それより、こんな学生生活も楽しのうですよねぇ。
それではよろしくお願いします。
これは何でもない平和な日常。
彼らの思い出、
とある穏やかな昼下がり。
行きつけのカフェのオープンテラス席を陣取っている俺達は
「だから、ここはこうで…この式を変換して…」
「あ、本当だ。システィ、凄い」
「そうなるのか…納得」
今日の講義の復習をしていた。
ほとんど、システィーナによる解説を聞く会なのだが、天才肌にしては説明は分かりやすい。
そんな様子を黙って見つめるリィエル。
その目の前には、苺タルトがある。
…ああ、悪い事をした。
「悪ぃな、リィエル。まだかかりそうなんだ」
その俺の一言に2人も気付いたらしく
「あ、ごめんね。先に食べててもいいよ?」
「気にしないでいいからね?」
リィエルに先に食べるように催促してから、再び勉強に没頭する。
だから気付かなかった。
リィエルが、痛みに耐えかねていることに。
「おぉぉぉぉぉ!!久しぶりのマトモな飯だーー!!」
「もう!騒がないで下さい!恥ずかしい!」
次の日の昼、給料が入ったのか、いつも以上にテンションが高いグレン先生と、それを咎めるシスティーナ。
「うるせぇ!これが騒がずにいられるか!今日は豪勢にするぞ!」
「全く…無計画に使ってたら、意味ないでしょう…」
「あはは…まあまあ…」
何時でもどこでも騒がしい連中だよな、俺達。
今日は俺も食堂であり、ローストビーフ、フィッシュアンドチップス、ミートパイ、チーズサラダなど、結構貰ってきた。
先生は痩せの大食いなので、俺と似たようなメニューに、俺以上の量で持ってきた。
先生は挨拶もそこそこにガッつき出す。
「もう!行儀悪い!」
「仕方ねぇだろ…!マジで数日ぶりなんだから…!」
まだ食ってるし…どれだけ飢えてるんだよ…?
「あれ?どうしたの、リィエル?」
ルミアの声に反応して、リィエルを見る。
「リィエル?腹減ってないのか?」
「…そうじゃない」
「どこか具合が悪いの?」
「…そうじゃない」
「苺タルトに飽きちゃった?」
「…そうじゃない」
俺達が聞いても、全部素っ気なく答えるだけ。
そんな様子を知らずに
「お!リィエル食べないのか!?だったら俺が!」
なんの遠慮も無く、先生がリィエルの苺タルトに手を伸ばす。
「ダメ!」
慌ててリィエルがかっさらって、口に放り込む。
その瞬間
「ピィィィィィィィィ!!!?」
文字通り、変な声を出しながら飛び上がる。
俺達は唖然として、リィエルを見つめる。
普段能面のリィエルが、ここまで感情を出すとは。
何やら右頬を…あ。
「リィエル。口開けて」
俺はリィエルの口の中を確認して…
「アハハ…。これは立派な虫歯ですね…」
「苺タルトの食いすぎだ。バカもん」
案の定、右奥歯にでかい穴…虫歯が出来てたのだ。
システィーナ達も歯磨きの速さには、違和感を感じてたらしいのだが、そこまで気が回らなかったらしい。
「これって…法医術でどうにかなるんですか?」
「なりますよ?私歯科治療出来ますし。まずは、虫歯になった歯と神経を削り取ります。これはどうにもなりませんので。空いた穴に粘土状の疑似歯質を詰め込み、それを法医術で同じ成分に変換して、馴染ませるんですよ」
へ〜、そういう風にやるんだ。
でも…
「削るのは、一緒なんですね…」
「アイル君?顔色悪いよ?大丈夫?」
「あ、あぁ…実は俺も虫歯になった事あるんだけど…。その時ゼンマイ駆動式ドリルで、ゴリゴリ削られるのが、滅茶苦茶痛くてさ…。あれ以降二度と虫歯になるもんかって誓ったんだよ」
顔に出るほどあれはキツかった。
二度とごめんだ、マジで。
「…?私にはよく分からないけど…ムシバ?治すの痛いの?」
「大丈夫ですよ。私はいい麻酔の魔術薬持ってますし、魔力駆動式ドリルなら、速いですから」
「おいおい、アルタイル。リィエルをビビらせて、どうするんだよ」
む、その気は無かったが…それもそうだな。
そうして治療が始まったのだが…
「んあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ドンガラガッシャーン!!!
