それではよろしくお願いします。
宵闇のベールが上がり、静寂の夜が遂に明けた。
フィジテ中が異様な緊張感に包まれる中、それはこの学院も例外では無い。
俺は各校舎に配置された魔術方陣の最終チェックを行っていた。
「北は問題なし…次は東だな…」
「アイル!」
呼ばれて振り返ると、カッシュ達が俺を見ていた。
「絶対全員で、生きて帰ってこいよ!」
「…お前らこそ!死ぬんじゃねぇぞ!」
カッシュの優しい激励に、俺はしっかりと目を見て返す。
そのまま次の東棟に向かった。
そこでは…何やら漫才が繰り広げられていた。
…よし、無視しよう。
俺はさっさとチェックを終えて、南館に向かった。
南館に着くと、そこは何とも言えない不安感が包まれていた。
理由は…ジャティスに一杯食わされただけじゃなく、左腕を切り落とされ、絶賛絶不調中のイヴさんだ。
「はぁ…何やってんですか!!」
俺は思いっきりその背中を叩く。
「痛っ!?何するのよ貴方!?」
「やかましい!あんたがボサっとしてるからだろ!?いい!あんたがここの指揮官なの!そんなあんたがこの体たらくじゃ、何も守れんでしょが!」
そう言われたイヴさんは、何の反論もせずに、顔を俯かせるだけだった。
「…はぁ。いいですか?イヴさん。『大事の前の小事』です。小事が成せない人に、大事は成せません。貴女が何を抱えて、何に苦しんでるかは知りません。ですが…今はそんな葛藤、放っておいて下さい。今貴女が最優先すべきは…ここの防衛及び、ここにいる人達を守る事です。出来る出来ないじゃなくて、やるんです。…きっとそれが、軍人の務めってやつでしょ?」
俺はそれだけ言って、離れる。
さっさとチェックを終えようとした時
「アイル」
テレサが俺の裾を掴み、呼び止める。
「…何?」
俺は振り返って、顔を見る。
その顔は、不安げで、泣きそうな顔をしていた。
「…行かないで。…私の側にいて!」
テレサの思いがけない一言に、言葉が詰まる。
「…ごめん」
やっと絞り出した一言を呟いてから、ゆっくりと手を解き、背を向ける。
「…行ってくる。死ぬなよ?」
「…うん。アイルこそ、生きて帰ってきて」
そのまま俺は西に向かう。
その後ろでは
「…ッ!!」
「…よく頑張りましたわ、テレサ」
黙って泣きじゃくるテレサと。
そんなテレサの背中を、ウィンディが優しく撫でていた。
それを振り切って西館に辿り着くと、そこは程よい緊張感に包まれていた。
「アルタイル。どうしたの?」
俺に気付いたリゼ先輩が、不思議そうに尋ねる。
「方陣のチェックに来たんすけど…ここはハーレイ先生の管轄でしたね」
「ふん、私がいるのだ。なんの問題もあるまい」
その自信満々な発言は、確かな根拠が裏付けされたものだと知っているので、何も言わない。
「ジャイル…死ぬなよ」
「ハッ…誰に言ってやがる…。テメェこそ、くたばんじゃねぇぞ」
俺とジャイルはそれだけ言い合って、背を向ける。
俺達の関係なら、これで十分だ。
「アルタイル…ご武運を」
「先輩こそ…ご武運を」
俺は先輩と握手してから、中央に戻った。
「先輩は、土壇場には強いんです。…というか、そうならないと、強くないんですけどね」
「いや、それただの悪口じゃん」
戻ると、ちょうどクリストフが何か言っていたが、最後だけ聞くと、ただの悪口だ。
「先〜生に〜言ってやろ〜♪」
「ちょ!?待って!?アルタイル!?」
