いつも月夜に米の飯、米の飯より思し召し   作:ルシエド

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「素敵な歌だね」

 うーんダメだ。

 見つかんねえ。

 福岡県、小倉レース場。

 ここは外れだったか。

 

 日本の『神殿』、その最南端として坐す巨大ターミナル。

 『丑の神殿』。

 もう今は見る陰もない。

 レース場なんだか街なんだかターミナルなんだか見て分からない。

 全部壊れて、全部混ざっていた。

 

 

 即席のありものでサーチ端末を作ったが、これだけ反応が無いなら、ここにタイムマシンの設計図があるってことはないだろう。

 端末はいくつも作れたが使う人間がいねえ。

 人間の生体活動から稼働エネルギーを吸って動くバッテリーしか予備が無かったから人間……とあとウマ娘が使うしかねえ。

 つまり今は俺とライス姫しか使えない。

 どうすっかな。

 ライス姫のお友達とか見つけたら手伝ってくんないかな。

 無理強いはできないけども。

 

 『計画』は、あとは俺がタイムマシンの設計図を見つけるだけで最終段階に入る。

 

 国内十箇所、残り九箇所か?

 そこを巡ってタイムマシンの設計図を見つける。

 馬の機神(ギガス)には汎用製造機もある。

 設計図さえ見つければタイムマシンは作れるはずだ。

 タイムマシンを作って世界がこうなる前まで情報時間遡行を行い、全て無かったことにする。

 それでようやく、こっちの世界は救われるだろう。

 

 もうすっかり夜だし、今日の活動はここまでだな。

 ライス姫を探そう。

 

 

 不思議な夜空だ。

 比較的近くの並行世界の地球同士が衝突融合したんだから、こっちの世界にも俺の世界と同じ月はあるのは分かる。

 だけど、俺の世界の月は大昔に地球から離脱していったはずだ。

 

 月、か。

 こっちの世界もそうだったかは知らん、が。

 俺の世界の月は大昔から、年に4cmくらい離れて行ってた。

 

 月が地球の周りから完全に離脱すれば、大災害が起こる。

 あるやつは地球から逃げて、あるやつは月が無くなった後も地球で人が生きられるようにコロニーを作って、あるやつは月の軌道を修正しようとした。

 で。

 修正に失敗して、予想より遥かに早く月はすっ飛んでいった。

 しばらくいなくならないはずだった月がすぐになくなって、人類の多くが大慌てで地球から脱出して、宇宙に新天地を探しに旅立った。

 

 そうして、大宇宙時代が始まった。

 俺の手持ちの記録情報に間違いがなければ、そうであるはずだ。

 

 月、か。

 俺が知る限り、恐竜と似たような扱いを受けてたもの。

 漫画でしか見ないようなもの。

 創作の大人気要素だったもの。

 大昔にあったらしい素敵なもの。

 地球の手元から逃げ切った逃亡者。

 

 この世界の人は、月に何を想ってるのか。

 研究してまとめてみたいもんだが。

 

 

 お、ライス姫。

 頑張ってくれてるな。

 本当にありがたい。

 あの服、着ると身体能力が上がるんだっけか。

 おもしれー生き物だなウマ娘……っと、もういいよって言ってやらないとな。

 

 ぼちぼちご飯の時間にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっせこせっせこ。

 食事を用意用意。

 街から回収した食料を用意用意。

 海と山からもいい感じに食料は確保できたし当分は大丈夫だな。

 

 

 ギガスに内蔵の食料プラントもあるが、限界はある。

 こっちの世界は俺らの世界よりだいぶ前の文明レベルに感じる。

 食料規格統一以後の文明と比べて、味が乱雑なはずだ。おそらく。

 

 "この味が正しい"がまだない時代のはず。

 "正しい味以外を好きになってはいけません"もまだないはずだ。

 街のサーチをした時に、人体に有害な……タバコ? とか、寿命に悪影響を与えるコーヒー? とかも発見した。

 あんなもんが残ってる文明とか、俺の世界の面倒な人権団体が見つけたら卒倒して失禁してそのまま脳が溶解しかねない。

 たぶん俺の想定以上にこっちの文明は原始的なんだろう。

 ま、原始的な文明と進歩した文明に上下関係とかないんだから、好きにすればいいんだが。

 

 サーチで得た情報からこっちの食文明は大まか把握できてる。

 ライス姫の身体組成からも推測は可能だ。

 生物の身体は食った物から出来てるんだからな。

 後はライス姫に食ってもらって、そっから認知のズレを直しておこう。

 

 

 パン。

 パン。

 よし上手く焼けてるな。

 たぶん。

 この焼きたての香り、こっちの文明人だと美味しそうに感じるんだろうか。

 香りが食欲をかき立てるのはどっちの文明でも共通の概念だと信じたい。

 トイレの匂いで食欲が増すのはアーミ星系のキチガイどもだけで十分だ。

 あと、炊いた米も出しといて、と。

 

「e38184e38184e381abe3818ae38184e280a6e280a6」

 

 ……ううん?

