催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第44話「催眠オーバーブースト」

「明日は体育祭だな……」

 

 

 カレンダーを見ながら、僕は顎をさすった。

 

 運動にまったく興味がない僕にとって、体育祭は単に授業がない日というだけに過ぎない。そもそも運動音痴にも程があるので、競技に参加してもまったく活躍する見込みはない。全体競技には参加するが、まずもってやる気がない。

 なので中学時代もありすやにゃる君が出場した競技を応援するくらいしかやることはなく、大体本を読んで過ごしていた。

 

 だが今年はちょっと違う。

 夏休みの初めから10月の今に至るまで、僕は催眠によって毎晩運動してきた。

 せっかく鍛えたのだから、その成果でもってありすを驚かせてみたいじゃないか。つまり僕にも人並みに欲が出てきたというわけだ。

 

 

「問題はどの競技をやるかだよな……」

 

 

 言うまでもなく個人競技はほぼ運動部の生徒で枠が占められていて、文化部や帰宅部の生徒には枠がない。ありすとささささんは帰宅部なのに借り物競争に出ることになっているが、運動ができる人気者なので特別枠だ。

 

 ということは全員参加の競技で活躍するほかないわけだが……。

 大丈夫だ、どの競技で活躍するかのアタリはつけてある。

 体を鍛えたとはいえ僕はそもそも足が遅いから走るタイプの競技は向いてないし、他人と戦った経験もほぼないので棒倒しや騎馬戦もダメだろう。

 

 だが、唯一僕にも活躍できそうな競技がある。

 

 

「『玉入れ』……これだ」

 

 

 僕は身長が無駄に高いから玉を(かご)に入れるまでの距離が短い。

 とはいえ僕は球技も全般的にダメで、特にコントロールがさっぱりだったので去年まではいくら玉を投げても籠に入らなかったわけだが……。

 

 今年は違う。

 ちゃんと体も鍛えているし、何よりも僕には催眠アプリという強い味方がある。これを自分に使って好成績を残すつもりだ。

 

 とはいえ、別に『運動がうまくなれ』なんて催眠をするつもりはない。そんな曖昧(あいまい)な命令をしても、まず効果は出ないだろう。

 

 そもそも僕は別に元々体が弱いわけではない。運動していないなりに、普通に日常生活を送れる程度の筋力はある。

 ではボールが何故まともに飛ばないかというと、自分の体の構造を脳と神経がちゃんと把握できていないのだ。

 自分の腕がどれだけ長くて、どのくらいボールに力を乗せて、どのタイミングと角度で投げれば狙った位置にボールを当てられるのか。普通の人間はそれを無意識のうちに計算して投げているが、僕は自分の体をまともに把握できていないので、計算が狂ってしまう。

 多分体のリミッターをオフにできてしまうのも、自己暗示の強さだけでなく、変な把握の仕方をしてるからだろう。

 

 しかし、僕はこの2カ月半の間毎日運動を欠かさず行って、体の神経を活性化させてきた。もう自分がどんな体をしているのかは無意識のうちに脳が把握しているはずだ。

 あとは催眠アプリを使って、『自分の肉体を正確に把握しろ』という暗示を脳に与えてやればいい。ついでに『ボールを投げるときに目測の位置に命中するように計算しろ』という暗示もかけておこう。

 

 自分で作ってなんだが、催眠アプリは本当に万能だ。他人に使っても強力だが、自分に使ってもこれほど便利なものとは思いもよらなかった。

 さあ、明日は活躍するぞ!

 

 

「催眠!」

 

 

 

※※※

 

 

 

 そんなわけで体育祭当日。

 見事な秋晴れの下、暑くもなく寒くもない運動には持って来いの天気だ。

 

 

「ハカセ、なんか機嫌良さそうね?」

 

 

 ありすは不思議そうに小首を傾げて僕を見ている。

 体操服の上から学校指定のジャージを羽織(はお)り、赤いハチマキを締めている。

 普段の体育は男女別なので、ありすの体操服姿を間近で見るのは割と珍しい経験だ。体操服のありすも可愛い。

 

 

「毎年すっごく憂鬱(ゆううつ)そうな顔してるのに、どうかしたの?」

 

