学校が終わった俺は、ルミア達を屋敷まで送り、そのまま復興の手伝いをして、夜遅くに帰ってきた。
「ただいま〜…疲れた〜…」
「おかえりなさい。さあ、早くお風呂に入りなさい」
「んー」
婆さんに急かされるまま風呂に入り、飯を食ってあとは寝るだけ。
だがやはり、眠気は中々訪れない。
「…もう一度考えよう」
いささか心は軽くなった。
今なら、多少どん詰まりな思考から脱却出来るだろう。
何気なく取り出したイヴ先生との、戦術盤用のコマを打つ。
さてと…まず…
「【無垢なる闇】と先生のやり取りに、いくつか気になる点があった」
【無垢なる闇】の言い回しは妙な点が多かった。
まるでこの先の未来を知っていたような、そんな言葉があった。
「…いや、ようなじゃなくて、全部知っていた?」
【
あの武器をどこで手に入れたのか、それはナムルスもレ=ファリアも知らない。
メルガリウスの天空城にあった、無数の【神を斬獲せし者】の像。
アール=カーン曰く、あれはフェロードが夢見たレプリカと言っていた。
つまり…
「フェロードの【
最初は誰かが使っていて、その中で受け継いだ、ということになるのか?
さて、次はジャティスだ。
「ジャティスは真なる邪悪に出会った、って言ってたな」
あの男の性格からして、屁理屈は言っても嘘は言わないだろう。
つまり本当に、【無垢なる闇】に出会っている。
だがこの世界に顕現したのは、あの時が初めてのはず。
つまり…信じ難い事だが…
「あいつは他の世界から来た人間ってことになるのか…?」
というかそれ以外に思いつかない。
そしてそこは恐らく、【無垢なる闇】によって滅ぼされたのだろう。
そして巡り巡って、どんな因果か知らないが俺達の前に立ちはだかった。
…そういえばこの事も、【無垢なる闇】は何か言ってたな。
確か…
「『今回はいささか毛色が異なる』…だったか」
つまりあそこでジャティスと殺りあったのは、あいつからしても予想外だったのか?
そうなると神すら欺いたあいつは、本当に凄いやつなのだろう。
「今回…か」
様々な言葉や情報を鑑みるに、やはりこの流れは予定調和なのだろう。
「先生と【無垢なる闇】は、世界を渡り戦い続け…そして敗北する。そんな中【
そして全ては、【無垢なる闇】の描いたシナリオ通りに進んでいる。
そしてこの流れは既に、何回も繰り返されている。
この舞台を覆すには、何か行動を起こさないといけない。
「だが何をどうすればいい…!?」
そこで手が詰まる。
必死に考えて…考えて…ふと俺は、退場扱いにしたコマの中から、ジャティスに見立てたコマを取りだした。
「そういえばジャティスの奴、システィに【輝ける
…あ、そうか。
あれを使えば、【無垢なる闇】を引き摺り落とせるか…?
全員で一つの夢を見て、【無垢なる闇】の完全アウェーの世界を作れば、ワンチャンやれるか…?
いや、それだけじゃ足りない。
まだもう一手いる。
例えば…そう。
「神殺しならぬ神堕としの術式…かな」
あれだけの神格だ。
依り代が無いと維持出来ないだろう。
だからマリアから引っぺがして、【無垢なる闇】を孤立させる。
後はそこを全力で叩けば…いけるか?