「ハッハッハ!おおいいぞ!言ってやれアル坊!」
「バーナードさん!」
俺達はひとしきりクリストフをイジると、そのまま報告に入る。
「各方陣問題なし。それじゃあ…行ってくる」
「グレ坊にも伝えてくれ。頼むぞ、と」
「皆さん、お気をつけて」
「了解です。そっちも気をつけて」
そう言い残して、俺は5人の元に向かった。
そして遂に、その時が来た。
【炎の船】の船底に溜まるエネルギー。
それはやがて、太陽のような輝きをもった真紅の光に変わる。
そして、白熱した。
全てを飲み込む光を、蒼く輝く魔力場がその全てを阻んでいた。
「よし…!!」
これが徹夜して、俺達が作り上げた防御用方陣【ルシエルの聖域】だ。
響き渡る歓喜の声を背に受け、俺は集合場合まで急いでいた。
〖グレン…ルミアをお願いね〗
「それは保証出来ねぇな。なんせルミアには、既にナイト様がいるからな」
「そんなキザったらしいものになった覚えは無いですよ」
やれやれ間一髪で間に合ったか。
それにしてもドラゴンとか…本当に何でもアリだな、あの人は。
「お、来たか。早く乗れ!」
そう急かされた俺は、ルミアの後ろに乗り込む。
⦅よし!しっかり掴まってろよ…行くぞ!!⦆
そう言ったアルフォネア教授の言葉と同時に、一気に飛び出すドラゴン。
ぐんぐんと突き抜け、乱気流すら突き抜けたその先は
「…」
言葉を失うほどの、絶景が拡がっていた。
どこまでも広がる蒼穹の空。
雲の絨毯と、遥か彼方の地平線。
そして太陽の光で輝く幻想の浮遊城。
大パノラマの空の世界が、そこにはあった。
その光景に圧倒されていると、突然大きな魔力反応を検知した。
「前方から魔力反応有!対空砲火来ます!」
⦅掴まってろよ!⦆
急旋回するアルフォネア教授のすぐ側を、熱線が通り過ぎる。
その込められた魔力に冷や汗を流していると、更なる反応を検知した。
「…!魔力反応多数!?これは…飛行型ゴーレム!」
「クッソ!団体さんかよ!?」
先生の焦った声に反応したのは、リィエルだった。
「グレンうるさい。システィーナを見習って」
そう言われて、システィーナをよく見ると
「うーん、大きなお星様が…見れる…」
「いやそれ気絶してないか!?」
「起きろーー!!白猫ーー!!!」
「システィ!?しっかり!!」
こんな時に何してんだよ、この猫娘!?
「来るぞ…!やるしかねぇ!!」
こうして俺達は、壮絶な
⦅カッ!⦆
アルフォネア教授のブレスが
「『猛き雷帝よ・極光の閃槍を以て・刺し穿て』」
システィーナの【ライトニング・ピアス】が
「『白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ』」
先生の【アイス・ブリザード】が
「えい。攻撃魔法」
リィエルが雲を触媒に、高速錬成した大剣をぶん投げ
「『吠えよ炎獅子』」
俺の【ブレイズ・バースト】が、敵を蹴散らす。
ゴーレムは問題なく、片付けているのだが、対空砲火が止まらず、近づけないのだ。
「クソ…!ジリ貧だ…!どうする!?」
そう俺が呟いた途端、下から一筋の閃光が上がる。
「あれは…【ライトニング・ピアス】?」
俺達が疑問に思っている中、
「セリカ…頼みがある」
グレン先生だけは、理解したらしい。
「ちょ!?追いつかれるぞ先生!?もっと速く!?」
「ダメだ!このまま維持しろセリカ!」
いやそうは言っても、目の前だし!?掠めてるし!?
