卯ノ花と双盾は、部屋の裏にある庭に移動していた。
移動中も腰に差した斬魄刀を引き抜き、斬りかかりたくなる衝動を抑えるのに必死だった卯ノ花。通りかかる使用人達は卯ノ花と双盾の並々ならぬ様子に怯えている様子だった。
「体調が良い時はここで軽い運動をしてるんですよ」
「御託は結構。さっさとかかってらっしゃい」
それを聞いた双盾は斬魄刀を抜刀する。浅打と始解している斬魄刀とでは見た目が違う。能力を解放していなくても始解した斬魄刀は一目で分かるのだ。
双盾の斬魄刀も浅打とは見た目が違っている。柄と鍔が白くなっている。始解をしている訳では無い為刀身に変化は見られないが柄や鍔の色と合わさり透明感すら感じる程美しく見えた。
卯ノ花はその刀身を見て笑みを浮かべる。自分の淡い期待は間違ってなど居なかったのだと飛びかかりたい衝動を抑えながら自身の相棒を引き抜く。
「それじゃ、遠慮なくいかせて貰います」
卯ノ花は驚いた。双盾の踏み込みは病弱とは思えないほど速く、そしてそこから繰り出される斬撃は力強い。
しかし、速い踏み込みも力強い太刀筋も思ってた以上というだけで卯ノ花の脅威にはなり得ない。
「なるほど、思ってた以上ですね。ですが騒ぐほどのものでもない」
「これは手厳しい」
卯ノ花少しだけ、残念に思った。双盾は卯ノ花が思っていた以上に出来る男であった。
しかし、驚いたと言っても思ってたよりも数段良かった程度の事。
もう少し鍛えれば楽しいと思える位には強くなるかもしれない。遊び相手には充分といえるだけの力はあるといえる。しかし、病弱な双盾と遊ぶには時間が足りない。もっと時間をかけて強くなってくれればと口惜しく思う卯ノ花。
殺し合いなどではなく、これは試合。長引かせてはいけないと思った卯ノ花は殺さないギリギリの加減で一撃入れ終わらせることにした。しかし、双盾は卯ノ花の斬撃を皮一枚のところで避けた。
「今のは危なかった」
「余裕で避けておきながら何を言いますか」
加減した一撃とはいえ双盾は危なげなく避けてみせた。卯ノ花は自分の中の何かが確信に変わっていくのを感じていた。
今度は逃すまいと、連続で斬魄刀を振るが、踊っているかのように躱していく。
これまで数多の剣士と戦ってきた卯ノ花をもってしても完璧と言わざるを得ない程の回避。より速く、より鋭い攻撃も去なし、躱し、避ける。
(なるほど、確かにこれは総隊長が才能を認める訳です)
元柳斎が素直に天才と認めるだけの実力はあると確信する卯ノ花。
双盾の技術は実践を積み上げ築き上げた卯ノ花の技術を越えた所にあった。霊圧の差すら感じさせず、敵の攻撃を完璧に防ぐ技術。それは一つの欠点もない完成されたもので、芸術の域に達している。
まさに天衣無縫。縫い目の無い天女の羽衣のよう、その技術には隙も綻びも一切存在しなかった。
(やはり、やはり私のこの昂りは間違っていなかった‼︎)
卯ノ花は体の奥底から溢れ出す喜びを抑えられなくなっていた。双盾は自分よりも確実に強いと実感したのだ。
万全であれば、始解をすれば、自分と同程度の霊圧であれば。どれももしもの話に過ぎないがそう思わずにはいられない卯ノ花。
(この人なら………………この人なら私を満足させられるかもしれない‼︎)
加減をしていた攻撃もいつのまにか加減を忘れ、本気で殺しにかかるようになる。しかし、双盾はその全ての攻撃を完璧に防ぐ。
「貴方を見誤っていました。それはお詫びしましょう」
「じゃあ、僕を伴侶として認めてくれますか?」
「それとこれとでは話が別でしょう。私を妻にしたいのなら殺す気で来なさい。抵抗出来ない程痛めつけ、押し倒せたのなら考えてあげなくもないです」
「攻撃に関してはまだ少し掴みかねている所があるから殺すつもりでっていうのは難しいですね」
卯ノ花の話を受け、双盾も少しずつ攻めるようにはなったが完成された防御と比べれば今ひとつにも感じるが、それでも卯ノ花を喜ばせるには充分だった。
(どう攻めても殺せる気がしない…………私が求めていたものはこれなのかもしれない)
双盾こそが自分の求めていた、自分よりも強くずっと斬り合っていたいと思える人物なのかもしれないと卯ノ花は笑わずにはいられなかった。
しかし卯ノ花は忘れていた。双盾は病弱であることを。突然、その完璧な動きに綻びが生じた。
「カハッ‼︎」
突然の事ながら卯ノ花は刃を止めた。そして二つの意味で驚いた。一つは双盾が突然血反吐を吐いた事、もう一つは、とどめをさせる相手を前に刃を止められた事。
一度スイッチが入ったら相手の首を刎ねるまでは切れないという自覚があった卯ノ花だったが何故か自分が隙を見せた相手にトドメを刺さなかったことに驚いた。
そして次の瞬間には斬魄刀を手放し、双盾に駆け寄っていた。
「大丈夫ですか⁉︎大丈夫ですか、痣城さん‼︎」
