催眠アプリで純愛して何が悪い!   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第9話「同じ時、違う屋根の下で」

「……私の声を録りたい? なんで?」

 

 

 昼休みに校舎裏に呼び出されたアリスは、不審そうな目でこちらを見た。

 

 校舎裏までちょっと付き合ってくれないかと僕が言ったときは何だか非常にソワソワと挙動不審なそぶりを見せていたのだが、録音アプリに声を吹き込んでくれと頼んだ途端に態度が固くなってしまった。

 

 うーん、どうしたんだろう。

 僕は声を録らせてほしいだけなんだが……。

 

 

 実は催眠アプリにありすの声を組み込みたいと、先日例のオカルトぶっ飛びレポートを読んだときから思っていた。

 

 ありすは非常に人気者というか、カリスマ性がある。日本人離れした容姿や勝気な性格からのリーダーシップも大きいが、やはり何といっても特徴的なのはその綺麗な声質だ。聞いていると何だか心が落ち着く。まあ口にする内容はキャンキャンと攻撃的でやかましいので、僕にとってはプラマイゼロだが。

 よく取り巻きからカラオケに誘われているようなので、彼女たちには純粋に魅力的なのだろう。多少なりとも人を魅了する効果があるかもしれない。

 

 もっとも、ありすの声がありす自身への催眠に効くかどうかは疑問の余地があるが。フグが自分の毒で死なないように耐性がある可能性も高いが、自然界には自家中毒で枯れる植物とかいっぱいいるしな。やってみるだけ損はないだろう。

 

 

 しかしなんで、ときたか。

 困ったな。

 

 

『お前に催眠アプリで無理やり土下座させたいから声を録らせてくれ!!』

 

 

 うん、他人の心の機微(きび)に疎いという自覚がある僕でも、これはさすがに協力してくれないとわかるぞ。僕も成長したもんだ。

 ううん……とりあえず何か話をつなげてみよう……。

 

 

「えーと……ありすって声が綺麗だよな。読者モデルだけじゃなくて、アイドルデビューしたらとか言われない?」

 

「何よいきなり……。まあ、事務所は確かにオーディション受けないかって勧めてくるけど」

 

 

 えっ?

 

 

「う、受けるの?」

 

「受けないわよ。アイドルとか興味ないもの。あんまり人前で歌ったりとかしたくないのよね。学校との両立も難しそうだし」

 

「そっか」

 

 

 ほっ……。そうなんだ、よかった。

 

 ん? なんで僕は今安心したんだ?

 

 

「それで? 話はそれだけ?」

 

「……なんか今日、機嫌悪い?」

 

「別に何でもない!」

 

 

 あからさまに機嫌が悪そうに答えてくるありす。

 

 さっきまで機嫌良さそうについてきたのに、どうしたんだ。

 ありすの考えることはやっぱりわからん。

 

 ありすは疑わし気な顔で僕をじっと見つめている。

 

 

「大体、私の声を録って何に使おうっていうの? 言いなさい」

 

「それは催……」

 

「さい?」

 

「いや、睡眠誘導に使いたいと思って」

 

 

 あぶねぇ! 危うく素直に催眠っていうところだった。

 まあ睡眠誘導でもある意味間違ってはいない。

 

 

「そ……そうなんだ?」

 

 

 おや? なんかありすの様子がおかしいな。

 なんだかやたら顔を赤くして、もじもじと俯いている。

 

 

「私の声を聴いて眠りたい……ってこと?」

 

「うん、そういうこと」

 

 

 柄にもなく上目遣いでおずおずと聞いてくるありすに、僕は頷いた。

 

 くそっ、なんだ……ありすのくせに可愛いぞ……!?

 

 いや、ありすはいつだって可愛いけど、こんなにしおらしいありすは久々に見た気がする。小学校で初めて出会ったとき以来かもしれない。

 くっ、EGOさんがギャップがある女の子っていいよねとか言ってたが、その意図の片鱗が僕にも解りかけてきたのか?

