催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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本日2話投稿!
1話目です。


第6話「SNSは口ほどにものを言う」

「お兄ちゃん、晩御飯だよー。早く降りてこないとママが怒っちゃうよー」

 

 

 ドアの向こうから呼びかける妹の声で、僕はキーボードを叩く手を止めた。

 時計を見ればもう夜の6時になっている。

 つい先ほど昼ご飯を食べたばかりだと思っていたが、気付けば窓の外は夏の陽が落ち始めていた。お腹もぐうと鳴っている。

 時間が経つのがあまりにも早すぎる。

 

 先日EGOさんからもらった『宿題』に手を付け始めてから、もう折り返しとなる1週間が過ぎようとしていた。

 あれから僕は毎日ご飯と風呂と寝る以外のすべての時間を『宿題』に注ぎ込む日々を送っている。

 初日はセッティングとアプリ開発の基礎知識を得るためにPDFを通読することに費やし、翌日からはひたすらに開発言語の習得を含めたプラットフォームの理解に努めていた。

 

 このアプリ開発という『宿題』は非常に面白い。

 今まで学んできたどんな勉強や遊んできたゲームよりも奥深く、自由な想像力を働かせる余地とパズルじみた論理性に満ちていた。

 学べば学ぶほどにできることは飛躍的に増えていき、想像の翼を実現できるようになっていく。

 そしてその先にはさらなる難題が待ち受けているのだ。無限に強くなれるRPGと、想像力をはばたかせられるお絵描きと、頭を鍛えられるロジカルなパズルが一体となったかのような、ソースコードという未知の世界。

 僕はこんなにも夢中になれる『遊び』に初めて出会った。

 

 そしてまた、EGOさんがくれたサンプルが素晴らしいのだ。

 挙動自体は画面いっぱいに数十種類の色分けがなされた“Hello,World!”という文字列を表示させるだけのアプリである。

 しかしその実は各色ごとに異なる表示処理や動作制御が設定されており、一定の条件が重なると“Hello,World!”が組み合わさって巨大なフラクタル図形を描いていくという妙な隠し要素まで仕込まれていた。

 

 腕利きの職人による技術の博覧会のような内容のうえに、またそのソースコードが美しい。複雑極まりない処理の数々を可能な限りシンプルにまとめて制御する、神業としか言いようのない機能美を備えていた。

 あの人は間違いなく現代の匠だ。

 

 そしてこのソースコードの美しさを理解するほどに、ミスターMが言っていた『意地が悪い』という言葉の意味が心底わかってきた。

 僕のような初心者が何を付け加えたとしても、それは蛇足となってしまう。あまりにも完成されすぎていて、手を加えることが冒涜だと思えるほどに。

 

 さらにすごいのは、ここまでの完成度を誇るコードでありながら、意図的に仕込まれたと思われる“(あら)”が見つかることだ。このコードを書いた人間ならありえないはずの、文法のちょっとしたミスや狂い。

 しかしそれを修正しようとすると、連鎖的に全然別の場所に別のバグが発生してエラーを吐くようになっている。初期の“粗”を残した状態なら走るのに、手を加えようとすると動かなくなってしまうのだ。

 もちろんそうなるように計算して作っているのだろう。

 あまりにも頭が良すぎると感嘆せずにはいられない。

 

 この“粗”をすべて取り去ることが恐らく『宿題』なのだろう。

 だが、できることならもっと改良したい。まだまだいろんなことができそうにも思えるのだ。

 しかしそれによってソースコードの完全性を崩すこともはばかられる。

 何を弄り、何を残すかというバランスどりが非常に面白い。

 

 このあまりにも奥が深い『遊び』に、僕は虜になっているのだ。

 

 

「おにーちゃーーん!! 早く出てきてよぉーーー!!」

 

 

 妹がめちゃめちゃドアを乱打している。

 このままドアを破られたのではたまらない。

 

 

「わかった、今行くよ」

 

 

 仕方なくドアを開けると、Tシャツに短パンと夏らしい服装のくらげちゃんがぷくーと膨れっ面で僕を見ていた。

 

 

「おそーい! ……なんか目が真っ赤だよ。そんなに面白いゲームやってるの?」

 

「うん、まあね」

 

 

 くらげちゃんは僕がゲームにハマっていると思っているようだ。

 まあそういうことにしておこう。催眠アプリ作りの勉強頑張ってますとも言えないし。

 

 

「ふーん。私も遊んでみていい?」

 

「くらげちゃんにはちょっと早いかな。それにゲームいろいろ積んでるでしょ、先にそっちを崩しなさい」

 

「くらげじゃなーい! み・づ・き!」

 

 

 興味津々なくらげちゃんを軽くいなし、階段を下りる。

 くらげちゃんはゲーム大好き女子なのだが飽きっぽく、ゲームをちょっと触るとすぐ別のゲームに浮気して積みゲータワーを築く癖がある。

 まあそのゲームも元はお父さんが買ってきて放置していたレトロゲームなので、血は争えないな。

 

 