 あれ、どうしよ。

 こっちの世界の人間はパンを甘くして食ってるのか?

 しょっぱくして食ってんのか?

 果物と肉どっちを合わせんのがメジャーなんだ?

 なんだパン。

 どうしたんだパン。

 お前は一体なんなんだ?

 

「e38193e381aee4babae38081e88083e38188e38194e381a8e38197e381a6e3828be69982e38081e8a1a8e68385e3818ce38193e3828de38193e3828de5a489e3828fe381a3e381a6e381aae38293e381a0e3818be3818be3828fe38184e38184e280a6e280a6」

 

 こっちの世界の電子媒体にはどっちも記録されてるな?

 あれ?

 パンは甘くする? 塩っぽくする?

 どっち?

 どっちも?

 ライス姫にはどっち出せばいいんだ?

 助けてくれライス姫。

 いや、名前からして米には詳しくてパンには詳しくない可能性があるな!?

 

 ってか柔らかいパンと硬いパンどっちがいいんだ。

 どっちもあるじゃねえか。

 もうちょっと調べてみるか……サーチで街に残ってる本を調べてみて、と。

 

 揚げる?

 油?

 乳製品?

 別穀類混ぜもの?

 ライスパン?

 なんだこのハンバーガーとかいうの。

 肉と野菜と乳を同時に挟むな欲望の具現か?

 

 ダメだ。

 わからん。

 助けてくれ。

 俺の世界くらいパンの正解を固めといてくれ。

 この多様性は俺の脳にはとっくに毒だ。

 パン・牛肉・野菜・乳製品・砂糖・塩・氷菓子・豆腐・竹輪あたり一緒に出してライス姫に勝手に選んでもらおう。

 たぶんそれならしくるまい。

 

 

 エビ入れて、鶏肉入れて、野菜もりもり入れて。

 なんか街にあったスープの素とかいうの入れて。

 煮込み煮込み。

 塩加減調整。

 塩分の基準点はライス姫の身体構成物質の塩分割合から推定。

 たぶんこのくらいの塩加減が美味く感じるはず。

 うーん。

 肉と野菜は大きめに切ったのをもうちょっと入れておくか。

 

 馴染みがあるようでないな、汁物料理。

 色んな星系で一番見るメシではある、あるんだが。

 普通は胃腸が退化した種の人類に合わせて、固形物がまったくないドロドロの汁物にするのが一番メジャーだからなあ。

 普通、誰でも食べられる食事が一番人気になるもんだ。

 固形物が食える人類と食えない人類、どっちの客も掴めるわけだし。

 それがこっちの世界ではまだ固形物ありの汁物がメジャー、と。

 人類のほぼ全員が胃腸退化してないから、と。

 おもしれー。

 

 固形物が残ってる汁物か。

 なんというか、やっぱ違和感があるな。

 俺も胃腸退化してないし、俺の世界で食ったことがないわけではないけども。

 俺の世界の、こういう形の残ってるエビや野菜を見ると吐き気を催す人類とか、そういうのは居ない世界なんだなあ。ふむ。

 

 この方向性でいいのか?

 異世界の人間に料理を作る正解なんて知らねえしな。

 ライス姫、俺間違ってない?

 間違ってたらごめんね?

 

 

 ……大丈夫そうだ。

 女子の顔色窺いながらメシ作るなんて俺も初めて……初めてか?

 自分のことなんて覚えてねえわい。

 感覚的には初めてな気がするからまあ初めてでいいだろう。

 

「e381aae38293e381a0e3818be38081e381a8e381a3e381a6e38282e3818ae38184e38197e3819de38186e381a0e381ad」

 

 なんかわくわくしてる顔してんな。

 期待が無言でも伝わってくる。

 うむ。美味い飯を作ってやろう。

 作れるか分からんが、できる限りは手を尽くす。

 

 パン。肉と野菜のスープ。これで栄養は十分だろうか。

 

 あ、燃料が十分じゃねえや。

 鍋の火が消える!

 あかんあかん!

