今日は、初めてオグリを両親に紹介した日だ。
彼女が学園を卒業してから俺たちは付き合い始めて、今は同棲している。最初こそ元担当ウマ娘ということで少しの負い目もあったけど、なんやかんや上手くいっている。
同棲している恋人がいると実家には伝えてそれきり連絡していなかったが、とうとうしびれを切らしたようで同棲している彼女を連れて来いと実家に呼びつけられた。
テーブルの対面に座る両親と隣に座る彼女は最初こそお互い様子を見ていて話も弾まなかったが、徐々に打ち解けて今はすっかり会話が弾んでいる。少し心配していたのだが、杞憂だった。でも、そんな和気あいあいとした会話も、彼女の予想外の次の一言で静まる。
「息子さんを私にください、お義父さん」
隣に座る彼女は神妙な面持ちで、親父に向けてそんなことを急に言いだす。対面に座る俺の両親はあっけにとられた表情をしている。初めて紹介された息子の恋人がいきなりそんなことを言えば驚くのも当然だ。というか俺も完全に想定外で驚いている。
「オグリさん」
「はい」
少し気まずい沈黙を破ったのは親父だ。2人とも神妙な面持ちをしている。こっから先はどうなるか分からない。隣に座る彼女は落ち着いた表情をしているが、実際少し掛かっているのかもしれない。
「貴女は私の可愛い可愛い息子を本当に幸せにしてくれるんですか?」
作ってカッコつけたような芝居がかった声色で親父はそんなことを言う。『可愛い可愛い』だなんて如何にもわざとらしい。親父め、完全に楽しんでやがる。
親父は俺と同じくトレーナーだ。今でこそ一線を引いているけど、昔はそこそこ名をはせたトレーナーだった。だから、ウマ娘の扱いはお手の物のはずだ。そんな父親に、上手いこと掛かり気味の彼女をなだめて丸く修めてもらうことを心の中で期待していたが、俺がバカだった。
「はい、私ならきっと彼を幸せにできる。いや、してみせる。私にはその自信がある」
きゅっと口を横一字に閉じて締まった顔つきの彼女は、はっきりとそんなことを言う。かっこいい。恋に恋する様なうぶな女の子だったらコロッと落ちてしまうんじゃないだろうか。
母親は『あらあら~』と小さく呟きながら手を口元に添えて、にこやかに心底楽しげに2人を見守る。…あれ、俺だけ蚊帳の外じゃない?当事者のはずなのに。
「そこまでの覚悟があるのならいいでしょう。愚息ですがもらってやってください。というか、正直のし付けてあげたいくらいです。でも、ほんとにこいつで良いんですか?昔っから本ばっかり読んでいる陰気なやつで…」
「いいや、私は彼がいいんだ。彼じゃないとダメなんだ」
彼女のまっすぐな横顔が目に映る。絵になる。キリっと締った彼女の表情は、まるで映画のワンシーンを切り出したかのような雰囲気がある。すっかりみとれていた。
「いや、ちょっと待って、あれ今日って結婚の挨拶に来たんだっけ!?」
「いや、キミの両親と初めての顔合わせだが」
すっかり急展開に流されるままだったが、何とか抜け出してそんなことを彼女に訊ねる。そうだよね、それを聞いて安心した。三段飛ばしで話が進んでいて、すっかり混乱しているこの現状は何も改善してないけど。
「っていうか、俺ら婚約してたっけ。同棲はしてるけど」
そうだ、そもそもまだそこまで行ってなくない?それに、『息子さんを私にください、お義父さん』なんて、本来は『娘さんを私にください、お義父さん』と俺がオグリのお義父さんに言うべきセリフだ。やばい、突っ込みどころが多すぎて何もわからなくなってきた。
「ああ、そうか。キミに伝えるのを忘れていた。結婚しよう。私なら絶対にキミを幸せにしてみせる」
隣に座る彼女は手を伸ばしたらうっかり吸い込まれそうな深くて蒼い瞳でじっと俺をみつめ、はっきりとまるで当たり前のことを告げる様にそう言う。
「ええっ…」
嬉しいか嬉しくないかで問われれば、間違いなく嬉しいと答えるのだが、あまりの急展開に思わず生返事を答える。だって同棲している彼女を両親に紹介したら、急にプロポーズされたんだぞ。誰だってこうなる。
「むぅ、不満なのか?」
「いやいや、そういうわけじゃなくてね…」
彼女は不満げに頬を膨らませる。
「私は甲斐性もあるつもりだ。今までさんざんレースに勝ってきたし今だってそうだ。家事の方は…今はまだ得意ではないがきっと上手くなってみせる。キミに対する想いは、誰にも負けない自信がある。…それでもダメか?」
