「…おぇぇ…完っ璧に二日酔いだぜ…」
「あはは…ご苦労さま」
【ブラッド·クリアランス】まで使い、血液内のアルコールを減らして参加した酒宴の翌日、すっかり二日酔いのグレンはシラスに呼び出されていた。
その内容はというと…
「まず婚礼の儀の日取りが決まった。一週間後だ」
婚礼の儀には、南原特有の文化があるため、色々と用意が必要なのだ。
そして二つ目が…
「…え?き、教師!?俺が!?」
アルディリアにある学び舎で、講師を務めて欲しいという内容だった。
そんなこんなで引き受けた教師役。
着いた学校はアルザーノ帝国魔術学院とは比べるべくもない、学校というより日曜日の教会の延長線上のようなものだった。
そして教室に入った時…
『先生!また遅刻ですよ!』
『まあまあ、システィ。先生も色々あったんだよ』
『いやいや、どうせ寝坊でしょ』
『ん。苺タルトおいしい』
どこかで見た気がする少年少女達が、どこか親しげで気安げな視線を向ける。
「…グレン君?」
「…あ?」
(なんだ…今の?)
教室に入るなり呆然とするグレンに、セラが心配そうに声をかける。
「ぁぁぁぁぁぁぁあ!?なんで貴方がここに!?」
そんなグレンの悩みをぶった斬る絶叫。
そこにいたのはシスだ。
「ってお前もいるんかーい」
そんな訳で見事にギスギスなグレンだったが、【ショック·ボルト】を題材にした授業を行った結果、見事に生徒達の心を掴んだ。
…だがシスの抱える迷いや葛藤には、まだ遠く届かなかった。
シスがシルヴァース家の秘宝の一つ、【風の
そしてその事実に気付いたセラ達は、シスの行方がカーダス山脈だと当たりをつけた。
かつてシルヴァース家は【
途中でシルヴァース家は【
その際に賜ったのが【風の
「君には怪しく聞こえるかもしれないが、我々には神の声が聞こえるのさ。概念的なものではなく、大いなる神性のね。ただシスには神の声が聞こえないんだ」
「でも神は人間の味方じゃない!無色透明の暴力そのもの!神の声が聞こえてないのに【風の
「しゃーねー。いっちょ行くか!」
グレンはセラと共に、カーダス山脈へと辿り着く。
だが既に時は遅く…
ーー汝、時渡る狂気と暴威。風に依りて永劫を引き裂く者。
ーー汝に仕えし旧き神官の系譜シルヴァースの風の戦巫女が此処に希う。
ーー『Iya,Ithaqua』
それはスペリングではなく、鳩琴の旋律が奏でる音。
そしてシスを依り代に現れるは、数多の風を従え、時と空間を超え三千世界を永劫渡り歩く、大いなる神性。
かの神性の名は…風を統べる女王、風神イカータ。
「…あぁ…ァァァァア!?やめて…私を食べないでぇぇぇぇぇぇ!!?」
だがシスには…否、人間では外宇宙の神を降ろすなど、出来るはずもなく。
シスは少しづつ、その体と精神を蝕まれ出した。
「ど、どうすればいい!?セラ!」
「今、シスと神を繋いでるのは【風の
「チッ。秘宝らしいが仕方ねぇよな!」
グレンが魔銃【ペネトレイター】を構える。
確かに現状の距離なら、グレンは確実に当てられる。
だが…
(クソ…!風の動きが不規則すぎて読み切れねぇ!)
イカータの撒き散らす風が、その狙撃の予測の邪魔をする。
忌々しそうに銃をしまった直後
ーー【ペネトレイター】で、どうにかなる状況かよ。少しはマジになれや。
気付けば。
自分の隣に
どこか見覚えのある服装に、ぼろのマント。
その目はしっかりとシスを見ていた。
「グレン君!どうしたの!?」
そんなセラの声が聞こえた時には、影も形も無くなっていた。
「ッ!?す、すまねぇ!【ペネトレイター】じゃ無理だと思ってよ!だが俺にはこれがある!」
そう言って引き抜いたのは、古めかしい
「この銃弾の軌道を操作できる【クイーンキラー】なら行ける!」
「…ねぇ、グレン君?そんな銃持ってた?ううん、今どこから出したの?」
自信満々に説明しようとしたグレンに、セラは困惑気味に尋ねる。
だがグレンは、それには答えられなかった。
だがそれは
「…行け!」
それを振り切るように放つ【クイーンキラー】の銃弾。
だがその大口径の銃弾すら、荒れ狂う風の前に粉々に切り刻まれてしまった。
「うげっ…!?マジかよ!?」
しかもその行動のせいで、完全にイカータから敵判定されたグレンは、その恐ろしい風に襲われる。
「グレン君!」
だがそれは、すぐさま
しかし、そのセラもここまでの移動の【
「ゲホッ!ゴホッ!」
「セラ!」
血を吐くセラに、グレンはかつてない危機感を抱く。
(
そんな訳分からない事を思い、猛烈な焦燥感に駆られていた。
(どうすれば…!?どうすればいい!?)