聞いた事ないような悲鳴をあげて、セシリア先生を突き飛ばすリィエル。
そのまま逃走。
「「「「セシリア先生!?」」」」
「う、迂闊でした…。あの薬、稀に体質的に聞かない人が…」
「なんて…運の悪い…」
「と、とにかくリィエルを探さないと!」
「ああ!急ぐぞ!」
俺達は手早くセシリア先生の手当てを済ませて、一旦教室に向かう事にした。
「お前達!リィエル見なかったか!?」
教室にたどり着くと、何やら掃除ロッカーの前で皆が困り果てていた。
「先生?何が…?」
俺達は、皆に事情を説明する。
「なるほど〜。…リィエルなら、そこだぜ」
カッシュが指さした先…掃除ロッカーがガタッと揺れる。
「サンキュー。ほらリィエル。出てこい」
「やだ」
ドアを開けようとすると、中から引っ張ってるのか、ビクともしない。
「リィエル!虫歯ば早めに治療しないと、大変な事になるのよ!」
「でもやだ」
「リィエル。今度は大丈夫だよ?次はきっと…」
「嘘。…痛かった」
ルミアの説得にする、応じない。
涙声で言われると、こう…兄貴としての性が、揺すられる。
「アイル君…甘やかしたら…」
「リン。分かってる」
どうやら、リンには気づかれたらしい。
先生が強行手段に出た。
あともう少しってところで…
「やだ…やだァァァァァァァァァァ!!!」
リィエルがロッカーの中から、砲弾のように飛び出してきた。
先生もその付近にいた生徒達も吹き飛ばして、廊下に脱兎の如く逃げ出したのだった。
「あんの、おバカァァァァァァァ!!!」
先生が怒り心頭の中、俺達2組生一丸となって、リィエル捕獲に乗り出す。
まさにその時
「話は聞いた!」
「我々も手を貸そう!」
「『死ね』!」
「「ギャアアアアア!!」」
反射的に、魔術で吹っ飛ばしてしまった。
「アンタらが絡むと面倒なんだよ!オーウェル教授!ツェスト男爵!」
そう、首を突っ込んできたのは、学院きっての変態ワンツーだった。
「あ、アイル君…このままだと…!?」
「クソ!先生!どうする!?」
「こうなったらヤケクソだ…!全員まとめてやるぞ!【リィエル捕獲大作戦】!決行!!」
まずすべきなのは、外に出さない事。
つまり
「おっと。残念だったな、リィエル。この学院に流れる霊脈を利用して、お前だけを弾く結界を張らせてもらった」
「それはいいが、アルタイル。どうやって?」
「…オーウェル教授の発明を利用した」
「あのバカ…!」
俺と先生が、頭痛くなる会話をしている間に、皆がリィエルを取り囲む。
何とか皆が説得しようとするも、それもダメ。
「はぁ…面倒くさい。どうするんですか?」
「ええい!しゃらくさい!かかれ、もの共!」
ギイブルの言葉を受けた先生が、悪代官のような号令に、皆がリィエルを確保しようと動き出す。
しかしそこは特務分室の軍人。
素人では話にならない。
「フハハハハ!私に任せたまえ!こういう事もあろかと、地雷を仕掛けておいたのだァ!!」
オーウェル教授が高笑いしながら、何かを操作すると、突然地面からニョキニョキと何かが生えてくる。
本人曰く、地雷。
「だから、お前は…」
先生がオーウェル教授を逆さに抱き上げ、高く跳躍。
そのまま首を肩につけて、股裂きクラッチ。
「何を想定しとるんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そのまま激しく着地。
その衝撃で、オーウェル教授をKOさせた。
「し、信じられねぇ…!?あれは!」
「あれは…【五所蹂躙絡み】!使い手がいたなんて…!?」
「2人は何言ってるの?」
愕然とする俺達に、苦笑いしながらツッコミを入れるルミア。
これなら流石のリィエルも…と思ったのは一瞬。
「「「「「「ぎゃあーーーー!!!」」」」」」
「俺が死んだら…ベッドの下にある…聖書を…捨てて…く…れ…」
「「「「「ルーゼルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」」」」」
死屍累々の同級生達。
そりゃ、獣並みの感覚を持っているリィエルだ。
この程度、朝飯前か。
しかし、素人の同級生達はそうはいかず。