そんな時、すぐ真隣の砲門が開く。
あ、終わった。
そう思った瞬間、一筋の閃光が、髪を掠めながら、砲門をぶっ壊した。
「は?…ま…まさか!!?」
俺は思わず下を見る。
一つだけ心当たりがあったからだ。
その心当たりに、ゾッとした。
「イカれてる…!!!」
(一定速度での飛行により、一斉掃射を確認。開門から発射までのラグ、彼我の距離、角度、着弾までの時間、全てに見切った。ならば…)
「
アルベルトが掲げる杖。
名を【
効果は単純、これを通して放つ魔術の威力を、極限まで増幅させる、それだけ。
それと、神がかった狙撃技術を以て、砲門を壊してるのだ。
「何あれ…?よくあれだけで通じるわね…」
言葉すら交わしてない2人の連携。
その信頼の深さに、呆れ半分、悔しさ半分でシスティーナが呟く。
こうして、対空砲火を全て無力化した俺達は
「突撃ーーーー!!」
先生の意気揚々とした号令の元、最後の突貫を行ったのだった。
「ここが…【炎の船】か!」
甲板に着いた俺達は、ドラゴンから飛び降り、周りを見渡した。
その見た目はマストの代わりに、奇妙なオブジェクトがある、巨大な戦列艦だ。
「これ、どうやって空に浮かんでるんだ?」
「今はその議論に意味は無いわよ、先生。…興味はあるけど」
だろうな。
ここで興味無いって言ったら、間違えなく偽物認定だよ。
体力も魔力も限界なアルフォネア教授には休んでもらい、先に進む。
船内への入口と思しき場所に辿り着くと、何かが陰に隠れていた。
その正体は
「…ッ!?先生!あれは…!?」
「ッ!?ジャティスか!?」
ジャティスの遺体だった。
先生が慎重に検分した結果、
どこか呆然とする先生に
「先生。今は気にする暇は無いですよ」
「そうですよ!いくら極悪人でも死体に鞭打ちたくは無いけど…これで良かったんですよ!こんな人に関わる必要はないんですから!」
珍しくシスティーナが、先生以外にトゲを吐く。
まあ、あんな事があればな。
そうして俺達は、先に進む事にした。
扉を開けたその先は、明らかに空間が歪んでいた。
「ルミア…大丈夫なのか?」
「うん、任せて」
ルミアが俺達の一歩前に立つ。
「『門より生まれ出づりて・空より来たりし我・第一の鎖を引き千切らん』」
不思議な響きを持つ、呪文を唱えた途端。
月明かりのような白銀の輝きが、煌々と照らし始めた。
〖いい?私達は与える者。…私達に与えられた者は、一時的に人間の限界を大きく超えた、桁外れの魔術演算処理能力を得るわ。これが私達の力の1つ、【
「お、オマケ…?」
〖貴女の真の力…それは【鍵】よ〗
「…鍵?」
昨夜、みんなが寝静まった頃、わたしはナムルスさんといた。
そこで私の力を教えて貰っていた。
まあ、スケールが大きすぎて、よく分からないんだけど…。
〖そう。貴女はその【鍵】そのものだと言ってもいいわ…〗
そう言うと突然、私の胸の辺りが、輝き出した。
その白銀の光が、夜闇を切り裂く。
〖一つ。貴女が、貴女自信がその【鍵】を心から与えたいと思える男が、いずれ現れるかもしれない。…いい?
ナムルスさんは、少しずつその輝きを体から引きずり出し始める。
〖それともう一つ。その【鍵】は魔術よりも、もっと旧い力。魔術が、人の純粋たる願いを叶えるだけだった頃の…【原初の力】。理性と理屈で操る魔術とは違うわ。
「【銀の鍵】よ!私の願いと思いに応えて!!」
私は【銀の鍵】を前に出して、くるりと捻る。
すると、ガラスが砕けるような音と共に、空間に亀裂が入り、ごくごく普通の廊下に変貌する。
あまりの現象に、誰も言葉を発せずにいた。
「この【銀の鍵】。ナムルスさんが、一日だけ使えるようにしてくれました。これが私の本来の力なんだそうです。この【銀の鍵】には、空間を操り、支配する力があります」
そう言うルミアは、愛おしそうに鍵を撫でる。
「不思議と馴染むんです。まるで長く共になった…そんな感じがするんです。私は…この力で皆を守る!例え…
そう宣言するルミアは、今までになく頼もしく見えるが、俺には言いようのない不安があった。
しかしそんな暇も与えてくれず、ゴーレム達が押し寄せる。
「皆の為に…フィジテの為に…あなた達に邪魔はさせません…」
そう呟きながら、鍵を前に向けるルミアの手を、俺は優しくそっと包んだ。
そのまま耳元で囁く。
「…ダメだよ、ルミア」
「あ、アイル君!!!?///」
ルミアが顔を真っ赤にしながら、耳を抑えて距離をとる。
その顔は、この糸と同じくらい真っ赤だった。
うん…そっちの方がいい。
「あんまり俺らの仕事取るなよ。行けるよな、リィエル?」
「ん。任せて。…ルミア。私には分からないけど…それは、あまり良くないもの…な気がする。お願い…もっと自分を大切にして?」
そう言ってから突貫するリィエル。
俺はリィエルの道を開けるために、
