時世を廻りて   作:eNueMu

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鬼か人か

 

 「それじゃあ、一先ず二手に分かれよう。北側には俺たちが当たるから、刈猟緋と尾崎は南側を頼む。基本的に鬼は単独で出て来るだろうが、万が一数で劣勢になったら迷わず仲間と合流するんだぞ」

 「大勢鬼が巣食っているとのことだったが……強靭な個体が統率しているという見込みは無いのか?」

 「考えられなくはないが、強い鬼がそんなことをする必要は無いからな……自分で人を襲う方が早いだろう」

 「成程…それもそうか」

 

 

 滲渼たち五人は、男女に分かれて町中の鬼を捜索・討伐することにした。一人ずつ行動するよりは安全であるし、それぞれの戦い方を共有できるようにしておいた方が、今後にも役立つと考えたのだ。何より、折角の合同任務の特性を活かさないというのは好ましくないように思われた。

 

 

 「明朝、再び此処へ集うということで良いか?」

 「そうだな。決して無理はするなよ」

 

 

 錆兎の言葉は、滲渼以外にも掛けられたものだった。そしてそれは、錆兎自身とて例外ではない。皆、誰一人仲間が欠けることなく夜明けを迎えられることを願いながら、夜の町へ溶け込んでいった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「刈猟緋さん……貴女の日輪刀、凄い色ね…」

 「うむ。ここまで変わるものかと、握ったその時は心底驚いた」

 

 

 任務開始に伴い、刀を抜き放った滲渼。その刃を見て、またも尾崎は目を丸くする。育手から聞いた限りでは、滲渼の刀の色は前例が無い筈だった。

 

 

 「『咢の呼吸』、だったかしら?何の呼吸から派生したの?」

 「…派生元の呼吸は、無い。強いて言うならば、『水の呼吸』から呼吸というものの基礎を学んだ故、それらが微かに響いているやも知れぬが……」

 「………そう。やっぱり、凄いのね。殆ど一から呼吸を編み出すなんて」

 

 

 そう呟いた尾崎は、己の刀に目を向ける。彼女の刃は、鋼の色がそのまま残っているだけだった。眉を下げ、諦めたように声を漏らす。

 

 

 「私、きっと才能が無かったんだわ。育手の元で精一杯努力して…呼吸だって、肺がひっくり返るんじゃないかってぐらいの思いをして身につけた。でも、選別じゃ思うように動けなかった。日輪刀の色も、変わらなかった。こんな有様で、隊士としてやっていけるのかしら……」

 

 

 抑えていた悲嘆が、次々に飛び出す。まだ知り合って間もない、会話すらそれほど多くは交わしていない相手に対して話すには、あまりにも繊細過ぎる話題。それでも、何故だか滲渼には話したくなってしまった。

 

 

 「……幾つか、訂正があるが…先ずは本分を果たすとしよう」

 「…えっ?」

 

 

 しかしながら、そこに水を差すのは今回の目的そのもの。滲渼が静かに刀を構え、その気配の出所を探る。彼女の様子を見て、尾崎も鬼との接触に気が付いた。

 

 

 「何…?なんだか妙な感覚が……」

 「…そう、だな……或いは、既に術中か」

 

 

 二人の肌を撫でる、奇妙な違和感。特に、鬼の気配を感じ取る能力が優れている滲渼には、それが鋭敏に感じ取れた。

 

 

 「(鬼が近くに居ることは確実だが…上手く位置が掴めない。血鬼術だろうか?だとすれば、遠からず動きがある筈だ)」

 

 

 滲渼の考えを裏付けるように、状況に変化が生じる。二人の周りを取り囲むように、無数の鬼が突如出現したのだ。

 

 

 「これは…!!刈猟緋さん!!!」

 「承知している」

 

 

 錆兎の忠告に従い、言外に退避を促した尾崎。だが、滲渼はそれに返事をしながらも応じる素振りは見せなかった。代わりに、構えた刀を存分に振るう。

 

 

 「『咢の呼吸 天ノ型 海中(わたなか)雷鳴(かんなり)』」

 

 

 四方八方に延びた稲妻が辺りを蹂躙するように、凄まじい数の刃閃が次々と鬼を斬り裂いていく。ところが、そのいずれもが悲鳴すらも上げることなく、煙のように消えてしまった。

 

 

