時世を廻りて   作:eNueMu

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胡蝶の如く華やかな

 

 滲渼が咢柱に就任してからというもの、実に一年近くは変わり映えのしない日々が続いた。多少強い鬼が現れることも無い訳では無かったものの、児猴という強力な鬼を相手取った滲渼にしてみれば、正しく誤差程度の違いでしかない。

 

 しかし一方で、柱就任以降は任務も落ち着き、刈猟緋家の屋敷に滞在している頻度も高くなった。そのために家族と過ごす時間が増えたほか、訪問者が現れるようにもなっていた。

 

 

 「刈猟緋さん、おはよう!今日もよろしくね!」

 「うむ、始めるとしよう」

 

 

 といっても、訪問者というのはその殆どが尾崎だ。合同任務以降も何度か顔を合わせている内に、尾崎の方から剣術の稽古をつけてほしいと申し出があったため、日中は時折刈猟緋邸で稽古を行っている。

 

 

 

 

 

 「はっ!やあっ!」

 「やはり、基本は出来ているな。二月程前と比べると動作の遷移も滑らかだ。基礎体力の強化は順調か?」

 「毎日、欠かさず!やってるけど!中々、伸びなくて…!」

 

 

 木刀を交え、同時に尾崎の動きを具に観察しながら、平然と会話を始める滲渼。尾崎も木刀を振るいながら応答するが、どうにも息が乱れてしまう。つられて挙動にも隙が生まれた所を滲渼に突かれ、木刀を横合いから蹴り付けられた。

 

 

 「あっ!」

 「話すことに意識を奪われぬよう、心を配れ。鬼の膂力ならば、今の一撃で刀が折れているぞ」

 「うぅ…も、もう一回お願い!」

 「無論だ」

 

 

 滲渼も、頼まれたからには手を抜くつもりはない。今の尾崎に足りないものを、少しずつ稽古の中で補っていく。そのことが、滲渼自身の成長にも繋がっていた。

 

 

 「体力強化の成果が実らない訳として、考え得るのは────」

 

 

 「全集中・常中って、どんな風に練習したの?………ふむふむ……あぁ、うーん…やっぱり刈猟緋さん、凄いわね…」

 

 

 「鋒を目で追ってみよ。速さに眼を慣らせば、自ずと対応出来るようになろう」

 

 

 毎度、それまでよりも力をつけ、経験を積む二人。この日の稽古は、昼過ぎまで続けられたのだった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「…町に、二人で?構わぬが……何か手が必要か?」

 「そういう訳じゃないけど、たまには息抜きしましょう!刈猟緋さんたら、いつもいつも刀を握ってるんだもの」

 「あら、ありがとうあやめちゃん。滲渼も行ってきなさい、適度に肩の力を抜くことも大切よ?」

 「ふむ…それもそうですね」

 

 

 稽古を終えて。今日はまだ指令が届いていないという尾崎が、滲渼を外出に誘う。特に何か目的があるわけでは無かったが、常に気を張っているようにも感じられる滲渼を気遣ってのことだった。結美もそれに賛同し、いまいち腑に落ちていない様子の娘を諭す。それを受け、とりあえず納得することにした滲渼。いざ行かんと、鬼殺隊の隊服の上に天色(あまいろ)の羽織を纏った。

 

 

 「その羽織、本当に綺麗よね……何度でも見惚れちゃうわ」

 「そうだな…私も、気に入っている」

 

 

 所々に雲の意匠が施されたその羽織は、柱となった祝いに家族から贈られたものだ。幼少期、物思いに耽る際にしばしば空を眺めていた彼女の姿が、屋敷中の人間に強く印象付けられていた。名家の潤沢な財産を活かして特注された、この世に二つとない逸品であった。

 

 

 

 

 

 「では、行って参ります」

 「ええ。気をつけてね」

 

 

 まだまだ、日は高く。滲渼の羽織をそのまま映し出したような青空が、地平の果てまで広がっていた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 それから数刻。予定もなくふらりふらりと町を往来し、店を見て回ったり、甘味に舌鼓を打ったり。田舎の町であるために目新しいものはさほど無かったものの、滲渼にとっては久々の享楽となった。

 

 