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
音速を超える勢いで、糸を放つ。
その力は、ゴーレムの波を真っ二つに切り裂き
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
リィエルが、いつも以上の気迫を以て、その間を突き抜けて一気に薙ぎ払う。
しかし、その波が引くことはなく、俺達はなし崩し的に、戦い続ける他なかった。
「クソ!キリがない!」
俺達は目の前の敵の集団を何とか倒した。
すぐに後ろを対処しようとした時、
「ルミア!?今すぐ…」
その先の言葉が出なかった。
何故なら、ルミアが鍵を回して瞬間、空間が切り取られ、そこにいたゴーレム達が消えていたからだ。
「…何が…起こって…?」
思わず唖然としながらルミアに尋ねる。
「彼らを異次元に追放したの。ああいう非生物は、力は強くてもこの世界との縁が弱いから、送りやすいの。…アイル君が言ってた存在の大きさってやつなのかな?…どんどん使い方が分かってきた。ううん、私の中の誰かが教えてくれるの。だから…行こう、アイル君。私も戦う。そして、皆を守る、
もう、取り繕えないくらいの、危うさがある。
コイツは…自分の事を極端に後回しにする…それが、悪い方に浮き彫りになっている。
人間っていうのは、自分という天秤を持って、どちらが自分にとって有益かを、測る生き物だ。
それが当たり前であり、滅私奉公などあってはならない。
それこそジャティスとは違う方向性のイカレだ。
だが下手に得た力と、この状況が、ルミアの中の何かのタガを外させてしまった。
もうダメだ、見てられない。
「ルミア…もうそれは使うな。危険すぎる」
「…ダメ。それじゃあダメだよ」
俺とルミアは、お互い一歩も譲らないと言わんばかりに、睨み合う。
「アイル…時間が…」
システィーナが、苦渋の顔で俺を止める。
「クソ…。いいか、これだけは言うぞ。『
そう言って俺は先に進む。
それ以降は特に何も起こらず、順調に来ていた。
「せ、先生!?気を付けてください!!」
「「どうした!?」」
俺と先生が同時に、システィーナを見る。
「今思い出しました!アセロ=イエロは船内の空間を自由に操れるんです!」
「「何!?」」
俺はすぐにルミアの手を繋ごうとした。
したのだが…その時には、既にいなかった。
「…ルミア?おい!?ルミアはどこいった!?」
そこで皆も初めて、ルミアがいない事に気付いた。
「クッソォ!ルミア!!!」
「落ち着けアルタイル!!」
駆け出そうとする俺を、先生が強引に止める。
「【アリアドネ】なら分かるだろう!!」
そう言われ、やっと思い出した俺は、すぐに反応を探る。
しかしその結果は…何も拾えなかった。
「え?」
こんな事初めてだ。
俺は他の人、アルベルトさんやクリストフ等を探すが、それ拾えない。
ここでやっと俺は、現状を理解した。
「アルタイル?」
「…違う。ルミアがいなくなったんじゃない」
俺は視線の先にいるゴーレムの大軍を見ながら、苦々しく結果を口にする。
「
正直、ホッとしてる。
グレン先生、システィ、リィエル、アイル君。
皆私の大切な人、愛しい人。
だから…人間を辞めた化け物は、同じく人間を辞めた化け物の私が相手する。
やがて、半楕円状の大広間に着いた。
そしてそこにある玉座に
〖ようこそ、ルミア=ティンジェル〗
アセロ=イエロがいた。
私は無言で歩み寄る。
〖なるほど、現状維持派が完成だと大騒ぎする筈だ…まさか【銀の鍵】が目覚めているとは…しかし、まだ不十分。もっと完成された貴女が必要なのだ〗
彼が何を言いたいかは分からないけど
「ごめんなさい。貴方達の都合は知りません。私は貴方を倒します。…
そう言い返しながら、しっかりと見据える。
不思議とフードで隠れているはずなのに、目が合っていたような気がする。
〖なるほど…やはり、あの方によく似ている。器として生まれたのだから、当然か…〗
何の事かまるで分からなかったが、立ち上がったのを見て、こっちも構える。
〖それの使い方は分かるな?〗
「分かります。気を付けてください。今の私は多分、システィよりも、リィエルよりも、先生よりも…そして、アイル君よりも、強いです」
〖…いいだろう。ルミア=ティンジェル。我が悲願のため…そして、その命貰い受ける!〗
「アセロ=イエロ。私の愛する人たちの為…私が貴方を滅ぼします!
彼の闇のオーラを纏った手刀と、私の白銀に輝く【銀の鍵】が、衝突した。
さあ、ここに化け物同士の戦いを始めましょう。
ここで、静かにテレサの事を振ってしまうアルタイル君。
そして、アルタイル君がルミアに言った言葉は、自分がそう思った事を言いました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。