催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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後日談
エピローグ「「この手を重ねて、一緒に歩こう」」


「いやーなんにしてもよかったね。万事収まるところに収まったわけだ」

 

 

 クリスマスの一件について僕からのレポートを読んだミスターMはしみじみとそんなことを言った。

 あれから数日、もう新年も近い大晦日だ。

 

 ミスターMもEGOさんも、あれ以来公安から接触はないらしい。

 催眠はうまいこと効いてくれたようで、催眠アプリの手がかりとなる2人のことも公安は認識できなくなったようだ。

 

 ちなみに2人が家探ししたところ盗聴器が見つかったそうで、どうやら回線をハッキングしたとかじゃなくて自宅に不法侵入したエージェントによっていつの間にか仕掛けられていたようだ。「まあ、ハッキングとかするより物理的に盗聴した方が楽だよね」とはEGOさんの弁。

 

 

「それで、晴れてありすくんと結ばれたわけだけど……まだ土下座させたい?」

 

「まさか」

 

 

 EGOさんの言葉に、僕はぶんぶんと首を横に振った。

 

 

「ありすを土下座させたいなんて気持ちは、もうきれいさっぱりなくなりましたよ」

 

 

 そもそも『催眠アプリを作る目的はありすを土下座させるため』という執念自体が、僕の自己暗示にすぎなかった。

 元々あれは本来中学1年生のちょっとした怒りに過ぎなかった。それを無理やり心の中で炎上させて、アプリ開発のための燃料にしていたのだ。その結果『催眠アプリを作ってありすの恐怖症を治してあげたい』という本来の目的が上書きされて思い出せなくなってしまったのだから、僕の思い込みの強さも凄まじいものがある。催眠術師としての才能が裏目に出てしまったということだろうか。

 それでも深層意識では本来の目的を忘れずにいたようで、なんだかんだで研究を完遂してありすを救えたのだから本当によかった。

 

 もちろんありすと恋人同士になれた今、彼女を土下座させたいなんて考えは微塵もない。

 それよりも思いっきり甘やかしてあげたいし、寄り添って体温を感じていたいのだ。

 

 クリスマスからこっち、毎日お部屋デートしてありすと一緒に過ごしているが、飽きるどころかますます愛しくてたまらなくなる。今の僕は完全なありす中毒で、許されるのなら四六時中でも一緒にいたいし、家に帰ってから翌日にまた会うまでが待ち遠しくて仕方ないのだ。毎晩SNSで話はしてるしそれも楽しいけど、やっぱり横にぴったりと座ったありすの体温を感じたり、間近で笑顔を見たりする方が嬉しい。

 寝ても覚めてもありすに夢中だ。

 

 

「ふむ……。しかし元々彼女を見返したいから、熱心に研究に打ち込めていたんだろう。目的を達成して研究へのモチベーションが失われてしまった、ということはないのかね?」

 

「確かに元はそうでしたけど……今の僕には別の目的ができました」

 

 

 ミスターMの言葉に、僕は背筋を伸ばした。

 それは10年先の未来の僕から受け継いだこと。

 

 将来、催眠が解けたさまざまな機関が催眠アプリを……ひいてはそのソースとなったありすを狙ってくる。

 それは僕が世界中に催眠アプリをばら撒いてしまったせいでもあるが、将来僕が研究する他の成果物とそれを管理するありすの身柄を狙ってのことでもある。僕たちは世界にとってあまりにも美味しすぎる獲物になってしまうのだ。

 

 

「僕はありすを守り抜きます。そのために今から行動していくつもりです。幸せになれたからと現状に甘んじたりはしませんよ」

 

「なるほどな。催眠アプリはどう使っていくつもりなんだ?」

 

「あれはもう役目を果たしたので、凍結します」

 

 

 正確にはありすのお産を助けるという役割がまだ残っているが……。

 少なくとももう大っぴらに使うつもりはなかった。

 

 僕の言葉に、ミスターMとEGOさんはほっと溜め息を吐く。

 

 

「そうか……それなら私の催眠アプリ研究も店じまいだな」

 

