01
靴紐を結び、扉を開けてアパートから出る。
戦争に勝っても負けても、この家に戻ってくることはないだろう。勝った場合は実家に戻り、負けた場合は言わずもがな。
「行ってきます」
「GYAU!」
誰もいないアパートに頭を下げる。
リュックサックの中にいるカイも、同じように頭を下げる。そう言えば、生後二週間程度のカイにとってはここが実家だったのか。
「明日の作戦はカイが要だ。怪獣のカイには関係ないことかもしれないけど、人類を救うのに手を貸してくれ」
「GYAUGYAU!」
カイが元気よく頭を振る。肯定しているよりも、ヘドバンして遊んでいるようにも見える。
第二次超常戦争の開始時刻まであと二十四時間を切った。オレたちは明日の戦争に備えて、防衛拠点へ向かう。明日に何もかもが始まり終わる。
正直なところ、未だに実感は湧いていない。自分の手に世界が乗っているなんて、夢でも見ているのかとさえ思う。だけど、チカさんを助けたい。ついでに、カイを人類側に認めさせる。そのためなら、宇宙人だって怖くない。
「GYA!」
カイの頭がいつの間にか縦でなく横に振られている。肯定ではなく否定しているかのように。いや、初めは縦に振られていたということは何かに気づいて、慌てて否定したということかもしれない。
カイがリュックサックの中からオレに手を差し出す。握手を求めている……?
「あっ……」
思い出した、たった二週間前の話だ。
オホーツク海でオレとカイは出会い、オレは生まれたばかりのカイに手を差し出した。これはその時の反対だ。
差し出された手を掴む。あの時のオレは怪獣を助けたんじゃない、カイを助けたんだ。カイだってそれは一緒だ。
「オレは目の前で泣いている人を放っておけない。だけど、オレだけじゃ何もできないんだ。だから、オレに手を貸してくれ」
「GYAU!」
◇◇◇◇◇
02
防衛拠点に向かう前に、ある物を取りに梅田に寄る必要がある。
オレは運転免許を持っている……ただし、戸籍を偽造する際に併せて作ったものなので、実際に運転したことはない。前日に事故るのもアレなので、電車に乗るために駅に着く。
そこには電車に乗ろうとしているチカさんがいた。
「よく来ましたわね、レイさん!ちょっと遅いのではなくて?」
「チカさん二週間ぶり。よく来たも何も、ここオレの家の最寄駅なんだけど」
ドヤ顔で腰に手を当てて踏ん反り返っているが、後ろで電車が通り過ぎているので滑稽と言うしかない。電車に乗り遅れたことに気づき、チカさんはしょんぼりとしている。
「そう言えば、そっちの口調を続けるのか?」
「えッッッッ!!!いやあの、そのですわね、今更普通に話すのも恥ずかしいと言いますか……」
「オレはどっちのチカさんも好きだけど、男口調の方が嬉しいかな」
「好ッッッッ!!!酢!?!?!?!?」
「この姿になってから男友達が恋しくてさー」
「(……いや分かってたけど?分かってましたけど?別に落ち込んで無いからな?)」
チカさんはめちゃくちゃしょんぼりしている。電車に乗り遅れたことがそこまでショックだったのか。というか、お嬢様(若頭?)なのだから電車使わなくてもいいと思うのだが。もしかして、オレに会いに来たのだろうか。
「いえ、このままの口調で行きますわ。下手に仲良くなりすぎて、意識されなくなるのも癪ですし」
「よく分からないけど、可愛いし良いと思うよ。それで、何かあったのか?」
よく分からないが、急に顔が真っ赤になったチカさんに尋ねると、最初のようにドヤ顔で答える。
「この度、わたくしは
「へ〜
じゃあこの人、『アウトロー』のトップになったのか!?
