よろしくお願いします。
「な、なんだありゃあ!?」
グレン先生の叫び声を聴きながら、俺は呆然とそれを見ていた。
この世全てを呑み込まんとするような、大嵐の中心だった。
空間が歪み捻れてる…!
〖時空乱流ね。時と空間の歪みと捻れそのものが、嵐と化した現象よ〗
ナムルスの説明を聞きつつも、俺は天空城が時々ノイズが走るのが、気になった。
少しずつだが、パズルのピースのように欠けていき、それが嵐に吸い込まれていく。
「…ん?」
気づけば俺たちは、天空城目掛けて、真っ逆さまに落下していた。
頭上には、無限に広がる大地。
眼下には、無限に広がる大空。
ひっくり返った水平線を見て、ふとあることに気付いた。
時空乱流は、天空城の瓦礫のようなものを巻き込みながら、高く高く天に昇っていた。
その天から落ちる俺たちは今…
「…ぜ、全員警戒!瓦礫にぶつかるぞ!」
その瓦礫に猛突進していることになる。
俺と先生は、それぞれ糸とワイヤーで、身軽に躱し、システィは風を操り軌道を変える。
リィエルは大剣で斬り伏せ、ルミアは鍵で空間を歪める。
「今更この程度で死ぬ俺たちじゃねぇけどよ…天空城に一体何が…!?」
〖彼の夢が終わろうとしてるのね…〗
見るも無惨な天空城に、思わず呟いた先生の言葉に答えたのは、ナムルスだ。
夢…?
まさか、フェロードのか?
〖…そうね。最後くらい、彼の本当の名前を呼んであげようかしら。これは彼の…高須九郎の夢よ〗
高須…九郎…。
あまりにも呼びにくい名前に、発音に苦労する俺たち。
この呼び方は、フェロードの故郷…極東の言葉らしい。
知らないことなのに、ルミアを介して記憶が流れ込む。
何でもティトゥス=クルォーは、この本名の訛りらしい。
「…っ!?」
だがその考察も、不意に感じた寒気によって、強制的に終了させられる。
真っ黒の何かを見て、俺とルミアは呆然と呟く。
「「猟犬…」」
〖あなたたち…!?そう、そういう事ね…。気をつけなさい。油断してると、呑み込まれるわよ!彼の者の悪夢に!〗
「『風よ·阻め』!」
システィーナの風が、押し寄せる怪物たちを堰き止める。
その隙にアルタイルとリィエルが、一気に肉薄する。
「いやぁぁぁぁぁあ!」
「フゥ!」
それぞれの白銀が、遙か遠くにいる怪物すらも両断する。
「堕ちて!」
ルミアが【銀の鍵】で、怪物たちを異次元に追放する。
その間にグレンは、セリカのあらゆる叡智が詰まった、世界石から対抗策を探し出す。
(ほう…お誂え向きなのがあるじゃねぇか!)
「『駆けよ黒風·駆けて滅せよ·否定せよ』!」
選択した魔術は初等呪文の、黒魔【ゲイル·ブロウ】。
だがセリカの知識により、概念破壊の力を加えられたそれは、もはや神殺しの一撃となっている。
神殺【ゲイル·ブロウ】。
滅殺の黒風が、猟犬を消し去っていく。
「先生!合わせます!」
「おう!」
「ルミア!リィエル!行くぞ!」
「うん!」
「ん!」
「「ハァァァァァァア!」」
「「「ヤァァァァァァァア!」」」
黒風と光風。
白銀と真紅。
それらがまとめて、猟犬を消し去ったのだった。
全員が一息ついたその時
バキンッ!
「なっ!?」
突然空間にヒビが入り、砕け散る。
その割れ目から光が漏れ出て…
--唐突だが、僕…高須九郎はいつも思う。
「つぅ…!?」
「ぐぅぅぅ…!?」
なんだよ今の…!?
あまりにもリアルなソレに、俺とルミアは思わず蹲る。
クソ…!
今のは…!?
「る、ルミア!?大丈夫!?」
「アルタイル!しっかりしろ!ナムルス!今のはなんだ!?」
〖言ったでしょ。彼の悪夢よ。彼が深層意識下に押し込めた、恐怖の形。それに触れていくことで、あなた達は、彼の恐怖に触れていくことになるわ。…特にアルタイルとルミアは、レ=ファリアの影響で、よりリアルに感じるでしょうね。覚悟しなさい〗
そういうのは…先に言えよ…!
つまり当事者感覚で、見る羽目になるわけだ。
あぁチクショウ…!
頭がイカれる!
〖さあ、嘆いてる暇はないわよ。次が来るわ…!〗
次に現れたのは、見るもおぞましい、冒涜的なナニか。
ベチャリ、と虚空から這い出てきたそれは、まるで2人の人型を強引に繋げたような…。
「…あれは…」
「まさか…私?」
【
即ち【天空の
「…先生たちは下がってて」
「私たちがやります」
俺とルミアは一歩前に出て、それぞれの武器を手に戦いを始める。
俺がその次元ごと糸で切り裂こうとして、その直前で阻まれる。
「曲がりなりにも、【
「だったら…これで!」
ルミアの【銀の鍵】が、次元の壁を破壊する。
だがそれでも、俺の糸が届くことは無かった。
「なっ!?どうして!?」
「…そうか、時間だ。届くまでの時間を伸ばされたんだ」
そうなると、このままでは千日手か?