ーーそんなもん決まってんだろ?いつまで寝ぼけてやがるんだ、お前。
再びもう一人のグレンが声をかけてきた。
ーー【クイーンキラー】…いい線いってたんだけどな。だかああいう外宇宙の邪神共を相手にするにゃ、少々役不足だ。そんなのとっくの昔に分かりきってただろ。
呆れ返ったようなもう一人のグレン。
このグレンが何者なのか…それは今のグレンには分からない。
否、
「じゃあどうしろってんだよ!?クソッタレが!」
ーーだから、いつまで寝ぼけてんだよ。
さらに呆れてようなもう一人のグレン。
ーー今のお前には
「ッ!?」
その言葉を最後に、もう一人のグレンは消えた。
そう…あるのだ。
そんなことは
だが
「…ッ!」
やがて決意を決めたグレンは、セラの隣に並び立つ。
「ぐ、グレン君!?危ないよ!」
「いや、もう大丈夫だ」
そう言って左手を前に掲げ、何やら呪文を唱えた瞬間、眩い光とともに赤い魔晶石が現れた。
それを握り小さくブツブツと呟き…
「時天神秘【OVER CHRONO ACCEL】」
その瞬間、全ての時が止まった。
「え?…ぇぇぇぇぇえ!?」
驚くセラを他所に、グレンは歩いてシスに近づき、魔銃【ペネトレイター】を抜く。
「『
慎重に【風の
たった一発の銃弾で、南原崩壊の危機を救った。
その銃声は、まさに終わりを告げる鐘の音だった。
…歩み続ければいい…か。
未来への不安に押し潰されそうになったシスに、自分がかけた言葉。
それが深く俺の胸に刺さる。
そして俺は…再び夢を見る。
あの4人が、1人の男に挑む夢だ。
「君達は…いつまで戦い続けるんだい?」
「先生が帰ってくるまでだよ!それかお前をぶっ倒すまでだ!サイコ野郎!」
世界を引き裂く投槍の一撃が、黒い女神の一撃とぶつかり、文字通り世界を震撼させる。
「ジャティス。確かに貴方は強いわ。どれだけ歪み狂っていても、貴方の正義は本物。そこは…それだけは認めてあげるわ」
「お褒めに預かり恐悦至極だよ」
銀髪の少女の刺々しい言葉に、慇懃無礼に返す男。
「ならば理解したはずだ。君達では僕には勝てない、と」
「…そうね。それは否定しないわ。私達のこれまでの道が、これからの道が、正しいと信じてる。でもあまりにも貴方とは、かけてきた時間が違う」
そう言うと、男は手を叩いて褒めた。
「よく勉強してるじゃないか。そう、魔術の二大法則が一、【等価交換の法則】。魔術の本質とは、自分の心の有り様を極め、自らの在り方を突き詰めることに他ならない。君達の進んできた道や神秘、正義が僕に劣ってる訳では無い。ただ単純に…
「そりゃ5億年も自分の正義のために邁進してきた人なんて、世界広しと言えど貴方しかいないでしょうね!ありとあらゆる分枝世界を全てひっくるめても、いてたまるもんですか!」
「ふむ…そこまで分かってて、なぜ君達は僕と戦い続けるのかな?」
その声色に見下す意志も、挑発の意図も微塵も感じない。
ただひたすらに興味と敬意だ。
「…逆に聞くがよ。お前、逆の立場ならどうするよ?」
黒髪の少年がそう言い返すと、男は黙り込む。
「絶対に諦めねぇよな。死ぬその時まで。最後までお前はお前の正義を貫こうとするよな。それが答えだよ」
「私達は先生が帰ってくるって信じてる!だから戦える!だから諦めない!」
「だが一向に帰ってこない。君達は買いかぶり過ぎなんじゃないか?君達が思っているより、ずっと凡人なのかもしれないよ?」
「ハッ!何をいまさら。あの人は割とどこにでもいる凡人だ。どこにでもいる普通の人だ。…だからこそ!その苦しく険しい道を行くその姿は、何よりも尊かった!何よりも眩しかった!それはお前もよく分かってるはずだ!」
少年の強い言葉に、男はニヤリと笑う。
そんな男に銀髪の少女が続く。
「でも誰だって迷い時はあるわ!挫けそうになる時だってある!きっと先生は今、自分の最も根幹にある心的外傷…ある意味最強最大の敵と戦ってると思う!だから今度は私達が教えるの!先生がただあゆみ続けた先に未来があるって!ただそれだけで、先生は
それぞれの隣に立つ金髪の少女と青髪の少女も、黙って頷く。
そんな様子をしばらく黙っていると、不意に男が笑いだした。
「クククッ…!こんな立派な教え子達に恵まれるなんて、教師冥利に尽きるじゃないか。だが僕は容赦しない。『汝、他者の望みを炉にくべよ』…結局のところ、どれだけ綺麗事を並べても、ここに尽きる。なぜなら僕達は魔術師だからね」
そう言って山高帽をかぶり直す。
「さあ、若人達よ。君達の正義を謳うなら。僕という薪を炉にくべてみろ」
「語るに…及ばず!」
「端からそのつもりだ…行くぞ!」
再び始まる大激戦。