まだ早いとは思ったが、それでもこの一撃ならば…そう思わざるを得ない一撃。
さしものジャティスも、あの一撃には無力だ。
「っ!?」
真銀の剣が砕け散る、その瞬間を見るまでは、そう思っていた。
アルフォネア教授最後の切り札は、ジャティスの体に1ミルとて、通っていなかった。
「なんだいこれは?僕がルールだと言ってたじゃないか。ルール違反はよくないな、グレン」
マズイ…あそこはジャティスの領域だ!
今まで誤魔化してきたが、あの位置はマズイ!
「間に合え…!」
俺は咄嗟に先生を【次元跳躍】で、俺のすぐ側まで飛ばす。
どっちが早いか賭けだったが、俺の方が早かったらしい。
「すまねぇ…!」
「大丈夫です。だけど…参りましたね、これは」
「ああ…!まさか【
無言で佇むジャティスと、肩で息をする俺たち。
焦燥感が心を焦がすが、俺はそれを辛うじて落ち着かせる。
「…やれやれ…次はどうすっかなぁ…!」
「負けられないよ…!アイル君!」
「当然!」
俺とルミアが身構えると、隣にシスティとリィエルが来て、2人も構える。
だがジャティスは俺たちを全く見ずに、その後ろにいた先生に声をかけた。
「…そんなものかい?」
「チッ。知るかよ。テメェのインチキ魔法の前じゃ、どんな術も技も児戯になるに決まってんだろうが」
「違う。そうじゃない」
嘲りや侮りだと思ったのか、忌々しそうに返す先生の言葉を、ジャティスは真っ向から否定した。
こいつ何を…っ!?
気付けばジャティスは、怒りを紛らせた視線で、先生を睨んでいた。
「違う。違うんだグレン。君の力は…正義は、そんなものじゃないはずだ!確かにシスティーナ、ルミア、リィエル、アルタイル。君たちは素晴らしい。僕の正義の足元にも及ばないが、僕がねじ伏せるに値する力と正義がある。そこは認めよう」
嬉しくねぇし、随分ないいようだなこの野郎。
「だがグレン。君は一体、いつになったら本気を出す?いつになったら真剣に僕の正義と向き合ってくれる?ことここに至って、この僕を失望させてくれるのはやめてくれないか…!?君がそんな体たらくだとしたら…僕は一体、何のために5億年の研鑽を積んできたと思ってるんだ!?」
「なにを訳のわかんねぇことペラこいてんだ、テメェは!?俺はいつだって本気で全力だ!俺みてーな三流魔術師にテメェは一体、何を求めてやがんだよ!?そもそもテメェのワケワカメな正義なんざ、どうでもいいわ、ボケッ!俺はセラの仇のテメェをぶっ倒せればそれでいい!そんでもって、学院のヤツらや仲間たちを救えるばそれでいい!それ以外のことは知らん!知ったことか!それだけだ!」
「…先生…」
ただ訳の分からない言い分に、先生は怒鳴り返してるだけ。
…にも関わらず。
俺には何故か、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「…本気で言っているのかい?本当に…それだけなのかい?君の力は…正義は…?その程度なのかい?」
「本気もクソも、今も昔も俺は三流魔術師だろうが!今はセリカの力を分不相応にも、一時的に使えるようになっただけだ!俺は俺であって、それ以外の何物でもねぇんだよ!!!」
呆然と呟くジャティス。
そんなジャティスに、先生は苛立ち混じりに叫ぶ。
しばらく本気で驚いた顔で黙り込み…
「…失望したよ、グレン。心底、失望した。君がその程度だったとは…。君は…君だけは違うと、凡百の愚者どもとは違う…そう信じていたの」
そう本気で哀しそうに呟いて、帽子を深く被り直す。
ルミアたちが怒るが、ジャティスは意にも返さない。
「ぶっちゃけ言うとさ。9を助けるために1を切り捨てる。1を助けるのに9を切り捨てる。君たちはどっちがより上位の正義だと思う?」
どっちが上位の正義か…だと?
そんなもの決まってる。
「どっちもどっちだ」
「正解」
考えるルミアたちを無視して、俺はジャティスの問いに答える。
「どちらがより上の正義かなんて、見方によって変わる。世間的に前者が重んじられているのは、最大公数を重んじる合理的思考からだ。現にアルベルトさんは前者だが、自分のことを1度たりとも、正義だとは言っていない」
「もしそれを超える正義があるとするなら、10を救う。ま、絶対無理だろうけどね」
こいつ…誰がそんなに言葉遊びをしろと…!