 お、ライス姫が木の枝を放り込んでくれてる。

 ありがてえありがてえ。

 この子、周りをよく見てるな……気遣い屋というか、優しい子というか。

 よくよく、その精神性に助けられてる気がする。

 

 筆談で礼言っとこ。

 あ、照れてる。

 かわいいなこいつ。

 

 今の内に材木作っとくか。

 

 その辺の木を手刀で切って、と。

 

 

 ええと。

 火力の調整計算はここでしとかないといけないんだよな。

 少数の大きい木はゆっくり長く燃える。

 大量の細く小さい木は速く激しく燃やせる。

 だから、えーと。

 料理に最適な火力を出すには、ここでどのくらいのサイズと数にするかを考えて切り分けるんだから……ええと……だいぶ原始的な計算してるな俺。

 

 こうだこう。

 

 

 これが最高のスープを作るための最適なサイズと数の木だ……!

 ククク。

 ざまあねえな。

 あんなにご立派だった木が見る影もない。

 お前はこれから女子を喜ばせるためのメシの糧となるんだよ……!

 すみません。

 そんでありがとう、樹木さん。

 正直、森で生きてただけの木を燃やすために切り倒すのもちょっと心が痛んだが……タイムマシンで全部無かったことになったら蘇るだろうから、勘弁してくれ。

 

 

 滅びた後の世界で、あんたを燃やして得る暖は、かけがえのない命の糧だ。

 俺はともかく、彼女には必要なもんだろう。

 

 鍋の火に手をかざして、ライス姫はぬくぬくと暖を取っている。

 今日の夜は彼女にとってだいぶ寒かったようだ。

 そんな中、懸命に俺の探しものを一緒に探してくれたことに頭が下がる。

 火の暖かさを喜ぶ彼女の顔がそのまま、頑張ってくれた彼女の懸命さの証明だ。

 

 『ウマ娘』という生き物を俺はよく知らないが、俺の世界の旧世代の人間と、違うところはあまり多くないのかもしれない。

 

 っと。

 危ないぞ、ライス姫。

 今しっぽが火の中に入りそうになってたぞ。

 なるほど……こういうところは人間より事故りやすいのか……人間は前しか視えなくても問題はないが、ケツにしっぽがあるウマ娘には固有のリスクがあるんだな……うん。

 頭の上の耳がでけえから、壁に隠れて銃撃戦とかしてる時にスナイパーに壁から飛び出た耳とか撃たれてそう。

 どうなんだろうか。

 

「e381b2e38081e381b2e38293e381a3e280a6e280a6e38182e381a3e38081e58db1e381aae3818be381a3e3819fe38181e280a6e280a6efbc81」

 

 

 おーおー。

 危なかったな。

 怖かったな。

 どうどう落ち着け。

 まあ、街を見る限り、この文明レベルなら焚き火とかしたことのない女の子なら結構居そうだもんな……気を付けような。

 

「e38194e38281e38293e381aae38195e38184e38081e38194e38281e38293e381aae38195e38184e38081e38194e38281e38293e381aae38195e38184e280a6e280a6e3819de3828ce381a8e38081e38182e3828ae3818ce381a8e38186」

 

 ん?

 そんなぺこぺこ頭下げなくていいって。

 いやいいって。

 そんなお礼言わなくても……いやもういいって!

 義理堅いな!

 別に迷惑かけられたとか思ってないからいいって!

 

 うーむ。

 立ち回り気をつけるか。

 "申し訳ない"って彼女ができるだけ思わないようにしよう。

 

 とにかくメシだメシ!

 

 

 さあたんとお食べ。

 ……"たんと"ってよく使ってるけどよく分かんねえ言葉だな。

 なんだろこれ。

 たんと、お前はなんなんだ?

 まあいいか。

 たんとお食べ、遠慮は要らんぞ。

 

 お、いい顔で食うな。

 いい子だ、もっと食え。

 遠慮は……ん?

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 いや、よく食うな!

 めっちゃ食うなこの子!

 予想の十倍は食ってる!

 やっべ、二人分で明日の分まで作ったつもりが、完全にこの子の一食分に収まりそう。

 追加、作るか……まあ俺はこういうメシ食わなくても平気ではあるんだけども。

 この子が腹一杯になれないまま終わったらちょっと嫌だしな。

 

 

 くしくし。

 串串。

 

 

 美味しく焼けてくれよ~。

 しかし、知らん魚だな。

 まあ魚って分かるだけいいか……いいのか? いいな。

 もうちょっと他にも作っとくか。

 足りないといけないしな。

 たんとお食べ。

 いやもう既にたんと食ってるな。

 "たんと"と言うかもう"ドンと"食ってる気がしますね。

 

 

 せっせこせっせこ。

 

「e38182e38081e38182e381aee280a6e280a6」

 

 ん?

