絶望に堕ちだした世界を見せられ、俺は思わず尋ねた。
「…なんだよお前…?お前のその力はなんなんだ…?」
それは無意味なのは分かってはいるが、思わず尋ねずにはいられなかった。
「そりゃあ僕だって、それなりに苦労したさ。この領域に至るのに…5億年かかった」
「「…はぁ?」」
もうダメ、訳分からん。
呆然とする俺達を見て、ジャティスは話を続けた。
「忘れたのかい?魔王に留学させてもらったじゃないか。あの時僕は、時の果てに存在する【大図書館】に着いた。【
…あれを留学と呼ぶのは、世界でもこいつだけだろう。
大図書館とかよく分からんが、気の遠くなるような確率だろう。
「…というか、5億年だと?お前の精神、マジどうなってんの…?」
「ん?別に普通だろ?君だってできるさ。だって君と僕は似てるからね」
…はぁ?
俺とジャティスが似てる?
「冗談も休み休み言ってくれ…いやマジで」
「本気だよ?だって君も僕も、お互いの正義の為なら、どんなハードルも蹴り倒せる性質だろ?」
そう言われると、俺自身反論しづらい。
もしルミアを迫害する世界なら、たとえ世界に刃向かってても、俺はルミアを守る。
そう決めているからこそ、ジャティスの言葉に反論出来なかった。
「あなたとアイル君を一緒にしないでください!」
怒ったルミアが怒鳴りながら、ジャティスの断絶空間を破壊した。
「「…」」
先生とジャティスの間に、重い沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、ジャティスだった。
「グレン。僕は君に、前にこういったよね?いつか、僕と君の頂上決戦に相応しい、極上の舞台を心を込めて用意してあげる、って」
「…」
「どうだい?ついに整ったよ。君の正義と僕の正義、雌雄を決する舞台が、ついに整ったよ」
「…」
「そして僕も君も、紆余曲折あって…互いにこの大舞台の決戦に、相応しい力を練り上げてきている」
「…こんなものが、お前の正義か?」
ついに返事をした先生の声は、感情の読めない、妙に底冷えする声だった。
「ああ、そうさ」
「何度も言うが、テメェの理屈はクソだ。テメェこそ神様気取りか。自惚れてんじゃねぇぞ」
「確かに自惚れかもしれない。でも僕は…努力した。悩み、苦しみ、考え続け、一切妥協することなく、力を練り上げ、ひたすら邁進し続けた。そして…僕は僕の最上の正義を提示する。では君はどうだい?グレン」
「っ!?」
「君は手の届く範囲の人達だけ救えればいいのかい?そんな安っぽい、割とありがちな正義で満足するのかい?」
「黙れ…!俺は…!」
「わかるだろう?君の正義と僕の正義、どちらが上か、真に決着をつける時が来たんだ」
そう言い捨てると、ジャティスは腕を振り上げる。
するとメルガリウスの天空城から光が降り注ぎ、誘われるようにジャティスが消えていく。
「グレン。僕らはもう否定し合い、殺し合うしかないんだ。あの遥かいと高き、メルガリウスの天空城。その最深部に待つ。最終決戦だ。文字通りの…ね」
そう言い残して、ジャティスは完全に消えた。
その様子を、何も言わずただ黙って見つめる先生。
「せ、先生…」
そんな様子の先生に、システィが心配そうに呟くが、冷たく吹き荒れる風がそれをさらっていく。
こうして天の知恵研究会との戦いは、予想外の結末を迎えた。
そしてこの三日後、つまりノヴァの月四日、女王陛下より、グレン先生へジャティス討伐の勅命が、下ったのだった。
「…」
夜のアルザーノ帝国魔術学院の屋上。
俺はそこから、フィジテの街を見下ろしていた。
「風邪ひいちゃうよ」
「ルミア。ありがとう」
現れたルミアが、ふわりと毛布をかけてきた。
お互い特に何か言う訳でも無く、ただぼんやりと街を見下ろす。
「あと一ヶ月かぁ…」
「そうだな」
あと一ヶ月。
一ヶ月で、喰い尽くされる。
文字通り、根こそぎ喰い尽くされる。
「…とりあえず、目先の危機は去ったな」
「うん」
「…探しに行くか?お姉さん」
「…え?」
それはこの場から逃げないか…そういう意味で言った言葉だ。
どこにいても、しくじった時の結末は同じだ。
これからのジャティスとの戦い、まず間違いなく激戦になる。
それこそ、フェロード戦よりもだ。
そんな戦いにルミアを連れては…
「ううん。姉さんならきっと大丈夫。だから…」
そう答えたルミアは、俺の手にそっと自分の手を添えて言い切った。
「私も戦う」
…ダメだ、こりゃ。
ルミアはこういう奴だったわ。
俺は思わず苦笑いを浮かべて、こう尋ねた。
「…ルミア=ティンジェルさん。俺と死ぬ時まで一緒にいてくれますか?」
「はい。私はアルタイル=エステレラくんと、ずっと一緒にいます」
どちらからともなく、俺達はそっとキスをした。
触れる程度の軽いキス。
でもどこまでも痺れるような、甘美なキスだった。
「…しちゃったね。キス」
「…ああ」
「今のって…そういう意味だよね?」
「そういうつもりで言った」
中々物騒な言い方だが、俺としては告白のつもりで言った。
無事伝わったようでなによりだ。
そう思っていると、突然ルミアが抱き着いてくる。
「ル、ルミア?」
「…言葉にして?」
…仕方ないなぁ。