そう苛立っていると、我慢出来なかったのか、システィが怒鳴り声を上げた。
「ふざけないでください!だったらあなたの正義だって矛盾してるじゃないですか!」
「たとえ話さ。そもそも僕の正義に誰かを救うだの、守るだのは関係ない。全くの無関係なんだよ。ただまぁ…ヒントは送ろう」
だがそんな怒りを無視して、ジャティスは飄々と話す。
「…『何かを為す者とは、歩み続けた愚者である。為さぬ者とは、歩みを止めた賢者である』」
それは…アルフォネア教授の…。
何となくだけど…本当になんとなくだが、ジャティスが言いたいことが、一欠片だけ分かった気がする。
今の先生は、俺たちを優先するあまり、歩みを止めてしまっている。
【正義の魔法使い】になろうとする…その歩みを。
「この世界の魔術師ならば、誰もが知る格言。この言葉こそが、グレン。宿敵たる君に送る最後の塩だ」
「…何を…言ってやがる…!」
「グレン。君は今まで頑張った。ひたむきな君の生き様は、多くの者たちの心を揺さぶってきた。君は今までずっと、誰かに何かを与え続けてきたんだよ。だから…もうそろそろ、その何かを、自分に与えてもいいんじゃないか?」
「だから…!お前の言ってることの意味が…!」
「もしこれだけ言っても目覚めないのなら…哀しいかな。僕とっくに、君を超えてしまったらしい。僕にとってもう君に価値は無い。…終わりにしよう。ちょうどいいものがあるんだ」
そう言うとジャティスが手をかざして、詠唱を始める。
「『遍く世界は汝が見る夢·汝、万物の混沌統べし者·汝、盲目にて白痴の主』」
ここに来て新手の攻撃か…!
俺たちがすぐに身構えるのを見ながら、ジャティスが闇から何かを引きずり出す。
それは…
「箱?」
箱としか形容のしょうがない、箱だった。
そしてその中から出てきたのは、黒光りして赤い線が走る、多面結晶体型の宝石だ。
「これは彼、大導師が数千年かけて造り出したものさ。このままお蔵入りはもったいないだろ?だから突貫工事で、一応使える程度には仕上げたのさ」
まさか…あれが!?
それに気づいた時には、既に術式が発動していた。
間に合うか…!
「みんな!【マインド·アップ】!急げ!」
その直後、眩しい光が俺たちを包んだ。
「大丈夫かい?わしの可愛い孫娘」
「…お爺様」
「さあ行くよ、システィーナ。叡智の門の鍵は開いている」
「ええ、行きましょう!お爺様!」
システィーナは祖父のルドルフと、メルガリウスの天空城の謎を解き、ついにそこに足を踏み入れ、その光景をいつまでも眺め続けた。
「うふふふ、素敵よ。エルミアナ。彼もメロメロよ?」
「ふふっ、ルミィったら、本当に綺麗。愛しの彼もイチコロね?」
「お、お母さん!///姉さん!///」
「でもしばらくは、公務の合間を縫って、こうして3人で何気ない話をして、のんびり紅茶でもいただきましょうか」
「じゃあ私は、早速お茶会の準備をしてきますね、母様」
「私…2人のことが大好きです!ずっと…ずっと一緒にいられるのいいですね!」
社交界デビューの着せ替え人形にさせられていたルミアは、そのまま母のアリシアと姉のレニリアと、楽しいお茶会をした。
「コラぁぁぁぁぁ!!リィエル!待ちなさい!」
「むぅ…イルシア、しつこい」
「君たちはどうしてこう、双子なのにこうも違うかな…?。それはさておき、おやつに苺タルトを作ったけど…」
「っ!」
「ぁぁぁぁあ!待ちなさいリィエル!また私の分まで食べたら許さないからね!」
「…さて、腹ごしらえでもしたら、リィエルの勉強を見てあげるかな」
リィエルは双子のイルシアと、2人の兄シオンと共に暮らす。
それはなんてことない、とある兄妹たちの普通の日常だった。
…様。兄様!」
「んぁ…?」
この声…ベガか?
なんかすげー夢見てた気がする…。
でもなんの夢だっけ?