「ふふふ……今年の僕をこれまでの僕と同じだと思うなよ」

 

 

 そう言うと、ありすはニコニコして頷いた。

 

 

「そうね。ハカセは最近すっごく頑張ってるもの。きっと何かの競技で活躍できると思うわ! 頑張ろうね!」

 

 

 あ、あれ? なんか思った反応と違うな。

 てっきり貧弱な僕をバカにしてくるだろうから、そこから思わぬ活躍を見せて度肝を抜いてやろうと思ったのに……。

 まあいいや、ありすを驚かせるいいチャンスなのは変わりない。

 

 ふふふ……これまで貧弱な坊やとバカにしてすみませんでしたと無理やり土下座させてやるぜ!

 ……って、いやいや待て。無理やり土下座させるのはありすに催眠をかけてやらせることで、確かに催眠アプリは使ってるがその形だと目的は達成できないぞ。

 

 なんかこの目標も久々に思い出した気もするが、初志(しょし)貫徹(かんてつ)しなくては。

 最近どうも物覚えが悪くなってきたような感じがある。無意識にいろいろやらせさせすぎて、脳がマルチタスクに追いつかなくなってきてるのかな……?

 

 

 

※※※

 

 

 

 さて、いくつもの種目が終わって、玉入れの時間がやってきた。

 催眠は思ったようにハマってくれるだろうか?

 

 僕は立っている場所から籠までの距離を目測で測ってみる。約8メートル、眼との高低差は230センチといったところか。僕の目には生まれつき世界が数値で見えているから、目視すれば大体の距離は測れる。それでもボールをまっすぐ投げられないのだから、よほど自分の体を把握できていなかったのだろう。

 

 

「では、よーい……ドン!」

 

 

 パァンという空砲の音と共に、生徒たちが一斉にしゃがんで玉を拾い始めた。

 僕もその中に混じって玉を拾ってみる。

 

 おっ……わかる、わかるぞ! あそこに投げようと思っただけで頭が最適な軌道を計算して、それにぴったり沿うように体が自然と動いてくれる。

 

 僕が投げた玉は、計算に(あやま)たず籠に入ってくれた。

 おお……生まれて初めての経験だ! ちょっと感動した!!

 

 僕は調子に乗って3つ玉を拾い、続けざまにぽいぽいと投げてみる。

 他の生徒たちが籠を外す中、玉は計算どおりに籠に入っていった。

 いける、いけるぞ! 入って当然みたいな感じで入っていく。

 ゴミ箱の上で手を離したら真下に落ちたゴミがゴミ箱に入った、体感的にはまるでそれくらいの難易度に感じる。

 

 

「ハカセくん……すごいね!? そんなに玉入れ上手かったんだ!」

 

 

 そばにいたささささんが、ぽかんとして僕を見ている。

 ふふふ、そうだろう。これが催眠の力だ。

 ささささんは素早くしゃがんでボールを拾い上げると、僕に手渡してきた。

 

 

「ね、ボク背が低いから玉入れ苦手なんだ。ボールどんどん拾って渡すから、発射台お願いしていい?」

 

「うん、いいよ。どんどん渡して」

 

 

 ささささんが拾い上げるボールを次々に籠に向かって投げ入れていく。

 うん、百発百中だ。

 

 小柄だが機敏なささささんとのっぽで確実に玉が入る僕、これはなかなか相性のいいコンビなのではなかろうか。

 そうやって玉を次々と投げ入れていると、次第に周囲のクラスメイトたちが呆気にとられたように僕を見てくるのに気が付いた。

 

 

「えっ……!? ハカセすげーな!?」

 

 

 おっ、にゃる君がびっくりしてるぞ。ありすもこっちを振り返っている。

 やった、ありすを驚かせられたぞ! ほら見て見て!

 

 僕は軽く手を振り、手に持った玉を5個連続で投げ込んでやる。

 もうコツは完全に覚えた。ほら、5個全部ホールインだ!