「えっ? 別に僕に構わずに研究すればいいんじゃ……?」

 

 

 首を傾げる僕に、EGOさんが笑いながら告げる。

 

 

「先輩が催眠アプリを作ろうとしていたのは、ひぷのん君へのカウンターのためだったんだよ。もしもひぷのん君が催眠アプリを悪事に使った場合、その催眠を解除するためのアプリが必要になると思って研究していたのさ」

 

「……そうだったんですか」

 

 

 ミスターMはバツが悪そうに口ごもりながら、そうだと頷いた。

 

 

「中学時代のキミは精神が未熟に見えたからね。道を間違う可能性も十分に考えられた。だからもしキミがそれを悪い方向に使うのなら、大人である私が止めなければと思ったのだ。もっとも、とうとう開発は成功しなかったが……」

 

 

 ミスターMはふう、と息を吐いた。

 

 

「すまなかった。キミを疑った私を罵ってくれていい」

 

「……いいえ。ありがとうございます、僕を見守ってくれて」

 

 

 ミスターMとEGOさんは徹頭徹尾、尊敬に値する恩師だった。

 この2人に見守られてきたことは僕の誇りだ。

 

 それにしても……。

 一抹の不安が心をよぎる。

 

 

「ミスターM、EGOさん。催眠アプリの開発は終わりますが……もしかして、僕はもうこのチャットルームに来ない方がいいでしょうか?」

 

 

 師匠たちが僕をここに呼んでいたのは、僕を導くと同時に監視するためでもあった。僕たち3人は催眠アプリという一点で結ばれた関係だったわけだ。

 催眠アプリを凍結するということは、この3人の関係も解消されるのでは……?

 

 するとミスターMとEGOさんはぷっと吹き出した。

 

 

「いやはや……まったく、ひぷのん君は恋人ができて少しは成長したかと思ったらそういうところは変わらんね」

 

「おいおい、もう私たちの関係は催眠アプリだけじゃないだろう?」

 

 

 そしてニヤリと笑うかのように、2人は言葉を続けた。

 

 

「キミは私たちの愛弟子で!」

 

「かけがえのないビジネスパートナーで!」

 

「「親友だぞ!!」」

 

 

 見事にハモってみせる2人に、僕は目を丸くした。

 

 

「……練習してたんですか、それ?」

 

「わははははははははは! まあな!」

 

「ひぷのん君なら言いかねないかなと思ってね。どうだい、我々も少しはキミのことを理解できてきただろう?」

 

 

 大笑する2人に、僕も思わず頬が緩んでしまう。

 

 

「歳の離れた親友……そう思ってくれてるなんて嬉しいです」

 

「ふふ。ま、そういうわけだから」

 

「今後ともよろしくな、ひぷのん君」

 

 

 その日は今度東京でオフ会をしようとか、九州に来たらうまいものを食わせてやるからぜひ来なさいとか、そんな話でずっと盛り上がった。

 

 僕を親友だと呼んでくれたお2人に言えないことがあったのは、ちょっと心苦しかったけど。

 

 

 

※※※

 

 

 新学期、ある日の休み時間。

 

 

「進路希望かー。なあハカセ、お前何書くんだ?」

 

 

 自分の席でタブレットを眺めていると、進路希望調査の紙を手にしたにゃる君とささささんがやって来た。

 僕はタブレットをぱたんと閉じて、机の中から進路希望票を取り出す。

 

 

「まあ、普通に進学かな。にゃる君はどうするの?」

 

「……?」

 

 

 にゃる君とささささんは何か意外なものでも見たように、じーっと僕の顔を見返した。

 ……なんだろう、何か僕の顔についてるのかな。

 

 

「どうしたの?」

 

「お前が他人の進路に興味を示すとは思わなくてな……」

 

「そんなに変かな」

 

「いや、いいことだぜ。で、俺の進路だな、俺はこれだ!」

 

 

 にゃる君はそう言いながら自分の進路希望票を見せてくれる。

 第一希望は……『警察官僚』。

 

 

「あれ? にゃる君、お父さんみたいなノンキャリアの警察官になって、自分の手で悪い人を捕まえるんだって言ってなかった?」

 

