催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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本日2話投稿!
2話目です。


第5話「深層ウェブでごきげんよう」

『ハロー、葉加瀬博士くん。珍しい名前だね。夏休みだからといってこんなところに遊びに来るのは感心しないな』

 

 

 不意に画面の右下に表示されたメッセージに、僕は総毛立った。

 

 

 夏休みも後半に入り、いよいよ自分のパソコンを手に入れた僕は設定もそこそこにディープウェブへと脚を踏み入れた。

 目指すは催眠アプリただひとつ。

 ブラックマーケットにアクセスして、膨大な出品物の中からさてどうやってお目当てのものを見つければいいのかなとウロウロしていた矢先のことだった。

 

 プロキシを噛ませてセキュリティソフトも入れているはずなのに、見も知らない相手に本名を言い当てられた。

 夏だというのに全身に冷や汗がにじみ出てくる。

 

 

『あなたは誰ですか? 何で僕の名前を知ってるんですか? もしかしてBOT?』

 

 

 BOTは簡単に言えばインターネット上で自動で動くソフトのことだ。

 もしかしたらメールサーバーか何かを参照して僕の本名を探り当てて表示する、というような処理を行なういたずらプログラムではないかと推理した。

 

 

『いや、私はBOTではないよ。名前だけじゃ足りないなら、もっと暴いてあげようか。なあ、頼月(よりつき)市にお住いで、ピッカピカの中学生の葉加瀬博士くん?』

 

 

 呼吸が止まるほど恐ろしくなった。

 

 これまでどんな怪談話を聞いても、これほど怯えたことはない。

 まさか監視でもされているのかと思わず窓の外を見てみるが、外はもうどっぷりと日が暮れて人影ひとつ見つからない。

 

 

『何が目的なんですか? 僕をリアルで知ってる人ですか?』

 

『ただの親切な通りすがりだよ。いいかい、今すぐに接続を切ってブラウザをアンインストールしなさい。そして二度とディープウェブにアクセスしないこと。ここは君みたいな子供が来ていい場所じゃない。キミの個人情報なんか簡単に丸裸にできるんだ。悪いやつに見つかる前に帰りなさい』

 

 

 僕は歯噛みしてメッセージを睨み付けた。

 

 悔しい。

 

 自分なりに多少は知識を得たつもりだった。本に書かれていた可能な限りの自衛策を講じて、乗り込んだはずだった。

 しかしそれはほんの一時間足らずであっさりと無駄だったと思い知らされた。

 僕がこれまで積み重ねた3カ月にわたる努力など、大人にとっては軽く蹴散らせる程度のものでしかなかったのだ。

 

 

『では、忠告はしたよ。よい夏休みを』

 

『待ってください』

 

 

 それでも必死に追いすがるつもりで、僕はキーボードを叩いた。

 

 

『どうしても欲しいものがあるんです。それを手に入れるまで帰れません』

 

『中学生が欲しがるものなんて、通販サイトに何でも揃っているだろう。何もわざわざブラックマーケットに来るまでもないはずだよ。表の店と比べて大して安くもないし。まさか怪しいクスリでも欲しがっているんじゃないだろうね?』

 

 

 麻薬? そんなものいるわけない。

 それよりももっと万能で素晴らしいアイテムなんだ。

 

 

『催眠アプリってどこに売ってますか』

 

『なんだって?』

 

『どうしても催眠アプリがほしいんです。催眠をかけたい相手がいるんです。貴方はディープウェブに詳しい人なんですよね? 教えてください、僕にできることなら何でもしますし、いくらだって払います』

 

 

 これまでまるであらかじめ文章を入力していたかのような速度で反応していた彼が、にわかに反応を遅らせた。

 後で聞いたことだが、このとき彼は腹を抱えて笑い転げていたらしい。

 

 

『催眠アプリて……。そんなものが本当にあると思ってるのかい?』

 

