いつも月夜に米の飯、米の飯より思し召し   作:ルシエド

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「奇跡を起こすやつが好きというより、なんというか……逆境の中でも頑張って勝つやつが好きなんです」

 俺は夢とそうでないものを見分けられる。

 これは夢だ。

 ただの夢。

 デジタルな脳内の情報整理のような、明瞭性がない。

 

 この研究室は、記憶を失う間の俺が、よく見ていた空間だ。

 そういう確信がある。

 

 

 

 

 誰に言われたかは覚えてないが。

 言われた時の俺がどうだったかは覚えてないが。

 言われた内容だけは覚えている。

 その時の会話で、俺に向けられた言葉を、覚えている。

 

 いや?

 覚えている、というよりは……なんか、今になってから何故か、思い出した。

 この夢は、たぶん、ほんの僅かに蘇った、俺の記憶。

 

 たぶん、ずっと昔のことだ。

 だって。

 この夢は、こんなにも懐かしいから。

 

「■■くん、掃除はそのくらいでいいさ。磨きすぎた床が鏡になってしまうよ」

 

 そうだ。

 あの空間は新しくて、綺麗で、清浄で、静謐で、いつもあの人はあそこに居て。

 最先端の技術を集めた研究室の南側の壁に、ズラッと馬の絵画が並んでた。

 あの人は、ああいうのが好きだった……そうだった、よな。

 

「ありがとうね、掃除機さん。■■くんを助けてくれて」

 

 変な人だった。

 

 だから俺はよく質問をしてた。

 

 質問しないと、あの人のことはよく分からなかった。

 

「ん? 道具にお礼を言うのは何故かって?

 私なりのルール、いや、常識への反抗……といったところかな」

 

 得意げに笑って、頭を撫でる、そんな人だった。

 

 

 

 

 俺はロールアウトされた時から大人で。

 誕生からすぐに大人になってたはずだが。

 あの人はどうも。

 常識外れに、俺を子供扱いしていた、ような気がする。

 

 身体が大人であれば大人扱いするのが普通じゃないのか。

 

 

 

 

「優しさには、優しさを返す。

 それが人間の基本だ。それは分かるね?」

 

 分かる。

 倫理構築用のデータセットに入ってる大前提だ。

 俺はそう生きてる。

 人間に優しくされたら、優しさを返さなければならない。

 優しくされなくても、優しさはこちらから与えなければならない。

 

 

 

 

「ところが、だ。

 今の基本的な常識だと、優しさに格差がつけられている。

 私が誰かに優しくするとしよう。

 それに対し、その誰かは恩返しをしてくれる。

 しかし同じ人に君が優しくしたとしよう。

 その場合、その人は君に恩返しをしない。

 なんとも奇妙な話だ。

 向けた優しさは同種で、脳波的に思考が同様だとしても、そこに格差があるとされる」

 

 それが倫理。

 それが正当。

 俺はそういう存在でなければならない。

 優しい人間には優しくし、優しくない人間にも優しくしなければならない。

 

 "その方が素晴らしい人間である"と定義されている。

 "そうでない人間は生産ロスである"と定義されている。

 だからそうする。

 ゆえにこう言われる。

 『データで決められた優しさは人工だから価値がない』と。

 

 至極、その通りだと思う。

 

 俺には心があり、精神があり、魂があり、自由意志があるが、俺が誰かに手渡した優しさに価値があると主張することは、論理的に無理がある。

 

 

 

 

「優しさの価値とは、何が決定してるのか。実に興味深い研究課題になりそうだ」

 

 道具が人を救うことと。

 神が人を救うことと。

 俺が人を救うことと。

 そこに本質的な違いはない。

 

 人が望めば、その願いを叶え、そうして人を救うだけ。それを繰り返すだけでいい。

 

 

 

 

「でもねえ。

 私は普段から何にでも感謝の気持ちがあるんだよ。

 炊飯器にはよく頑張ってくれた、って思うし。

 冷蔵庫にはいつもお世話になってます、と頭を下げたくなる。

 掃除機なんて私が面倒臭がってる掃除をやってくれる親友さ。

 車にはいつも命を預けてるから相棒だね。

 ギガスなんてもう私の家族だよ家族。製造日には誕生日を祝ってやってるくらいさ」

 

 だけど。

 あの人は。

 俺にはよく分からないことを、よく言っていた。

 