そう考える隙に、何かが振り下ろされようとしていた。
マズイ…!
「フッ!」
俺は直ぐに距離を操作する結界を張り、その攻撃を届かなくさせる。
「やぁぁぁぁぁあ!」
その隙にルミアが斬り掛かるが、再び空間同士がせめぎあう。
鈍い音を響かせながら、せめぎ合う隙に、今度は俺が肉薄する。
「シッ!」
俺の全次元を貫く貫手と、時間操作の結界が衝突する。
互いの激しい鍔迫り合いの末…
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」」
俺たちの一撃が、【天空の
玉虫色の泡のような球体になり、消え去っていくそれを見届け、俺とルミアは振り返った。
「先生。システィ。リィエル」
「先に進むぞ」
それから俺たちは、邪神の一柱とひたすらに戦闘を繰り返した。
「なにあれ!?キモ!」
〖あれは…【背徳と悪行の主】!あれも外宇宙の邪神の一柱よ!〗
「ええい!神のバーゲンセールか!やったらぁぁぁぁぁ!」
そしてフェロードの過去を垣間見続けた。
その度に、俺の中でなにかがすり減っていく気がした。
「はぁ…はぁ…!」
「アイル君!顔真っ青だよ!大丈夫!?」
〖…マズイわね。ルミアとの契約越しに、ティトゥスの記憶と混ざりかけてる。気をしっかり持ちなさい!アルタイル!呑み込まれるわよ!〗
ーーハハハハハハハハハハハ!アハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハハ!
誰かの底なしの嘲笑が響き渡る。
汚音と不快音を煮詰めたような…それでいて至高の音楽をかき集めて神域にしたような。
「ォォォォォォォォォォォオ!!」
とにかく聞くだけで正気を失うような音から耳を背けたくて、俺は力づくで頭を殴り割り、邪神を消滅させる。
「アイル君…」
心配そうにこちらを見るルミアの頭を撫でながら、俺はナムルスに尋ねる。
惚気とかそういうのではなく、こうでもしてないと、俺の気が狂いそうなのだ。
「はぁ…はぁ…はぁ…。ナムルス…今のはなんだ?」
〖高須九郎と、彼のいた世界の外側で暗躍していた【無垢なる闇】の戦いよ。今あなた達が戦ったのは、そのガワになるわね〗
なるほどな…道理で同じ姿な訳だ。
あの時のあいつなら、並の邪神とかなら楽々倒せただろう。
だが結果は惨敗。
それだけ【無垢なる闇】は…強い。
〖…次、来るわよ〗
次に現れたのは、触手のある頭足類のような頭部と、四つの眼球、コウモリのような翼を持つドラゴン…のような絶望的な怪異。
そして何よりデカイこいつの名前は、【大いなる九頭龍】。
フェロードの世界において、邪神を兵器として運用していた世界最大規模の軍隊を持つ国が保有していた、信仰兵器だ。
「…って先生!危ない!」
俺はボサっとしている先生を、空間断絶の結界で守る。
「っ!?すまねぇ!アルタイル!」
「何ボサってしてんの!死にたいの!?」
俺は怒鳴りながら、迫り来る触手を切り裂きつつ、方陣を張る。
「『真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ』!」
俺の空天神秘を乗せた炎は、瞬く間に触手を燃やし尽くす。
よし…!
「先生!行って…こい!」
俺は先生と九頭龍の距離をゼロにする。
その直後、銃声が轟いた。
それからの記憶は、とにかく最悪だった。
この世界に逃げ延び、数百年は平和が続いたが、未来を占ってしまったフェロードは、狂気の道へとひた走る。
ナムルス…ラ=ティリカとの決別。
「うぉぇぇぇぇぇ…」
「アイル君!しっかりして!アイル君!」
アルスォネア教授の妹を使った、【マグダリアの受胎儀式】を見せつけられ時は、まるで自分がそれを行っているかのような錯覚に陥り、吐き散らすほどだった。
多くの…それこそ、数え切れないほどの屍山血河を築き上げて、奴が言う言葉は…『仕方の無いことだった』…こればかり。
アルフォネア教授とグレン先生に、かつての野望を阻まれてもなお、止まらずに走り抜け、天の知恵研究会と、アルザーノ帝国を築き上げる。
そして何度も転生する中、システィの祖父、ルドルフ=フィーべルを乗っ取り、俺の村を滅ぼし…そして…。
ガッシャァァァァァァァン!!
ナニかが砕け散る音と共に、俺たちはついに、メルガリウスの天空城の外縁部へと降り立った。
「…」
最後に貫いたのは…俺自身。
フェロードの人生に触れ、ただの憎き仇敵ではなくなった。
だがそれでも…やはりこいつは悪だ。
「…これだけの悲劇を生み出しておいて、被害者ヅラすんじゃねぇよ、クソ野郎」
「アイル君…」
「んな心配そうな顔するなよ、ルミア。俺は大丈夫。俺は俺さ」
〖…なんとか乗り切ったようね。本当にタフな精神力してるわね、あなた〗
褒め言葉として受け取っておこう。
そう思いつつ、俺たちは先に進もうとして、思わず足を止めた。
背後に気配を感じたからだ。
〖…来たか〗
「お、お前は…!?」