 

 

 なにか言いたげだな。

 筆談筆談。

 ほうほう。

 なるほど。

 自分ばっかり食べてるから申し訳なくなったと。

 俺の分まで食べちゃってる気がしてきたと。

 だからこれ以上食べるのも申し訳ないし、残りは俺に食ってほしいと、ライス姫は言ってるわけだな。

 

 なるほどなぁ。

 いい子だなぁ。

 

 別に大丈夫だぞ。

 食材的にも時間的にもそんな不安があるわけでもない。

 俺は今食う必要ないしな。

 君が腹一杯になるまではなんか作ってるよ。

 

 お、筆談。

 なになに?

 ? 俺と一緒にメシ食いたい?

 一緒に食べたいから全品出来るまで待ってる?

 それまでライス姫はメシに手を付けない?

 どういうことだ。

 んん?

 

 大人は子供を育てる奉仕種族。

 普通、一緒にメシ食ったりはしないもんだろう。

 ……?

 なんだ?

 筆談がズレてきたな。

 なんかズレてるのか?

 どこで勘違いが生まれてる?

 

「e280a6e280a6e381aae38293e381a0e3828de38186e38081e381aae38293e381a7e38193e38293e381aae381abe5999be381bfe59088e3828fe381aae38184e38293e381a0e3828de38186e280a6e280a6efbc9fe38080e3819de38186e38184e38188e381b0e38081e6b097e381abe381aae381a3e381a6e3819fe38191e381a9e280a6e280a6」

 

 え?

 俺が何歳か?

 大人に見えるけど見えない時があって何歳か分からない?

 何歳……?

 んん?

 もっかい筆談の内容読み返すか。

 よく分からん。

 ……いや、読み返しても分からん。

 ……?

 ……ああ。

 なるほどなるほど。

 今検索して、こっちの世界の年齢の概念を把握した。

 はーん。

 おもしれーなー。

 

 俺が言ってるのは、子供、大人、正人間のことだな。

 全部人間ではあるけども。

 大人は普通、人口受精卵を二週間で成人段階まで育てて作るんだ。

 俺の世界ではそうなの。

 そうして出来たのが俺。

 大人って言うやつね。

 

 そんで上の階級の人達が、普通に二十年くらいかけて成人して、二千年くらい生きる正人間で、その正人間から自然な性交で生まれるのが子供。

 『姫』とかな。

 ああいうのが子供だ。

 俺達は大人として作られて、必要なデータフォーマットと倫理道徳プロトコルを入力され、子供を大切にする大人としてロールアウトされる。

 

 大人は子供を守る。

 大人は子供を育てる。

 大人は子供を身を挺してでも庇う。

 大人は子供を愛する。

 大人は子供を導く。

 大人は子供の行く末に責任を持つ。

 

 俺達は理想の大人として製造されて、そう生きる。

 理想的なデータだけを入力されて人格を形成した俺達は、様々な個性を獲得しながら、子供にとって最も都合の良い存在として確立する。

 やがて俺達大人に育てられた子供こそが正統な人間として成人する。

 そういうもんでな。

 

 俺はプロトコルの関係上、生誕20年以内の子供に奉仕することを義務付けられている。

 

「e38188e381a3e38081e38198e38283e38182e280a6e280a6」

 

 だからこっちの世界の基準だと、俺はロールアウトから9年経過した個体だから、満9歳ってことになんのかな。

 

「e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188e38188efbc81efbc9fefbc81efbc9fe38080e3818de38285e3808139e6adb3efbc81efbc9f」

 

 

 なんでしっぽが燃えかけた時と同じような顔してんだよ!

 

 え?

 そんな驚くことか?

 生誕からの年数そんな関係あるか?

 お前の世界で言えば、同型機という前提で、作られてすぐのスマホと10年のスマホって、壊れるまでの残り年数を10年使ったか使ってないかの違いしかなくねえ?

 

 俺は大人として作られたから大人だし。

 作られてから9年経ってんのは、残り時間を既に9年使っただけのことでしかない。

 新品の方が経年劣化してない分相対的に性能は高い、みたいな面もある。

 

 お前の世界では"20歳になったから大人"っていう定義があるんだろ?

 でも、普通経過年数だけで大人かどうか決定するのって無理じゃねえ?

 お前の世界には生誕から20年経っても精神的にはガキなままの人間いないのか?

 居るだろう?

 

 お前の世界でも、俺の世界でも、大人と子供の境界は『精神性の違い』による線引きだろ?

 で、お前の世界では生まれてからの年数で曖昧に適当に区切ってる。

 俺の世界では必要なデータ量が脳に入力されてるかどうか、規定の規格を満たしているかどうかだけで決まる。

 だから俺は大人。

 君は子供。

 俺はそう思ってる。

 分かる?

 

「e3818ae58584e38195e38293e4b99de6adb3e58590e381aae381aee381abefbc81efbc9f」

 

 

 ぐー!