「君は人間だ。

 私にとっては愛おしい人間だよ。

 そして人も、物も、獣も、神も、私にとっては愛おしい。

 上下関係などつけたくもない。

 助けてもらったら"ありがとう"と思う。

 どうにか恩を返したいと、そう思う人間なのさ。そんな自分を変えるつもりもない」

 

 

 

 

 あの人は俺と出会ってから、紅茶やタバコやら、他人が楽しそうに嗜むものに興味を持って、片っ端から手を出して、何もかもを楽しんでいた。

 

 俺の目の前でいつもそうしていた。

 

 まるで、世の中には楽しいものがたくさんあるぞと、俺に教えるように。

 

 もっとたくさんのものを楽しめと、俺に命じるように。

 

 あの人は、俺と出会ってからはずっと、好きなものを楽しむためじゃなく、俺が好きなものを見つけられるように、と、俺の目の前で趣味を繰り返してた、そんな気がする。

 

「君の優しさを軽く見たことなど一度も無い。

 君にいつも感謝している。

 だからね。

 これだけは覚えておきなさい。何があっても決して忘れないように」

 

 

 

「この世界に生きている限り、君は普通に幸せにはなれないだろう。

 私も努力をしているけどね。

 きっと、鍵が足りないんだ。

 君の心の鍵穴に嵌る鍵が。

 それを見つけた時、逃さないように。

 見つけるのは困難だろうけど。

 君の優しさに、歪んだ認知を何も持たず、素直に感謝する者を見つけたら、離さないように」

 

 

「例の最新理論、聞いたかい?

 『世界を超える転生論』というやつさ。

 まだ、学会に出たばかりの論文だ。

 再現性も追証性も伴っていない。

 たがあれは、おそらく世紀の発見となるだろうね。

 近く大規模な実験が行われるが、おそらくは成功するだろう」

 

 

「そうなるとどうなるだろうか。

 色々と、世界に希望が見えてくるだろうね。

 あれは要するに平行世界に通ずる道の発見だ。

 死者の魂が並行世界に移動するメカニズムの解明だ。

 世界は閉塞している。

 宇宙は人で満ちている。

 食料さえもう枯渇が始まる。

 そんな世界を救う一発逆転の技術になるだろう。

 素晴らしい。

 素晴らしいことさ。

 でもね。

 発見したものが大きすぎて、あの転生論の本質が無視されたことは、悲しいかな」

 

 

「死んだ命が、隣の世界に転生する。

 そして、そちらで幸せになっているかもしれない。

 なんと素晴らしい世界の理だろうか。

 神が宇宙を作ったと言われても、信じそうになってしまうね。

 無様に死んだ命も。

 無慈悲に死んだ命も。

 無価値に死んだ命も。

 皆が皆、どこかの世界に生まれ変わって報われている可能性があるのは、胸が踊るよ」

 

 

「たとえば、だ。

 足を折ってその場で安楽死した馬も。

 どこかで志半ばに死んでいった人間も。

 人を守って壊れていった機神も。

 私や、君が、どこかで無念のまま死んでも。

 どこかの世界で幸せな人間やら獣人やらに生まれ変わっている、なんて事もあるんだろう?」

 

 あの人はいつも研究室に居た。

 

「素敵じゃあないか。別の世界があるというだけで、こんなにも救いが溢れているなんて」

 

 あの空間は新しくて、綺麗で、清浄で、静謐で、いつもあの人はあそこに居て。

 最先端の技術を集めた研究室の南側の壁に、ズラッと馬の絵画が並んでた。

 あの人は、ああいうのが好きだった。

 

「近く、あの理論は平行世界に繋がる扉を作るだろうね。

 大きな機神にでも組み込んで使うのだろうかな。

 ああ。

 まったく。

 少々怖いね。

 世界単位で干渉できる物理理論など、かつて無かった。

 はてさて、どうなるのか。

 君も気をつけると良い。君も機神も、願いを叶える伝説の聖杯のようなものだ」

 

 あの忠告は、とても重かった気がする。

 

「自分を得られるといいね。

 他人の望みを、自らの意志で否定できる自我があるといい。

 そうすれば、その人間は決して他人の道具にはならない。

 何をするか、しないかを、自分で選べるようになる。

 そうして初めて、機神も君も、他人の願いを叶えるだけの聖杯でないものになれる」

 

