癒し処 爽風」へようこそ   作:永嶋良一

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第2話 湖水地方に爽風が吹く

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 こうして、私と安祐美(あゆみ)はなりゆきで「癒し処 爽風」でアルバイトを続けることになってしまった。

 私たちがアルバイトを始めて三日目だ。「癒し処 爽風」にご年配の女性がやってきた。ショートの髪に明るいオレンジのパンツルックだ。派手な化粧が決して嫌味ではなく、とっても素敵だった。でも、でも、でも、彼女は金髪の外人さんだったのだ。

 「いらっしゃいませ・・・・」

 私は接客に出たまま凍ってしまった。

 「な、な、なんと、外人さんだ。安祐美、交替ね」

 あわてて、私は安祐美の後ろに隠れた。

 「ちょっと、花楓(かえで)。何してんのよ。あんたがお客さんのお相手をする順番でしょ。ちょっと、花楓。いいかげんにしなさい」

 安祐美が私を叱る。そして、私を捕まえて、外人さんの前に突き出した。

 外人さんが笑っている。

 こんなとき、英語で何といえばいいのだろうか? ああ、いやだ、いやだ。もっと、真面目に英語を勉強しておけば良かった。私はドキマギした。えーい、もう、やけだ。

 「ハ、ハロー、ナイス トー ミート ユー」

 「はい。癒しを予約しましたジャネット桜川です」

 えっ、日本語? 私はあわてて聞いた。変な日本語になった。

 「あの、アナータ、にほーんご、オーケー、でーすかあ?」

 「はい、日本語、しゃべれますよ」

 よ、良かった。私の口からいつものセリフが出てきた。

 「あー、良かった。それで、ジャネットさんは、どのような癒しをお望みですか?」

 「外国の癒しでもOKですか?」

 「が、外国の癒しですか?・・うーん、どうなんだろう?・・安祐美。交替」

 「もう、花楓。しっかりしてよ」

 安祐美が私のお尻をポンと叩く。

 「早乙女さん、早乙女さん」

 安祐美が奥に声を掛けた。奥から早乙女さんが出てくる。今日も茶色系の服装で決めている。安祐美が言った。

 「あ、早乙女さん。こちらの外国のお客様が、外国の癒しをご所望なんですが?」

 早乙女さんがジャネットさんの方を向いた。

 「あ、いらっしゃいませ。当店は外国の癒しでも問題はありませんよ。どちらのお国の癒しを望まれますか?」

 「私の故郷の湖水地方をお願いしたいんです」

 こ、湖水地方? 私はそっと安祐美に聞いた。

 「ねえ、安祐美。湖水地方ってどこの国?」

 安祐美も知らないようだ。

 「そうねえ。湖水っていうんだから、湖よねえ。湖? 湖?」

 「湖? じゃ、琵琶湖? すると、ジャネットさんは滋賀県の出身なの? 滋賀県の人は金髪なのかしら?」

 「まさか」

 私たちの会話を聞いていた早乙女さんが吹き出した。

 「湖水地方というのはイギリスですよ」

 私は飛び上がった。

 「イ、イギリスですって」

 ジャネットさんが私に言った。

 「あら、お嬢ちゃんは、イギリスに行ったことがあるの?」

 急に言われて、私はまたおかしな日本語で答えた。

 「い、いえ、ありませんよぉ。私もこの子も、わたしたちわぁ、外国、行ったこと、ありませんのです」

 「ちょっと、花楓。あんた、今日はなんだか変よ。ちょっと、静かにしてなさい」

 安祐美がスカートの上から私のお尻をつねった。

 「いたーい」

 私は安祐美を睨みつけた。

 

 早乙女さんが話を戻すようにジャネットさんに聞いた。

 「湖水地方ではどのような癒しをご希望ですか?」

 「私、もう50年以上前に日本に来て、夫の桜川敬一郎と結婚しましたの。それから、私は一度もイギリスには帰っておりません。その夫も昨年亡くなってしまいました。私たちには子どもがいませんので、私は日本で独りぼっちになってしまって。イギリスの両親はとっくに亡くなっていますし・・・それで、いまになって、故郷の湖水地方が懐かしくなってきたんです。私、実は、一人娘なんですが・・・両親とうまくいかず、それで、イギリスを出て、一人で大好きな日本にやってきたんです。日本で夫と出会って、結婚しました。だから、結婚式にはイギリスの両親は呼んでいないんです。そんなイギリスなんですが・・夫が亡くなると、なぜか、いつも思い出してしまうようになりました。そうなると、もう寂しくて、寂しくて。いてもたってもいられなくなってしまったんです」