 

 

「ハカセ、すごいすごい! やるじゃない! いつの間に特訓したの!?」

 

 

 ありすが喜色満面(きしょくまんめん)でこちらに走り寄ってくる。

 残念だがこれは特訓じゃないぞ。僕はチッチッと軽く指を振る。

 

 

「僕の持っていた潜在能力ってやつだよ。玉の軌道を計算してやれば、こんなの楽勝だよ」

 

「へえー。理系の人って本気で運動したら体を計算ずくで動かしてすごい成績出せるっていうもんね」

 

 

 あれ? 別にこれができるのは僕だけじゃないのか。

 僕以上に頭がいい人はやっぱりごろごろいるもんだな。

 まあいいや、ありすを驚かせることができただけで僕は満足だ。

 

 

「ハカセくん、玉持ってきたよ! 早く投げて!」

 

「あ、はい」

 

 

 ささささんがずいっと玉を差し出してくるので、僕はそれを受け取ってぽいぽいと籠に収めていく。

 くっ、のんきに話してる時間が取れない……。

 

 

「ハカセに玉を渡して投げさせる作戦なのね! じゃあ私も!」

 

 

 するとそれを見ていたありすも、ささささんの真似をして玉を拾い始めた。

 ありすは自分で投げた方が総合的には点数を稼げるんじゃないかと思うけど……。でも僕にチャンスを託してくれるってのはちょっといい気分。いや、すごくいい気分がするぞ。

 

 

沙希(さき)、私の腕の中に玉を集めて。ハカセに投げさせるから!」

 

「あ、なるほど! りょーかい!」

 

 

 ありすは胸の前で両腕を組み、そこに自分が集めた玉を落とした。そこにささささんが集めた玉を加えて、たちまち両腕いっぱいに玉が抱えられていく。

 

 

「はい、ハカセ! ここから玉を取ってどんどん投げて!」

 

「そういうことか、オッケー!」

 

 

 女子にしては上背があるありすが両腕に作った玉置き場は、僕が手を伸ばして取るのにぴったりだ。

 うん、これならいちいち玉の方を見なくても即座に投げ込んでいけるな。

 

 

「よーし、それそれそれ!」

 

 

 僕はありすの方を見ることもなく、次から次に玉を籠へ投げ込んでいく。

 気分はまるでピッチャーマシンだ。今の僕は籠に玉を入れるために生まれた機械と言っても過言ではない!

 

 それにしても僕の腕前を見るなり、すぐさま効率的に点数を稼げる方法を考え出すありすはやっぱり大したものだ。ありすは何だって機転が利くので、組んでいてとても気持ちがいい。

 

 さあ、そろそろタイムリミットが近い。ここでラストスパートを決めて……!

 

 

 ふにょん。

 

 

 何やら手がとても柔らかくて温かいものに触れた。

 ん? これはなんだ? 玉にしてはなんか柔らかくて弾力があるな。触っていてとても幸せな気分になるような……。

 

 僕が顔をありすの方に向けると、玉が尽きて空っぽになった彼女の腕の中で、僕の手がありすの胸をまさぐっていた。

 

 ありすは真っ赤になって、ぷるぷると震えている。あ、ちょっと涙目だ。なんだろう、すごく罪悪感が掻き立てられる。

 

 

「あ、いや、待って。わざとじゃないんだ」

 

「………………」

 

「話し合おう」

 

「………………」

 

 

 ありすは涙目のまま、じりじりと距離を詰めてくる。

 あ、だめだこれ。

 

 

「いや、柔らかくてすごく気持ち良かったけど、これは不可抗力で」

 

「……えっち!!」

 

 

 ありすの腕が振りかぶられ、ばちぃん! という音と共にホイッスルが鳴り響いた。

 

 

「終了ーーーーーー!!」

 

 

 ……あー、空がすごく綺麗だ。雲ひとつない秋晴れだなあ。

 お空を飛んでいくのはトンビかな?

 

 頬がヒリヒリするのを感じながら、僕は仰向けになって秋空を眺めた。

 視界の外からささささんがぼそっと呟くのが聴こえる。

 

 

「なぁんだ、やっぱハカセくんも健康な男の子だったんだね」




ささささん一安心。


なお「理系の人が本気で運動したら体を計算ずくで動かしてすごい成績を出せる」とは
理論とデータに基づいた効率的なトレーニングメニューを組んで成果を出せるという意味であって、
間違っても視覚や体幹を数値化して理論値を叩き出すという行為ではないです。
TASプレイかな?
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