催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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本日2話投稿……!2話目です!


外伝「寒空の国家公務員」

「はあ……クリスマスに私は何でこんなことをやってるのかしら」

 

 

 自動販売機で缶コーヒーを購入した枯野(からの)四季(しき)は、凍り付きそうな指先をあつあつの缶の温もりでほぐしながら独り言をぼやいた。

 12月も終わりに近づき、外の気温は4度を下回っている。体の芯まで凍り付きそうな寒さの中、彼女は公園で葉加瀬(はかせ)博士(ひろし)が来るのを待ち続けていた。

 

 本来は博士を呼びつけたらサクッと身柄を拘束してスマホを取り上げ、自動車に連れ込んで拉致してしまうつもりだったのだ。面倒な説得など身柄を押さえてからやれば済む話だ。

 それを猶予を与えたばかりに、彼女はこの冬の寒い中1時間も公園で待ちぼうけする羽目になったのだった。

 

 

「私も甘いなあ……。でも相手は失恋したばかりの高校生だし。下手に機嫌を損ねると説得に時間かかるかもだし」

 

 

 ナイーブな時期の子供相手なのだから、と四季は自分の学生時代を思い出しながらコーヒーを一口ぐびりと飲んだ。

 

 (ハタ)から見ればそもそも『説得=拉致って監禁して無理強い』という意味になってる時点で何を今更という感は拭えないのだが、四季自身は別におかしいことだとは思っていない。

 というのも、四季が所属する対カルト特別対策室では葉加瀬博士を『他人を意のままに操れるアプリを開発した非常に狡猾で危険なマッドサイエンティスト』だと認識しているからだ。

 

 まず他人を簡単に催眠状態にできるアプリを開発するという時点で、邪な目的を持っているとしか思えない。他人に催眠をかけること自体が人権を完全に無視した非人道的な行為なのだし、開発者はまだ高校1年生の子供だ。

 きっと学校中の美少女に催眠術をかけていかがわしい行為をしているに違いない。高1の男子がそんなもの手にしたら絶対に犯罪に使うに決まっている。そりゃもう毎晩女の子を侍らせてエロエロなことをしたり、金持ちに金品を差し出させたり、放埓(ほうらつ)の限りを尽くしているはずだ。

 

 しかし、どれだけ葉加瀬博士の周囲を洗っても、彼が犯罪行為を行なっている証拠はこれっぽっちも出てこなかった。

 女の子には多少モテているようだが、いかがわしい雰囲気がちっともない。

 朝は遅刻せずに学校に行き、友達との会話を挟みながら授業を受け、大体そのまままっすぐ帰宅して、夜はランニングで軽く汗を流すのが日課という、模範的な高校生でしかなかった。

 

 深夜に繁華街を徘徊して獲物を探したり、ホテルに女の子を連れ込んだり、身の丈に合わない高価な買い物をしたり、そういった犯罪を思わせる素振りなど何ひとつとして見せていない。

 手配した学生の協力者に終業式まで学校での態度を監視させたが、誰かに催眠をかける現場を捉えるどころか、本当にただの一般学生でしかないという証拠しか上がってこなかった。

 変わったところといえば、彼女と毎日うっとうしいくらいにイチャついているということぐらいか。

 

 

 これ本当にこいつで合ってるの? 人違いじゃない?

 上司や同僚からは疑問の眼を向けられたが、四季は絶対に彼で間違いないと自説を曲げなかった。確かにどう見てもただのぼーっとした男子高校生にしか見えないが、葉加瀬博士が桜ヶ丘(さくらがおか)電子工房の重役であることは間違いない。日頃の態度からはそう見えなくても、四季の直感は彼がクロであることを示していた。

 

 ということは、そんな素振りを一切周囲に悟らせない葉加瀬博士は非常に狡猾な人物ということになる。完璧なまでに一般学生であると偽装し、手がかりを掴ませない。これは大人の犯罪者でもそう簡単にできることではない。

 もしかしたら、学生の協力者も既に催眠をかけられており、偽の記憶を植え付けられているという可能性すらある。

 

 そんな自説を四季が熱心に主張するうちに、対カルト特別対策室の上司や同僚たちもすっかりそうかもしれないと思い込んでしまった。

 スマホ画面を見せられただけで催眠にかかる危険がある、という未知の脅威への警戒心と恐怖が、博士を怪物のように思わせてしまったのかもしれない。

 上司は言った。

 

 

「なるほど、葉加瀬博士が非常に狡猾で危険な犯罪者ということはよくわかった。じゃあ正面から懐柔するのは無理そうだな」

 

「もちろんです。相手は所詮高校生なのだし、優しげな態度で餌をちらつかせれば簡単に飛びついてきそうだ……などと決して思ってはいけません。まずはアプリを奪ったうえで彼を拘束する、それが大前提です」

 

 

 我が意を得たり、とばかりに頷いたのは四季である。

 

 

「よしわかった、では身柄を拘束してくれ。ああ、それと上が早く結果を出せと言っていてな。年内には身柄を押さえて、携帯式超小型洗脳装置αについて洗いざらい吐かせろとの仰せだ。もう時間がないから、早急に頼むよ」

 

「は?」

 

 

 もうクリスマス直前なんですけど。今年あと一週間しかないんですけど。せめて私以外の人員を用意してくれませんか。

 四季は涙目で上司に訴えたが、まったく取り合えってもらえなかった。

 お前がこいつで間違いないって主張したんだろ、自分のケツは自分で拭けと言わんばかりである。

 予算も厳しいし割ける人員も少ないんだ。相手も狡猾な知能犯とはいえやはりただの高校生なんだし、別の部署から鎮圧要員の応援を1人付けてやれば何とかなるだろう。いや、何とかしろ。