 

 

「し、仕方ないわね……。そんなに言うなら、ハカセだけ特別にやってあげる。絶対変なことに使わないでよね」

 

「お、おう。じゃあ頼む」

 

 

 ありすは僕からスマホを両手で受け取ると、録音ボタンをタップして、すうっと息を静かに吸い込んだ。

 

 

『おやすみなさい』

 

 

 すごく澄んだ囁き声だった。

 いつものありすの声よりもさらに透き通った、頭にすっと染み入ってくるような優しい声。なんだか柔らかな衣に包まれたような、穏やかな気分になってしまう。

 正直催眠アプリに使うのはもったいない、自分だけのものにしておきたいと不覚にも思ってしまったほどだ。

 

 

「すごいな……! これなら声優とかもなれるんじゃない?」

 

「バカ言ってないの。ほらっ、返すわよ」

 

 

 声を吹き込んだありすは、ちょっと顔を背けながらぶっきらぼうにスマホを投げ返してきた。

 そしてポケットから自分のスマホを取り出すと、何やらすごい勢いで操作し始める。……何やってんだ。

 

 まあもらうものはもらったし、僕はこれで失礼しよう。

 そう思い(きびす)を返そうとした矢先に、アリスが自分のスマホを突き出してきた。

 

 

「ん」

 

「え、何?」

 

「ほら、アンタの番。今録音アプリ入れたから。早く」

 

「えっ……やるの? 僕も?」

 

「アンタこんな恥ずかしいの、私だけにやらせるつもり!?」

 

 

 ええ……? ありすのおやすみボイスなら万札出してでも買いたい人がいるかもしれないけど、僕なんかの声のどこに需要があるんだ。

 

 

「声変わりを迎えたばかりの男のガキの声なんてどうするんだよ。まさかありすが寝る前にこれ聞くわけ?」

 

「何よ、悪い?」

 

 

 ありすが真っ赤になりながら、ツンケンした態度でスマホを向けてくる。

 えっ、聞くの? 本当に?

 

 ……んっ!? なんだ、めちゃめちゃ顔が熱くなってきた……!?

 え、何これ。僕の中で今何が起こっている……!?

 鎮まれ! 鎮まり給え!

 

 動揺する僕の前で、ありすもますます真っ赤になりながら画面を向ける。

 

 

「ほ、ほら。早くやりなさいよ」

 

「わ……わかった。『おやすみ』。はい、おわり」

 

「心がこもってなーい! もっと真剣に!!」

 

 

 納入拒否された。

 ええ、心がこもってないったって……そもそもいつもこんなもんじゃない、僕?

 

「えぇ……もっと具体的に演技指導してよ」

 

「えーとね、じゃあもっと大人っぽく囁くようにやって。できる限りハスキー感出して、かつ優しい感じで。あと私の名前も入れてね」

 

「注文が多くない? ハスキー感とかよくわからん」

 

「そうねぇ……じゃあアンタが20歳くらいになったつもりで、恋び……じゃなくて、そう、子猫! 膝の上で遊びながらウトウトしてる生後3か月の子猫のありすちゃんに眠りを促すような感じの大人っぽくて優しい感じで!」

 

 

 めっちゃ細かいじゃん……。

 

 まあこんだけ具体的に指定されればやりやすいが。

 よし……やるぞ。全身全霊で情景を頭に思い浮かべるんだ。

 

 僕は生物学部で学ぶ20歳の大学生、今は4月21日で日曜日の14時31分19秒。膝の上に先日ペットショップで買ってきた生後3か月の子猫のありすを乗せて遊ばせていたが、猫ありすはウトウトしてる。穏やかに声をかけて、確実に、速やかに眠らせるんだ。

 よし……いくぞ!!

 

 

『おやすみ、ありす』

 

 

 ……チラッと視線を上げて、ありすの様子をうかがう。

 どうです、こんなもんで……。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

 

 ありすは目を見開いてこちらを見ていたが、僕と視線が合うや否やくるっと後ろを向いてしまった。

 え、何? どういう状況?