小さじ一杯の不安を表情の奥に覗かせながらも、胸を張りしっかりとこちらを向いて彼女は毅然とした面持ちで俺にそう告げる。
ここまで言われて、いや言ってくれて、その想いに相対することから逃げたとしたら、人として間違っている。彼女はまっすぐに俺に想いを伝えた。そんな彼女の想いに今度は俺がまっすぐに答える番だろう。
「分かったよ。これからもよろしくね、オグリ」
「ああ、こちらこそだ!」
彼女は嬉しそうな表情で俺に抱き着く。溢れる様な喜びの感情をぴょこぴょこ跳ねるウマ耳とぶんぶん揺れる尻尾は示していた。
「ひゅー、お熱いね若いの」
「うるせー」
対面の親父に茶々を入れられて、やけくそにそう言い返した。まったく、彼女には何時もかなわない。付き合い始めたきっかけも、同棲し始める発端も彼女からだ。今回もすっかり彼女に差し切られてしまった。
◇◇◇◇◇
何だか全員掛かり気味だったのでいったん仕切り直しだ。晩御飯は実家で食べることになった。そう言うわけで、すっかり俺たちはおつかいを頼まれ、スーパーまでの道のりを2人で歩いている。外はすっかり夕方で日は傾き、夕日がじんわりと俺たちを照らす。
「そういえば、どうして急にあんなことを言ったの?」
「あんなこと?」
俺の隣を歩く彼女は不思議そうにこてんと首をかしげる。
「『息子さんを下さいお義父さん』ってセリフ」
「ああ、あれか。あれはキミのご両親を見ていたら、そう思って思わずそう言ってしまった」
「えっ?俺の両親」
「ああ、実は今日キミの実家に来た時は、とても緊張していたんだ」
「えっ、オグリが?本当に?」
「私だって緊張くらいするさ。会う相手がキミの両親ともなればな」
あのマイペースで何事にも動じなさそうな彼女も緊張するのか。
「ひどい緊張だったさ。でも、キミが良い人であるように、キミのご両親も素敵な人だった。話してみて、すぐにそう思った」
「そっか、ありがとう」
自分の両親が褒められることは嬉しいけど、こうも面と向かってだと何だか恥ずかしい。でも、これではどうして急に逆プロポーズをしたかの理由になっていない。
「隣り合って顔を合わせて楽しそうに笑い合うキミのご両親を見ていて、『ああ、いいな』って思ったんだ。ひょっとして幸せとはこういうのをそう言うんじゃないかって。ああ、羨ましいなって。私もあれが欲しいと強く思った。そんなことを思いながら隣を見るとキミが居たんだ」
「そっか」
「ああ、気が付いたらあんなセリフを口走っていた。でも、私の心からの本心だったんだ。私ならきっとキミを幸せに出来て、2人で幸せになれるって」
彼女は少し恥ずかしげに薄く微笑む。ああ、いつもの彼女だ。彼女はとっぴで少しずれた事をたまに言うから天然だと思われがちだが、それは少し違う。彼女のとっぴな発言は今回みたいにわけを聞いてみると、存外納得できるものが多い。彼女はまっすぐに目の前のことを見つめて、まっすぐに自分の心を伝えているだけなのだ。
まっすぐに物事を見てまっすぐに自分の思いを伝えられる事は、彼女の心の強さの表れだ。何だか、今日は揺るぎない彼女の人間性に触れれた様な気がする。多分俺は彼女のこういう内面の強さに惚れたんだろう。
「今度は俺がオグリのご両親に挨拶しなきゃね」
「ああ、よろしく頼む。行こう、カサマツに」
何だか順序が逆になってしまったが仕方がない。今度の休みにでもオグリの両親に挨拶しにいこう。
「いやー色々やることがあって大変だ。お金も貯めなきゃだし。まずは3か月分かな」
「ああ、楽しみにしているぞ」
「そうか、式を挙げるならもっとか」
「結婚式か!とびきり高いウェディングケーキがあると嬉しいな。摩天楼みたいに高いケーキ」
「ふふ、そりゃあいいね。式で出す料理は満漢全席なんてどう?」
「理想的だな」
隣で歩く彼女と、どちらからでもなく目が合い、それがなんだかおかしくて2人で顔を突き合わせて笑い合う。そんなことをしていると、さっき彼女が言っていたことを思いだす。ああ、たしかにこれが幸せなのかもしれない。
「幸せになろうな」
夕日に照らされきらめく芦毛をなびかせながら、いつもの朗らかで柔らかい笑顔の彼女は鈴の音を転がしたような声でそう言う。また先を越されてしまった。彼女にリードされっぱなしだ。ああやっぱり、かなわないなぁ。
お粗末でした。