 「…本当に、凄いけど……今のは一体?」

 「幻……とは、少し異なるか。恐らくは血鬼術によって、数多の鬼()()を産み出したのだ。強さで言うならば、藤襲山の鬼よりも更に、遥かに弱かったがな」

 「そうなのね………って、ちょっと待って。もしかして…」

 「うむ。鬼が多いというのは、間違いなくこの血鬼術の術者が一因だな。無論、普通の鬼も少なからず潜んでいるのだろうが」

 

 

 そう滲渼が話し、もう一度気配を探ろうとして…失策に気付く。

 

 

 「! 拙い、術者が逃げている!!」

 「何ですって!?まさか、さっきの鬼擬きたちを倒したから!?」

 「あれは試金石だったのだ!済まぬ、先んずる!!」

 「あっ!……は、速い…!間に合うかしら…」

 

 

 信じられない程の速度で駆けていく滲渼の行方を、どうにか辿っていく尾崎。道中、頸を斬られて消滅しつつある鬼を何度か見掛けながら、術者への怒りを滾らせた。

 

 

 「(許せない!!きっとああして、力のない人々ばかりを襲ってたんだ!!なんて、卑怯なの…!!)」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 尾崎が滲渼に追い付いた時、既に術者と思しき鬼は両脚を斬り飛ばされており、虫の息だった。何故滲渼は止めを刺していないのかと訝しみながらも、二人の元へ近付いていく。

 

 

 「刈猟緋さん……?そいつが、さっきの血鬼術を使ってた鬼なの?」

 「………如何にも」

 「あぁ…そっちの嬢ちゃんも、鬼狩りかい……なあ、聞いてくれよ。あの辺りは、俺が昔…人間だった頃に、住んでた所なんだ……。知り合いも、沢山居る。皆を、守りたくて……夜はああして、怪しげな奴や、他の鬼を遠ざけてたんだ…!誓って人は喰っちゃいない!頼む……見逃してくれ…!」

 

 

 鬼は両脚を失った状態ながら、器用にも地に頭をつけた。話を聞き、滲渼の様子を見て、尾崎は成程と得心がいった。

 

 

 「────ねえ、貴方…その怪我は、どうするつもりなの?鬼は人を喰わないと、再生だってままならないんでしょう?」

 「心配、要らねえよ…。ちょいと不便にはなっちまったが、傷は塞がる。この身体でも、血鬼術は問題無く使えるさ」

 「ふぅん…ところで、血鬼術はいつ頃から使えるようになったの?」

 「え?あ、ああ、そうだな……鬼になってすぐ、だったかね。あの方の血と相性が良かったんだろう。お陰で、人を喰わなくて済んだ」

 

 

 尾崎が問いかけ、鬼が答える。その短いやり取りを終えて、彼女は鬼の()を見抜いた。

 

 

 「あら、そう。それで、()()()あの辺りを守ってるのね」

 「そ、そうなんだ……本当に、運が良かった────」

 「ねえ」

 

 

 

 

 

 あまりにも冷たく轟いた、尾崎の声。刀を持ったまま傍観していた滲渼も、これには目を剥いて彼女の方を向く。尾崎の顔からは、一切の感情が抜け落ちていた。

 

 

 「………知らないみたいだから、教えてあげるわ。血鬼術はね………人を喰い続けて、力を蓄えていないと……!!すぐに!!!使えなくなるのよッ!!!!!

 

 「ひッ!!や、止め────」

 

 

 鬼の命乞いは、最期まで聞き届けられることは無かった。絶叫と共に怒りに顔を歪めていった尾崎が刀をその頸に振るい、鬼が消滅していく。

 

 

 「ち、ちくしょおおおおぉぉぉッ!!!」

 「はぁっ……はぁっ……私はね…お前みたいな鬼が、一番嫌いなのよ…!!」

 

 

 

 

 

 鬼が完全に消滅した後も、二人はしばらくその場に立ち尽くしていた。尾崎が息を整えたことを確認してから、滲渼が彼女に謝罪を行う。

 

 

 「…済まぬ。虚言であることは、分かっていた積もりだったが……仮に真であったならと思うと、頸を断つことが出来なかった」

 「ううん、良いのよ。でも、これだけは忘れないで。────『鬼は自分を守るためなら平気で嘘をつくし、それを信じて虐げられるのは鬼殺隊以上に罪の無い人たち』。育手を引き受けてくれた人が、そう教えてくれたの。……選別の時も、憂うような顔をしていたから気になっていたけど…刈猟緋さんは、きっと鬼を殺すことに罪悪感を抱いているのね」