後ルーゼル…それは性書だろ…。
「オーウェル!さっさと引っ込めろ!」
「む…!仕方ない…!」
オーウェル教授が引っ込めた途端、一気に包囲網を脱出して、逃げ出すリィエル。
「「「「「「「「…」」」」」」」」
「…」
俺達は沈黙したまま、オーウェル教授を睨む。 無言の睨み合いが続く中、先生が動き出す。
「…何か、言い残す事は?」
「…ふっ!失敗は成功の元!次に乞うご期待!」
「する訳ねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
次に俺達が追いついたのは、悶えるリィエルを見下ろす、エロ…ツェスト男爵。
「…ふっ。精神支配魔術とは、こうするものなのだよ」
ドン引きしてる俺達に、得意げに男爵が言う。
「精神支配は、かける瞬間を悟られてはいけない。戦いが始まった時には、既に決着はついている。…それこそ基本にして、理想なのだよ。分かるかね?」
なるほど…たしかにそうだ。
ツェスト男爵の言葉は、正しい。
ただ…俺達が言いたいのは1つ。
「「「「「「「倫理的にアウトーーーーーーー!!!」」」」」」」
俺はパンチを打ち込む瞬間、全部の関節を固めて、文字通り、全体重を乗せて放つ。
人体が発するような音では無い音を響かせながら、ツェスト男爵を沈める。
「あ、あれは…【全関節固定打撃術】!?アイル…貴方、使えたの!?」
「システィはどうして、そんなに詳しいの?」
そのままツェスト男爵は無視して、俺達はとにかく学院中を逃げ回るリィエルを、ひたすら追いかけた。
「…正攻法では無理か」
俺はこっそりと抜け出す。
リィエルを探し出す。
…あれ?アルフォネア教授も一緒だ。
「リィエル、見つけたぞ」
「ッ!?アイル…」
すぐにアルフォネア教授の背中に、隠れらてしまう。
「…なぁ、リィエル。たしかにすごく痛いけどさ、早くしないとずっと痛いままだぞ?俺もそりゃあ、死ぬほど痛かったけどさ…」
俺は懐かしき、あの日を思い出す。
ウッ…体が震える…。
「…アルタイル?お前もなのか?」
「へ?何がです?」
「やっと見つけたぞ!リィエル!」
俺がなんの事か聞き返そうとした時、グレン先生達がやってくる。
「ったく…散々逃げ回りやがって…お仕置だぞ?」
先生が冗談めかして、リィエルにそう告げた途端。
「…本当だったのか」
「は?セリカ?」
「アルフォネア教授?」
アルフォネア教授がボソッと呟いたと思えば、突然俺達を庇うように立ち塞がる。
…あれ?
「お前、聞けばコイツらに随分酷い事してるらしいじゃないか?」
…え?酷い事?『コイツら』って…俺まで?
何言ってるんだ?この人。
唖然としていると、突然アルフォネア教授が魔術をぶっ放した。
「私は…そんな風に…!体罰と痛みで教育するような奴に育てた覚えは無い!!!」
これ…もしかしなくても、思いっきり勘違いしてるやつだ!
「あ、アルフォネア教授!?ちょっと落ち着いて…!俺達の話を…!」
「ッ!?…グレェェェェェン!!!」
あ、これ火に油注いだパターンだ。
そのまま止めきれず、学院中を震わせる壮大な戦いが始まって…
「アハハハハハ!!虫歯の治療か!!だったら、そう言えよ!!」
「言う前にぶっ放したでしょう?」
どうやら、アルフォネア教授は教員研修に行っていたらしく、その内容が体罰だったらしい。
そこにリィエルの腫らした頬と、俺の言葉。
それらが重なり、過剰に反応してしまったらしい。
「ん?…これ、リィエルの歯ですよ!」
「なんだと!?」
「…リィエル、あーん」
俺が口の中を確認すると、たしかに抜けていた。
そして、下から新しい歯が生えてきていた。
「それ、乳歯だったんだな。とりあえずは虫歯の心配はこれで無くなった…かな?」
こうしてなんとも言えない結末になった。
まさに、骨折り損のくたびれ儲け。
…いや、先生の場合、修繕費のせいで、儲けゼロか。
ちなみに後日フィーベル邸にて、真剣に歯を磨くリィエルの姿があったとか。
おまけ
「システィーナ。ルミア…血が出てきた」
「え?…あぁ!もう!強く磨きすぎよ!」
「歯茎から血が出ちゃってる!せ、セシリア先生のところ行かないと!?」