 いまいち理解を得られてない!

 大人として見られなくなってきた感じが実感としてある。

 あれか。

 『どんなに頭が良くても生まれてから十年経ってないやつは問答無用で子供として扱う』みたいな倫理があるのか、この世界……?

 え、どういう文明の育ち方してんのこれ。

 

 わっかんねえ~。

 なんだこの世界。

 異常過ぎる。

 理屈の上では分かるが感覚的な理解ができねえ。

 流石異世界だ。

 倫理観のバランスがふわふわしててよく分からん。

 短期打ち切り漫画の不思議な世界観とへんてこな倫理を見てる気分だ。

 普通脳に大人である条件を満たすデータセットが入ってれば大人でいいんじゃねえの?

 

 とはいえ。

 文明、倫理に、本質的に上下はない。

 違いがあるだけだ。

 どの文明が正解とか、どの世界の倫理が正解とか、そういうのは無いはず。

 大事なのは相手の文明や倫理を否定しないことだろう。

 

 こっちはこっち、あっちはあっち。

 みんな違ってみんなよし。

 他の世界の倫理をズケズケと否定しに行く存在こそが悪だ。

 自分の正しさを疑わないということは、あんまりよろしいことではない。

 常々自戒しよう。

 

 大事なのは尊重、強調、共感、理解だ。

 

 話す時間も無いわけじゃない。

 

 今は、そうだな。

 

 

 彼女の願いに合わせて、一緒にメシでも食べるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うむ。

 美味い。

 お肉とお野菜美味しいですね。

 お、なんだライス姫。筆談?

 

 なに?

 わさび醤油?

 このソースの名前か。

 これに肉をつけて食べろと?

 おっけ、やってみよう。

 ……!

 なんだ……これは……牛の肉に……穀物原料の発酵調味料らしきものに……植物由来の刺激が加わって……美味い……!?

 ライス姫!

 君は賢者であらせられたか!

 すげえぞ!

 

「e38188e381b8e381b8e280a6e280a6e383a9e382a4e382b9e3818ce4bd95e3818be3818ae5bdb9e381abe7ab8be381a6e3819fe381aae38289e38081e38186e3828ce38197e38184e381aa」

 

 照れるな照れるな。

 お前は天才だよライス姫!

 我が幸運の女神!

 

 いや、なんだ。

 他人と一緒に食うメシって美味いもんだな。

 知らなかったわ。

 

 あ。ほらほら、これ見てみライス姫。

 今その辺の空間に投影するから。

 

 

 え?

 なに?

 分からない?

 こ、これは文字情報や映像情報、音声情報や嗅覚情報とかの五感実感情報まで圧縮した総合情報表示形式で宇宙統一規格で……分からない?

 そっすね。

 すみません。

 もう紙に書いて伝えるけど、俺は馬の歴史したかったんです。

 俺の世界の大昔にあった『競馬』と『競走馬』ってやつ。

 

 人間ではあるけど俺の祖はどっちかというとこっちなんだよな。

 

 

 その顔やめろ。

 今筆談で説明すっから。

 

 こっちの世界には居ないらしいが、野生種の馬ってのは自然界では絶滅しててな。

 人間が利用するために飼育するって形でのみ生存してたわけよ。

 ええっと……ライス姫の世界で言う犬とか牛みたいな?

 そういう感じ。

 

 んで、まあ。

 文明の発展の基本要素だろう?

 『他の生物を利用して効率よく何かを行う』ってのは。

 

 植物を利用して実をつけてもらったり。

 家畜を利用して肉を作ってもらったり。

 ブラックエンドトードを飼って80垓トンのウンコで敵対星を丸々ウンコで飲み込んだり。

 他の生物を利用した方が効率よけりゃ、そうするのがよろしいわけで。

 

 で、馬ってのは人間を乗せて運んだり、見世物になって人間を楽しませてたわけで。

 実利と、人間の精神的な充足、両方を人間に提供するために絶滅しないように生かされてたのが馬ってわけだ。

 ウマ娘はそういうの無いっぽいな。

 なんか馬というか普通に人間という感じだ。

 人間の一種扱いなのか?

 まあいいか。

 

 俺は人間だが、正当な人間と比べるとワンランク下がる。

 子供に実利と精神的をもたらすために製造されるタイプの人間だ。

 だから、大昔の人間が飼ってた馬とか、あのへんに近いんだな。

 社会に利用されるために生み出されるから。

 

 競走馬は人間のために生み出されて二歳までに出来が良かったらレースに出されて、『大人』は人間のために生み出されて製造二年までに頭角を表したら連邦本部に転勤、みたいな。

 まあ似たようなもんじゃないかな。

 

 

 どういう感情の顔……?