 「……そんなことは、無い筈だが…」

 「多分…自分でも気付けていない程、小さな意識なのよ。貴女は鬼に、人間だった頃の心が残っているのかもしれないって思ってるんじゃないかしら?」

 「…」

 

 

 滲渼にも、心当たりが無い訳ではなかった。善良な者でさえ、無差別に人を襲う悪鬼に変貌するということが…何よりも、鬼にされた者には何の咎も無かった可能性があるということが、彼女には到底受け容れ難かったのだ。

 

 

 「例外は、無いものだろうか……」

 「…無いわ。そう思っておいたほうが、貴女にとっても幾らか気が楽な筈よ」

 「むん……仕方あるまい…」

 

 

 鬼に情けを掛けるつもりは無かったが、己の思わぬ心の隙間を指摘され、滲渼は恥を知らずにはいられなかった。

 

 

 「(情けないことこの上ない、な…そもそも、鬼の言葉に耳を傾ける癖も良くないだろうか。……見たところ、尾崎は鬼に対して並ならぬ憎しみを抱いている。鬼殺隊という組織の性質上、そういった者たちも多く集まっている筈だ。彼らのことを思えば、今回の失敗は忘れてはならない経験だと言える)」

 

 「やはり、今一度詫びておこう。済まなかった、尾崎。このようなことは、もう二度とないように努めよう」

 「……もう、頑固ね。良いって言ってるのに」

 

 

 そうして二人の会話も一段落し、改めて彼女らは任務に励む。時に一人ずつに分かれ、時に共に戦い。夜が明けるまで、町の南部の鬼を狩り続けた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「そうか。思った程鬼が居なかったのは、そういうことだったか…」

 「でも、どの鬼も今まで戦って来た鬼と比べて強かったな。それだけ、人を喰ってたってことなんだろうな…」

 「…無事で何よりだ」

 

 日が昇り、町の人々がちらほらと出歩き始めた頃。五人は再び集まり、それぞれを労った。一夜の間に起きた出来事なども話題にしていると、滲渼がふと思い出したように尾崎に話しかける。

 

 

 「そうだ、尾崎。血鬼術に遮られてしまったまま、すっかり忘れていたが…其方の言葉を、三つ程訂正させて欲しい」

 「え?あ…そういえばそんなこと、言ってたかしら」

 「先ず一つ。私の呼吸は、一からと言うほど手探りで産まれたものではない。百も千もある中から汲み取った、単なる余沢に過ぎぬ。二つ、日輪刀の色は、それだけで才覚の有無を決めることのできるものではない。父上曰く、派生した呼吸に適性がある場合には、それを身に付けぬ限り色が変わらないこともあり得るそうだ。そして、三つ。あの鬼を討った後のやり取りでも、そう感じたが…其方は疑いようもなく、立派な鬼殺の剣士だ。胸を張っていい」

 「……刈猟緋さん」

 

 

 柔らかく頬を緩めた滲渼の表情。彼女の笑顔はまだ見ていなかったなと、そんなことを考えながら…尾崎は告げられた言葉に、感激を覚えたのだった。

 

 

 「カァーッ!オ疲レサン、滲渼。丁度、鴉ガコレ持ッテ来タゼ。見テミナ」

 「む?」

 

 

 そんな中、任務を終えた滲渼の元に待っていたと言わんばかりに燁がやって来て、手紙を渡す。紐を解き、中身を一通り確認して…一言呟いた。

 

 

 「もう、か……存外早かったな」

 「? どんな内容だったか、聞いても構わないかしら?」

 「柱の打診だ」

 「ふぅん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ?」





 【狩人コソコソ噂話】
   〜咢ノ息吹〜
・「天ノ型 海中の雷鳴」
「海竜」ラギアクルスから着想を得た技。海の王者とも謳われた海竜の放つ豪雷は、大洋すらも乾涸びさせる。放電のように広がる刃の乱撃から、逃れることのできる鬼など居ない。

 【明治コソコソ噂話】
・今回モブ鬼が使った血鬼術は強そうにも見えますが、控えめに言ってゴミです。成人男性より少しだけ強い「鬼っぽい何か」を最大20体まで産み出せますが、呼吸を使う鬼殺隊に対してはあまりにも…
ちなみに、「鬼っぽい何か」は攻撃用で、それで殺して自分で喰う感じになりますね。滲渼たちに手を出した理由としては、「鬼狩りか…」→「女やし行けるやろ!」です。なお()

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