながらもEGOは軽やかな笑顔を浮かべ、肩を竦めながら両手の手のひらを持ち上げてみせる。

 ミスターMはふむと顎をさすり、長い付き合いの友人の顔を眺めた。

 

 

「だが、そう言いながらも元気そうではあるようだ。何よりだな」

 

「……それですよ。それが非言語コミュニケーションです」

 

「うむ?」

 

 

 EGOはぽんぽんと自分の肩を軽く叩く。

 

 

「僕は今、口では『自分は運動不足のオッサンだ、もう老いた』と言いました。でも表情は笑っているし、肩を竦めるジェスチャーで冗談っぽくおどけていましたよね。だから先輩は『それは冗談で、本当は元気だ』と判断したわけです」

 

「ふむ。会話は言語だけでなされるものではない、ということだな?」

 

「そうです。人間の意思疎通というものは音声による言語(バーバル)コミュニケーションと、ジェスチャーや表情、声のトーンといった非言語(ノンバーバル)コミュニケーションの2つによってなされています」

 

 

 そう言いながら、EGOはぴんと人差し指を立てた。

 

 

「このうち非言語コミュニケーションというのは存外に大事なんですよ。一説によれば、人間は意思疎通のうち約93%を非言語コミュニケーションに依存していると言われています。表情、視線、仕草、声のトーン、そういったものから人間は言葉以外から多くの情報を得ているわけですね」

 

「そういうものか。だが93%は大げさな数字じゃないか?」

 

「そう感じるのは僕たちが日本語で会話しているからですよ。日本語というのは実は世界でも珍しい、ジェスチャーが極端に少ない言語ですから。外国人はもっと大げさな身振り手振りを交えて会話するものです」

 

「なるほど……そう言われれば私も外国人と話すときは大きなジェスチャーをするようにしているな」

 

「ええ。日本人は何を考えているのかわからないと外国人に言われやすいのは、そうしたジェスチャーでの意思疎通が少ないからというのもあるんでしょうね」

 

 

 EGOはそう言いながら腕を組み、首をぐるりと回す。歳の割にはまだがっしりとした肩の筋肉は、若い頃の鍛錬をうかがわせた。

 

 

「で、厄介なことにこのジェスチャーというのが曲者でして。言語が変わると、ジェスチャーの持つ意味も変わるんですよ。たとえば日本や英語圏だと首を縦に振るのは『肯定』ですが、アルバニアやブルガリアといった国々では『否定』を意味しています」

 

「そうなのか? それじゃ言葉だけ覚えても、翻訳が難しいな」

 

 

 あんまり英語圏やドイツ人以外とは話さないからなあ、とミスターMは頭の中で考える。

 

 

「ええ。だから人間の通訳者には、各言語の言葉の意味だけでなく、ジェスチャーの意味を熟知することが求められます。音声を翻訳するだけじゃなくて、相手のジェスチャーや表情から本当の意図を理解して、意訳することが大事なんですね」

 

 

 たとえば、とEGOは続ける。

 

 

「“Thank you.”という音声があったとして、それをこうして笑顔で頷きながら言えば『ありがとう』ですよね」

 

「うむ」

 

 

 実際に笑顔を浮かべながら頷くEGOを見て、ミスターMは頷く。

 

 

「ですが、これならどうです?」

 

 

 そう言いながらEGOはアホを見るような目で苦笑を浮かべ、首を横に振って“Thank you.”と呟いてみせる。

 

 

「うわっ、すっげー殴りてえ……! 完全に『有難迷惑』って顔じゃねーか」

 

「そうです。同じ音声であっても、仕草次第で全然意味が変わってしまうんですよ」

 

 

 そう言いながら、EGOは肩を竦める。

 

 

「これがあるから、音声だけのリアルタイム翻訳っていうのはまだまだ発展途上なんです。それ以外にも人間の音声をちゃんと認識できなかったり、機械翻訳だから意味の通じないとんちんかんな翻訳になったり。まだまだ問題は山積みですよ。まあ現行のリアルタイム翻訳に組み込まれているAIは、まだどんな意訳をすれば自然なのかケースバイケースで判断できないし、仕草や表情、声のトーンも認識できないからしょうがないですね」

 

「なるほど、わかってきた。そしてそんな問題を一足飛びに解決してしまったのが……」

 

「そうです。ひぷのん君の『バベルI世(ワン)』です」

 

 

 EGOは真顔になって頷いた。

 

 

「さっき僕は『全言語リアルタイム完全翻訳システム』と言いましたよね。完全翻訳というのは、言語と非言語を含めて完全に意思疎通させるという意味合いです。それを全言語でできてしまう……これは革命的な発明ですよ」

 

「犬の仕草を読み取るAIを応用して、各言語の話者のジェスチャーを読み取らせれば非言語コミュニケーションですら翻訳できてしまうわけか」

 