 

 どっちかというと、あれだな。

 ウマ娘とかいうこっちの生物は俺の世界の基準で見ると馬より人間に近い。

 俺の世界の『大人』はこっちの世界の基準で見ると人間より馬に近い。

 そういうやつなんだろう。

 

 ライス姫の世界だと普通の人間とウマ娘を内包した『人間』という全体が大まかフラットで平等な世界……なのかな? まだ推測だけども。

 で、俺は正当な人間のワンランク下だから、フラットな平等ではない。

 俺はこっちの世界で言うところの家畜、それこそ競走馬とかの方が近いだろう、っていうのが俺の考える学術的見解ってわけだ。

 

 そういう意味でも俺の世界の『大人』の方が、こっちの世界の『ウマ娘』よりずっと、『馬』に近いような感じがする。

 ううむ。

 不思議な感じだ。

 

 まあ俺は馬と違って草ばっか食ってるってわけでもないし。

 人生に高度な知的生命体特有の充足が伴ってるから、文化的に生きてる人間ということで間違いはないんだが。

 あくまで競走馬とかと社会的位置が似てる人間だよ、くらいの話でな。

 

 

「e381a7e38282e38081e381aae38293e381a0e3818be3819de3828ce381a3e381a6e38081e38182e381aae3819fe3818ce3818be3828fe38184e3819de38186e381a7e280a6e280a6e381aae38293e381a6e8a880e38188e381b0e38184e38184e38293e381a0e3828de38186e280a6e280a6」

 

 人権?

 はー。

 なるほど。

 ライス姫は優しいな。

 俺が苦しい人生を我慢してるんじゃないかとか思ってるのか。

 

 まあこれは、たとえばの話なんだが。

 家畜として扱う人間に十分な知識と自由を与えて、かつ既存の家畜同様の社会益を生み出す新造人間として生産する、として。

 自然に生まれる人間を、義務教育で規格化して、キツい労働に従事させるとして。

 この二つってあんま違い無いんじゃないか?

 って話。

 

 まあこれは俺の方の世界の倫理が到達した結論だ。

 ライス姫の世界の倫理とは、まあ違うかもしれんけども。

 

 人間の権利ってのはなんだ?

 人間の意義ってのはなんだ?

 人間と家畜の違いってのはどこにある?

 人間に都合のいいように人間以外の動物を調教するのと、人間がやりたくない仕事を人間にやらせるために教育するのの何が違うんだ?

 

 人間が真に自由に生きてる社会ってのは、実際のとこあんまない。

 完成された社会でなければ、その文明に生きる人間の大半は社会の奴隷だ。

 社会のために必要な仕事をやりたくもないのにやらされてる。

 「無職は生きてるだけで恥」とか。

 「働かなければ生きている価値がない」とか。

 そういう慣用句こっちにもないか?

 あるよな、うん。

 

 子供の頃の夢とか、こっちの世界はどのくらいの人数が叶えてるんだ?

 そういうのの実現率が低いなら、まあ、みんな何かしらの形で矯正されて、本人がやりたい仕事じゃなくて、社会に必要な仕事してるんじゃないか。

 推測だけどな。

 間違ってたらごめんね。

 ウマ娘で、将来の夢を叶えられたやつと叶えられなかったやつの割合はどんくらいだ?

 生活苦で夢に挑めなかったやつとかもいるんじゃないか。

 

 なるほど。

 そんくらいの割合なのか。

 結構厳しい世界なんだなあ。

 

 じゃあもう、大抵の人間がやりたくない仕事をやるための専用人間作るとか、そうやって作った人間にそういう仕事が苦に感じないような精神データのセットを入れとけばいいよね、って話。

 そうして作られてた正規品の一人が俺。

 そうすりゃ誰も苦しまないだろう?

 全員ハッピーだよな。

 不満もない、不幸もない、不自然もない。

 皆やりたいことやっていけばいいよな、ってこと。

 全員がハッピーの社会は、社会の構造段階から考えないと作れないんだよな。

 

 ウマ娘とかはどうなんだ?

 俺は、『子供に奉仕する大人』として作られた。

 子供にとって理想の、子供の傍に在るための大人だ。

 ウマ娘は生まれた時に何か決まってないのか?

 ライス姫の世界で、ウマ娘は生まれた時から社会で果たす役割が決まってたりしないか?

