見合い当日、卯ノ花は痣城の屋敷に来ていた。護廷隊からの正式な申し込みという事で当主や使用人達が出迎える。
しかし、やたらと距離を取る痣城の当主や使用人達。なによりも斬り合いを好む卯ノ花だが、斬る相手はそれに相応しい相手でなければならない。あくまで斬り合いを楽しみたいのであって、一方的な殺戮を楽しみたい訳ではない。
卯ノ花を出迎えた者達は謂わば道端の石ころ。自分達が斬られるに相応しい存在と思っている事を哀れに思う卯ノ花だった。
「こ、ここが双盾の部屋だ。この穀潰しを貰ってくれるとは嬉しい限りだ。清正するよ」
やたらと落ち着かない様子で案内をしたのは痣城家の現当主。元柳斎から名前を聞かされていた卯ノ花だったが、記憶する価値すら無い雑魚であった為忘れてしまっていた。
仕事でなければ適当に気絶させて帰っていた事だろう。
「自分の弟にその言い草はあんまりじゃないんですか」
「この痣城の当主に向かって貴様、無礼だぞ‼︎」
「文句があるなら、その腰に差してるご大層な斬魄刀を抜いてみなさい。その瞬間、貴方の首を斬り飛ばしますが」
当主が弟である双盾をよく思っていないというのは元柳斎からそれとなく聞いていた卯ノ花。
双盾は学問も剣の才能も、何をとっても一族始まって以来の才能であり、それに奢る事のない理想の跡継ぎと言われていた。しかし、幼少の頃に患った病により双盾は病床生活を余儀無くされ跡継ぎ争いから離脱した。
その代わりに台頭してきたのがその兄である現当主である。武力的な才能は無い当主だが、不動産の経営でそれなりの成果を出している。
しかし、未だに双盾を当主にと望む声が未だに出ている。才覚があり、人望がある双盾は当主にとって弟ではなく、自分の地位を脅かす存在でしかなかった。
殺せるのならこの手で殺したいとすら思うようになっていた。
しかし、卯ノ花にしてみれば強さと関係の無い序列争いになど興味は無いうえに無関係な話。長々と語る元柳斎の前で眠りこけてしまう程どうでも良い事だ。
「い、いくらアレと結婚しようが貴様が痣城の恩恵をくれてやるつもりは無いぞ」
「金勘定しか出来ない愚図が喧しいですね。死にたくなかったらさっさと通しなさい」
痣城の貴族としての権力は弱まっていく一方であった。
不動産の経営でそれなりに成果を出している当主だが、かつての武力やそれに伴う威信が無くなりつつある為、貴族としての力は下火になりつつあった。
このままでは自分の地位はおろか、痣城という一族の存続が危ぶまれる。だからこの婚約話は痣城家にとって起死回生の一手になり得るものだった。
護廷隊からの正式な見合いが成立すれば護廷隊の庇護により痣城の勢力は勢いを取り戻せるとふんだからだ。
護廷隊の者を痣城に引き入れ、双盾を上手いこと殺し、その犯人を適当な敵対貴族に押し付けたら勢力を広げる大義名分となる。その見合い相手の見目が当主の好みであるなら貰ってやるのも吝かではないとすら考えていた。
しかし、双盾の見合い相手が、かつて見かけた鬼のような女であった事を知った当主は話を受けた事を後悔した。
「ふ、ふん………後悔しても遅いからな‼︎おい、双盾‼︎お前に客だぞ、寝てないで相手をしろ、この穀潰しが‼︎」
「中にいるのは病人なのでしょう、そのような大声はやめてあげなさい」
流石の卯ノ花もあまりの扱いに苦言を呈する。元柳斎や護廷の隊長達がこの場面を見たら皆が目を丸くした事だろう。
「黙れ‼︎貴様は口を出すな‼︎」
当主は胸ぐらを掴もうとするが卯ノ花に睨まれるとすぐに手を引っ込める。
反射的に自分を掴もうとした手を斬り飛ばそうとした瞬間、部屋の奥から声が響いた。
「あぁ………もうそんな時間か。兄さん、ありがとう。卯ノ花さんですよね、お入りください」
部屋の奥から聞こえてきたのは優しくか細い声だった。
襖を開け入ると布団が一枚敷かれており、双盾は体を起こした状態でいた。
「後は2人で勝手にやっておけ!!私はこれから他の貴族と会合があるというのに時間を取らせおって!!」
「ありがとう、兄さん」
「お前に兄と呼ばれる筋合いは無いわ‼︎」
双盾の礼を聞かずに襖をピシャリと締め、ズカズカと去っていく当主。
「卯ノ花さん、せっかく来ていただいたというのにお茶の一つも出せなくて申し訳無い。僕が兄さんと上手くいっていないせいで整った席を用意出来なかった」
「歓待など期待していないし、貴方自身にさほど興味はありませんので構いません」
「そうですか」
