これまでの日々は、本当に幸せだった。
セラのふとした仕草が、こちらを見て微笑む笑みが、愛しくて堪らなかった。
南原の人々も気がよく、悪くなかった。
シスを始めとする生徒達も、街のみんなも、みんな俺を慕ってくれた。
セリカとも話せた。
だからもう満足だ。
だから…もう…
「それではこれより、シルヴァースの姫にて【風の戦巫女】セラ。アルフォネアの伜グレン。両名の婚礼の儀を執り行います」
ついに、俺達の婚礼の儀が始まった。
ますセラが、【風の戦巫女】の地位を返上する。
【風の戦巫女】になるには、純潔の乙女という条件があるからだ。
そのまま手順通りに進み、ついに互いの誓いの言葉を述べる段階に。
「汝、風の民、シルヴァースの一族の姫、セラ。貴女はグレン=レーダスを夫とし、生涯をかけて愛し合い、共に歩む事を誓いますか?」
「はい、誓います。風の神の名において」
「汝、北の盟友の民、グレン。貴方はセラ=シルヴァースを妻とし、生涯をかけて愛し合い、共に歩む事を誓いますか?」
「…」
「…グレン君?」
黙り込む俺に、セラが不安そうに見る。
シラスさん達も何事かと、不振な目を向けてくる。
だが…俺は…悟ってしまった。
「…ああ。多分
目尻に溜まる涙を拭い、俺はこのタイミングだと悟る。
分かっちまった…魂がそう理解しちまった。
この世界に、たった一つだけ存在する分岐路、唯一の帰還点だと。
そう…俺は…。
「本当は分かってたんだ。この世界はありえない、おかしいってな。多分、今ここで誓えば、その違和感を忘れて永遠にこの世界で生きていくことが出来る…理屈抜きでそんな気がする。でもな…」
こんな俺に神官が再び、誓いの言葉を言わせようとする。
だがここは…俺の生きる世界じゃない。
あいつらが俺を信じて命張ってるあの世界こそが…俺の生きる世界だ。
だから…だから…!
「…悪ぃ…セラ…!俺は誓えねぇんだ…!帰らなきゃ…いけねぇんだ…!本当にすまねぇ…!!」
苦しみながら言葉を漏らした途端、世界がひび割れた音がして、全てが止まった。
「…ねぇ、グレン君。まだ間に合うよ?今からでもグレン君が誓ってくれるなら…私達はずっと一緒だよ?この
俺の手をそっと握るセラ。
その手を振りほどこうとする俺。
「…セラ」
「お願い…グレン君…」
「俺は…!」
「お願い…!」
振りほどこうとする俺の手を、セラは強く握り離さないようにする。
心が苦しい…嫌だと叫ぶ。
ここに残りたいと叫ぶ。
だが…それでも…!
「俺は…立ち止まらない。歩き続ける」
俺は、この歩みを止める訳には行かない。
俺を待ってる奴らがいる。
俺を信じて命かけてる奴らがいる。
だから…俺は歩き続ける。
その途端、止まっていた世界が崩れ去り、幸せな世界は崩壊した。
そして現れたのは…あまりにも哀しく寂しい廃墟だった。
これこそが、今のアルディア南原だ。
レザリア王国に滅ぼされた、
「…夢、覚めちゃったね。…お父様とお母様は、最後まで街を守ろうと、戦死なさった。シスは私を庇って死んじゃった。その後私は命からがら逃げ出して、帝国に亡命して、古き盟約に従って、帝国軍に入って、そして…君に出会った。君や皆と多くの戦いを経てそして…道半ばで死んだ」
そんなセラは溢れる涙を止められず、廃墟とかしたアルディアの街を見て泣きじゃくる。
「あぁ…アルディア…私の大好きな故郷…。本当に滅んじゃった…。グスッ…ヒック…グレン君と一緒に…生きたかったよぅ…」
「俺もだ…!お前と一緒に生きたかった…!」
そんなセラと共に泣くグレンは、そのまま涙を拭い背を向ける。
この世界は、セラがグレンと一緒になりたい…そんな願いがあったせいか、他の4人より強固な夢と化していた。
だが同時に、グレンへの忠告の手紙を書いたのもセラだった。
「…セラ。俺はもう限界だよ。世界を救うっていっても、どうしてもマジになりきれねぇ」
だが同時に、弱りきったグレンの心の弱さも、抜け出せなくなっていた原因でもあった。
大切なものを失う恐怖のあまり、足が動かなくなっていたグレン。
それに気付いていたのは、ジャティスとアルタイル…2人だけだった。
「システィーナ、ルミア、リィエル、アルタイル…あいつらは本気だ。女王陛下、イヴ、アルベルト…世界中の皆が本気だ。ジャティスやフェロードみたいなクズ野郎どもでも…本気だった…」
そんな不安げなグレンに、セラは笑いかける。
「大丈夫。グレン君はいつも本気だったよ。今はちょっと心が疲れてるだけ」
「なんで…お前にそんなこと…」
「分かるよ。だって私が好きになった人だもん」