 

 ふむ。

 走りたいとかの本能があると。

 レースに勝ちたいとかの本能があると。

 でも走る以外の職業に就いてる人もいると。

 はーん。

 ウマ娘が社会において果たす役割は、肉体を労働や興行に使うものが比較的多くて、レースで社会に娯楽をもたらすのが一番メジャーなものってことか。

 

 ま、同じとは言わないけどさ。

 俺も君も、何かの形で社会の歯車なんじゃないかね。

 俺も君も別に嫌々やってるわけじゃないからいいんじゃないかね。

 

 君が俺の身の上にちょっともにょってるのと同じように、俺は『走って人の見世物になる』ことがメジャー化してる君の……というかウマ娘の境遇にちょっともにょるし。

 アスリート的な肉体労働も、人の見世物になんのも、俺はやりたくはないしなあ。

 でも俺も君もやりたいことやってるわけじゃん?

 いい感じに理解を示していこうぜ。

 だからそんな顔しないでくれよ。

 

 上手く伝わってるだろうか。

 筆談って大量の情報を誤解なく伝えるのには向いてねえよなあ。

 

 

 その顔はなんだよ!

 

 え?

 人の頭にデータ入れて嗜好や倫理を制御して望んだ性格の人間を生み出してるってことがなんか受け入れられない?

 家畜というよりロボットみたい?

 そうだね。

 

 ……。

 論破されてしまったな。

 どうしよう。

 今からでもその部分教えなかったことにできない?

 ダメ?

 

 まあ……なんと言いますかね。

 その辺言われてもこう……俺にはどうしようもできないというか?

 生まれた時からこの性格なんだよ。

 どうにもならんわい。

 

 『植え付けられた精神を全て除去しよう』とか言わないでくれよ!

 俺の自我これしかないからな!

 これ消されたり修正されたりしたら今の俺消えるからな!

 流石に自分が消えるのは怖いから嫌だぞ!

 

「e38194e38081e38194e38281e38293e381aae38195e38184e280a6e280a6e585a8e983a8e381afe3828fe3818be381a3e381a6e381aae38184e38191e381a9e38194e38281e38293e381aae38195e38184e280a6e280a6」

 

 自然発生自我至上主義者なんて俺の世界に居たらレイシスト扱いで人権無いぞ。

 以後気を付けてくれ。

 

 

 だから、そんな深く考えるようなことでもないぞー。

 

 あ、そうだ。

 お腹いっぱいになったか?

 そうか、なったか。

 それならよかった。

 

 じゃあ俺洗い物してるから。

 先に馬の機神(ギガス)に戻って休んでていいぞ。

 早めに寝ちゃうのもいいかもな。

 娯楽品はオリエンテーションルームに集めてあるからいつでも使っていいけど、夜ふかしはしないようにな。

 

「ふんふふーん」

 

 っと、水が足らね。

 大気中の水分を誘引、結集、浄化。

 投入投入。

 

「ふんふふーん」

 

 ん?

 

「e280a6e280a6e3819fe381aee38197e3819de38186」

 

 どうした姫。

 先に休んでて良いんだぞ。

 はて。

 なに?

 俺が歌ってて楽しそうだったから、見てて楽しかった?

 こりゃ見苦しいものを。

 申し訳ない。

 

 歌の名前?

 無いな。

 主式はαの2の甲だよ。

 え?

 分からん?

 そうなの? 分からんの?

 ……筆談で音楽の話するのダルそうだな。まあいいか。

 

 ふむふむ。

 えーと、なるほど。

 おっけーおっけー、何が分かってもらえてないのか分かった。

 

 音楽ってのは、宇宙共通の娯楽だろ?

 なにせ、本質的には音がなくてもいい。

 リズムと旋律があれば振動だって音楽だ。

 風が木々を揺らせば、足が地面を叩けば、虫が羽を擦れば、そこには音楽がある。

 宇宙は粒子と波で出来てるが、音楽ってのは波で、宇宙が波で出来ている以上、音楽ってのは宇宙のどこでも生まれるものなんだよ。

 

 だから、基本形だけあればいい。

 リズムと旋律だけあればいい。

 歌詞とかはなんだっていいのさ。

 

「ギガス、音楽を流せ。主式はαの2の甲だ。形式は空気振動音声式」

 

『入力を確認。指定楽曲を指定形式で再生します』

 

 ほら。

 これが今俺が口ずさんでたやつ。

 こいつを適当に聴いて、頭に染み付いたら、各々適当な歌詞を付ける。

 そんで適当に歌うのさ。

 

 俺の言葉と君の言葉は違う。

 ただ、ぶっちゃけ星系が違えば言葉は違って当然なんだよな。

 公共語使えば会話はできるってだけで、違う言葉は違う言葉だ。

 だけどこういう歌は、そういうのはどうでもいい。

 みんなリズムに合わせて適当に歌詞を付けて歌うだけだ。

 