 無視できるような重さじゃ、なかった。

 

 

 

「君達は皆、誰かが望めばそれだけで応じようとする、『世界を滅亡させる杯』だ」

 

 

 

 そうだ。

 あの人がそう言ったから。

 俺は俺で考えて、生きて。

 それでもまだ道半ばで。

 どこにも辿り着いていない。

 

 『人のために生きる人』の究極として作られた俺は。

 生き方を間違えれば、簡単に世界を滅亡させようとする誰かに加担してしまいかねない。

 俺の脳のデータセットの構造を逆利用されて、操られかねない。

 

 頭のいい人間ならそれができる。

 そうだ。

 なんか。

 誰かが言ってた。

 誰が言ってたんだっけ。

 

 危険性があって、安全性が不足してる。

 だから平行世界を繋げる装置を使うのは危険なんだ、と。

 

 それは事故が起こるというリスクの話でもあって。

 世界を滅ぼそうとする誰かが悪用すれば、簡単に宇宙丸ごと滅ぼせるというリスクの話でもあった……気がする。

 

 馬のように人と同等の知性を持っていない動物、心が育っていない機神、自我が確立していない『大人』、プログラムで動くだけの平行世界接続装置『ハーヴェストタイム』。

 それらは、悪意に使われるから。

 悪意に支配されて悪用されるから。

 いざという時、最悪を生むと。

 そう、言われた。

 

 

 

 

 あの研究室は新しくて、綺麗で、清浄で、静謐で、いつもあの人はあそこに居て。

 最先端の技術を集めた研究室の南側の壁に、ズラッと馬の絵画が並んでた。

 あの人は、ああいうのが好きだった。

 

「ん?

 これらの絵かい?

 競走馬だね。

 今ではほぼ無くなってしまったんだよねえ。

 環境変化に弱くて地球以外で増えなかった、というのもあるけど。

 生物同士を競わせて見世物にするのが野蛮だという時代があったのが痛かったよ」

 

 俺がライス姫と会話してた時。

 競走馬の話や馬齢の話が自然と出てた。

 その時の俺は無自覚に馬について語ってた。

 ライス姫はそもそもウマ娘で、馬についてまったく知らなかったから違和感を持ってなかったけども、あの時の俺には、ほんの僅かに、過去が透けてた。

 

 今だけは分かる。

 俺の言葉の端から漏れ出てたあれは、あの人から教わった、あの人の趣味の話。

 俺はあの人が好きだったから。

 あの人の趣味も好きだったんだ。

 

「たまにはアルビオンではなくギガスにも乗ってみるといい。楽しいぞぉ」

 

 あの人に馬の知識を仕込んだのは、あの人の父親だった。

 父親の趣味だと笑って言っていた。

 父も自分も、先祖代々、科学者の家系だと言っていた。

 先祖代々学者だから、遺伝子レベルで頭が良いんだぞと自慢していた。

 でも、どこか抜けてて。

 科学以外の何もかもが、絶妙にダメダメな人だった。

 

 確か。

 競走馬の歴史は、もうとっくに終わってて。

 地球の競走馬について深く知ってるのは、歴史や考古学に触れた、学者だけだって。

 学者しか触れない趣味になっていくんだって。

 そう、言ってた。

 

 あの人らにとっては、最初から全然違うものに見えてたらしいけど。

 俺は最初、昔あったらしい競走馬のレースと世界大戦は、あんま違いが見えなかった。

 どっちも歴史で、生物の闘争で、勝者と敗者が居て。

 敗者はいつも泣いてるような、そんなイメージがあったから。

 

 

「これはスペシャルウィーク。

 日本総大将の中で最も有名な馬だねえ。

 勝って、負けて、大一番で大いに勝つ、実に主人公らしい馬で大好きなんだ」

 

 趣味に夢中になる人だった。

 科学。

 馬。

 あとは、お菓子作りとかもそうだったかな。

 趣味を語らせると、いつまでも止まらない人だった。

 

 

「サイレンススズカの圧勝だねえ。

 やはり、大差をつけて逃げ切って勝つ馬はいい。

 別格に強いというのがひと目で分かるよ。

 『異次元の逃亡者』サイレンススズカ……

 人類が異次元にも行けるようになってきた今の時代には、なんとも味わい名だ」

 

 

「『葦毛の怪物』オグリキャップ。

 『白い稲妻』タマモクロス。

 ライバル関係の人気なら当時一位争いができる二者だねえ。

 これは1988年有馬記念、オグリキャップがとうとうタマモクロスに勝利した時のものだ」

 

 

「こっちがウオッカ」

 

 

「こっちがダイワスカーレット。

 なぜこの二つをこんなに近くに並べているのか、かい?