俺はそっと抱きしめたまま、ルミアの耳元で囁いた。
「…好きだ。愛してる」
「…私も好き。愛してる」
ギュッと力を強めたルミアが、俺の耳元で囁き返す。
…うん、恥ずかしい。
「さ、中入ろう…ぜ…」
「うん。そう…だ…ね…」
俺達の言葉が止まった理由…それはドアからキラキラした顔で俺達を見る、システィの姿を見たからだ。
「ルミア!アイル!おめでとう!さぁて、私は今からこのことを風に乗せて…」
「「システィ!!!///」」
疲れているにも関わらず、俺達は壊れた校舎の中で鬼ごっこを始めたのだった。
なおシスティに出し抜かれた俺達は、その日のうちにフィジテ中にバレて、大騒ぎになったのだった。
騒ぎが一段落着いた後、アルタイルたちは用意をしていた。
「…アイル君。準備できた?」
「おう。行くか」
アルタイルは制服の上から、【アリアドネ】で編み上げた、真紅のロングコートを身に纏い、ルミアはナムルスと同じ、【天空の
2人である場所を目指していると、システィーナとリィエルと会う。
「そっちも準備万端か」
「ええ」
「ん。いつでも行ける」
システィーナは過去の世界で自分の先祖から引き継いだ、白い【風の外套】を身に纏い、リィエルは帝国宮廷魔導師団の制服を着ている。
ちなみにリィエルは、一時的に心肺が停止する程、かなりの重症だったのだが、たった数日でケロリとしている。
なお同じく重症なアルタイルも、たった一日で復活するほど、回復力が高かった。
4人が目指しているのは、グレンがいる場所だ。
「…いた」
「みんな、勢揃いだね」
2組の生徒たちが集まっていたので、すぐにそこにいるのだと分かる。
自然と道が開かれていき
「先生」
「…先生」
「グレン」
「グレン先生」
すっかりいつでも行ける様子の4人に、グレンは感情の読めない顔を浮かべる。
何か言われる前に、4人は畳み掛けることに。
「言っておきますけど!私たちは絶対に先生について行きますからね!私たちがついてないと、どんな無茶するか分かったものじゃないですから!」
胸を張って、不敵に言い放つシスティーナ。
「危険性は十分分かってるつもりです。戻って来れないかもしれないのも、分かってます。…だが俺たちは、それでもついて行く」
「私たちの未来のために、私たち自身の手で戦いたいんです。私たちは…魔術師だから」
覚悟を決めて、ハッキリと言い切る、アルタイルとルミア。
「わたしはグレンを…みんなを守るために、剣を振る。わたし自身が、そうしたいと思うから」
いつになく饒舌なリィエルの言葉には、熱い熱が込められていた。
…決意は固い。
覚悟も十分。
(そして何より…強くなったな)
恵まれた境遇の中、夢見がちのお嬢様として生きてきたシスティーナ。
異能を持つが故に王位を剥奪され、多くの過酷な試練に晒されてきたルミア。
人ですらなく、まさに作られた存在故の空虚に生きてきたリィエル。
多くを失いながらも、残ったものを守るために抗い続けたアルタイル。
それぞれの境遇を抱えつつも、彼らは成長した。
システィーナは真の魔術師になった。
ルミアは己の弱さと向き合えた。
リィエルは自分自身を手に入れた。
アルタイルは守れる強さを手に入れた。
「…お前ら…」
グレンは教師として、嬉しさを覚えていると、ル=シルバから話しかけられる。
「グレン。敬愛なる主様。あなたが大切に思うのは分かるけど…連れていくべきだと思う。あの男との戦いは、史上最高峰の魔術師戦になると思う。そんな2人の戦いに助力出来る者なんて、ほとんどいないの。
チラリとアルタイルたちを見て、さらに続ける。
「【イカータの神官】。【空の天使】とその契約者たる【継人】。黄昏…いや、今は【黎明の剣士】だったね。それぞれがそれぞれの天に至った者たち。彼らは決してグレンの足手まといにはならない。まだ彼らの実力を疑ってるなら…」
「ハハ。そうじゃねぇよ。だからお前は頭が竜なんだ」
そんなル=シルバの頭を、グレンは乱暴に撫で回す。
年相応のむくれ顔をするル=シルバに、穏やかに声をかける。
「アイツらが強いのはよく分かる。だがそれは、戦力的な強さじゃねぇ。それだけじゃあ、とてもじゃねぇが連れて行けねぇ」
そう言って、グレンは4人と向き合う。
「はっきり言って今回の…いや、最後の戦いはとんでもなくヤベぇ。そしてあの天空城の最深部は、未だに未知の領域だ。何が起きるか想像すらつかん。更には…待ち受けるジャティスは、恐らく史上最強最悪の敵だ。教師として、お前らを守り切り、絶対に無事に帰してやる…とカッコつけて言いてぇところだが、現実問題として全く保証出来ねぇ。それでも…俺について来てくれるか?力を貸してくれるか?俺と共に…戦ってくれるか?」
どこか不安げに4人を見るグレン。
そんな視線を受けた4人は、肩を竦めてから一言。
「当たり前」
「今更何言ってるんですか!」
「最後まで一緒に」
「一緒に…戦う」
グレンの手を取り、手を重ねる。
そしてついに、グレンの覚悟が決まった。
彼らはかけがえのない生徒であるのと同時に、かけがえのない仲間なのだ、と。
「ありがとうな、お前ら。なら…さぁ!いっちょ世界を救ってやろうぜ!!」
それでは失礼します。
ありがとうございました。