そんなセラの言葉に息を呑むグレン。
そんなグレンを見ながら、セラは祈るようにグレンに語り掛けた。
「ねぇ、グレン君。私、どうしても貴方に伝えたかったことがあるの」
「…どうか、夢を追う歩みを止めないで」
瞬間、グレンの体に電流が走った気がした。
直感したのだ。
それこそが…あの時のセラの最期の言葉。
「ねぇ、グレン君。夢はただ、見続けるだけでいいの。叶わなくたっていいの。ただ、夢に向かって歩み続けるだけで、いい。夢の形が変わったって、全然構わないの。新しい夢を見つけてもいいの。時に疲れたら休んだって、いいの。ただ…夢を追うことそのものを止めたら… 歩むこと自体を止めたらダメだよ。だって私が大好きになったのは…そうやって、ずっと夢を追って歩み続ける貴方の後ろ姿なんだから」
「…」
「それに夢を叶えるなんて、全然大したことじゃないんだよ?だって…そうやって、夢へ向かって歩み続けている限り…貴方は、とっくの昔に、最初から【正義の魔法使い】だったんだから」
「…そっか」
そんなセラの言葉に。
グレンは穏やかに微笑んでいた。
「そうだよな…ただ歩み続けるだけでいいんだよな…。人は生まれながらに皆、どこかへ向かってそれぞれ歩き続けている…。別にそれは特別な事じゃない。誰でも出来る当たり前のことだ。それだけで…誰だって特別な存在になれるんだ」
そう言って。
グレンは歩き出した。
今なら、ポッケに入っているお守りが導こうとしているのが分かる。
セラに背を向けたまま、そのまま前だけ見て歩き続ける。
そして…。
それは唐突だった。
「はぁー…はぁー…」
「ケホッ…コホッ!」
「ぅ…っ…ぅぅ…」
「フー…フー…!」
いくら強くなろうとも、いくら心を強く持って挑もうとも、ジャティスとの戦力差は埋まらず。
魔力も体力も尽きた3人を守るために、俺は前に立って構える。
「いい加減やめたらどうだい?」
「だから…!やめねぇって…言ってんだろ…!」
「息も絶え絶え、魔力も体力も尽きかけてる君では、もう勝てないよ」
やかましい…んなもん承知だ。
だからって折れるのも有り得ねぇんだよ…!
俺とジャティスが、幾度目かの戦いを再開しようとした…まさにその時。
ピシリッ!
「「「「「「ッ!?」」」」」」
今までうんともすんとも言わなかった先生の結晶に、突如ヒビが入った。
思わず俺達は距離をとる。
眩い光を放ち、そして…
ガッシャァァァァァァァン!!!
ついにグレン先生が戻ってきた。
「せ、先生!」
「…先生…!」
「グレン!」
「グレン先生…世話の焼ける人だ…」
〖…
俺達が先生の元に駆けつけようとして…
「グレェェェェェェェン!!!」
それより早くジャティスが、俺達を追い抜き先生に迫った。
「…ァァァァァア!!ウゼェェェェェェエ!!!」
しかし心底嫌そうに叫んだ先生は、そのまま超至近距離で【イクスティンクション·レイ】を発動。
流石に無傷のジャティスだが、派手に後方へと吹き飛ばされた。
…う〜ん…それはともかく。
「なんか悔しいわ…!」
「見事に出鼻をくじかれたな」
ジト目のシスティと、呆れた俺。
「でも…本当にご無事でよかったです…!」
「ん。良かった」
涙ぐむルミアと、どこか嬉しそうなリィエル。
〖女をこんなに心配させて…このロクでなし…〗
妖精サイズのナムルスは、涙目の仏頂面だ。
「…悪いな。心配かけたな、お前ら。だが…もう大丈夫だ」
「せ、先生…?」
困惑気味に、システィが先生に声をかける。
その気持ちも分かる。
なんというか…一皮剥けたというか、悟りを開いたと言うべきか…。
とにかく、何かが変わった先生。
そんな先生はジャティスの方へ歩み寄り、睨み合う。
「…目は覚めたかい?」
「ああ。お陰さまでな」
「そうか。それで…君はやっと、本気を出してくれるのかい?」
「ああ。かったるいが…本気になってやるよ。俺は【正義の魔法使い】だ。昔も今も、これからもだ!」
なんの気負いもなく、恥も見聞もなく宣言して。
取り出したのは先生の魔術師としての象徴…
愚者のアルカナ。
一人の旅人が、先導する子猫、寄り添う子犬、肩にぶら下がる子リス、付き従う狼を連れて、世界を旅する…そんなお馴染みのアルカナ。
そして先生の
「『我は今、真理へ到達する』」
「『されど、その解は深遠に非ず·不変にて凡庸·遍く全ての物がやがて悟り至る道』」
「『只、歩み続ける事·此、是と為べし』」
「『然らばーー我らは全て特別な存在へと至らん』」
「『我、その心の魂の不変を此処に誓う』」
「ーー愚者【THE FOOL HERO】!!!」