自身の羽織っていた隊長羽織を包み枕代わりにして頭の下に敷き、双盾を寝かせる卯ノ花。
(外傷は無いけど…………内臓の損傷が酷すぎる。私では現状維持程度しか‼︎)
卯ノ花の本気の攻撃を防ぎ切ってみせた双盾に外傷は無い。しかし、病気の影響か身体の中はボロボロだった。回道を習ったとはいえ詳しい診察はこの場では出来ないうえに治療する術もない。
今の卯ノ花に出来るのはこれ以上悪化させないように応急処置を施し現状を維持することだけだった。
暫くすると痣城の当主がドタバタと走ってきた。
「貴様、何をしている⁉︎痣城に仇をなすつもりか⁉︎護廷の者といえどやはり罪人に痣城の敷居を跨がせるべきで「黙りなさい」くっ………………もしそいつの身に何かあれば相応の賠償はしてもらうからな」
「強請りたいのなら勝手になさい。私はこれから彼を治療しなければなりません。邪魔をするなら屋敷ごと焼き殺します」
「ふん、勝手にしろ‼︎」
護廷隊が結成された事で、貴族の発言力と言うものは弱まっていた。その事から中級から下級貴族の中で反護廷の風紀が高まっていた。
痣城当主はこのまま双盾が死んだことを機に護廷隊を意のままにするチャンスである事、護廷隊の力で他の貴族の先に行けるというチャンスと睨んだ。
それ故の言葉、決して弟を気遣っての言葉などでは無い。
卯ノ花は双盾に回道をかけるが、回復する兆しは見えてこない。傷ついた器官を修復はするが、回復までは繋がらない。
「やはり、このままでは拉致が開きませんね…………気乗りはしませんが、あそこに連れて行くしかありませんか」
「貴様‼︎そいつを何処へ連れていく⁉︎何処かへ連れ去ろうというのなら然るべき所へ出てもらうぞ⁉︎」
「退きなさい玉無し。今すぐ死ぬか、そこを退いて醜く生き延びるか選びなさい。前者の場合、私は一切の容赦はしません」
多少の器官の損傷ならば回道ですぐにでも治せるのだが、双盾は回道だけでは追い付かないほど深刻なダメージがあった。部屋に薬らしきものが見当たらなかった事と、双盾の損傷具合を見て卯ノ花は双盾を治療するつもりなど無かったと結論付けた。
玉無しと貶されたからなのか、痣城当主は激昂した。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ‼︎」
斬魄刀に手をかけ抜刀しようとする痣城当主。しかし、その場に倒れ込んでしまう。
「この程度の霊圧に耐えきれないようでは話になりません。雑魚は雑魚らしく地べたに這いつくばっていなさい」
卯ノ花の霊圧解放に耐え切れなかった。卯ノ花としてはちょっとした威嚇程度のつもりだったが倒れ込む程解放したつもりはなかった。
「肉雫唼、彼を頼みます。あの人の元に辿り着くまで死なせてはなりません」
隊長羽織を双盾に被せ、卯ノ花は自身の斬魄刀を解放する。肉雫唼は巨大なエイのような見た目をしており、双盾を飲み込むと卯ノ花を乗せて飛び上がり、痣城邸を後にした。
「全く…………何故こんな事をしているのでしょうね」
卯ノ花は自分に起こりかけている変化に戸惑っていた。取るに足らない羽虫と思っていた双盾を必死に助けようとする自分に戸惑っていた。
大罪人と恐れられ、敵味方に容赦も慈悲も見せず暴れていた剣の鬼としての自分の中で何かしらの変化が芽生え始めているのを実感していた。
ただ、自分を満たす相手であれば良いと思っていたが今の卯ノ花の中には双盾を助けたいとい想いがあった。
「絶対に死なせませんからね。絶対に貴方を助けてみせます」
四番隊隊舎にたどり着いた卯ノ花。四番隊は殺し屋集団と恐れられている護廷隊には珍しく医療を請け負っている隊である。
「麒麟寺さん‼︎助けてください‼︎」
「久しぶりに顔出したと思ったら何事だ?」
リーゼント頭の男性死神、麒麟寺天示郎。卯ノ花に回道を教えた張本人だ。
「助けてほしい人がいます。私の力だけでは助けられません。礼なら何でもします、彼の命だけは助けてください‼︎」
息を切らして頼み込む卯ノ花を見て麒麟寺は驚きを隠せなかった。
戦う事以外に興味を示さず、より長く斬り合う為だけに回道を教えてくれと頼み込んで来た時は何度か断った事もあった。
回道は傷を癒す為の技、戦う事しか頭にない卯ノ花では修める事が出来ないものだと思っていたが根負けして教える事になった。これまで卯ノ花に回道を教えたことに後悔しない日は無かった。
そんな自分の快楽にしか興味の無かった卯ノ花が誰かを助けようとしている姿に感銘を受けた麒麟寺は小さく笑みを浮かべ、胸をドンと叩いた。
「良いぜ、奥の部屋に連れてきな。その優男を助けてやるよ」
麒麟寺は必死に誰かを助けようとしている卯ノ花の気概に応たいと思った。
文字数増えたなぁって思うようになりました。
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