 急にジャネットさんが手で顔を覆って泣き出した。

 早乙女さんがやさしくジャネットさんの背中をさすった。

 

 辛かったんだろうなあ。私はそう思った。イギリスでは人に言えない、いろんな辛いことがあった。ジャネットさんの背中がそう物語っていた。そんなイギリスから逃げるようにして一人で遠い異国に来て、結婚して、苦労を乗り越えて、やっと幸せをつかんだら、今度は最愛のご主人が亡くなってしまった・・・・。なんというはかない人生なんだろう。

 ジャネットさんは自分の人生に対して泣いているのだ。

 この人を幸せにしてあげたい。苦労だけでなく、楽しい思いも味合わせてあげたい。私は心からそう思った。きっと、早乙女さんも安祐美も同じ気持ちだったんだろう。みんな、やさしくジャネットさんを見つめていた。

 

 ひとしきり泣くと、ジャネットさんは少し落ち着いたようだ。安祐美がハンカチを持ってきた。

 

 「ありがとう、お嬢ちゃん。やさしいのね」

 

 ジャネットさんはハンカチで涙を拭くと、明るく笑った。

 

 「ごめんなさい。みなさんとお話してると、何か胸にこみあげてきて涙が出てきました・・・・。でも、もう大丈夫です。そんなわけで、私はなんとかして、寂しさを紛らわせたいんです。でも、私もこの年ですし、またイギリスに帰っても、もう誰も知っている人間はいないんですの。それで、こちらのお店で、イギリスについて癒しをいただこうと思いつきましたの」

 早乙女さんが言った。

 「なるほど。ご事情はわかりました。湖水地方の特にどこの癒しがいいとか、何かご希望はございますか?」

 「はい。ここに私が行きたいところをメモしてきました」

 ジャネットさんが英語のメモを早乙女さんに渡した。

 「なるほど。アンブルサイドですね」

 

 アンブルサイド? それ、どこなの? 聞いたことがないわ。

 

 私と安祐美はきょとんとしている。

 早乙女さんがタブレットを操作した。

 

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 私たちはコンクリートの細い道の上に立っていた。小高い丘のようなところだ。道の周りは、白いモルタル塗りの2階建ての民家がぎっしりと取り巻いていた。民家の窓にはさまざまなお花が飾ってあった。斜め向かいのおうちの窓から国旗が出ていた。イギリスのユニオンジャックと白地に赤の線で十字が書かれた旗だ。あれは・・サッカーのワールドカップのテレビ放送で見た国旗だ・・たしか・・そうだ、イングランドの旗だ。

 私は周りのおうちのお庭に眼を見張った。どのおうちもお庭がとっても素敵だった。どの庭もお花がいっぱいだ。そして、お庭の手入れが行き届いていた。

 

 なんて素敵なお庭なんでしょう。

 

 雨が降ったようで、道路が濡れていた。空はどんよりと曇っていた。眼の前は坂になっている。民家の間を下り坂が伸びていた。

 

 「ここは、どこなの?」

 安祐美が聞いた。早乙女さんが答える。

 「イギリスです。アンブルサイドという、イギリスの中央部から西に寄ったところにある小さな町ですよ」

 「雨が降ったんですね?」

 私が聞いた。

 「ええ、イギリスは晴れる日よりも曇ったり、雨が降ったりする日の方が多いんですよ。こんな天気がいかにもイギリスらしいですね」

 ジャネットさんが眼を見張って周りを見ている。無理もなかった。50年ぶりのイギリスなのだ。

 そこへ坂道を犬を散歩させた女性が上がってきた。青色のレインコートを着ている。レインコートが濡れていた。そして、女性の髪は金色だった。

 女性がジャネットさんに声を掛けた。ジャネットさんがそれに答えた。女性が笑いながら立ち去っていく。英語だ。

 早乙女さんがイヤホンのようなものを取り出した。それを私と安祐美に渡す。

 「あの女性が『雨が上がりましたね』とジャネットさんに挨拶したんですよ。イギリスの挨拶は天気の話と言いますからね。それで、二人ともこれをつけてください。英語が日本語で聞こえます。そして、安祐美君と花楓君の日本語が英語になって相手に伝わります」

 

 え、なに? こんな便利なものがあるの?

