「…つっかれたぁ…」
やっと全てが片付いた。
大喜びする3人を見ながら、俺はグッと体を伸ばす。
ふと辺りを見渡すと、ある異変に気が付いた。
「…あれ?ナムルス?」
「んぁ?ナムルスがどうしたんだ?」
俺の言葉に先生が反応し、同じくナムルスを見て唖然としていた。
「何よ?」
不貞腐れたようなナムルスだが、さっきまでの妖精サイズでも無ければ、半透明でも無い。
すっかり肉の体を得ていた。
「…元々私の存在はだいぶ不安定だったけど、ルミアと一時的に一つになった事で、なんか受肉する余裕が出来ちゃっただけよ」
なんだそのご都合主義。
まあそれはともかく…またライバルが増えたな。
頑張れ、システィ。
そんな呑気なことを考えていると、突然揺れだしたと思えば、空間に亀裂が入った。
天空城が限界なのだ。
「ヤベッ!?急がないと!」
「ああ。さっさとマリアを助けてやらねぇとな」
先生がマリアを縛る木に触れた瞬間、突然弾かれたように手を離す。
何事かと先生を見ると、滝のように冷や汗をかいていた。
「せ、先生!?」
「どうしたんですか!?」
慌てて先生に近付こうとする俺達。
だが異変は直ぐに起きた。
空が落ちてくる。
闇が降りてくる。
マリアを縛る大樹が腐り落ち、それがやがてマリアに取り込まれる。
「…」
致命的な事が起きている。
何か、取り返しのつかない事が起きている。
「そんな…!?ありえない…!嘘よ…!あっていい訳ないじゃない…!?」
ナムルスが何かに気付く中、そいつはマリアの中に降りてきた。
…否、最初からいたのかもしれない。
それは…いとも大いなる、いとも邪悪でなり、いとも威力があり…げに悍ましいなにか。
〖こんにちは、皆さん〗
世界のあらゆる汚音と不快音を煮詰めたような、悍ましき怪音。
それでいてこの世界の至高の楽器と演奏家達を寄り集めて、神域の楽曲を合奏させたかのような美音。
見た目はマリアそのものだ。
だが俺は…この声を知っている。
この吐き気を催す程の絶望を、俺は知っている。
「…【無垢なる闇】本体…だと?」
〖はい!私は【無垢なる闇】ですよ〜!〗
この世のありとあらゆる邪悪なるを集め、煮詰めたような混沌。
それはまさに、人の形をした深淵の底の底。
万千の色彩と混沌が織り成す純粋にして…【無垢なる闇】そのものだった。
「ありえない…ありえない…」
「「「「…………………………」」」」
ナムルスは壊れた蓄音機のように、同じ言葉を呆然と呟くだけ。
アルタイル達はただ、無言で絶望するだけ。
なまじ魔術師としての位階が、遙か高くなったからこそ、明確に感じ取ってしまった。
目の前にいる、圧倒的絶望を。
〖そんなにビビらないでくださいよ〜!わざわざ先輩達に理解出来るように、こうしてスケールを落として、この依代に合わせてるんですから〜!〗
「「「「…………………………」」」」
(ダメだ…詰んだ)
呆然としながらも、必死に考えていたアルタイルだが、気力も体力も魔力も尽きた今…否、そもそもそれらが十全だったとしても、【無垢なる闇】には敵わない…魂レベルにまで理解させられてしまっていた。
そんな中ただ一人、グレンだけは違った。
「…」
静かに【
そんなグレンを見て、【無垢なる闇】は愛おしそうに呟いた。
〖…
(…『
奇妙な言い回しをする【無垢なる闇】に、アルタイルが内心首を傾げる。
〖いえ、ちゃんとこう呼ぼうかな!人の身でありながら神の域に到達した人間。人の神。多くの多次元連立並行宇宙世界に住まう、全ての人間達の希望にして守護神。
「…」
〖今回も無事に会えてほっとしてますよ…何せ
「…ああ、そうだな」
(待て待て…何を言ってるあの2人!?)