 「(柱になってからというもの、燁も幾分か落ち着いた。認めて貰えたということか…何にせよ、良い傾向だ。しかし、同じ柱仲間がな……。悲鳴嶼殿は相変わらずよく分からないし、煉獄殿に至っては話し掛けようとすると睨まれる。………仲良くなれそうだった水柱は、先日亡くなってしまった。ままならぬものだ…)」

 

 「! ねえ、刈猟緋さん…見て。あの二人、鬼殺隊の子じゃない?どっちも凄く美人だわ」

 「む……?」

 

 

 緩い風を感じながら、様々な思いを巡らせる滲渼。ふと尾崎に呼ばれ、彼女の視線の先を追うと…そこには、二人の少女が居た。片方は多少上背があるが、尾崎や滲渼と同年代にも見える。

 

 

 「確かに、両名隊服を着ているようだが…一方が幼過ぎはせぬか?高く見積もっても十かその辺りではなかろうか」

 「そういう歳の子でも、境遇次第では入隊は有り得ないとは言い切れないわ。選別を通過したのは、凄いと思うけど」

 「そうか……む? …近付いて来るぞ」

 「あら、本当……」

 

 

 隊士なのかどうなのか、と話し込んでいるうちに、向こうの方から滲渼たちに近付いてきていた。大分幼さの残る少女の方は少なからず警戒心を見せているが、もう一方は不躾に見られていたことを不快に思ったという様子でもなく、友好的な雰囲気が漂ってきている。足を止め、先に口を開いたのは、背の高い方の少女だった。

 

 

 「ごめんなさい、突然。鬼殺隊の方々かしら?」

 「ええ。やっぱり、二人も?」

 「あぁ、良かった!お互い刀を持っていなかったから、『そうに違いない!』とまでは言えなかったのね」

 

 

 尾崎が聞き返した台詞に頷き、安堵したと息を吐く少女。そのまま、自己紹介を行った。

 

 

 「私、胡蝶カナエです。この子は妹のしのぶ。女性隊士は珍しいみたいだから、仲良くできたら嬉しいわ!」

 「そう、姉妹だったのね!道理で似てると思ったわ…私は尾崎あやめ。よろしくね」

 「刈猟緋滲渼だ。楽な道では無いが、共に励んで行こう」

 「ええ、ええ!よろしくね、二人とも!」

 「…よろしく、お願いします」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「あら…何となくそんな気はしてたけれど、同い年だったのね!」

 「ええ。それにしても、しのぶちゃんはまだ十一なのね…その年で選別に合格するなんて、凄いわ」

 「いえ、私はそんな………」

 「謙遜することはない。選別の条件は、生き残ることが出来るか否か。此処に居る事こそが、其方の力の証明だ」

 

 

 四人の少女は、思いの外あっさりと打ち解けることができた。最初は一歩距離を置いて滲渼たちと接していたしのぶも、話をするうちに自然と溶け込んでいき、緊張が解けたようだった。

 

 

 「あの、刈猟緋さんはどうしてそんな喋り方を?お年寄りみたいでちょっと吃驚してしまって…」

 「これは…父上の口調が少々移ってしまってな。幼い頃から、遊びにも良く付き合って貰っていた故」

 「あ……そう、ですか」

 「………其方等は、何故今日此処に?」

 「! そうね、まだ話していなかったわ。この辺りで任務があるみたいだったから、早めに来ておいたの。忙しなく動いていると、余裕も無くしてしまうでしょう?」

 「成程、良い心掛けだ」

 

 

 己の返事に対するしのぶの反応を見て、滲渼はその心中と彼女らの()()を機敏に察知した。それ以上は触れまいと、話題を切り替える。可憐で人当たりの良い二人にも、鬼殺隊に入隊するだけの理由があるのだと、滲渼は改めて理解した。

 

 偶然にも、そして幸運にも出会った少女たち。とりわけ、滲渼との出逢いによって…それぞれの運命が、大きく変わろうとしていた。

 

 





これまで毎日更新して来ましたが、明日はちょっと忙しく、多分更新出来ないです。0.001%ぐらいの可能性で出来るかもしれませんが、出来なかったらごめんなさい。

 【明治コソコソ噂話】
・滲渼は咢の呼吸を完全に物にするまでに三年近い月日を要しましたが、常中の習得には一週間と掛かりませんでした。尾崎には、「何も考えずに呼吸が出来るのだから、全集中の呼吸とて同じことだ」みたいなことを言いました。

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