 

 ……上からの命令は絶対。無茶振りされても成果を出して当たり前。公務員残酷物語。

 

 

 そんなわけで四季はクリスマスイブの夜に高校生を公園に呼び出そうと、寒さを我慢して立ち尽くしているのだった。

 

 

「いや、まあコーヒー飲めるだけ私はマシか……」

 

 

 どこかに潜んでいる、別の部署から用立ててもらった鎮圧要員を思って四季はため息を吐いた。彼はこの寒い中身じろぎもせず、ひそかに身を隠している。

 私の仏心に付き合わせてごめんね。

 本当はコーヒーを差し入れてあげたいけど、そんなことをしては隠れているのが台無しだ。今こうしている間にも、葉加瀬博士はどこからかこちらの様子を窺っている可能性がある。何しろ相手は狡猾な知能犯なのだ、油断はできない。

 

 相手の危険度を考えれば本当はもっと人員を割くべき案件だと四季は思うのだが、結局自分と鎮圧要員の2人しか動員はできなかった。どうも上は催眠アプリなど眉唾だと思っているが、もしも存在したらまずいし、念のために押さえておこう程度の認識しか持っていないようだ。頭数さえ融通してくれたら、問答無用で取り押さえることだってできたのに。

 だが、足りないものを嘆いても仕方がない。その中でベストを尽くすべきだろう。

 

 葉加瀬博士を呼び出し次第、彼からスマホを取り上げたうえで鎮圧要員と共に彼を拘束し、車に乗せて連れ去る手はずになっている。さすがの知能犯といえども、頼りのアプリを奪われてしまえばただの高校生だ。

 まさか対拷問の心得などあるわけもなし、尋問室で数日じっくりと説得すればこちらの意のままになるだろう。

 そうなれば、晴れて催眠アプリは日本国の独占技術となる。

 

 

「ふふ……」

 

 

 四季はにまっと頬を緩めた。

 彼女は熱烈な愛国者である。日本という国の発展を深く願っていた。

 ついでにこれだけの手柄を挙げれば、上も自分を軽視するまい。

 

 元々直感に基づいたスタンドプレイでの捜査と過激な思想から周囲に疎まれ、公安の対カルト部門とかいうよくわからない部署に飛ばされた四季だが、いよいよ逆転の機会が巡ってきた。これでもう一度日の当たる部署へ戻れるのだ。

 

 ……クリスマスに彼女に振られた直後に身柄を拘束される葉加瀬博士という男子高校生にはちょっと悪い気もするが。

 とはいえ研究に協力するならちゃんと報酬も出るはずだし、これまで散々悪事をやってきた犯罪者なのだから因果応報というものだろう。

 

 

「というか、催眠術使えるのに彼女にフラれるのってヘンなの」

 

 

 催眠術で彼女を言いなりにしちゃえばいいのにね。

 まあ個人の趣味なんだし私の気にすることじゃないか。

 

 

 ……ここで何かおかしい、と頭の中の引っ掛かりにもう少し気に留めていれば、あるいは博士と分かり合う道もあったのかもしれない。

 四季は博士と和解する最後のチャンスに気付くことなく、手持ち無沙汰にスマホを取り出した。

 

 

 

 

 

 いつも通りにロックを解除して、ホーム画面を開く。

 SNSに着信があったので見てみると、上司が「クリスマスケーキにうちの子も大喜び!」と飼い犬が犬用ケーキにむしゃぶりついているペット画像を投稿していた。例によって部署内全員に送ってきている。

 こちらはクリスマスイブに仕事してるというのに気楽なものだ、と四季は呆れながらもふふっと笑みを漏らす。コワモテの上司が家族や飼い犬にはデレデレなのは微笑ましいし、なんだかんだ自慢するだけあって可愛い犬だった。

 

 トークアプリにもメッセージが届いており、現在隠れている鎮圧要員が「これいつホシが来ます?」と送ってきていた。ごめんね、もうじき時間だからあと少し我慢してとなだめるメッセージを返しておく。

 スマホで仕事のやりとりをするのは本来禁止されているが、やはり利便性には代えられない。四季を含め、こっそりと仕事に使われるのは公然の秘密となっていた。何か致命的な情報を出しているわけでもなし、これくらいは許されるだろう。

 

 メッセージを返し終わったそのとき、スマホが着信を受けてブルブルと震えた。画面に表示されているのは葉加瀬博士の番号だ。

 さきほど電話したのにそのままリダイアルしてきたのだろう。

 

 四季はごくりと唾を飲み、仕事用の冷徹な口調を装った。

 

 

「何かしら?」

 

「もう公園に着く。どこにいる?」

 

 

 向こうから連絡してくれるとは高校生にしては律儀ね、と四季は内心で感心した。

 この歳で報連相ができるなら、まともな社会人になれたかもしれない。もう手遅れだが。彼が政府の研究機関から出られることは生涯ないだろう。

 

 さあ、いよいよだ。

 日本が主導する新たなる世界がもうすぐそこまで来ている。

 

 

 四季は胸の高鳴りを必死に抑えながら、冷たい声で博士に命令した。

 

 

「ベンチのそばよ。スマホはポケットにしまって、両手を挙げながらゆっくりと近付きなさい」

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