 

 

「おい、今のでよか……」

 

「う、う、う、うるさいわね!! 今話しかけんな!! 絶対にこっち見んじゃないわよ!!」

 

 

 また機嫌悪くなったのか?

 その割には一瞬見えた口元が笑ってるようにも見えたけど。

 ありすが考えてることはいつも全然わからない。どれだけ真剣に考えてもわからないんだから、本当に嫌なやつだ。

 

 

「こんなの私の方が眠れなくなるじゃん……」

 

 

 なんかぼそっと言ってるのが聞こえたけど、今の失敗なのか?

 でももう僕は同じことをするの嫌だぞ。顔も妙に暑くなるし。

 これでクライアントの要望には応えたということにしよう。

 お互いほしいものは手に入れたんだし、とりあえずここでお開き。よし!

 

 そう思った矢先、ドンッ! と強い衝撃がぶつかってきて、僕は思わずよろけた。

 

 

「チッ……イチャイチャしてんじゃねーぞ、ダボが!」

 

 

 髪をまっキンキンの金髪に染めた、いかにもヤンキーですと言わんばかりの男子がペッと唾を吐き捨てて、じろりとこちらを睨み付ける。

 

 ああなるほど、彼が肩をぶつけてきたのか。

 校舎裏といえども結構広いわけで、まあ故意に向こうからぶつかって来たんだろう。

 

 

「なんだぁ? 背だけ高いヒョロモヤシが、いっちょ前に文句でもあんのかよ?」

 

「いや、何も」

 

「ケッ……。根性なしが」

 

 

 そう言い捨てて、彼は肩を怒らせながら去っていく。

 僕がケンカを買わなかったのであてが外れた、ということか。

 

 

「お前……」

 

 

 ありすが前に出て、低い声でヤンキーに何かを言おうとした。

 だが僕はそれを遮り、無駄にでかい体でありすの視界から彼を追い出す。

 

 

「ああ、いいからいいからそういうの」

 

「だってあいつアンタに……!」

 

「僕は気にしてないよ」

 

 

 僕が(なだ)めると、ありすは渋々と怒りの矛を収める。

 こいつはいつも僕にだけツンケンしてるんだけど、ごくたまに他人にも攻撃性を見せることがある。

 やっぱこいつ子猫というよりは小型犬だわ。可愛い見た目の割にやたら攻撃的でキャンキャン吠えたり噛みつくタイプの。

 しかも飼い主もいないから誰も矯正しない。困るなあ。

 

 本当に誰か何とかしてほしいものだ。

 

 

 

 

「ふう……」

 

 

 その日の夜11時。

 アプリ開発にのめり込んでいた僕は大きく伸びをした。

 

 そろそろアプリ開発の手を止めて寝る時間だ。

 夜更かしして作業しても能率が上がったりはしない。上質な睡眠をとらないと能率は下がるし、疲れは残るしでいいことはない。

 

 アプリ開発はとても楽しくて思わず徹夜でやりたくなっちゃうけど、一朝一夕(いっちょういっせき)では終わるものでもないから、鉄の意思で今日はここまでと切るのが肝心。

 そう教えてくれたのはEGOさんだ。師匠の教えはどれも本当に役に立つ。

 

 

「……といっても、ちょっと眼が冴えてるな」

 

 

 本当は寝る前に軽くストレッチするとよく眠れるらしいのだが、僕は体を動かすのが心底嫌いなのでやりたくない。

 ありすはたまには体を動かさないと本物のモヤシになるわよとか罵倒してくるのだが、復讐する気力が湧きこそすれ運動するやる気は湧かないな。

 

 あ、そうだ。ありすといえばいいものがあるじゃないか。

 

 

 僕はスマホを手にベッドに潜り、アプリを起動する。

 せっかくだから、本来の用途で使わせてもらおう。

 これで今日はゆっくり眠れることだろう。

 

 

 

『おやすみなさい』

 

 

『おやすみ、ありす』




最後が『』なのは同時刻にありすもハカセの音声を聴いてるということです。
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