「いや、希望的観測は持ち合わせるな。倒せてラッキー程度に思え」
だが1人で考えられるのは、まあこの辺りが限界だろう。
そろそろ3人を頼るかな…。
「ルミア。アルタイルだけど、今起きてる?」
アルタイルが思考に沈み込んでいる頃、フィーベル邸ではシスティーナが魔術書を読んでいた。
だが全く集中出来ず、頭からこぼれ落ちていく。
「はぁ…。何やってるの。システィーナ、何やってるの」
だがいくら集中しても全く効果は無く、ふと視界を落として、何気なく机の上の手鏡に目を向ける。
そして…心臓が悲鳴を上げた。
「…〜ッ!?」
その手鏡に写った自分の姿が、夢に見た年老いた自分の姿だったからだ。
慌てて目を擦り再び見たが、その時にはすでにいつもの自分の顔だった。
「…はぁ。あんな夢見たから…」
疲れたようにため息をつくシスティーナ。
だがしばらく黙り込んで…やがて…
「ぅぁ…ぁぁぁぁぁ…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
ついに心の許容量の限界を超えたシスティーナは、頭を抱えて泣き叫ぶ。
「嘘だっ!あれは夢なんかじゃない!現実なんだ!これから先、私に待ち受ける確定した未来!!私を待つ未来の現実なんだ!!」
それは今朝起きた時点で、分かっていたことだ。
理屈ではなく、魂レベルで理解してしまった。
この夢は現実なのだと。
「嫌!嫌だよ!会いたいよ、先生!どうして…!?どうして…!?う…うわぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「システィ!どうしたの!?」
「大丈夫!?システィーナ!」
狂ったように泣き叫ぶシスティーナの声を聞き、ルミアとリィエルが慌てて駆け込む。
そんな2人を見たシスティーナは、ルミアにすがるように泣き続けた。
「…そう、そんなことが…」
落ち着いたシスティーナから、事情を聞くルミア。
その顔は神妙で、なにか思うところがあるような顔だった。
「システィもそうだったんだ…」
「…え?」
「私も分かる。グレンは戻ってこない気がする。…勘だけど」
そんなルミアとリィエルの言葉に、システィーナは不思議そうに首を傾げる。
同じ夢、同じ予感を2人も抱いていたのだ。
3人で少しでも哀しみを分けられるように…そんな風に抱きしめ合う3人。
「フン。揃いも揃って女々しいこと。まあ、女の子なんだけど」
「ナムルス!?」
そんな3人の前に、ナムルスが現れる。
「今までどこに!?」
「うるさいわね。準備をしてただけよ」
相変わらずのツンとした態度だが、どこか他よりなさげなその態度に気付くことはなく、代わりに気になる言葉が出てきたことを尋ねるシスティーナ。
「…準備?」
「この世界を出る準備よ。このままここにいてもグレンは帰ってこない。黙って出ていくのもあれだったから、最後の挨拶に来ただけよ。後はアルタイルにも声をかけて…」
そう言い残して立ち去ろうとするナムルス。
だがその手を、すがるようにシスティーナが掴んだ。
「待って」
「何よ?」
「ダメ。待って。お願い。行かないで」
ナムルスが無理矢理振りほどこうとするが、意外に強く握られたシスティーナの手は、中々振りほどけない。
「ちょっと!離しなさいよ!」
「ねぇ、ナムルス。あなたさっき、『最後の挨拶』って言ってたわよね。貴女も予感…いえ、確信があるんじゃない?二度と先生とは出会いない…そんな確信が」
それはナムルスに心を鋭く抉った。
そもそもその可能性を指摘したのも、ナムルス自身だったからだ。
それでもナムルスは、ジっとしていられなかった。
だがそこを突かれたナムルスは、ついにシスティーナ同様、限界を迎えてしまった。
「…なら…なら、どうすればいいのよ!?私だって分かってるわよ!でも…それでも…私は…!!」
静かに涙を流すナムルスの肩に、ルミアはそっと手を添える。
そのまま深い沈黙が続いたその時、不意にルミアのお守りが光った。
((ルミア。アルタイルだけど、今起きてる?))
「アイル君…?うん、起きてるよ」
突然のアルタイルからの通信に、その場の全員がポカンとする。
((よし。システィとリィエルも起きてる?あと、ナムルスの場所知らない?))
「えっと…みんな、システィの部屋に集まってるよ?」
次々に出てくる自分達の名前に、ますます困惑する女性陣。
((お、マジか。ナムルス、どこにも行くな。どうせ行っても犬死だ。それより手伝って欲しいことがある。こっちに付き合え))
「…いきなり随分な言い草ね」
((何とでもどうぞ。すぐそっち行くわ。じゃ))
言いたいことだけ言って通信を切ったアルタイルに、首を傾げる女性陣。
「よっ。おまたせ」
「「「はやっ!?」」」
「ん。アイル速い」
次元跳躍で飛んだシスティの部屋は、まあ彼女らしい部屋だった。
「と、突然跳んでこないでよ!」
「び、びっくりした…」
「すっかり使いこなしてるわね…」
「すまんね。急を要するから。…で?何故にこんな大集合してるわけ?」
通信の時は聞き流してたけど、よく考えるとこんな時間になんで、全員集合してる訳?
