時は流れ、季節は巡る…。
私の耳に入る授業の終わりを告げる鐘の音。
「…あら、もうこんな時間なのね。今日はここまで。お疲れ様」
そう声をかけた途端、授業中特有の緊張感から解かれたからか、生徒達が騒がしくなった。
うん、その気持ちは分かるわ。
私もかつては…って、随分と懐かしい、けど恥ずかしい話が聞こえるわね。
「…コホンッ!」
わざと大きめの咳払いをして、そのヒソヒソ話を辞めさせる。
本人の目の前で言われるのは、流石に恥ずかしいしね。
「私のことはいいから、ちゃんと今日の内容は復習しない。いい?私の若い頃は…ッ!ゲホッ!ゴホッ!」
その時、不意にこの世界が揺らぐ感覚。
全身から急に力が抜けていき、喉の奥からせり上る何かに、思わずむせながら膝をつく。
今度は私の周りに集まり出す生徒達。
「だ、大丈夫よ…。心配しないで」
そう言って私は、何とか立ち上がる。
ぶっちゃけ、ぜんぜん大丈夫ではない。
私ももう歳だ。
魔術で色々誤魔化してきたけど、もうそろそろ限界だろう。
生命の限界、自然の摂理。
ついに従う時が来た。
私はいくつか言葉を残して、アルザーノ帝国魔術学院、二年次二組の教室を後にした。
久々に改めて見た街並みを見て、色々変わったと思う。
それもそうか。
「あれからもう…
天空城での戦い…今では魔王大戦と呼ばれるあの戦いから400年経った。
あの戦いは今も尚伝説として語られ、私達も英雄、グレン=レーダスと共に戦ったとして生きた伝説扱いされている。
そして私は、アルフォネア教授以来、2人目の
「…いや、もうみんな死んじゃったから、生きた伝説扱いは私だけ、か」
二年次二組の皆の葬式には、全部出た。
他にも一番最初に亡くなった、アイルのお爺様とお祖母様、イヴさんにアルベルトさん。
ル=シルバさんだって、200年前に亡くなった。
私達4人で言えば、一番最初に亡くなったのは、アイルだった。
「俺、特務分室に入る」
そう宣言したのは、あの人と離れてから一ヶ月後くらいの時だ。
私達…特に私だが落ち込みようは酷く、最初の頃はアイルに当り散らしていたくらいだ。
それを何も言わずに受け止めて、やっと冷静になって謝った後、アイルはこう言った。
「天の知恵研究会を倒したとはいえ、外道魔術師は腐るほどいる。先生が守ってくれたこの世界を、少しでも平和に保ちたい」
元々、軍属を希望していたアイルだ。
入ることに疑問はなく、イヴさんも卒業後すぐに入隊させ、すぐさまナンバー持ちにさせたらしい。
そんなアイルは数年後、魔導官僚になったルミアと結婚。
子宝にも恵まれ、特務分室としては珍しく、年齢を理由に退役。
「…楽しかった人生だった…。でも…心残りもあるけどな…」
その後75歳で息を引き取った。
その最後を看取ったのはルミアだ。
「ルミアがいなくなった時は、流石に堪えたなぁ…」
そしてその半年後、みるみる衰弱したルミアも息を引き取った。
それを看取ったのは私だ。
あれ程泣いたのは、あの人と離れ離れになった時以来かもしれない。
多分あの時は、アイルの分も泣いていた。
「リィエルは時間切れにでもなったみたいだったし…」
リィエルはずっと一緒だと思ったけど、まるで日向ぼっこをするリスのように丸くなり、静かに息を引き取っていた。
「イヴさんはめちゃくちゃキレてたし…。ナムルスさんはちゃんと会えたのかな…?」
あの後、最初の頃は不安定だったが、今となっては嘘のように平和になった。
なのにその平和に、あの人はいない。
「まだ戦ってるのかな…?」
先生、私はとっくにおばあちゃんになっちゃったよ?
私は言うことを聞かない体を引きずるように、帰路へとつく。
そのまま夕飯を食べお風呂に入り、いつも通り鍛錬と明日の用意をする。
「歳、とったなぁ…」
すっかりおばあちゃんな私の顔を見て、寝台の鏡を閉じる。
死ぬ前に先生に一目会いたい、一言話したい。
そう思った直後。
「ゴフッ!ゲホッ!ゴホッ!」
盛大に血を吐き出す私。
あ、ヤバい…これまでの比じゃない。
とうとう来たか…!
そんな小さな願いも届かず、私は息を引き取った。
…という
「…クソ…マジ悪趣味な
口ではそう言いながら、俺はあれがただの夢ではないと知っている。
きっとあれは、このまま進んだ未来の話だ。
このモヤモヤはきっと…。
「…いや、今は考えないでおこう」
あれからフィジテの街を始め世界各地で、復興が始まっている。
幸い店に影響はないものの、営業再開出来る訳では無いので、しばらくは炊き出しをしていた。
「さてと…炊き出しの用意でもするかね。学校にもそろそろ行かないとだし。他にもやらないといけないことは、沢山ある」
そう、本当に沢山ある。
時間は有限だ。
この街のため、世界のために出来ることをしなくてはいけない。
いけないのだが…
「…スゥ…」
気付けば俺は、先生のお守りの反応を拾おうと必死だし、どうにかできないかと考えている。
「…またしてるの?」
「ッ!?イヴ先生…おはよう」
「おはよう。朝早くからご苦労ね。朝ごはんはあるから食べちゃいなさい」
…朝ごはんが…ある?