「あー、まあ中学のときはそう言ってたけど」

 

 

 ポリポリと頭をかきかき、にゃる君は苦笑した。

 

 

「まあせっかく進学校に入れたわけだし、親父もどうせなら高みを目指せって言ってくれてるし……」

 

 

 にゃる君が何か言いづらそうにしていると、ささささんがニヤニヤしながら肘で彼の脇腹を小突く。

 するとにゃる君は何か観念したように押し黙り、やがて僕に指を突き付けた。

 

 

「つーか、お前だ! 将来ハカセがもし何かすげえ発明とかして、それを悪用して大犯罪とかしそうになったら俺が止めてやるから! そのためにゃただの一警官じゃだめだ。できるだけ偉くなっとかないと、止められねーからな!」

 

「おお……?」

 

 

 僕が呆気に取られていると、ささささんはクスクス笑って口を挟んできた。

 

 

「なーに照れてんのよ。ハカセがすごい研究とかしたときに、それを国とか機関が横から奪ったりしないように俺が守ってやるんだ、って言ってたくせに」

 

「うぐっ……」

 

 

 にゃる君は痛いところを突かれた、というように口をひん曲げる。

 

 まあ僕はとっくの昔に世界征服を成し遂げた大悪党だし、国に研究成果を奪われそうになったりもしたわけだけど……。

 

 

「ありがとう、にゃる君。すごく嬉しいよ」

 

「お、おう」

 

 

 にゃる君は照れ臭そうに鼻の頭をカリカリと掻く。

 

 

「なあハカセ、お前はすごい奴だよ。それこそ俺の友達にはもったいないくらいだ。だから……俺も力を付けるよ。それで、お前を守ってやる。お前にふさわしい、自慢の友達になってみせるからな」

 

 

 そんなことを言って、僕の友達は笑う。

 もう十分に、キミは自慢の友達だよ。

 

 

「ささささんは?」

 

「ボク? ボクはこれ!」

 

 

 そう言ってささささんが見せてくれた進路希望票の第一志望は『学校の先生』だった。

 

 

「いやーやっぱボクって頭いいからさ。インテリな職がいいと思うんだよね」

 

「インテリぃ? ガラにもねえ。プロゲーマーあたりがお似合いじゃね?」

 

「はー!? にゃるこそプロゲーマーって書けばいいだろ! ボクより断然ゲームうまいじゃん!」

 

「……貶そうとして褒めてねえか、それは?」

 

 

 いつもみたいに仲良くケンカするやりとりをしてから、ささささんは照れ臭そうに小声で呟いた。

 

 

「まあ、いい先生になって、いじめられる子を減らせたらな……ってね。ハカセ君が私を救ってくれたお返しを、他の誰かにしてあげたいんだ」

 

「うん。ささささんなら、きっといい先生になれるんじゃないかな」

 

「そう? そっかな! そうだよね! うふふ。ほら見ろ、にゃる! ハカセ君はアンタと違ってボクを認めてくれてるぞ!」

 

「……お前さ。こいつを引き合いに出して俺と比べるなよ、マジ傷付くだろ……」

 

 

 にゃる君は苦虫でも噛み潰したかのように顔をしかめる。

 うーん、これどういう感情なんだろう。まだ僕は人の感情に疎いみたいだな。

 

 そんなことを思っていると、ありすが教室に戻って来た。

 うんざりとした顔で、やれやれと自分の肩を揉みながら僕の席にやってくる。

 

 

「はー、もう。20分の休み時間の半分が無駄になっちゃった。日本の先生ってどうしてこう視野が狭いのかしらね」

 

「職員室に呼ばれてたけど、どんな話してたの?」

 

「んー。進学第一志望はオックスフォード大にしたいって話をしたら、なんか冗談はほどほどにしろ、国内の大学を書けってうるさくて。海外の大学書いて何が悪いのよ」

 

 

 それを聞いたささささんが目を丸くする。

 

 

「えー!? ありすちゃん、大学は海外に行くの!? じゃあハカセ君と離れ離れになっちゃうじゃん!」

 