勝手に進んでいく話に、アルタイルが困惑する。
だがそれでも…こいつは野放しは出来ない。
そんな本能が、アルタイルの体に喝を入れる。
「スゥー…ハァー…」
深い深呼吸をし、決死の覚悟を決めるアルタイル。
一撃に全てを込める…そう決めて編んだ槍を握りしめる。
〖もう!早とちりしないでくださいよ!〗
そんなアルタイルに、【無垢なる闇】はカラカラと笑う。
〖実は私、まだこの段階ではこの世界にを手を出せないんです!〗
「…はぁ?何を言ってる…?」
〖だってこの世界はもうエンディングに入ってるんです!だから安心してください!〗
「だから!何言ってやがるんだ!」
アルタイルの怒声を無視して、【無垢なる闇】は両腕を広げる。
〖そう、これから始まるのは私と彼の物語です!〗
そう宣言した直後、グレンが空間を斬り裂いて、そのまま【無垢なる闇】に【
〖あぁぁぁん♡この感じ…やっぱり私達の始まりはこれじゃないと!〗
「ま、待ちなさい!何してるのよ!グレン!」
「決まってんだろ!こいつと俺をこの世界の次元から切り離して、この次元樹から追放するんだよ!今はそれしかねぇ!」
ナムルスの動揺に、グレンは怒鳴るように返す。
「大丈夫だ!任せろ!俺はこいつを地獄の底までも追いかけて、こいつを確実に滅ぼす!この世界には近付けさせねぇ!」
「ば、バカ!やめろ!」
そんなグレンに、アルタイルが怒鳴り返す。
「どれだけの世界線があると思ってるんですか!一度出たら二度と戻れませんよ!」
そんなアルタイルの声に、三人娘が顔を上げた。
さらにナムルスが付け加える。
「アルタイルの言う通りよ!この宇宙は貴方が思う以上に複雑怪奇で膨大なのよ!何の目印もなく漂流すれば、あなたはこの世界のこの時代には二度と戻れない!この私でも見つけられないわ!それだけはやめて!グレン!!」
「そ、そうですよ!やめてください!グレン先生!!」
「ん!グレン!ダメ!!」
「先生!戻ってきてください!!」
慌ててシスティーナ達もすがるが、もはやそれしか出来ない。
魔力も体力も尽きているのだ。
(次元跳躍は出来ないけど、糸を飛ばすだけなら…!)
「アルタイル!!
そんなアルタイルを気配で察したのか、グレンがアルタイルに怒鳴りつけた。
その瞬間、アルタイルの動きが止まる。
「俺が…一番守りたい人…」
「最後の最後で間違えんじゃねぇ!!
(俺の正義…それは…!それは…!)
あの時約束した、ほんの小さい約束。
そしてそれを改めて決意し直した、テロの日。
そして…。
「…クソ…!クソ…!!クソォォォォォォォォ!!!」
アルタイルが底まで尽きた力をさらに振り絞って、方陣を描く。
「ナムルス!手を貸せ!」
「何言ってんよ!このままグレンを…!」
「もう崩壊しかけてんだ!このままだと、先生の覚悟も無駄になる!」
アルタイルの言葉でナムルスは、ハッと周りを見渡す。
目の前の展開に気を取られていたが、着実に天空城の崩壊が近付いている。
このままでは誰も生きては帰れないのだ。
「待って!やめて!アイル!」
「アイル君!お願い!待って!」
「やめて!アイル!」
「うるさい!!気が散る!!!」
(クソが…クソッタレが…!!!)
すがりつく3人を振り払い、アルタイルはナムルスと共に転移の用意を進める。
「それでいい。俺のことは気にするな。これが自然の成り行きなんだ。今なら分かる。なんつーか…
そんなグレンの言葉を、唇から血が出るほど食いしばりながら聞いたアルタイル。
そんなアルタイル達に、グレンはチラリと振り返った。
「ありがとうな。システィーナ、ルミア、リィエル、アルタイル。お前らがいてくれたから、俺は道を得た。もう大丈夫。どこまでも歩いていける。ただ歩み続ければいい…大したことじゃない。それを教えてくれたお前らのためなら…この世界を守る為なら…俺は何処までも歩いていける。今なら胸を張って言える。俺は…【正義の魔法使い】だからな」
「バカァァァァァ!!!こんなの違う!違うのぉぉぉぉぉ!!!バカバカバカバカー!!!」
半狂乱で泣き叫ぶシスティーナを苦笑いで見てから、グレンはアルタイルに託す。
「アルタイル。後は頼む」
「…バカ教師…!覚えてろよ!!」
世界が白く染め上げられた瞬間、アルタイル達の景色が変わった。
急に感じる無重力に強烈な風圧。
フィジテの遥か上空に投げ出された。
「こ…」
崩壊する【メルガリウスの天空城】に向かって、手を伸ばしながらシスティーナは叫ぶ。
「このロクでなしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
…こうして。
私達の世界の存亡をかけた戦いと冒険の日々は、幕を閉じました。
終わった直後は色々あったけど。
それからの日々は、それまでの混沌としていた日々が嘘のような平和でした。
そして…。
あれっきり。
先生かこの世界に帰ってくることは…私達の前に姿を現すことは…二度とありませんでした。