 

 私と安祐美はイヤホンをつけた。それから、私たちは雨で濡れた坂を下っていった。少し歩くと、小さな川があった。川に沿って道路があった。道路を車がゆっくりと行きかっている。早乙女さんが道路を渡って、川に沿った歩道を左に曲がって歩き出した。

 

 どこへ行くんだろう?

 

 私たちは早乙女さんに従って、川沿いの歩道を歩いた。川幅は5mぐらいしかなかった。上からのぞくと、道路から3mほど下に川面があった。川の周囲は石積みの壁で囲われている。きれいな川だった。水量は少なく、水深は浅かった。ごつごつしたたくさんの石が水面に出ているのが見えた。道路と川の境には、高さ50㎝ぐらいの落下防止用のコンクリートの柵があった。柵の表面はレンガで飾られている。

 川の向こうにはレンガ造りのかわいらしいお店があった。お土産屋さんのようだ。何人かの観光客のような人たちが笑いながらお店に入っていった。道をはさんだ川の反対側は3階建ての民家が軒を連ねている。どのおうちも白や黒や茶色などできれいに塗装されていた。

 きれいな街だった。

 私たちの前後を人が歩いていた。観光客のようだ。楽しそうだ。みんなカメラを持っていた。ここには華やいだ空気があふれていた。

 

 少し歩くと、川の(へり)に人だかりがしていた。何だろう?

 

 近づいて、私は驚いた。川に石の橋がかけてあって、その橋の上に石造りの2階建ての小さなおうちが建っていた。つまり、おうちの下は橋で、その3mほど下を川が流れているのだ。たくさんの人がそのまわりに集まっていた。みんな、おうちと橋の写真を撮っている。

 

 「なに、これー? かわいい!」

 安祐美が裏返った声を上げた。早乙女さんの声がした。

 「ブリッジ・ハウスです」

 「ブリッジ・ハウス?」

 「ええ、もともと、この家は17世紀に建てられた林檎販売店だったんですよ。地税を逃れるために、こうして橋の上に家を建てたんです」

 「へえ、おもしろい。今も人が住んでるのかしら?」

 安祐美が中を覗き込んだ。中は真っ暗で歩道からはよく見えない。

 「いえ、今は湖水地方の管理事務所になっています。中も近代的に作り変えられているんですよ」

 ジャネットさんは珍しそうにブリッジ・ハウスを見ている。早乙女さんがジャネットさんに声を掛けた。

 「ジャネットさんはブリッジ・ハウスを覚えていらっしゃいますか?」

 ジャネットさんは驚いたようすだった。

 「え、私が? ここは初めてだと思うんだけど・・」

 早乙女さんが笑った。

 「そうですか」

 早乙女さんがタブレットを操作した。

 

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 私たちはブリッジ・ハウスの前に立っていた。明るい陽光が降りそそいでいる。青空に白い雲が浮いていた。

 

 さっきは曇っていたのに? どうして急に陽がさしているの?

 

 私は周りを見まわした。あれだけたくさんいた観光客が消えていた。ブリッジ・ハウスの前にいるのは、私たち四人と、小さな女の子を連れたイギリス人の若い夫婦だけだった。

 道を自動車が走ってきて、私たちの横を通り過ぎて行った。ずいぶん大きな、そして何だか古めかしい自動車だった。

 急にイギリス人の女の子が石造りの橋の欄干に上った。お転婆な女の子だ。ブリッジ・ハウスは石を積み上げて作られた石の壁でできている。女の子はその積み上げられた石の壁に足をかけて、ブリッジ・ハウスの側面に出ようとしていた。側面に出ると、下は浅いとはいえ川だ。若い両親はブリッジ・ハウスに見とれていて、女の子の行動に気づいていなかった。