『ないと困ります。どうしても必要なんです』

 

『ないよ。私は別にブラックマーケットを隅から隅まで知ってるわけじゃないが、そんなものは絶対ない。断言できる。少なくとも現代においてそんなものは開発されているわけがない』

 

『どうして言い切れるんですか?』

 

『開発されていたら、間違いなく国家の厳重な管理下に置かれる秘匿技術になっているよ。何しろ画面を見せて命令するだけでどんな相手も言いなりなんだ、外交の切り札にも程がある。開発した国は一瞬で世界を統一できるだろうね。でも現実はそうなってはいないだろう?』

 

『はい』

 

『だからそんなものは実在しない。簡単な話だ』

 

 

 そうか。やっぱり存在しないのか。

 薄々そうじゃないかと心のどこかで思っていたが、理詰めで事実を突き付けられて、僕はついに現実を認めざるを得なかった。

 彼の論理には隙がない。

 

 催眠アプリは現時点でこの世に存在していないのだ。

 

 

『わかりました。じゃあ自分で作るしかないんですね』

 

『えっ』

 

 

 僕はそれでも催眠アプリを諦めきれない。

 どうしてもありすを催眠アプリで無理やり土下座させたい。

 今やそれこそが僕の生きる意味になりつつあった。

 

 他人が作ったものを使わせてもらえるならそれに越したことはなかったが、現在存在していないからには自分で作るほかない。

 ディープウェブにアクセスするための知識が無駄になったのは痛いが、パソコンが手に入ったのは無駄ではないはずだ。

 ここからアプリ開発環境を整えて、催眠アプリを開発する……!!

 

 

『ありがとうございます。おかげで無駄な時間を過ごさずにすみました。ブラウザは消しておきますね。では失礼します』

 

『待った! 待ちなさい。キミ、催眠アプリを自作するって本気で言ってるのかい?』

 

『ええ。ないなら作るしかないじゃないですか』

 

 

 彼はまた反応を止めた。

 画面の向こう側で椅子から転げ落ちて呼吸困難になるほど笑っているとは、このときの僕には知るよしもなかった。

 

 僕がディープウェブから切断して、ブラウザをアンインストールして履歴を消すまでたっぷり3分。

 それくらい間を開けて、彼は反応を返してきた。

 

 

『キミは面白いなあ。ちょっと別のところでお話ししないか?』

 

 

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=====

 

 

「で、この子を連れてきたというわけか?」

 

「ええ。面白い子でしょう。先輩が興味を持つかなと思って」

 

 

 彼に連れられてきたのはディープウェブではなく、ごく普通のチャットルームだった。

 

 投げられたURLからクライアントソフトをダウンロードして、チャンネルコードを入力。その先には彼とその友人が待っていた。

 テキストでもマイクでも会話できる形になっていたが、僕はまだタイピングが早くはない。それならマイクを使ってほしいと言われたので、要請に従っている。

 

 僕をここに連れてきたのは“EGO(エゴ)”という人で、その友人の人は“ミスターM”というハンドルネームだった。

 マイク越しに聞こえるミスターMの声は渋みがあって聞き取りやすい男性の声で、EGOさんの声はそれよりちょっと若そうだ。しかし僕よりもはるかに年上には違いないわけで、ちょっと緊張する。

 中学生が大人の人と長話をするなんて、先生相手でも滅多にない。

 

 

「興味を持つかな、と言われてもな。子供を連れてこられてどうしろと」

 

「まあまあ。ちょっとお話してみたらどうです。青少年とお話しする機会なんてあんまりないですよ?」

 

「あの……」

 

 

 おずおずと割って入ってみると、ミスターMは穏やかな声で返してきた。

 

 

「ああ、すまないね。変人に目を付けられてキミも大変だろう。しかしまあ、ディープウェブにアクセスしたのは褒められないな。あそこはEGOくんのように他人の個人情報を覗くのが大好きな変態がウロウロしているから」