「ええ……。まさかそんなアプローチで非言語コミュニケーションを翻訳できるとは思いませんでした」

 

 

 そしてぶるっと身震いする。

 

 

「さらにひぷのん君が言った、VR空間での会話なら全世界ボーダーレスになる、という発想はすさまじいです。表情や仕草を忠実にアバターに再現させれば、確かに実際にそこにいるのと変わらないわけだから、言語を越えた完全な意思疎通が可能になる。リアルタイムでジェスチャーを含めた翻訳文を表示できるし、なんなら機械音声で再生してもいいわけですからね。そこはまさに『全人類が共通の言語を話す世界』と呼べるでしょう」

 

「ふうむ? よくわからんが、わざわざVR空間でアバターを使わなくたって、普通にリアルの顔を撮影してやればいいんじゃないのかね? 今こうやってるようにライブチャットでも何も変わらんだろう」

 

 

 ミスターMが小首を傾げながら言うと、EGOは確かにそうですがと頷いた。

 

 

「もちろんライブチャットでも同じことができます。しかしVR空間ならではの利点として、互いのパーソナルスペースを表現できること。そしてVR空間が会議用のスペースとしてとても優れているという点がありますね」

 

「うむ? VR空間を会議に使う……?」

 

「ええ。ライブチャットだと多人数が参加した場合、ひとりひとりの画面がとても小さくなってしまうでしょう? だから多人数で会議するには実は向いてない。誰がどんな顔をしているのか読み取れなくなってしまうわけです」

 

「ああ、確かに。オンライン講義というのを試したことがあるが、個々の学生がどんな顔をしているのかわからんかったな」

 

「ですがVR空間なら各自の顔がリアルと同じようにわかる。しかも任意の人の顔だけ大きく表示することだって可能です。会話しながらいろんなオブジェクトを表示させることもできるわけで、会議にはとても便利なんですよ。今はカメラで読み取った仕草や表情をアバターに反映することでVRチャットをしていますが、もしも将来フルダイブ型VR機なんてものができたらより有用になるでしょうね。そのためにフルダイブ型VR機を開発する機運が高まることも十分考えられます」

 

 

 EGOの言葉に、ミスターMがポンと手を叩いた。

 

 

「それは確かに便利だ。そしてそこではすべての言語がそれぞれの自国語に翻訳されるわけだから、言語の壁を超えて世界中の人間がつながれるというわけだな」

 

「そうです。そうなったら最早学生が外国語をわざわざ学ぶ必要もなくなるでしょう。書き文字だって簡単に翻訳できてしまえるわけですからね。ビジネスや学術の話題は、リアルよりもむしろVR空間でやったほうが効率的だという風潮が当たり前の時代が来るかもしれません」

 

「それは面白い。学術論争を言語を超えて草の根レベルからできるというわけだ。いや、国際共同研究だって今よりもっと捗るぞ……!」

 

「ええ。僕が言いたかったのはそういうことです。言語がひとつに統一され、世界が統合される日が見えてきました」

 

 

 そう言ってから、EGOはおもむろに頭を掻きむしった。

 

 

「……どう考えてもこんなの僕たちが抱えるには重すぎる発明だろ!? なんてものを生み出してくれたんだ、加減しろよぉぉぉ!!」

 

「う、うむ……。説明されてようやくどれほど途方もないことなのかわかった。それで、お前これをどうするつもりなんだ?」

 

「どうするもこうするも……先に言った通りです、オープンソースとして世界中に公表します。僕たちが抱えるには重すぎるでしょう」

 

「なるほど。で、それはオープンソースにして理解できるものなのか? あの子の作るものはどれもこれもブラックボックスになってると言っていたようだが。そもそもお前、『ワンだふるわーるど』を自分で解析できてるんだろうな?」

 

 

 ミスターMの指摘に、EGOの顔が強張る。

 やがてついっと視線を逸らし、もごもごと口の中で呟いた。

 

 

「……解析できてたらひぷのん君に対応言語増やすように頼むまでもなく、自分でやってますよ」

 

「だろうと思った」

 

 

 ミスターMのため息に、EGOが食って掛かる。

 

 

「じゃあどうすればいいんですか! 僕は嫌ですよ、こんなの抱えるの!」

 

「手に負えないなら見なかったことにして封印すればいいだろ」

 

「こんな世紀の大発明を活用もせずに封印!? 人類の損失ですよ!?」

 

「一瞬で矛盾するなあ、お前」

 

「くっ……誰かがこれを私利私欲を交えず公正に世界のために運用してくれれば、これほど世のためになる発明はないというのに……!! 僕以外の誰かが!!」

 

 

 EGOはそう叫びながら、ぐっと拳を握りしめた。

 そんな後輩を見て、ミスターMは嘆息する。

 

 