「一昨日にジュウちゃんと会食いたしまして、能力もコピーさせて貰いました。話してみると割と良い人でしたわ」
「マジか……悪い印象しかないんだけど」
「人類滅亡の危機に面しているのに、暴動が少ないのはジュウちゃんのお陰ですわよ。目的の為なら手段を選ばない人ではありますが、目的自体は善人寄りですもの」
……少し見直したかもしれない。
きっとあの人だって、自ら進んであんな策を考えていたわけでは無い。選択肢が一つしかなかったあの時ならまだしも、みんなを助けられる解決策がある今ならばきっと手を取り合える。
「結局、チカさんは自慢しに来たのか?」
「いえ、お礼をしに来たのですわ」
「お礼って二週間前の?オレが自分のエゴのためにしたことだから、別にいいんだけど」
「そうですわね、ですがお礼を言うのもわたくしのエゴですわ」
チカさんが笑う。二週間前とは違う、快晴のような笑顔だ。芸術品のような笑顔に、思わず見惚れてしまう。
「ありがとうございます。わたくしはレイさんのお陰で優しくなれて、レイさんのお陰で幸せになろうと思えました」
ここまで面と向かって感謝されたことがないので、オレは照れて顔が真っ赤になる。
「この借りはいつかお返しいたしますわ。地下迷宮梅田の時と同じように、困ったことがあれば何でもお任せくださいませ!」
「……あぁ、こちらこそいつもありがとう。これからもオレを助けてくれ」
そうこうしている間に電車は通り過ぎ、オレたちはまたもや乗り遅れた。凄いお別れの雰囲気であったが、オレたちはもう少し話すことになった。
チカさんの顔は真っ赤だった。
◇◇◇◇◇
03
必要なものを亜空間ポケットに格納し、地下から上がる。電車でも乗ろうかと地図情報を頭で浮かべるが、そのとき一台の黒いリムジンも見つける。
リムジンの側には黒服さんとフミさんが立っていた。
「用事は終わったかの?ならば、儂が送ってやろう」
「助かります。黒服さんも運転ありがとうございます」
「お気遣いなく」
リムジンの中は意外と明るく、高そうなソファと大きいテレビが備え付けられていた。
「チカが
「よかったですね?……隠居って喜んだ方がいいことですか?」
「おうおう、喜べ喜べ。儂もようやく責任から逃れられて、万々歳じゃ」
フミさんは本当に嬉しそうに笑う。
だが、さっきのチカさんと比べると何処か無理があるようだった。
「辛そうですけど、どうかしましたか?」
「……二週間前の話じゃ、儂は全て知っておった」
それは懺悔のようだった。
「実のところ、レイという
「『アウトロー』が緩すぎると思ってたら、そんな理由があったんですね」
なんだ、やっぱり全部チカさんのお陰だ。
礼を言うのはこっちだった。チカさんがいなかったら、オレは死んでいた。オレがしたことは一方的な恩返しに過ぎない。
「全てを知っておりながら、儂はチカを女狐に差し出した。世界を救うという大義名分でな。後でレイの発言は聞いた、あれは儂が言わねばならん言葉じゃった……」
「立場とかもあるし、別にいいんじゃないですか?今回はオレが助けられた、でも次は不可能かもしれない。だから、オレが助けられない時は代わりにフミさんが助ければ良い」
「……そうじゃな、約束しよう。儂個人としても、『アウトロー』日本トップとしても。レイが助けられない人を儂らが助けよう」
フミさんが頭を深く下げる。
「改めて礼を述べよう。儂の孫を救ってくれてありがとう!」
「こちらこそ、オレを『アウトロー』に受け入れてくれてありがとうございます。この戦争の後はオレたちの立場がどんな風になるのかは分かりません、それでも末永くよろしくお願いします」
「あぁ、京都で言ったことは違えんよ。例えレイやカイが世界にどう扱われようと、儂らは二人を受け入れよう。今度こそ、助けてみせるとも」
◇◇◇◇◇
04
リムジンが防衛拠点に到着する。
そこは二週間前に来たばかりの、淡路島であった。第二次超常戦争は『ガバメント』と『アウトロー』と『カンパニー』が協力する争いであるため、三大勢力が隣り合う日本に集合することになった。対宇宙人の作戦の肝となるのは生命力であるため、日本で最も生命力の補給が容易である淡路島に防衛拠点が置かれた。
「よく来たな、レイ」
「……父さんか。
「お前も同じ顔だろ」
防衛拠点の中に入ると、扉のすぐ近くに父さんが立っていた。どうやらオレを待っていたようだ。