 ふふっ。

 話が長くなるけどいいかい?

 そうかそうか、聞いてくれるか!

 いやあ嬉しいねえ!

 私の話をちゃんと聞いてくれる人、多くないんだよ。

 その点君はいつもちゃんと最後まで聞いてくれるから嬉しいよ。

 ウオッカとダイワスカーレット、その戦いは2007年チューリップ賞から……」

 

 すみません。

 詰め込みすぎなのと早口すぎたのでほとんどあんま覚えてないです。

 残ってた記憶も起きてる時はだいぶ忘れてる気がします。

 

 

「これは『不死鳥』グラスワンダーと……

 おや、スペシャルウィークだと分かるのかい?

 流石は最新世代だねぇ。

 普通の人は馬の見分けがつくまで時間がかかるんだよ。

 一発で見抜くのは大したものだ。

 これは1999年7月11日、第40回宝塚記念。

 世紀の名勝負さ。

 奇しくも1999年7月にアンゴルモアが到来するとしたノストラダムスの予言と重なって……」

 

 

 

「これは『破天荒』ゴールドシップ。絵越しに馬に煽られてる気がする? そうだね」

 

 

 

 

「これは上がサンデーサイレンス。

 下がマンハッタンカフェさ。

 なに?

 違いが分からない?

 もっとよく見たまえ!

 絵とはいえ違う馬だよ!

 ……。

 ……。

 ……。

 ごめん、これ上がマンハッタンカフェで下がサンデーサイレンスだった。てへっ」

 

 

「ディープ……

 ディープインパクト……

 ロボアニメってあるじゃないか。

 ああいうので最強主人公機好きな人結構居るだろ?

 そういうの好きな人は大体好きじゃないかな。

 つまり君もこういうの好きなんじゃないかね?

 強さがそのまま伝説になったような馬だよ。

 どうだい? どうだい? そうでもない? そっか……」

 

 

「はぁ……はぁ……

 ハァッ……1993年有馬記念……!

 帝王の復活……!

 ビワハヤヒデとトウカイテイオー……!

 最後の接戦……!

 脳細胞が活性化していく……!

 この一枚を見てると人類初の発明なんていくらでも作れそうだよ……!」

 

 まあ、ともかく。

 すごくうるさい人だった。

 変なところで無自覚に敵を作るタイプの人だった。

 自分が好き勝手生きて、相手がうんざりしてたとしても構わず話し続けるような、そんな人で、そんなあの人が好きだった。

 

「どうだい? お気に入りの一枚、お気に入りの馬の一頭でも出来たかな」

 

 その時の俺は、少し悩んで、あれを指差した。

 

「その一枚が気に入ったのかい?

 気に入ったならあげようか。

 網膜カメラで撮影の許可が欲しい?

 写真を脳内に入れておくだけでいいというのかね。

 なんともまあ、欲のない。その馬の名前? ああ、その絵の馬はね……」

 

 そうだ。

 

 いつもは、俺の開けられない記憶の引き出しの向こうにあるけど、あれは。

 

 

「1993年、春の天皇賞。

 誰もがメジロマックイーンの勝利を信じていた一勝負。

 集団に先行するメジロパーマー。

 王者マックイーン。

 そして、『ライスシャワー』。

 最終コーナーでこの三頭が突出し、そして。

 ……ライスシャワーは伝説となった。

 しかし以外だね。

 君、もしかして、周りがなんと思おうと願いを貫き、奇跡を起こす存在が好きなのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 起きた。

 

 どんな夢を見てたんだっけ。

 ダメだ、思い出せない。

 いい夢だったような。

 気がする。

 

 今、俺は脳を休める手段を睡眠しか持たない。

 定期的に定量の睡眠を取って性能を維持しなければならない。

 なんてこった。

 ネイチャ様に普通に寝ろ普通に寝ろ言われてたのをこんな形で実現してしまうとは。

 

 