 私は思わず女の子に声を掛けていた。

 「お嬢ちゃん。気を付けて。危ないわよ」

 私の口から英語が飛び出した。言った私が一番驚いた。

 女の子が私を見た。英語で答えた。

 「大丈夫よ。私、こういうの得意だから」

 女の子の英語が私の頭に日本語として入ってきた。

 ブリッジ・ハウスの石の壁に手足をかけて、女の子がゆっくりと移動する。ブリッジ・ハウスの側面に出た。すぐ下は川だ。そのとき、両親がやっと女の子に気づいた。母親が必死になって、女の子に声を掛けた。

 「ジェシー、何をしてるの! 危ないわよ」

 

 そのとき、女の子が足を滑らせた。そのまま、川の中に落ちていった。小さく水しぶきが上がった。鈍い音がした。女の子は石で頭を打ったようだ。気を失っていた。そして、顔が川の水の中に漬かっていた。私は声にならない叫びを上げた。

 大変だ。あのままではあの子は息ができない!

 母親の叫びが聞こえた。

 「キャー」

 安祐美も早乙女さんもジャネットさんも、みんなが息をこらして、川の中の女の子を見つめた。

 

 そのとき、女の子の父親の姿が宙に舞った。大きく川の欄干を飛び越えると、そのまま川の中に落ちていった。ガンという大きな音がした。私たちが川を見ると、川の中に父親が倒れていた。その手が女の子を抱きかかえていた。

 早乙女さんが声を掛けた。

 「大丈夫ですか?」

 「ええ、ジェシーは大丈夫です。でも、私は、足を折ったみたいです」

 

 私たちは協力して川に下りた。そして、まずジェシーちゃんを手渡しで道路まで運び上げた。ついで、父親をみんなで道路まで持ち上げた。

 母親が近くの家に走って行って、父親を運ぶために救急車を呼んだ。

 救急車を待つ間に、父親が私たちに感謝の言葉を述べてくれた。

 「みなさんは命の恩人です。本当にありがとうございます。私はハリー・エバンスです」

 母親もお礼を言った。

 「おかげで助かりました。私はアメリア・エバンスです。そして、この子がジャネット・エバンスです」

 

 え、ジャネットですって? さっきはジェシーって言ってなかった?

 

 早乙女さんは私の疑問が分かったようだ。私と安祐美にそっとつぶやいた。

 「ジェシーというのはジャネットの愛称なんです」

 

 ん、ジャネットですって? それって?

 

 横に立っていたジャネットさんが息をのんでいるがわかった。

 ジャネットさんの眼に涙があふれてきた。

 「マーム、ダッド」

 私たちの姿が薄くなった。

 

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 私たちは道路の真ん中に立っていた。

 空には雲一つない青空があった。1本の道路が地平線の果てまでまっすぐに伸びている。さんさんと陽がさして、道路が白く光っていた。

 すばらしい快晴だった。

 道路の両側には小高い丘が広がっていた。丘には木がなく緑の草が一面に生えている。木がないので丘の起伏が手にとるように分かった。丘の起伏に沿ってどこまでも緑のじゅうたんが続いていた。緑のじゅうたんの中に、丘の上の方まで細い道が1本続いているのが見えた。さわやかな風が緑のじゅうたんを揺らしていた。地平線の向こうに水面がいくつも光っていた。湖のようだ。

 

 なんてきれいなところなんだろう。

 私はため息をついた。

 

 私たちの右側に1軒の家があった。360度見渡しても、視界に入る家はその家だけだった。石造りの質素な2階建てだ。石を積んだ低い壁で周囲を覆っている。石壁の前には赤と黒の古めかしい車が2台止めてあった。家の横にはたくさんの白い洗濯物が干してあった。

 

 安祐美が周りを見まわして言った。

 「こ、ここはどこ?」

 早乙女さんの声が聞こえた。

 「ケズウィックというところです。さっきのブリッジ・ハウスの少し北です。さっきから5年前ですよ」

 