「何言ってんの、もちろんハカセも一緒に受けるのよ。ハカセの才能を生かすのに日本じゃ狭すぎるもの。ねー、ハカセ?」

 

「僕は九州の大学行くけど」

 

 

 するとありすはガタッとこけて、「はぁっ!?」と僕の肩を掴んだ。

 

 

「何それ聞いてないけど!?」

 

「へぇー? なんで九州なの、ハカセ君?」

 

「九州の大学に恩師がいるんだよ。その人と一緒に研究したいことがあるから、大学はそっちに行くつもりなんだ」

 

 

 にゃる君とささささんは「恩師……? 大学に……?」と不思議そうな顔をしている。まあ、高校生が大学に恩師がいるって聞けば普通おかしいよね。

 

 ありすはむーと不機嫌顔ながら、腕を組んで宣言する。

 

 

「ハカセをひとりで九州に行かせるなんてできるわけないじゃない! 私もついていくからね!」

 

「うん。一緒に行こう」

 

 

 僕はこくこくと頷いて、ありすを受け入れる。

 

 

「……ハカセも随分素直に受け入れるなあ。話のスピード感についていけねえよ俺は」

 

「というか、ありすちゃんオックスフォード大はどうするの?」

 

「私一人で行ってどうするのよ。ハカセと私はずっと一緒なんだから、ハカセが行く進路が私の進路よ! だらしないハカセに代わって、将来的には私がハカセの研究成果を管理してあげるんだから」

 

「うんうん。よろしくね」

 

 

 ……彼らが語る進路が実現されることを、僕は知っている。

 

 

 クリスマスのあの日、僕は催眠によって10年後の未来を見た。

 あくまでもそれは僕が想像した10年後、僕の脳が生み出した妄想に過ぎないはずだ。

 

 だが……妄想と笑い飛ばすには、あまりにも細部がリアルすぎた。

 

 たとえば僕に飛びついてきた子供の体温だとか。

 大人になったにゃる君とささささんの顔だとか。

 包丁を握れるようになったありすが振る舞ってくれた手料理の味だとか。

 

 そして、何よりも。

 あの未来像の中で、僕はありすと我が子を守るための方法を考えていた。

 今から10年をかけて僕が研究して発見した理論やコードを駆使して、愛する家族を守らなくてはならないと。

 

 その内容を、今の僕はそのまま覚えている。

 超高速無線通信技術、完全自立型(スタンドアローン)AI、ナノサイズドローン……。

 そういった現代科学がまだ到達していないはずの技術理論の数々を、10年先の僕の頭の中から持ち帰ってきてしまったのだ。

 

 もちろん今の僕にこれらの理論を実証できるわけがないので、正しいものなのかどうかはわからない。

 だが、やろうと思えばいつでも紙に書きだせるレベルではっきりと覚えている。

 

 ……果たして、あの10年後の未来は本当に僕の想像の産物だったのか?

 

 

 これはあくまでも仮説として、だが。

 あのクリスマスの夜、全世界の人間は催眠アプリの影響下にあった。

 より正確に言えば、催眠アプリを作った僕ではなく、『声の力』を持つありすの支配下にあったのだ。

 仕組みとして考えれば、実際に催眠状態にしたのはありすの声であって、僕は横から便乗して暗示を植え付けていたにすぎないのだから。

 

 ということはあの日、ありすこそが全世界の女王だった。

 ありすはあの瞬間、誰でもいいから力を貸してと願っていたという。

 もしかして全世界の人々の意識は催眠アプリと『バベルI世(ワン)』を介して、生体コンピュータとして繋がって……本来不可能なはずのありすの願いを叶え、僕の意識を本当に10年後の未来へと飛ばした、とか……?