「あら、ようやく降りてきたわね。冷めちゃうわよ、早く食べなさい」

 

「はーい」

 

 

 食卓には肉じゃがにほうれん草のおひたし、ミートボールとサラダ、それにわかめと豆腐の味噌汁と色とりどりの献立が並べられていた。

 お母さんの作る料理は相変わらずおいしそうだ。

 

 料理を見るとぐぅーとお腹が鳴って、口の中につばが溜まってきた。

 夢中になってパソコンを触ってるときは気付かなかったが、随分カロリーを消費していたようだ。別に筋肉がついてるわけでもないこの体だが、無駄に背が高いので基礎代謝は割と高めである。

 

 うん、おいしい。

 

 

博士(ひろし)、夏休みだから遊ぶのは結構だが、ちゃんと宿題はしてるか?」

 

「うん。もう前半で終わらせてるから大丈夫だよ」

 

 

 今日は家で仕事していたお父さんが、むっすりと聞いてくるのに軽く頷く。

 

 

「そうか。ならいいが。……若いうちは多少は運動もした方が体にいいぞ」

 

「運動嫌いなんだよ」

 

「まあそれはわかる」

 

 

 うちのお父さんも根っからのインドア気質である。

 世の中にはどういうわけか体を動かすのが嫌で仕方ないというタイプの人間が一定数存在しており、多分それは遺伝なんだろうなあと思う。

 体育で運動部と文化部と帰宅部を混ぜてスポーツさせるのは虐待なのでやめろと政府に訴えたい。なお僕は帰宅部だ。孤高の道を自ら選んだ誇りあるぼっちである。

 

 

「パパはちょっと運動した方がいいよ。ちょっとお腹出てきたもん」

 

 

 最近とみに生意気になってきたくらげちゃんは、父親のだらしないところを容赦なく指摘していくスタイルである。

 

 

「ん……うん、そうか」

 

「ねーママ、ママもすらっとしたパパの方が好きでしょ?」

 

「そうねえ。でもパパは元からやせすぎだし、ちょっと肉がついててもママはいいかなーって」

 

「幸せ太りだろう。やっぱりママの料理が美味すぎる」

 

「ふふふ、若いときに胃袋ゲットするために腕を磨いてよかったーってね」

 

 

 年甲斐もなくデレッとするお父さんと嬉しそうなお母さんが、いつまで経ってもラブラブな空気を作っている。

 くらげちゃんはちょっと白けたような顔で「ママってホントパパにあまーい」と呟きながら、甘くなった口の中に味噌汁を注ぎこんでいた。

 

 本当に子どもが砂を吐くほど仲がいいのがうちの両親だ。

 僕も将来はこんな素敵なお嫁さんを見つけられるのだろうか?

 

 

 ……いや、無理だな。絶対無理だ。

 

 

 こんな陰キャで根暗な僕を愛してくれるような女性は、恐らくこの世にいない。そしてそれ以上に、僕が誰かを愛せるような日が来るとは思えなかった。

 僕は家族以外の人間に根本的に興味がない。そもそも名前も顔も覚えられない。他人に興味がないから、誰からも愛されない。

 多分僕は両親がいなくなったら、生涯独りぼっちになるだろう。

 

 味噌汁がちょっとしょっぱかった。

 

 

 

 部屋に戻ると、ちょうどスマホがブーブーと振動するところだった。

 SNSアプリの右上には77件と凄まじい数字が表示されている。

 アイコンをタッチしてアプリを開く。

 

 

『ちょっとハカセ、いつになったら返事するわけ?』

 

『既読付かないんですけど』

 

『おーい』

 

『私を待たせるなんていい度胸ね』

 

『もしかして熱中症でも起こしてるんじゃないでしょうね』

 

『アンタひょろいもんねー。ちょっとは運動して太陽の光浴びなさいよ』

 

『雑魚雑魚ざぁーこ(※マグロのアイコン。マグロは雑魚じゃないぞ?)』

 

『返事しろ。見ろ』

 

『ちょっと』

 

(通話:30分前)

 

(通話:15分前)

 

(通話:5分前)

 

(通話:たった今)

 

 

 ざっと指を滑らせて履歴を見ると、6時間以上前からずーっとメッセージを送り続けているようだ。

 う、うざい……! なんて暇な奴なんだ……。

 それにしてもこんなにスマホを鳴らされて気付かないとは、我ながらよほど集中していたんだな。

 

 とりあえずこれ以上スマホを鳴らされてはたまらないので、何か返信しておこう。

 

 

『なに』

 

『何じゃないわよ! 無事ならちゃんと返事しなさい! 熱中症でも起こして倒れてんのかと思ったじゃん!!』

 

 

 返事したらしたで、秒で返信が返ってきた。

 こいつのフリップ速度どうなってるんだ。

 

 

『ちょっと夢中で遊んでたから気付かなかった』

 

『はー? アンタ私とゲームとどっちが大事なのよ』

 

『私と仕事とどっちが大事なのと詰め寄る奥さんみたいなことを言うね』

 