「…夢を見たの」
ルミアの言葉に、俺も心当たりがあった。
「夢?夢って先生がいないまま歳食って、死んでった夢?」
そう言うと全員驚いた顔をする。
…いや、リィエルはほとんど変わってないけど。
「アイルもそうなんだ…」
「夢は所詮夢…って言い切りたいけど、あれはそうじゃないんだろうな」
この予感…いや確信は、全員そうらしい。
「そしてこれは恐らく、【無垢なる闇】が描いたシナリオ通りの予定調和だ」
そう前置きして、俺は自分の仮説を説明する。
「…それで?貴方の持論は分かったわ。でも何をさせたいのよ?」
苛立ちげなナムルスを見てから、俺はシスティを声をかけた。
「システィ、あれ使いたい」
俺が指さした先には、【輝ける
「あれは…」
「ジャティスが無駄なことをするはずがない。お前に託したってことは、あれには使い道があるはずだ」
俺の指摘に思うところでもあったのか、システィはしばらく呆然とした後、フラフラと近付き、その箱を開いた。
その途端…
「なにっ!?」
「眩しっ!?」
突然光だし、やがてその光は人の形を作り出した。
『やあ、久しぶりだねぇ。グレンの教え子達』
「「「「ジャティス!?」」」」
「…やっぱり何か仕掛けてたか」
呑気に呟く俺を他所に、それぞれが戦闘態勢をとる。
やれやれ…少しは落ち着けよ。
「大丈夫。こいつにどうこう出来る訳無い」
『アルタイルの言う通りさ。そう身構えないでくれよ。今の僕に君達をどうするつもりもないし出来ないさ。読んでたとはいえ、少し哀しいなぁ』
…ホログラムに読まれるのは、非常に腹が立つが抑える。
半透明の辺り、生前にこの中に残した残留思念による伝達役ってところか。
『しかしまぁ…これを君達が見てるってことは、そうかぁ…僕はグレンに負けたのか…。何度計算しても100%だったんだけどねぇ?僕が負けるなんて、想像も出来ないなぁ…ククッ。あるいは戦いには負けて、勝負には勝ったとかな?まあそれは置いといて…本題に入ろうか』
山高帽を深く被り直して、俺達と改めて向き合う。
「な、なんで貴方が…!?」
『何故って、僕が自ら行動する理由は一つに決まってるだろう?正義のためさ』
ここまでブレないとは、本当に大した奴だよ、こいつ。
というか、よくここまでドンピシャで合わせられるな。
『僕の正義執行プランは二つ。一つは知っての通り、この世界を丸ごと炉にくべてグレンを超え、【
「…」
「シ、システィ!落ち着いて!その手を離して!ね?ねっ!?」
「リィエル。システィを抑えとけ」
「ん。わかった」
頭にきたのかの、蓋を閉めようとするシスティをルミアが止めて、その間にリィエルに抑えられるシスティ。
まあ気持ちは分からんでもない。
『…で。万が一、億が一、兆が一、それがダメだった時の為に、別のプランを用意しておいたのさ』
ここからが本題だ。
『正直成功するとは思えないが、事ここにおいて、確率という数字は最早意味を示さないだろうしね?だったら君達に託すのもありかなって』
「どうして…?」
『…グレンを助けたいんだろう?』
こいつ…そこまで分かってるのか。
死んでもなお、俺達を取り乱させてくれる…本当に大した男だ。
…そういえば。
メルガリウスの天空城、【
『どうやら聞く気になったみたいだね。まあ、読んでたけど』
すっかり静かになったシスティを読んで、ついに全てを話し出したジャティス。
『まず君達はこの世界一つの真実…真理、真の姿形を知る必要がある。それなくして彼を救うのは不可能だ。ちょっと長い話になるが、最後まで聞いて欲しいな。そして、それを聞いた上で一体、どうするのか?それは君達次第、というわけさ』
緊張する俺達の前で、滔々と語り出すジャティス。
それを聞いて分かった事は、俺の予測以上に複雑な事になっていたこと。
そして…俺達のやるべきことは単純であったことだった。