卯ノ花は以前、痣城邸に押し入った際に元柳斎が認めるような者の霊圧を感じなかった理由に納得した。
強い者と斬り合う事を何よりの喜びとしている卯ノ花だが、精密な霊力のコントロールを必要とされる鬼道や回道を収めている為霊圧の感知も得意である。
死神の強さは基本的に霊圧の大きさで判断する。双盾の霊圧は屋敷の使用人と比べても見劣りするレベルであり、酷く不安定な霊圧だった。
「では、まず自己紹介をしましょうか。僕は痣城双盾、趣味は斬魄刀との対話と読書かな」
卯ノ花は驚き目を見開いた。死神の基本戦術である斬魄刀を使い熟すには幾つかのプロセスを踏まなければいけない。
その一つが斬魄刀との対話である。これにより斬魄刀から名前を聞き出し、始解を習得する事が出来るようになるのだ。
つまり、使用人程度の霊圧しかない双盾は始解を習得している事になる。
卯ノ花としてはちゃんとお見合いだけはした事にして適当に終わらせようと思っていた。興味の無い結婚に興味のない人と一緒になる事、どちらも卯ノ花としては拒否したい事だった。
始解出来るからどうという事は無いのだが、使用人程度の霊圧しかない双盾が何故始解が出来るのか少しだけ興味が出た卯ノ花。
「私は十一番隊隊長の卯ノ花ハ千流です。総隊長命令で本日は見合いに来ましたが、貴方と結婚する気はありませんので悪しからず」
「そうですか、それは手厳しいですね。僕としては成功させたいなって思ってるんですけどね」
「あの当主ですか」
病弱であるが能力と人望に優れた双盾は当主にとって地位を脅かしかねない存在。見合いが成功すれば体よく追い出され、失敗すれば殺されるという事を双盾自身理解していた。
兄の事は嫌いでは無いし、自分のせいで迷惑をかけている自覚がある双盾。病弱な自分ではこのまま家を飛び出しても長くもたない事を理解していた。
かといってこのまま殺されるのは嫌だった。兄に迷惑をかけず、少しでも生き延びるにはこの見合いを成功させるしか無いと双盾は考えていた。
「結婚してもしなくても僕は長くない。だったら少しの間でも家庭を作る幸せというのを感じてみたいんです」
「貴方の境遇を哀れには思いますが、貴方のその願いには共感しかねます。私は死ぬその時まで自分より強い者と戦っていたい。切った貼ったを繰り返してこそ生を実感出来る。私が望むだけの実力が無ければ一緒になるつもりは毛頭ありません」
「じゃあ、試してみますか?」
双盾はそう言うと立ち上がり、刀掛け台に飾ってある斬魄刀を手に取る。
「何を試すというのです」
斬魄刀に手を伸ばした瞬間から何をしようとしているのかすぐに分かった卯ノ花、自身を見つめる目が斬り合う時のソレと同じだからだ。
飛び上がりたくなるほど興奮しているのが自分でもわかる卯ノ花。双盾が病人などで無かったらすぐにでも斬りかかっていただろう。しかし、相手は病人で霊圧は取るに足らない程度しかない。
そんな相手に自分から斬りかかるなどはしたない上に自分のような強者がやっていい事ではないと卯ノ花は自制した結果気付かない振りして惚けた。
「何をって気付いているでしょう。貴女の目は今にも僕に斬りかかろうとしている。今日は体調が良いので一試合していきませんか?」
「竹刀などではなく斬魄刀を手に取った意味が分かっているのですか?この私に真剣での試合を申し込んだ意味を理解しているのですか?」
卯ノ花八千流に斬魄刀を用いた試合を挑む事、それは殺し合いをするのと同義だ。竹刀ならまだ加減のしようがあるが、斬魄刀で試合をするとなると加減が出来ず殺してしまうだろう。
その彼女の問いに対して双盾は柔らかく笑い答えた。
「どうせいつか死ぬんです。なら後悔しないように頑張るのが人情でしょう。それとも病人の僕に負けるのが怖いですか?」
瞬間、双盾の霊圧が鋭く強くなった。その霊圧を受け卯ノ花は身震いする。そして、それと同時に歓喜した。
「いいでしょう、その安い挑発に乗ってあげます。ただし、二度と朝日を拝めると思わない事です」
「望む所です」
霊圧だけで身震いしたのは山本元柳斎と戦った時以来だった。霊圧の強さ、大きさは元柳斎と比べるまでも無いが秘められた鋭さはそれに匹敵する。
自分が僅かに感じた期待が期待通りどころか、期待以上かもしれないのだ。卯ノ花は自分を満たしてくれる男と出会えたかもしれないという喜びと戦ってみたいという欲が身体の中を駆け巡った。
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