 

「いや、子供の身で自力でたどり着くのはなかなか根性あっていいと思いますよ。うん、将来有望ですね」

 

「説教してここに連れて来たのはキミだろう!? なんだその掌返し!」

 

「いやあ、まあ私も他人を説教できるような立場じゃないですしね。なんせ先輩曰く覗き魔の変態ですし? 年下への説教は慣れてる先輩にお任せしますよ」

 

「私の専門は指導であって説教ではないよ。教師ではないからな。さて……」

 

 

 ミスターMは言葉を切ると、僕に訊いた。

 

 

「催眠アプリを作りたいんだってね。だが催眠術というのはキミが思っているようなものではないよ。いわゆるフィクションに出て来るような催眠術というのは……」

 

「“舞台催眠”はほとんどがインチキなんですよね。それは知ってます。『催眠術入門』って本を図書館で読みましたから」

 

「……あ、そう。そうかぁ……」

 

「どっかで聞いた書名ですね先輩」

 

「でもなんだか後書きで偉そうに説教しててイラッとしました。臨床例も書かれてないし、なんだか全体的にふわふわしてたし。本当に催眠術やったことあるの? って思いました」

 

「……まあ入門編だから、多少はね?」

 

「ぶははははははははは!」

 

「ちょっと黙りたまえ!」

 

 

 なんだかEGOさんが笑いだしたが、すぐにサーバーミュートされた。ミスターMの仕業らしい。

 

 

「さて、無理を承知で催眠術をかけたいというからには、何か理由があるのだろうが……。聞かせてもらってもいいかな?」

 

「わかりました。実は……」

 

 

 僕は幼馴染の女子にいじめを受けて、その復讐のために何としても催眠アプリを作りたいのだと説明した。

 ありすがどれだけ女王様気質で、僕が小学生の頃からどれほど精神的苦痛を受けたのかを微に入り細を穿つように訴えると、彼らはふーむとうなり声をあげた。EGOさん自分でミュート解除したんですね。

 

 

「なるほど。いじめの復讐か……話し合いで解決してほしいところではあるが」

 

「話し合いじゃなかなか解決しませんものね。いじめはよくない、復讐は何も産まない……なんて第三者が綺麗ごとを口にするのはたやすいですが。いじめられてる側のストレスを無視した話ですからね。そもそもいじめる側といじめられる側に上下関係があるのに、対等な話し合いなんて望むべくもない」

 

「そうだよなあ。復讐したい気持ちには嘘を吐けない。そこを無理して飲み込めれば理想だが、無理することのストレスはどうやったって生まれるものだ」

 

 

 おおっ……!と僕は目を輝かせた。

 こんなにも理解してくれる大人に出会ったのは初めてだった。

 教師は大体ありすの肩を持つか、さもなければ見なかったことにされる。少なくとも理解を示してくれる大人に出会っただけでも、ディープウェブにアクセスした甲斐はあったかもしれない。

 

 

「じゃあ先輩、催眠術教えてあげたらどうです?」

 

「いや、しかしな……それとこれとは」

 

「えっ、催眠術できるんですか!?」

 

 

 僕は興奮して身を乗り出した。

 まさか本物の催眠術士と会えるとは!

 これは千載一遇のチャンスではないだろうか。

 

 

「ぜひ教えてください! 何でもします! 催眠術を組み込んだアプリを作りたいんです!!」

 

「うーん……残念だが、私は多少の経験こそあれどただの研究者であって、プロの催眠術士ではないよ。それにさっきも言ったが、催眠術は何でも言うことを聞かせられるような万能の魔法ではないんだ。仮にその女の子に『いじめをやめろ』と言ってもやめてくれるとは限らない」

 

「いえ、いじめをやめてほしいんじゃなくて無理やり土下座させたいんです」

 

「えぇ……?」

 

 