 

 

 いや。まさか。

 僕は軽くかぶりを振った。

 そんなオカルトじみたことがあるわけがない。僕は科学しか信じない主義だ。

 師匠方にもこんなことは言えなかった。

 

 もっとも、それは僕の正気が疑われそうという理由からだけではないが。

 

 ……催眠アプリだと思ったらタイムマシンとして利用可能かもしれませんとか、10年後の世界から技術理論をたくさん持ち帰ってきましたなんて、誰かに言えるわけがない。

 これが僕が催眠アプリを凍結する最大の理由だ。他人の手に渡った場合のリスクも含めて考えると、やっぱりあれは人間の手に余るシロモノだとしか言えない。

 

 結局あのとき『バベルI世』の翻訳AIが突然ありすに話しかけてきた理由も不明だ。

 あれから何度調べても、翻訳AIがこちらに語り掛けてくるようなことは一切なかった。そもそも翻訳AIに催眠アプリの処理を代行する権限なんて与えた覚えもないし、本当にわけがわからない。

 まさかクリスマスの奇跡で無機物が話しかけてきたとでもいうのか。翻訳AIは僕とありすの共同制作物だ。両親の願いをかなえようと、子供が手助けを……いや。そんなバカな。

 

 あるいは実は翻訳AIは既に自我を獲得している、とか。

 翻訳AIには世界中の文学や思想書を含め、対訳に使えるあらゆるテキストのディープラーニングをさせている。その結果、蓄積された知識が自我を生み出していて。今は何か思うところあってだんまりを決め込んでいる……?

 

 であれば、僕の意識だけが10年後の未来にタイムスリップしたというのではなく、あれはAIが演算した未来予想図(シミュレーション)だったのではないかという仮説が考えられる。僕の脳をベースに、70億人分の脳を演算領域として使用することで、超高精度の未来のヴィジョンを見せた……。

 僕としてはタイムスリップしたなんて荒唐無稽な話より、こちらの方がまだ納得がいく。

 

 だがその場合、AIはいつの間にそんなプログラムを作っていたのかとか、人間の脳に演算させるのはいいとしてどうやってそのフィードバックを受け取ったのかとか、疑問がどんどん増えていってしまうわけで……。

 

 

 僕はぶんぶんと頭を振った。

 ダメだ、あの件に関して今はこれ以上考えるのはやめよう。本当に自分の正気が疑わしくなってしまう。

 

 

 だが……未来から持ち帰った理論は使わせてもらう。

 僕の家族を守るためにとても有用だ。あれが幻覚にせよ、本物の未来にせよ、どのみち僕の脳から生まれた理論には違いないのだから、僕の自由にさせてもらおう。

 

 どうやらこれらの理論は世界中の政府や組織にとって垂涎のものらしい。元はありすの『声の力』を求める者たちから彼女を守るために生み出した理論だったのに、実証段階のものを僕が不用意に発表してしまったことで、僕までが注目されるようになった。10年後の世界では僕たち一家は世界中から狙われる身になってしまっていたのだ。

 さっきの宣言通り、にゃる君は陰に日向に手を尽くして僕たちを守ってくれた。いつだって彼は僕の自慢の親友だ。だが、それでもありすにはとても不自由な暮らしをさせてしまった。

 今度はそんな愚は犯さない。密かに研究を進め、僕の家族を絶対に守ってみせる。

 

 だが、さすがに1人で研究できるとは僕も思っていない。

 だからこそミスターMがいる大学に進学して、共同研究者になってもらうのだ。EGOさんの会社にも、僕がこれから発表する技術を管理してもらおうと考えている。2人ともこれからも頼ってくれみたいなことを言ってたし、遠慮なく甘えてしまおう。

 

 これらの理論によって未来は僕が見た10年後の世界とは大きく違うものになるかもしれない。僕のおこぼれで技術が飛躍的に進歩する可能性も多分に考えられる。

 ……だが、それがどうした。

 僕は世界がどうなろうと、愛する人たちを守れるのならそれでいいんだ。

 

 

 その守るべき対象を僕は見つめる。ありすを、そして……。

 

 

(ながれ)くん。沙希(さき)ちゃん。一緒にいてくれてありがとう」

 

「……え!?」

 

「ハ、ハカセ……? お前、俺たちの名前を……」

 

 

 2人はとても驚いた顔をしてから……。ニッと笑い返してくれた。

 

 

「そいつはこっちのセリフだぜ」

 

「でもさー。こういうときはありがとう、じゃないと思うのよね」

 