「あっそうだ、特殊兵装届いたよ。忙しいだろうに、『ガバメント』に設計図を申請してくれてありがとう」
「いや、それはいいが……あんな兵装で良かったのか?時間は無いにしろ、もっと別の機能でも良かっただろうに」
オレ単体の戦闘力はそこまで高くない。
もちろん弱いとまでは言わないが、父さんのような他の
しかし、それ以上にオレは特殊兵装を持っていない。戦いの決め手となるような、大火力を保有していない。それが何よりも大きい。だから、父さんのコネで特殊兵装を作って貰った。まあ、時間が足りなくて大したものは作れなかったのだが。
「この特殊兵装でいいよ、これがいい。確かに大したことのない機能かも知れないけどさ、オレによく合った兵装だと思う」
「そうか、レイが納得するのならそれでもいい。だが、忘れるな。明日は助けてくれる仲間はいない。周りには他人と敵ばかりで、他人もレイを助けられるほど余裕はない」
『アウトロー』は対宇宙人戦においての主戦力であり、チカさんは人類側の最大戦力だ。それに、カイも重要な役割を担っている。みんなオレに構っている暇はない。
「分かってる、明日はいつもみたいに誰かの力を借りることはできない。オレはオレだけの力で、戦わないといけない。心配してくれてありがとう」
「……俺にレイを心配する資格はあるのだろうか。俺はレイを助けられなかっただけじゃなく、レイが生きていることを知りながら見捨てたクソ野郎だ」
「知らないよ」
暗い顔をしていた父さんが目を瞬かせる。
だが、オレが言えることはそう多くない。
「オレには父さんの葛藤は分からないけど、少なくともオレにとって父さんは父さんだ。そもそも人を心配するのに資格なんていらないだろ、存分にオレを心配してくれよ」
「……そうだな、心配する。俺は相変わらず家族より世界を優先するクソ野郎だが、出来る限りレイを助ける。レイが世界を救ってくれるなら、俺がレイを救ってやる」
父さんと拳を突き合わせる。
オレと父さんの目的は違う。
三大勢力のそれぞれの目的だって違う。
それでも……人類は別々の方向を向きながら、協力だって出来るのだと思った。
◇◇◇◇◇
00
夜風に当たるために、部屋から出る。
辺りはいつの間にか真っ暗になっていた。空に輝く星を見上げる。明日、あの空は宇宙人に侵される。それをオレが、オレたちで食い止める。
静かな夜だった。こんな静かなのはいつ以来だろうか。……あの時、オレが宇宙人に改造された時から、オレの脳内は静かではなくなった。だって、オレはいつだって一人じゃなかった。
「今日はずっと静かだな。気を遣ってるのか?」
『……肯定、邪魔すべきでないと思案』
「別にいいよ、オレとお前の仲だろ」
AIとの付き合いも長いことになった。客観的には短くても、主観的にはずっと一緒にいたように感じる。オレの十八年の人生の中でも、ここ数か月は非常に長かった。特に、カイを拾ってからは怒涛の二週間だった。
『推奨、第二次超常戦争からの逃亡。推測、戦力が一人減った程度で戦況に変化なし』
「それはそうかもな」
AIはいつだって勝率が高い選択肢を推奨する。そして、AIの言う勝利とはオレの生存のことだ。AIはいつだって、オレの生存を望んでくれている。
オレが考えた作戦にオレは必要がない。オレがいなくなった所で何も変わらない。
「でも、助けたいんだ」
それがオレの全てだ。
オレはそれだけの理由で戦争に挑む。
「カイを三大勢力に認めさせたい、チカさんが憂いなく幸せになれる世界にしたい、フミさんの負担を減らしてあげたい、父さんに恥じない自分でいたい」
『否定、それは貴方がする必要のないこと』
「それでも、オレがやりたいことだ」
世界のため、見知らぬ誰かのためではない。
きっと、目の前の人のためというのも嘘だ。
オレは、オレのために人を助ける。
「それに、オレが戦う理由だってあるよ。戦争に勝ったら報酬として
『……推測、損傷確率大』
「分かってる、だから助けてくれ。これまでもオレたちは二人で頑張って来ただろ、相棒?」
『…………了解、今度こそ貴方を救ってみせる』
◇◇◇◇◇
■■
宇宙の彼方で影が蠢く。
その見た目は一言では表せない。
宇宙人のようだが、宇宙人ではない。
怪獣のようだが、怪獣ではない。
妖怪のようだが、妖怪ではない。
人類のようだが、人類ではない。
“それ”はどれでもなく、どれでもあった。
“それ”は全く動かず、ただ一言発した。
「