 目的を間違えてはいけない。

 ありすに嫌がらせをされることで、僕は復讐心を補充して頑張ることができるのだ。いじめを続けられたうえで、無理やり土下座させてスカッとしたいのだ。

 

 

「それに、アプリを作ると言っても簡単なことではないよ。アプリ開発には開発期間、マンパワー、資金を必要とする。そもそもキミはソースコードをいじったことがあるかい?」

 

「いえ……でもこれから勉強します」

 

「そういってもなあ。催眠術を覚えて、アプリ開発も勉強してとなれば、それに一体どれほどの時間と経費がかかることか。私としてはそんな復讐などやめて、学生として普通に青春を送る方が有意義だと思うが」

 

「……勝手に決めないでください。意義があるかどうかは僕が決めることです。僕は時間を催眠アプリの開発に費やすことが有意義だと信じます」

 

「む……確かにそうかもしれない。だが……」

 

「はいはい、じゃあちょっと提案がありまーす」

 

 

 僕とミスターMの議論に、EGOさんが割って入ってきた。

 

 

「それじゃ、ハカセくんにちょっと力試ししてもらおうじゃないですか」

 

「力試し?」

 

 

 EGOさんはチャット画面にZIPファイルを貼り付け、それをダウンロードするように促してきた。

 解凍してみると、謎のファイルがいくつか入っていた。

 

 

「なんですか、これ?」

 

「それは私が前にちょちょいと作ったアプリだよ。まあ、特定の文字列が画面にたくさん表示されるだけの他愛のない内容なんだけどね。ハカセくんにはこれを何らかの形で『改良』してもらおう」

 

「改良って……どんな風に?」

 

「そこはキミのセンスに任せるよ。とにかく、何らかの改良が施されていればいい。期間は2週間だ。まあ、夏休みの自由工作といったところかな」

 

 

 EGOさんがそう言うと、ミスターMは呆れたような反応を返した。

 

 

「2週間で? アプリ開発のアの字も知らない子供にか?」

 

「彼の本気を見せてもらおうじゃないですか。本当に催眠アプリを作りたいっていうのなら、これくらいは軽くできて当然ですよ。ああ、開発アプリのプラットフォームは私が用意しましょう。教科書がほしいっていうのなら、参考資料も提供しますよ? 著作権は気にしなくて結構。クリア済みです」

 

 

 そう言ってEGOさんはチャット画面に別のZIPファイルをアップする。

 中身は何やら専門用語だらけの書籍をまるごとPDF化したもののようだった。

 

 

「著作権クリアって、これお前が書いたほ……」

 

「だから問題ないでしょう。……さて、やってみる気はあるかな?」

 

「やります! 2週間ですね!」

 

 

 一も二もなく飛びついた。

 これはチャンスだと思った。

 タダでプラットフォームと専門書籍をくれるなんて、中学生の身としては非常にありがたい。ただでさえパソコンで貯金を使い果たしているんだ。

 アプリの開発環境を自力で整えるとなると、またどれだけの時間がかかるかわからない。

 

 

「お前のアプリを『改良』ね。……まったく、意地が悪いことだ」

 

「これもお勉強ですよ。現実を知るにはちょうどいいでしょう」

 

 

 ミスターMとEGOさんが何か話しているが、気にしないことにした。

 彼らが何を考えているにせよ、チャンスが目の前に転がってきたなら拾うべきだ。

 頑張ろう。僕はメラメラと意欲が湧き上がってくるのを感じた。

 

 これを通してアプリ開発の基礎を身に着けるのだ。

 その先に、ありすの土下座が待っていると信じて……!!

 

 

「ああ、それはそうとして」

 

 

 そんな僕に、EGOさんは思い出したように口を開いた。

 

 

「これは忠告だが、ディープウェブに行くならパソコンのユーザー名に本名を使うのはやめておいた方がいいよ。パソコンを買ってもらったばかりの中学生感が丸出しだからね」

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