 

 そう言って、にゃる君とささささんは目配せして、ハモった。

 

 

「「これからもよろしくなっ!」」

 

「……そのハモるの、流行ってるの!?」

 

 

 ケラケラと笑って拳を突きだす2人に合わせて、僕も拳を合わせる。

 そして、なんだかそれが心底愉快で、僕も思わず笑ってしまった。

 

 

 そんな光景に疎外感を覚えたようで、ありすがちょっと不機嫌そうな顔をする。

 

 

「えー、私は仲間外れ? なんか超傷付いたんだけど。ハカセは私を慰める責任があると思いまーす」

 

「うん。何すればいいかな」

 

 

 するとありすは両手を前に突き出して、おねだりするようにじーっと僕を見つめてきた。

 

 

「ハグしろー♥」

 

「いいよ」

 

 

 僕がそう答えるや否や、ありすは椅子に腰かけた僕の膝の上にお尻を下ろしてきた。

 背中を僕の胸に預け、んふーと嬉しそうに僕の顔を至近距離から見上げている。

 なんだか撫でてほしそうな気配を感じたので軽く頭をさすってあげると、ふみゅーと鼻で甘え声を出した。

 

 

「ハカセー、好きー♥」

 

「僕も大好きだよ」

 

 

 耳元で囁いてやると、ありすはぞくぞくと背筋を震わせる。なんか低い声で囁かれるのが好きらしい。

 最近のありすはずっとこうで、暇さえあれば堂々と甘えてくる。

 

 

 しかしこの甘え方、どう見てもうちのお母さんがお父さんに甘えるときの仕草と同じなんだよな……。うちの両親のイチャつき方を学んでしまったのかもしれない。

 それともヨリーさんも旦那さんのシンさんにはこういう甘え方をしてるのか?

 

 

 にゃる君とささささんは呆れたような目を向けてくる。新学期が始まってからもうずっとこれなんだから、そろそろ慣れてくれないかな。

 

 

「はぁ……中学時代の連中が見たらおったまげるぜ。あの残酷無情の『ハートの女王』と呼ばれたおっかないありすさんが、こんなデレッデレになるとはなあ」

 

「まあ、これがありすちゃんの素だったみたいだし。幸せそうならそれでいいんじゃないかなあ……見てる方が甘くて死にそうだけど。女王っていうより子猫だね、これ」

 

 

 アリスなのかハートの女王なのかチェシャ猫なのか、はっきりしてほしい。

 今更だけど、犬好きのくせになんで本人は猫に似てるんだろうな。ヨリーさんの遺伝か? あの人、なんか猫っぽいもんな。

 

 そんなことを考えていると、ありすは知能が溶けてトロトロになった顔で、嬉しそうに僕の胸に後頭部を擦り付けた。

 

 

「特等席でご機嫌になったにゃー♪ これからもずーっとハカセの膝は私だけの特等席だから、他の子座らせちゃだめだにゃ♥」

 

「当たり前だろ」

 

 

 強い愛しさがこみあげてきて、僕は思わずありすをぎゅっと抱きしめる。

 フワッとありすの制服から大好きな香りが漂ってきて、僕はその匂いに胸がいっぱいになった。

 この温もりを生涯手放すものか。

 

 

「ホント、お熱いなあ……ここ教室なんだが」

 

「もうみんな見て見ぬふりをするようになったね……」

 

 

 にゃる君とささささんが何やら言っているけど、あえて気にしないことにする。

 

 それにしても……。こうしてありすの体温を感じていると思い出す。

 あの10年後の未来で感じた、我が子の温もりを。

 抱きかかえられたのはほんの一瞬。幻視が終わると同時に夢のように消えてしまったあの感触を。

 

 僕は自分で思ってた以上に強欲だったみたいだ。

 こうしてありすと思う存分抱き合えるようになった途端に、次は2人で僕たちの子供を抱きしめたくなってしまった。

 あの温もりにもう一度出会うために……頑張っていこう。

 

 

「あっそうだ、一家といえば……ささささんの将来って教師でよかったの?」

 