一体誰が用意したんだ?
「お祖母様が早起きだったのよ。私ももう行くわ。今日はどうするの?こっち手伝う?」
良かった…イヴ先生が用意したのかと思った。
今日は…
「…久しぶりに学校行くよ。いつまでもあのまんまには出来ないからさ」
「そうね。早く仲直りしなさい」
仲直りというか、俺が一方的に当たり散らされてるっていうか…。
まあ、俺がグレン先生を見殺しにしたようなものだ。
システィが俺に当たり散らすのも、当然のことだ。
でも俺は…例えこうなると分かっていても…俺はルミアを取った。
「…よし。朝練してから炊き出しの手伝いして、学校行くよ」
「そ。頑張りなさい」
そう言って出ていくイヴ先生を見送り、俺も朝焼けのフィジテの街に繰り出したのだった。
炊き出しを終え、俺は一ヶ月ぶりに制服に袖を通して、登校していた。
そしていつもの待ち合わせの噴水広場にて。
「「「「…あ」」」」
ルミア達とばったり出会ってしまった。
「おはよう、アイル君」
「ん。おはよう。アイル」
「…ああ。おはよう、ルミア。リィエル」
「…」
挨拶してきた2人に返事をして、黙り込むシスティをちらりと見る。
…うん、やめておこう。
「行こうぜ」
「…うん」
気まずい空気の中、学校に向かって歩き出そうとして、裾を引っ張られた。
俺のローブの裾を握る手の先には…俯いて泣き出しそうなシスティがいた。
「…おはよう、システィ。どうした?」
「…おはよう、アイル。その…私…謝りたくて…」
システィは何も悪くない。
悪いのは力不足の俺だ。
「システィは悪くない。悪いのは…」
「アイルこそ何も悪くないじゃない!」
そんな俺の言葉を遮るように怒鳴り、システィが俺を見上げる。
「あの時のアイルは…最善だった。ああするしかなかった。分かってた…分かってたのに…。それでも私はアイルに理不尽に怒って、あまつさえ魔術まで使ってボロボロにした」
天空城から戻って翌日、俺はシスティに呼び出された。
その途端、風の魔術で吹き飛ばされ、馬乗りになられ、ひたすら殴られた。
慌てて駆けつけたルミア達が止めなくては、俺は多分あのまま、システィに殺されてただろう。
あの時のシスティは、それくらい正気じゃなかった。
「本当に…ごめんなさい…!謝って許されるとは思ってない…!でも謝らせて…ごめんなさい…」
このまま気にしてないって言っても、絶対にダメだよなぁ…。
仕方ない…茶化すか。
「…許さない。滅茶苦茶痛かったし。ツケ一だから」
そう言ってシスティにデコピンしてから、そっと手を離させて、学校への道を歩き出す。
「…アイル君…!」
「アイル…!」
「ん。良かった」
「良かったってお前…まあいいや。ほら、俺は一ヶ月ぶりなんだ。早く行こうぜ」
上手く伝わってくれたのか、嬉しそうに笑う三人娘を見て、俺も少し笑う。
でもやっぱり…あの人がいないとダメだな。
「…足掻きますか」
グレン先生を取り戻す。
【無垢なる闇】を滅ぼす。
この二つをなすべく、俺は出来ることをやると誓った俺なのだった。
学校に着いた俺達は、現在絶賛自習中だ。
講師教授陣が、軒並み復興作業に駆り出されてるため、実質的に休校状態。
他のクラスの連中には、未だ重症で入院中の奴らもいる中、うちのクラスはほぼ全員が無事だった。
「アイル、手が止まってるわよ」
「疲れてるんだ…勘弁してくれ…」
そんな事を考えている俺はというと、全く手がつかず、サボり中だ。
俺が一ヶ月の間復興作業を手伝っていたのは、この理由も大きい。
というか、システィとの不仲とやる気のなさ。
これが理由だ。
「こちとら炊き出しを手伝ってから来てんだぞ。休ませてくれよ」
「何言ってるのよ!」
「まあまあ、システィ」
「ん。アイル偉い」
何故に俺はリィエルに褒められたんだ?
そんなことを考えながら、とりあえずリィエルの頭を撫でてやりながら、ふと思い出した。
「そういえばシスティ。ご両親とは連絡取れたんだって?」
「ええ。あの能天気夫婦は、何やら愉快な仲間達を連れてるらしいわよ」
風の精霊を使った古典的な方法で、システィのところへ手紙が届いたらしい。
というか愉快な仲間って…
「相変わらずのタフネスだな…お前の親は」
「まったくよ」
そんな呑気な話を交えつつ、時折グレン先生がいない寂しさをみんなで埋めながら、こうして自主勉の時間は過ぎていったのだった。