『は!? 何よ奥さんとかいきなり……頭おかしいんじゃないの!? アンタ私のこと奥さんだとか思ってるの? 夢みすぎなんですけど~! 超キモ~い』

 

『ちなみに将来お前の夫になる可哀想な男のために忠告するが、大抵の男は仕事の方が大事だからその詰め方はやめとけ。自分が傷つくぞ』

 

『何よそれ。アンタ女よりも仕事の方が大事なの?』

 

『嫁さんを大事にする時間を作りたいから、我慢して仕事に打ち込んでるんだよ』

 

 

 うちの両親が珍しくケンカした時に、お父さんはそんなことを言いながら荒れるお母さんを抱きしめたのだった。効果抜群ですぐ収まった。

 僕とくらげちゃんは口から蜂蜜を吐いた。

 

 

『ふーん……へぇ~』

 

『なんだよ』

 

『そういうのにキュンときちゃう系の女の子が好きなの? なんか前時代的~。亭主関白になりたいわけ?』

 

 スマホの向こうのありすのニヤニヤ顔が目に浮かぶようだ。

 

 少なくともありすの尻には敷かれたくないなぁ。

 こいつを生涯の伴侶(はんりょ)に選ぶような男は、きっと見た目に騙されるような見る目のない男なんだろうな。まあ見た目だけでなく、頭もいいし運動神経もいいし、家も金持ちだし、声が綺麗だし、非の打ち所がないんだけど。何せ性格が致命的だ。

 小学生の頃はあんなに優しかったのに、どうしてこうもマウントを取りたがるようになってしまったんだろう。僕だってもう中学生なのだ。こんな態度を取られると、ついムカッとしてしまう。

 

 とりあえず僕は生涯独身だろうから、亭主関白にはならないぞ。

 それより、話を変えよう。

 

 

『で、なに?』

 

『あ、そうだ! どうだったのよ。早く言いなさい』

 

『何が』

 

『↑』

 

 

 上を見ろってか?

 僕は画面をスライドさせてみた。さっきスライドさせた範囲よりさらに上、今日最初のメッセージまで見てみる。

 

 

「あ」

 

 

 どっかのデパートに入ってる呉服店での、浴衣姿のありすの自撮り画像が貼り付けられていた。

 ピンク色の地に色とりどりの朝顔があしらわれた鮮やかな柄と、編み込まれた赤髪。

 そして「私可愛いでしょ!」と言わんばかりの挑発的なドヤ顔。

 

 正直に言ってとんでもなく愛らしかった。

 浴衣の可愛らしいデザインと、小生意気な笑顔と、夏らしい髪型が最高にマッチしていた。

 13歳のこの夏のありすが着るためだけに作られた衣装ですと言わんばかりだった。本当に絶妙な1枚だ。少女雑誌の表紙にしたら売上げが爆上がりしそう。

 

 なるほどね。

 これの感想が聞きたいがために、ずーっとメッセージ送って来たのか。

 

 

 ……さてどうしようかな。

 素直に褒めるのは(しゃく)だ。

 しかし(けな)すのもやっぱり違う。自分の心に嘘を吐きたくない。

 うーん……。

 

 悩んだ末に、とりあえず当たり障りのないことを入力。

 

 

『自己顕示欲モンスターかよ』

 

『(小悪魔のアイコン) で? どうよ』

 

 

 ちっ、話を逸らせないか。

 

 

『いい浴衣だな』

 

『ん~? お客さん、ちょっと褒めるところ違くない? ちゃんと目玉ついてる~?(きょろきょろする両目のアイコン)』

 

 

 くそっ、うぜえ! ニヤニヤ顔が嫌というくらいに想像できる。

 

 ……まあしかし、あれだ。

 なんかこう、疲れが吹っ飛んできた感がある。

 やっぱりあれだな。こいつが僕をイラつかせるたびに、復讐心が湧いてくる。

 ありす、お前は僕の最高のやる気の源だ。

 

 

『なんか元気になった』

 

『は? 何それ。セクハラとかドン引きなんですけど~』

 

『マジでエネルギーが補充された。これで明日からも頑張れる』

 

『……ふぅ~ん……へぇ~……』

 

『なに?』

 

『何でもないわよ、スケベ! 夏風邪とか熱中症とかなるんじゃないわよ! お休み!』

 

 

 ……なんなんだこいつは。

 テンションに落差がありすぎる。

 

 

「まだ7時なのにお休みもないだろ」

 

 

 まあ今日のところはもう連絡しないってのなら、『宿題』に集中できていいけどさ。晩ご飯を食べてちょうど集中力が落ちてきたところにありす成分が補充されたことで、まだまだ頑張れそうだ。

 

 しかしこいつ、この浴衣で夏祭り行くんだな。

 取り巻きの女子と行くだろうから、僕は実際にこの浴衣を見ることはないだろう。

 でもまあ……。

 

 僕は忘れないうちに、写真をコレクションフォルダに保存しておいた。

 

 

「この浴衣、僕以外に見る奴がいなければいいのにな」

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