「うん? どういうこと?」

 

 

 ふと気になった僕は、小首を傾げるささささんに訊いた。

 

 

「だってささささんってにゃる君と結婚するんでしょ? 第一志望はお嫁さんになるんじゃないのかな。あ、それとも共働き前提なの? どのみち責任は取るんだから、早いうちに決めといた方がよくない?」

 

「えええええっ……!?///」

 

「ま、待て待て待て! ハカセ、お前何言いだしてんだよ! 俺たちまだ高校生だし、責任がどうとか早すぎ……」

 

「あ゛? 責任取れよ」

 

 

 絶対零度の空気をまとったささささんが、ギロリと瞳を輝かせてにゃる君に詰め寄っていた。にゃる君がブルッと背中を震わせる。

 

 

「あ、いや。その、今のは言葉の綾で」

 

「あれ痛かったんだぞ! すっげー痛かったんだぞ! やっぱやめろタイムだって何度も言ったのに頭に血が昇ったお前が無理やり……」

 

「ここ学校なんでやめてくださいませんか!? 頼む! 冷静になって! お前のためにも!」

 

「うわぁ。もう尻に敷かれてるわね」

 

 

 なんかぺこぺことささささんに頭を下げているにゃる君を見て、僕にもたれかかったままありすがドン引きしていた。

 なんか大きな象さんが子ネズミに頭が上がらないみたいで、見ていてちょっと楽しいんだけどな。

 

 放課後にクレープをおごることを対価にささささんの機嫌を直したにゃる君が、ため息を吐く。

 

 

「まったく……。しかしありすさんだけじゃなくて、ハカセもなんか変わったなあ。なんつーか……余裕ができた? ちょっと大人になったっていうか」

 

「うん。周囲に目を配るようになったかな」

 

「ふふっ、ハカセもいつまでも子供じゃないもんね」

 

「確かにそうかもしれないな」

 

 

 頷きながら、僕は以前よりもはっきりと認識できるようになった大切な人たちの顔を眺めた。

 

 ……クリスマスイブのあの夜、僕の身に訪れたもうひとつの変化。

 それは、他人の顔と名前を覚えられるようになったということだった。

 

 それが『愛情』を知ったからなのかはわからない。

 でもきっとそうなんだろう。

 愛を知るということは、他人に関心を持つことから始まるのだから。

 

 これからもきっと僕は変わっていく。愛すべき人たちと共に。

 その絆は10年後の未来も絶えることなく、きっと命ある限りどこまでも続いていくだろう。

 

 

 僕はこの一生を共に添い遂げるだろう最愛の人の頭をもう一度撫でて、さっき親友たちから教わったばかりの言葉を口にした。

 

 

「ありす、これからもよろしく」

 

 

 すると、ありすは僕の手を握り、本当に……心から嬉しそうに笑い返した。

 

 

「うん。今までもこれからも、この手を重ねて、一緒に歩こうね」

 

 

THE END




ここまでお読みいただいてありがとうございました。
これにて『さいあい』完結です。

ラストまで書き上げてから投稿したわけですが、なんだかんだ毎日推敲を続けたり、投稿ミスで急遽外伝を増やしたり、この2カ月半なかなか手を抜けない作品でした。
ですがその分ちゃんと面白い作品になったと思います。
どのキャラクターもみんな可愛い我が子のように思っていますので、読者の皆様にも愛してもらえれば作者としてこれに勝る幸せはありません。

伏線てんこ盛りで読むたびに新しい発見があるように作りましたので、よかったらありすサイドの視点を頭においてもう一度最初から読み直してみると面白いかもしれませんよ。

これで本編は終了しますが、また気が向いたときに後日談や外伝を書きたいなと思っていますので、できたらお気に入りはそのままにしておいていただければ嬉しいです。
もし楽しいと思っていただけたのでしたら、評価の方もなにとぞなにとぞ。

実は他サイト様で連載していたTS&VRロボットアクション『七慾のシュバリエ』もハーメルン版を連載開始しましたので、興味があれば読んでやってください。

それでは改めまして、ここまでお読みいただいてありがとうございました。
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