「もう。朝ごはんできてますよ、兄様」
俺のベッドの横には、腰に手を当てて
「あぁ…わりぃ。先に行っててくれ。すぐに行く」
俺はそう言ってベガを部屋から出し、学院の制服に着替える。
東の辺境の村の生まれの俺たちだが、魔術を学ぶため、このフィジテにあるレストランで住み込ませてもらっている。
ベガがいるのは、将来的にベガも通うため、先にフィジテに慣れさせよう、ということらしい。
「おはよう。爺さん。婆さん」
「おはよう」
「おはよう。アルタイル。さあさあ、早くお食べ」
「はーい。いただきまーす」
…うん。
相変わらず婆さんとベガの飯は美味い。
そう思いながら食べ進めていると、爺さんが何かを滑らせてきた。
「
「お、マジで?」
遠いため、月一くらいのペースで手紙を送りあっている。
どうやら村も特に変わったことは無いらしい。
あとは長期休暇には帰ってこい…か。
「ベガ〜。
「
「おう。…ってやべっ!?遅刻する!」
慌てて飯を食べて、バッグを持って店を出る…って忘れ物!
「忘れ物した!」
俺は慌てて部屋まで駆け上がり、机に上に置きっぱにしてあった、
そんな騒がしい俺を、呆れたように見る爺さんと、微笑ましそうに見る婆さん。
そして困ったように笑うベガ。
「よし!行ってきます!」
「行ってこい」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ、兄様!」
俺は店のドアを開けて、フィジテの街を走り抜ける。
走って走って走って…そして…
魔王遺物【輝ける
この物質には、夢と現実の境界線を弄る力がある。
この力を利用し、人の夢と現実をそっくり入れ替える…これが大導師の計画の全容。
各個人にとって、最も幸福な世界線として、それぞれが独立し、永遠に続く。
そして現実の肉体は、赤い結晶体の中に閉じ込められ、永遠に存在し続ける、永劫不朽の石と化す。
外からこれを解くには、世界を一つ壊す程の破壊力が必要になるが、そうすれば中の人物の精神がどうなるか、想像すら出来ない。
…そう、外からは、だ。
「だ…ラァァァァァア!!!」
「ぐぅぅぅぅ!」
「はぁ…!はぁ…!」
「ん…!」
クッソ…何とか破れたか…!
あぁクソ!
悪趣味も大概にしやがれ…あの腐れ魔王!
〖あ、あなたたち…!〗
「ククク…夢は所詮夢。本人がそれを望まなければ、醒めるは道理さ。【
チッ…難なく防ぎやがって…!
「手ぇどけろよ。その舌引っこ抜くからさ」
「それは無理な相談だね」
貫手を掴まれたまま、俺とジャティスは睨み合う。
内容に関与してない?
知るかそんなもの。
「テメェ…絶対ェぶっ潰す!」
「酷い屈辱…!絶対に許しません!」
「本っ当にムカつく人だわ!」
「ん。絶対にボコる」
俺は【次元跳躍】で距離をとり、ルミアたちと共に構える。
どうやら全員、怒り心頭らしい。
どんな夢見たかは知らないが、そりゃあんな幸福な夢見させられたら…腹も立つわな。
とにかく今やれることはひとつだ。
「徹底的に攻める!何とか弱点を炙り出すぞ!」
「ええ!先生!私たちがフォローします!行きましょう!」
…だが。
何故か先生からの返事がない。
…まさか…。
俺たちが慌てて振り返るとそこには…
「…先生?」
未だ結晶の中に囚われている、グレン先生の姿があった。
ガラガラガラ…ゴロゴロゴロ…。
心地よい揺れと音の中、俺の意識が揺れる。
頬を撫でる爽やかな風。
不意になにか小さく、柔らかいものが頬に触れた。
じんわり温かく、いつまでも感じていたい。
でもすぐに離れてしまい、その名残惜しさに、やっと俺の意識が覚醒しだした。
「…ん…?」
見渡す限りの穏やかな大草原。
ここは…一体…?
「あ…ご、ごめんねグレン君。起こしちゃった…かな?。南原のアルディアまでまだもう少しあるから、寝ててもいいよ?」
この…声は…。
すぐ隣から声が聞こえた。
シルクのような白い髪に白い肌。
民族的な衣装と羽根飾り。
肌や頬には赤い顔料で描かれた紋様。
「…ぁ…ぁぁ…」
何故か、もう二度と見ることは無い…そう思っていた。
「どうしたの?グレン君…泣いてるの?なにか怖い夢でも見たのかな?」
そう微笑むその顔に、俺はつい顔を背ける。
「バカ…そんなんじゃねぇ。子供扱いすんな」
そもそもなんの夢見てたかなんて、すっかり忘れた。
きっとその程度のものなんだろう。
だから、何故か思い出さなくてはいけない気がする…そんな感情は押し殺す。
「…
「なぁに?ふふっ。今日はなんだかおかしなグレン君♪」
…