「国際機関に託しても無理だろうなあ。政治の道具として便利すぎる。お前の国にはこれを使わせないと言うだけで、政治交渉の材料にできるレベルだぞ」

 

「はぁ……嫌ですねえ。どうしてこんな便利なものをみんなで分かち合えないんでしょうか」

 

「人間だからとしか言いようがないな。いっそ神様が管理してくれればいいものを。まあ人間には過ぎたる力だからこそ、神話では破壊されたのかもしれんがな」

 

 

 そう呟いてから、ミスターMは厳めしい外見に似合わない、へらっとした笑顔を浮かべた。

 

 

「まあお前がなんとかしてやるんだな」

 

「何故僕が……!?」

 

「だってお前がAIの作り方を教えたから、あの子はこんなもん作っちまったんだろう?」

 

「…………」

 

「いくらあの子でも、知らないものは作りようがないからな。お前がバイトと称してAIの作り方を仕込んだんだろ?」

 

 

 ミスターMの言葉に、EGOは沈黙を破って叫び声をあげた。

 

 

「だって! 水を吸うスポンジみたいにするする覚えていくし、仕事任せたらすっごく便利なんですよ!? あっという間にうちのチーフエンジニアよりも上の腕前になっちゃったし! そりゃ教えるでしょいろいろと!」

 

「それで手に負えなくなったわけだ」

 

「そうは言うけど、催眠アプリの研究させてるよりほかのことやらせた方が安全だと思うでしょうが!? そもそも先輩が催眠術なんて教えるから!」

 

「はー!? お前が調子に乗って仕込みすぎるからだろ!」

 

「じゃあいいですよ! なんとかして責任取りますよ! その代わりひぷのん君は僕の会社にもらいますからね!」

 

「ざっけんな、お前の身から出た錆をなんとかするのは当然だろ! お前のような奴にひぷのん君は任せられん、俺の研究室に引き取る!」

 

「はあー!? 危険人物に危険人物を預けられるわけがねえでしょうが!」

 

「誰が危険だコラァ!! 人のこと言えるのかお前!!」

 

「うるせーエセ催眠術師!!」

 

 

 2人はぎゃいぎゃいと醜い言い争いを繰り広げ始める。

 そこにはそれぞれの業界で期待の俊英と将来を嘱望される、国立大の准教授と凄腕のエンジニアの姿はなかった。互いの責任をなすりつけ合いながら、お気に入りのおもちゃを奪い合う図体のでっかい子供がいるばかりだった。

 こういうときいつも止めてくれる博士もいないので、ケンカはヒートアップを重ねていく。

 

 

 

 やがて体力の限界まで叫び合った2人は、ぜいぜいと肩で息をしながら自然と落着した。

 こんな言い争いをするのは学生時代からのことなので、別に今に始まった話でもない。互いに言いたいことを言い合えば、勝手に落ち着くのだ。

 

 

「……今はまだ『バベルI世』も完成してすらいないし、全世界翻訳サーバーとして使うにも、各言語の仕草をAIに学ばせないといかん。逆に言えばそのAIを作らない限りは、誰にも悪用もされない。いったん様子見ということでいいな」

 

「まあ、そうですね。今すぐどうこうという話でもありません。おいおい考えるとしましょう……」

 

 

 言い争いながらも脳の片隅で冷静な思考を巡らせていた2人は、そんな感じで問題を棚上げした。

 まあ明日の自分がうまいこと考えてくれるさ!

 

 

「しかしEGO君、なんかやたらリアルタイム翻訳システムに詳しかったな。私は正直門外漢だし、最初は何がすごいのかまったくピンと来てなかったぞ」

 

「ああ、だからずっと黙ってたんですね……」

 

「うむ。だがお前だって門外漢だろう? よくひぷのん君の話がわかったな」

 

 

 ふと思い出したように口にしたミスターMの疑問に、EGOは頷く。

 

 

「ああ、どうってことない話ですよ。今、同業他社がリアルタイム翻訳システムの開発競争でしのぎを削ってましてね。多額のカネと人手を突っ込んでるんですよ。その開発競争にウチも参入するかどうかで、数年前に社内で喧々諤々(けんけんがくがく)の議論を繰り広げてまして。ちょうどひぷのん君と出会った頃かな」

 

「……ふむ?」

 

「結局開発競争には加わらない決断をしたんですが、他社からいろいろと手伝いのオファーがありましてね。自分でやるのは手間だったので、ひぷのん君を育てるために仕事を丸投げしたりもしたんですが……」

 

「…………」

 

「いやあ、まさかこうなるとは! あのとき開発競争に参画してなくて本当によかったですねえ。あはははは!」

 

 

 ケラケラと笑うEGOに、ミスターMは今日最後となる渾身のツッコミを入れた。

 

 

「やっぱお前が責任取るべき話だったんじゃねーかよッ!!」




ラブコメなのにおっさんしか出てねえ……!
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