 こんな状態になってようやく、俺は俺の不具合を理解した。

 "コーディング"だ。

 専用の機械に脳を繋いでコーディングしていない時間が、俺を不安定にしている。

 

 地球生物の最も優れた特性。

 それは『恒常性』だ。

 常に同じ自分であること、と言い換えても良い。

 

 生物は永遠にはなれない。

 しかしそうなろうとはする。

 その本質が現れたのが、今のままの自分で在り続けようとするシステムだ。

 

 汗をかいて体温を一定に保とうとする機能。

 細胞を常に入れ替えて新品の身体を維持する機能。

 病気の原因を排除し健康な身体を継続する機能。

 そういうものが恒常性。

 そのままの自分を保つシステムだ。

 

 しかし。

 生物は無制限の恒常性を持たない。

 足りない分は補う必要がある。

 

 体温の恒常性は、空調や服で補える。

 抵抗力の恒常性は、薬品やワクチンで補える。

 そして精神の恒常性は、脳に干渉する機械によって補える。

 

 

 記憶、経験、思考をコード化し、調整して再整理をすることで、俺は在るべき心の状態を維持し続けることができる。

 それこそがコーディング。

 データを整理しないまま稼働し続ける機械が壊れるのと同じだ。

 俺は、俺の中身を整理しなければならない。

 

 それができなくなっている。

 

 俺の中には二つの倫理がある。

 製造段階で入力されたものと。

 生まれた後に学んでいったもの、教えてもらったもので出来たもの。

 この二つを破綻なく両立させるには、コーディングが必要だった。

 

 今、俺の中でおそらく、俺が制御できないカオスが誕生しかけている。

 

 天然に生まれた感情と想いの集合体、目には見えない何かの集積が。

 

 無改造の人間が持つそれが。

 ウマ娘達は持つそれが。

 大昔、ほぼ全ての人間が持っていたとされるそれが。

 入力されたデータから人格を生み出した俺の人生に、無縁だったはずの何かが。

 

 

 俺は。

 俺でないものになっていっている。

 それが良いことなのか悪いことなのか、俺にはまるで分からない。

 

 どこだろう。

 俺が一線を超えたのは。

 世界が融合してから大して時間も経っていないのに。

 俺の中で何か、どこかが、変わっていっている。

 何かの奉仕をするたびに、皆が返してくれる暖かい"ありがとう"が、俺の中の何かを揺らがしている、気がする。

 それが原因なんだろうか。

 

 それとも。

 

 

 俺の頭が分かってないだけで、一番最初に何かの一線を越えた理由を、俺の心はどっかでもうとっくに分かってるんだろうか。

 ダメだ。

 思考の論理性が低下してる。

 コーディングしてない情報の混沌が邪魔過ぎる。

 

 これじゃ、大昔の無改造の人間と変わらない。

 思考が、AIと同じ状態に切り替えられない。

 処理速度を引き上げられない。

 

 仕方ない。

 脳内物質の制御でギリギリまで脳の機能を高めながら立ち回ろう。

 今、俺の性能を落とすわけにもいかねえ。

 

 

 俺が最初の猿を倒してから、二時間が経過していた。

 猿は一向に数を減らさず、街の制圧状態を揺らがさない。

 俺は仮眠で多少回復したが、それだけ。

 この数相手に抜け出す方法はまず無い。

 

 遠くから爆音が響いてるが、猿はおそらく俺達以外にも手を出そうとしてるんだろう。

 放っておきたくはない。

 できればそっちに居る人達も助けていきたい。

 しかし、どうすればいいものか。

 俺が二時間程度仮眠を取ってる間、タキオン先生が何か考えてるとかいう話だったが。

 

 え?

 なに?

 なんか思いついたのかタキオン先生。

 協力できるならなんでも言ってくれ。

 

 ほうほう。

 なるほど。

 じゃあ手術室を使えるようにしないといけないな。

 主に電力がないのがネックか。

 分かった、10分以内にどうにかしとく。

 

 

 

 

 

 

 なるほど、なるほどな。

 まさか俺が倒した機神を、せっせこ運び込んでたとはな。

 

 そういやタキオン先生、生物の機能の解体解明が専門なんだっけ?

 手術室で機神を解剖して打開策を探す、とか。

 やろうとした人類、過去に居ないんじゃないか?

 

 うわっ! いきなり目ン玉のカメラをメスでぶっ刺して割るな!

 

 

 

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