 ジャネットさんが私たちの眼の前の石造りの家を凝視していた。

 「ここは・・」

 早乙女さんが笑った。

 「ええ、そうです。ここは」

 そのとき、家の中から赤ちゃんの泣き声がした。少しして、家から男性が飛び出した。手を振りまわしながら、私たちの方に走って来る。男性が叫んだ。

 「産まれたよう。産まれたよう」

 よく見ると、さっきのお父さんだ。たしか、ハリー・エバンスさんだった。さっきょりもだいぶ若かった。ハリーさんは私たちに声を掛けた。

 「産まれました。女の子が産まれました」

 早乙女さんがハリーさんに言った。

 「それはおめでとうございます」

 ハリーさんはもう夢中だ。

 「はい、ありがとうございます」

 ハリーさんは私たち全員の手をとって握手した。

 「ありがとうございます。ありがとうございます。ご旅行の方にまで、こんなにお祝いしてもらって。私たちと産まれた娘はなんて幸せなんでしょう。どうか、みなさん、よいご旅行をなさってください」

 そう言って、ハリーさんは家の方に戻っていった。まるで、スキップをするような足取りに、見ている私もうれしくなった。ハリーさんは純心そのものだった。

 安祐美が早乙女さんに聞いた。

 「今のはハリーさんですよねえ。じゃあ、産まれた女の子というのは・・」

 早乙女さんは答えなかった。やさしく笑ってジャネットさんを見た。ジャネットさんは両手で顔を覆って泣いていた。

 「戻りましょうか」

 早乙女さんの声がした。

 

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 私たちは「癒し処 爽風」の中に立っていた。あの何もない殺風景なお部屋だった。誰も何も言わなかった。ジャネットさんの泣き声だけがお部屋の中にひびいていた。

 しばらくして、ジャネットさんが泣き止んだ。また、安祐美がタオルを持ってきた。私は感心した。安祐美は人が泣いているときにいろんなものを持ってきてくれる。

  

 涙を拭くと、ジャネットさんが明るく笑った。

 「ありがとうございます。おかげで癒されました。イギリスでは私は一人じゃなかったんですね。両親があんなに私を愛してくれていたとは知りませんでした」

 早乙女さんが言った。

 「よかったですね。でも、イギリスだけじゃなく、この日本にもジャネットさんを応援する人はたくさんいますよ。私たち三人もジャネットさんを応援していますから、何か困ったこと、辛いことがあったら、いつでもこの『癒し処 爽風』にいらっしゃってください」

 「はい、ありがとうございます」

 ジャネットさんは何度もお礼を言いながら帰っていった。

 

 ジャネットさんを見送って、安祐美がぽつりと言った。

 「自分が生まれた瞬間に立ちあうなんて、素敵な経験ですよね」

 早乙女さんがしみじみと言った。

 「みんな、産まれてくることを望まれているんですよ」

 私も思っていたことを口にした。

 「でも、あの、ケズウィックだったかしら・・・・あんな、緑と湖に囲まれた素晴らしいところで、そして、周りにおうちが一軒もないようなところで産まれて、育ったら、私たちのような都会育ちとはずいぶん価値観が違ってくるでしょうね」

 早乙女さんが答えた。

 「そうですね。ジャネットさんは大きくなってから、おそらく都会へ出たんでしょう。だから、ケズウィックで生まれ育ったご両親とは価値観が違ってしまったんでしょうね。ひょっとしたら、イギリスでジャネットさんがご両親とぶつかったのは、そうした人生の価値観の違いが原因だったのかもしれませんね」

 

 私の脳裏に純心そのもののハリーさんの姿が浮かんだ。私はハリーさんの純心さに心打たれた。あんなに純心になれるって、なんて素晴らしいことなんだろう。私の胸が熱くなった。正直、うらやましいと思った。私は考え込んでしまった。

 人生の価値観か? いったい、どんなところに産まれて、どのように育つのが人間にとって本当に幸せなんだろうか?

 

 そのとき、安祐美が飛び上がった。

 「しまった。忘れた!」

 私たちは驚いた。

 「えっ、どうしたの? 何を忘れたの?」

 安祐美が言った。

 「ブリッジ・ハウスの横にお土産屋さんがあったのよ。せっかく、イギリスに行ったのに、お土産を買うのを忘れちゃった。かわいい、ぬいぐるみがあったのにぃ。もう、早乙女さんは、移動するのが早すぎますよぉ」

             

                   つづく

 

 

 

 

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