駆ける駆ける、深淵のごとき闇を。
急き立てられるように、否
実際に急き立てられているのだ。
男は嘆いた、自らの今この状況を。
遡ること二時間前、彼等がこのような地獄に来たときから始まる
はたと気がついたとき、男は自分を見捨てたもの達と一緒に、まるで広場のような石畳の複数の道がある場所にいた
何が起きているか、さっぱりわからなかったが、なにか不味い自体に巻き込まれているのだけはわかった
しかし、それがわかったところで男達には対処しようがなかった。
右を見ても左を見ても右往左往するしかない者しかいない
嘆くもの、叫ぶもの、一様にして共通しているのはただ一つ。
己の意思で動こうとしない者しかいないということだ。
少し調べれば、この空間が何であり、いかような用途で作られたのか。
調べるための機器は持っていた。
にもかかわらず調べない。
命じられていないからでもあるし、ましてやこの状況に混乱する誰かの忖度でしか動かない者達と誰かに忖度することしかしない者である。
まして見捨てたものと見捨てられたもの、結託などできようはずがない。
そのような人間しかいない、ということにさえ気が付けないほどに混乱しているのだ。
これから起きることなど、予見できたものはいないし動けた者はいない。
だから、一発の銃声が響いたときには、一人の男が吹き飛ばされていた。
絶叫、言葉と薄暗くてもわかる動きから想像できる激痛、抑えた太ももがおびただしい血にまみれていることなど見えなくともわかる。
続けて銃声、今度は別の男が肩を抑えて絶叫を上げる。
自分たちは悲鳴を量産してきたというのに、暴力が自分に向くことなどみじんも考えないような者たちであった。
暴力よりはるかに強い権力に守られていると幻視してきた結果がこのざまだ。
高々一発撃たれただけで、幼子のように叫ぶ男たちの姿があった。
立っている男達はうろたえた、なぜ撃たれたのか理由はわからない。
しかしここにとどまり続けるのは危険だと、全員が考えた。
そこに仲間を助けるという考えが浮かばない時点で自らの保身しか考えていないのはあきらかだった。
走り出した、誰が始めかはもう判らない。
ただただ現状から逃避することで、解決してくれる他者の介入を期待しているのだ。
そのような介入は決してないと知らず。
疲れはて立ち止まるまで、狩人が撃たないとも知らずに。
逃げ回っているうちに男達は気づいた。
自分達がどこをどう逃げても、必ずあの広場に戻ってきている事に。
話は変わるが、人の筋肉には瞬間的に力をだす筋肉と継続的に力を発揮する筋肉の二種類がある。
そして、全力で走るという行為は瞬間的な筋肉の方が使われる。
なので長続きしないのだ。
一人の男が限界に達して立ち止まる。
息は荒く、しかし恐怖から抜け出せていない事に気付き顔が歪む。
銃声、疲れはて膝から崩れ落ちた男の手の甲になにかが当たる。
声がでない程の痛みが彼に襲う。
しかし、その男を助ける為に手をさしのべる者はいない。
誰もが、次の犠牲者になりたくないからだ
誰もが走り去った後、手の甲を撃ち抜かれた男はいつの間にか消えていた。
そんな異常事態にすら気づく事はない。
走れなくなっても、ただひたすらに歩き続ける。
やがて、一人また一人倒れ、撃ち抜かれ、そして消える。
やがて、残されたのはただ一人。
ただただ現状に嘆き、然りとて自身を弁護し続ける。
――俺は悪くない――
――あいつらが悪いんだ――
――俺はなにもしちゃいない――
吐き出される言葉は、なに一つ反省するものはない。
肩書きだけの男から肩書きが消えた時、男には自慢の部下も女も約束された地位や名誉も波が引くように、去っていった。
ただの男は歩き、歩き、歩き、そして倒れた。
イタズラな風が作った空気のクッションに助けられながら。
彼等は気づかなかったが複数の建物がまるでビルの屋上のように平べったくなっていた。
そこに赤髪のチャイナドレス姿の美女がやって来た。
「終わったぞ。いつまで隠れてんだ?」
広場に面した側の誰もいない空間に声をかけると、突如として空間が揺らぎ、ゴスロリ服のスナイパーライフルを構えたオパールの髪の少女が現れた。
「ん、少しクールダウンしてた」
「アンコに見つかったのか?」
「鼻血出ただけ」
そっぽを向きながら少女は言う。
美女はため息をはきながら、少女の頭を撫でる。
「能力使ったんだな、見られたら心配するにきまってんだろ」
鼻血も出したようだし、と呟くようにこぼす。
撫でられる感触が心地よいのかなんの抵抗もなく受け入れる。
と、くらやみの一部が歪む。
歪みがもとに戻ると、そこには黒い美女がいた。
髪の毛も服装も瞳の色すら純黒だ。
肌の白さがその黒を引き立たせる。
服装は少女と同じゴスロリだ。
ただこちらの方がより大人を象徴している。
一目散に少女に駆け寄ると、横から抱きつく。
「大丈夫?もう止まった?」
「止まったから、離して下さい」
「いや、私心配した。鼻血出したし、能力使いすぎないって言ったのに」
「あれは、人数を増やしすぎただけ」
「じゃあ何人増やしたんだよ」
抱きしめられている少女に赤い美女が訪ねる
「監視に十五人、狙撃補助に三人計十八人」
「多いわ!!」
「だしすぎよ」
美女二人の突っ込みにむぅとうめく少女。
「罰として明日もその服ね」
「アンねぇ、それはやだ」
むずがるように嫌がるが、黒い美女は首を振り、
「聖ねぇにも伝えとく」
観念した犯人のように、俯くと
「はい」
少女の蚊の鳴くような悲鳴はかぜに消えた。