 その内、同じ歌に違う言語で、同じリズムに違う歌詞で皆が歌い始める。

 最終的に皆違う歌詞歌ってんのに、同じリズムの上で重なる歌が出来る。

 そういう歌だ。

 俺の世界じゃこれこそが『音楽』の代表格だよ。

 そっちの世界にはそういうのあんま無いのかもしんないけどな。

 

 俺は、別に好きな歌手とかはない。

 好きな歌詞とかもない。

 人気歌手の音楽媒体セットも買わん。

 ただまあ、これは好きだ。

 

 皆で違う言葉で歌う。

 皆で違う歌詞で歌う。

 皆の違う歌が一つの歌になっていく。

 だからな、録音しといて後で聴いたりすると、思い出が蘇るんだよ。

 だって、同じ曲でもその時のその歌は、その時にしか聴けないんだから。

 

 ある時、ある場所、ある人達とだけしか作れない歌がある。

 

 昔、辺境の蛮族の爺さん達と一緒に歌った。

 次にその街に行った時、爺さん達はもう寿命で死んでた。

 その爺さん達の孫世代が生まれてたから、そいつらと一緒に歌った。

 

 一人一言語を使うめちゃくちゃ面倒臭い星系に行った。

 俺は結局そいつらの言語をほとんど理解できなかったが、歌は通じた。

 全員で別々の言語で歌いまくったよ。

 

 ある戦争で、俺は和平使節団に同行した。

 仕方のない戦争で、最前線で戦ってる男達も、互いを憎んではいなかった。

 終戦を迎えて、両国の男達が酒盛りを始めて、俺も混ざって、戦争の終わりを喜びながら歌い合ったりもした。

 

 いい思い出だ。

 良い記憶だと思う。

 だから、なんとなーくでも歌っちまうんだ。

 色々辛いことがあっても、歌えてる内はまだ戦える。まだ頑張れる。

 記憶を失う前の俺がそういうやつだっていう確信があるんだ。

 

 歌ってると、歌と共にあった記憶が蘇って、忘れてたことも思い出して、二つの世界を救わねえとって気持ちが湧いてくる。

 

「e8be9be3818fe381aae38184e381aeefbc9f」

 

 おん?

 今が辛いか……って書かれてもな。

 そりゃ、記憶は吹っ飛んでるし、世界の命運は俺にかかってるらしいし、ライス姫の世界が吹っ飛んでて罪悪感マシマシだし、そりゃまあメンタルノーダメージってわけじゃあないが。

 平気だ。

 何故なら歌えてるからな。

 

 辛いから無理をするために歌ってるんじゃねえ。

 俺は歌えてるからまだ頑張れるんだ。

 たぶんな。

 

 

 その顔はなんだ……?

 どういうお気持ち……?

 

 まあ、俺は歌いながら洗い物してるから。

 冷える前にギガスの中に戻っとけよ。

 俺が歌ってても、ギガスの中にまで歌は届かないだろうから、寝る邪魔にはならない。

 たぶん。

 

「ふーんふふふん、光り輝く星の上~、夜の闇は逃げ出して、空から人が舞い降りた~」

 

 

 

 

 

 

 

「君と星を追っていこう―――ん? あれ、まだいたのかライス姫」

 

 洗い物は終わったぞ。

 

 筆談で伝えとこう。

 

 

「e3819fe381aee38197e38184e6809de38184e587bae38292e6809de38184e587bae38197e381aae3818ce38289e6ad8ce381a3e381a6e3828be69982e38081e7b4a0e695b5e381aae8a1a8e68385e38292e38197e381a6e3828be38293e381a0e381aae38182e280a6e280a6e381aae38293e381a6e6809de38186e38191e381a9e38081e8a880e89189e3818ce9809ae38198e381a6e3819fe381aae38289e38081e681a5e3819ae3818be38197e3818fe381a6e38081e681a5e3819ae3818be38197e3818fe381a6e38081e381a8e381a6e38282e8a880e38188e381aae38184e381aae38182e280a6e280a6」

 

 なんだ。

 なんだその顔は。

 

 微笑み?

 親しみ?

 いや俺の歌が下手だったから愛想笑いされてる?

 うっ。

 なんかそう見えてきた。

 姫は優しいからそんなこと思わな……いや優しいからこそなんか微妙な表情を浮かべた可能性……ヤバい、動悸がしてきた。

 お、俺は、歌の上手さとかにはそんなに自信ないですね。

 ま、まだ練習で伸びしろがあると思うし?

 やめろ、にこにこと俺を見ないでくれ。

 

 うおおおおおお!

 芸術に造詣が深い姫!

 歌、練習しときます。

 お耳汚しすんません。

 

 今日はもう歯を磨いて寝よう。

 

 

 

 

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